第7話③ 宇和島鯛めし——みかん畑
食堂を出ると、風が冷たかった。
潮の匂いが戻ってくる。さっきまでの出汁の余韻が、外気に少しずつ溶けていく。
しばらく、二人とも黙って歩く。
腹の中がまだ温かい。タレの甘さと、出汁の軽さが重なって、胃の奥でゆっくり落ち着いていく感じがする。こういう余韻は、喋ると消える。だから黙っている。
寧々が先に口を開いた。
「作りたい」
「鯛めし?」
「うん」
「同じようにできるん?」
「……考える。いろいろ」
それだけ言って、車に向かう。
車に乗る。ドアを閉めると、また静かになった。エンジンをかけて、道に出る。
しばらく走ると、両側の景色が変わった。
みかん畑だ。斜面に、木が整然と並んでいる。実がまだ残っている。橙色が、窓の外をゆっくり流れていく。一本、また一本。途切れない。
寧々が助手席で黙って見ている。
さっきまで饒舌だった人が、急に静かになっている。でも、眠そうじゃない。目が、ちゃんと橙色を追っている。
「みかん」
ぼそっと言う。
「いっぱいあるなぁ。食べたいん?」
俺が聞く。
寧々は少しだけ考える。窓の外を見たまま。
「食べたいかどうかでいうと、食べたい」
「じゃあ——」
「けど、今じゃない」
橙色が、また流れる。
寧々はそれ以上何も言わない。窓の外を見たまま、黙っている。
口の中に、まだ出汁の余韻がある。
でも、その目はもう別のところを見ていた。




