第6話① 焼きトウモロコシ ― 三人の昼前
──大阪、商店街。
祭りの音は、準備の段階からある。
金属が当たる音。子どもの声。どこかから流れる音楽が、風に乗って届いたり消えたりする。
油の匂いはまだ薄い。でも昼が近づいてくる感じは、匂いより先に体が知っている。
台所号の横腹を開けて、外の作業台を出す。
折り畳みの脚を広げて、地面に当てる。ガタつきを確認して、留め具を締める。
風よけの板を立てる。祭りの会場は風の通り道になりやすい。火が暴れる前に塞いでおく。
ガスの接続を確認する。
継手を指で締めて、ホースに折れがないか手でたどる。
分岐栓まで来て、一度止まる。
隣の区画にも屋台が入っている。
たこ焼きの看板。まだ準備中だ。
そこへ足音が来た。
少し早い。息が切れている。
「遅れてごめん、駅で迷った」
振り向く前に声で分かる。
逢沢結衣さん。飲食イベントの現場で知り合った元同僚で、今はイベント会社の営業をやっている。今日の祭りに声をかけてきたのも結衣さんだ。
「毎回そう言う」
「迷ったのは本当やって」
笑いながら言う。悪びれてない。
それが結衣さんだ。
背が高い。脚が長い。動くたびに髪が揺れる。
会場の中でも、人目を引く立ち方をしている。本人は気にしていない。たぶん気づいてもいない。
台所号の中を覗く。
寧々が鉄板の前で準備している。
エプロンを締めて、鉄板の面を布巾で拭いている。こっちを見ていない。
「寧々ちゃん、久しぶり」
距離を詰める。体ごと入ってくる感じだ。
寧々が半歩引く。
結衣さんが気づかず続ける。
「ここ、いい匂いするね。まだ何も焼いてないのに」
「コーン」
寧々が短く返す。
結衣さんが近い。寧々が少し引いている。
いつもの二人だ。
数日前のことを思い出す。
結衣さんから着信があった。夜の九時過ぎだった。
「商店街のお祭り、出てみない? 場所だけ押さえてある。寧々ちゃんの料理、ちゃんとした場所で出したくて」
「どのくらいの規模?」
「屋台、三十軒くらい。一日だけ。昼から夕方まで」
俺は寧々に振った。
寧々は少しだけ考えた。窓の外を見て、また俺を見た。
「……やってみたい」
それだけで決まった。
寧々が「やってみたい」と言うとき、もう頭の中では何かが動いている。
俺はそれを知っている。
コーンが箱で届く。
発泡スチロールの箱を開けると、冷たい空気が顔に当たった。
皮付きのまま、ぎっしり詰まっている。皮の色が青い。
結衣さんが一本持ち上げる。
「これ、このまま焼くん?」
「皮ごと」
「へえ。蒸されるやつか」
寧々が少しだけ結衣さんを見た。
正解だったから。
「そう。中の甘さが逃げない」
寧々が補足する。珍しい。
「全部の皮を残すの?」
「残さない。二枚だけ」
「なんで二枚?」
寧々がコーンを一本取る。
外側の皮を指でめくりはじめる。一枚、二枚、三枚。
残り二枚のところで止める。
「全部残すと蒸しすぎる。焦げ目がつかない」
「二枚やと?」
「蒸気の逃げ道ができる。中は蒸されて、外は焦げる」
結衣さんが「なるほどね」と言って、コーンを手の中で回す。
皮の青さを確かめるみたいに。
「醤油はいつ塗るの」
「焼いてから」
「焼く前に漬けといたりしないの」
「しない。粒の表面が乾いてから塗る。早すぎると焦げ臭くなる」
「細かいな」
「コーンは甘いから。甘さを殺したくない」
結衣さんがコーンを箱に戻す。
「……やっぱ寧々ちゃんの話聞いてると腹減るな」
寧々は答えない。
でも、手が少しだけ速くなる。
今日はいつもと違う。
三人いる。




