表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旅する台所 ~キッチンカーで日本を巡るご当地グルメ旅~  作者: ユタ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/35

第7話① 宇和島鯛めし——雑魚の矜持


「鯛めし、食べたい」


寧々が言ったのは、橋を渡る前だった。


「鯛めし、こないだ作ったやつと違うん?」


「違う。宇和島のやつ」


「宇和島って愛媛の?」


「そう。こないだのは讃岐鯛めし。鯛の炊き込みご飯系。

宇和島は鯛の刺身を、タレと卵に絡めてご飯にのせる海鮮丼系。」


「……同じ名前やのに」


「同じ名前やけど別の料理」


寧々が続ける。


「ずっと食べたかった。佑も絶対気に入る。行こ」


寧々は助手席でもう前を向いていた。



──────────



──愛媛県、宇和島。


山が近い。海も近い。両方が混ざった空気が、窓の隙間から入ってくる。空気の底に、海がある。


道の駅の駐車場に入る。車を停めると、エンジンの音が消えて、波の音が近くなった。遠くはない。でも見えない。駐車場の端から、漁船のマストが何本か覗いている。匂いと音だけが先に来る。


「じゃこ天、食べる」


自動ドアをくぐる前に、寧々が言った。


「急やな」


「看板に書いてあった」


「着いたばっかりやで」


「ほらあれ」


それだけ言って、もう歩いている。


自動ドアをくぐると、冷たい外気が切れた。みかんが積んである。箱で。袋で。橙色がそこかしこにある。野菜の棚、干物の棚、練り物の棚。土産物の甘い匂いに、魚の乾いた匂いが混ざっている。


寧々が練り物の前で止まった。


平たい。手のひらより少し小さいくらい。色は茶色だが、均一じゃない。端のほうが濃くて、中心が少し薄い。表面がざらっとしている。つるっとしたさつま揚げとは違う。皮ごとすり潰した跡が、そのまま残っている感じだ。形も揃っていない。厚いところ、薄いところ。手で伸ばして、そのまま揚げたような形。


「揚げたては、ありますか」


俺が店の人に聞く。


「奥で揚げてますよ。今日のやつ、あっちです」


奥の棚に、紙を敷いた皿。さっきのより色が濃い。端がまだ少し油を持っている。湯気は出ていない。でも、近づくと熱がある。


寧々が一枚取った。


かじる。


ざく。


思ったより、小気味いい音だった。寧々が止まる。咀嚼しながら、目が少し遠くなる。口の中で何かを確かめるみたいに、ゆっくり噛む。噛むたびに、骨のミンチが細かく弾けて、そこから魚の味が出てくる。飲み込んで、また一口。


ざく。


「……おいしい」


それだけ言って、もう一枚手を伸ばした。


俺も一枚取る。


かじった瞬間、鼻の奥に魚が来る。白身の練り物とは違う。骨の匂い。皮の匂い。魚がまるごといる感じ。ざく、と鳴るたびに、その匂いが新しく出てくる。噛んでいると、だんだん止まらなくなる。


「これ、作らんの?」


俺が聞く。


寧々は三枚目を手に取りながら、首を振る。かじる前に答える。


「作らない」


「なんで」


「ここの小魚やないと出ない味がある。別の魚ですり潰しても、同じざくざくにはならん」


少し間があって。


「それに、揚げたてを食べるのが一番や」


それだけ言って、かじる。


ざく。


三枚目は、少しゆっくり食べている。さっきより丁寧に噛む。確かめるみたいに。


俺も続きを食べる。噛むほど、魚が出てくる。脂じゃない。もっと素朴な、骨と皮の味。


「じゃこって、雑魚からきてるんよ」


寧々が言う。


「雑魚?」


「市場に出せない小魚。傷があるとか、小さすぎるとか。そういうやつを、骨ごと皮ごとすり潰す」


寧々はじゃこ天を少し持ち上げて、断面を見る。


「全部入れるから、ざくざくする。骨が残るんじゃなくて、骨がミンチになってる。そこから出てくる味が、これ」


俺はもう一口かじる。


ざく。


確かに、骨だ。でも嫌じゃない。むしろ、これが本体な気がしてくる。捨てるはずのものが、いちばん主張している。


寧々が最後の一口を噛んで、飲み込んだ。少しだけ目を細める。満足の顔だ。


紙皿を折りたたんで、ゴミ箱に入れる。手を軽く払う。


「宇和島、行こ」


振り返らずに歩き出す。


俺は残りのじゃこ天を口に放り込んで、あとを追った。


ざく。


骨の味が、まだ鳴っている。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ