第6話⑤ 焼きトウモロコシ ― 貸し一つ
営業が終わった。
鉄板を布巾で拭く。
熱い。布巾越しでも分かる。
油が残っている部分を、端から中心へ向かって拭く。
紙皿を重ねる。
ゴミ袋に入れる。
刷毛を洗う。
祭りの音がまだ続いている。
どこかで子どもが走っている声。金属の音。音楽。
三人で台所号の前に立っている。
箱にコーンが三本だけ残っていた。
形が少し曲がっていたり、皮の剥け方が悪かったり。
売り物にならなかったやつだ。
寧々が無言で三本を鉄板に乗せる。
三本分の音が重なる。
「一本ずつ?」
結衣さんが聞く。
「うん」
蒸気が上がる。
三本分の甘い匂いが、一気に広がる。
皮をめくる。
三本とも、黄色が出てくる。粒が光っている。
醤油を塗る。じゅわじゅわじゅわ。
寧々が一本ずつ手渡す。
俺に。結衣さんに。自分の分。
結衣さんが先にかじる。
ぱりっ。
「あ、うまっ」
素直な声だ。
「甘い。なんでこんな甘いん」
「蒸したから」
「……なるほどね」
もう一口いく。
さっきお客さんに渡していたときと、表情が違う。
仕事の顔じゃない。
俺もかじる。
ぱりっと皮の焦げた部分が割れる。
中から粒。かじった瞬間、汁が出る。
甘い。熱い。
醤油の香ばしさが、鼻に抜ける。
隣で寧々がかじる。
音がする。
横を見ない。でも分かる。
寧々が今、同じものを食べている。
「……うん」
寧々が小さく言う。
結衣さんには届かないくらいの声だ。
俺には届く。
三人で一本ずつ食べ終わる。
結衣さんが俺を見る。
「先輩をこき使うなんて、いい度胸してるね」
「助かった」
「分かってる。貸し一つやから」
少し間があって、結衣さんが寧々を見る。
「寧々ちゃんも、火が落ちてる間ずっと焼き続けてたやん。言ってくれたらよかったのに」
寧々が少し考えて、返す。
「結衣さんが来てたから」
結衣さんが「え」と止まる。
寧々がそれ以上説明しない。
空になった紙皿を片付けはじめる。
結衣さんが俺を見る。
俺が小さく肩をすくめる。
「褒めてる」
「……そう」
結衣さんが少しだけ照れる。
かわりに紙皿を重ねる。さっきより丁寧に。
片付けをしていると、隣から声がかかった。
「ちょっとええか」
おっちゃんだ。
エプロンで手を拭きながら、紙皿を持ってくる。
「さっき助かったわ。うまいことやってくれて。これ、よかったら」
たこ焼きが八個、並んでいる。
焼きたてだ。湯気が出ている。
「ありがとうございます」
おっちゃんが笑いながら続ける。
「うち来いや。冗談やけど半分本気やで」
「ありがとうございます。今は連れがいるんで」
「やろな」
おっちゃんが台所号を見て、自分の屋台に戻っていった。
俺が振り返ると、寧々がたこ焼きをほおばっていた。
もう二個目だ。
「……早くない?」
寧々が答えない。三個目に手を伸ばしている。
結衣さんが笑う。
「寧々ちゃん、そんなにたこ焼き好きなら次はたこ焼きにすれば?」
寧々が手を止める。
少し考えて、言う。
「たこ焼きは、外がちゃんと固まってないといけない。中はとろとろで、かじったら熱いやつ。ソースは甘辛で、青のりがちゃんと乗ってて、かつおが揺れてるやつ。自分で焼いたら、食べることに集中できない」
一息ついて、続ける。
「だから焼かない。たこ焼きは食べるものだから」
結衣さんが俺を見る。俺が小さく肩をすくめると、結衣さんがたこ焼きを一個取って笑った。
台所号の鍵を指で回す。
結衣さんの声が、祭りの音に混ざっている。
寧々が四個目に手を伸ばしている。
いつもと違う。
でも、悪くない。
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【PHOTO】焼きトウモロコシ
皮二枚残して蒸して、醤油を乗せる。
粒から汁が出るやつ。
今日は大阪の商店街のお祭りでした。
#旅する台所号 #今日の一皿 #大阪の祭り
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