第九章 崩れる順序
朝霧が、谷を覆っていた。
視界が、短い。
あかねは、足を止める。
「待ってください」
前方で、別のチームが動いていた。
人数は多い。
装備も重い。
「立入制限は、引いてあります」
九条が、無線で告げる。
『承知しています』
返答は、軽かった。
『すぐ終わります』
——早い。
その言葉が、嫌な予感を連れてきた。
次の瞬間。
鈍い音。
地面が、沈んだ。
斜面の一部が、ずれる。
「下がって!」
あかねが叫ぶ。
遅かった。
岩が、崩れる。
土砂が、流れる。
一人が、足を取られた。
「止めろ!」
九条の声。
だが、音に掻き消される。
あかねは、走った。
考える前に、体が動く。
ロープ。
固定。
引く。
引き上げた瞬間、
さらに大きな音が響いた。
——だめだ。
あかねは、九条を見る。
「先生、離れて!」
九条は、すぐに後退した。
その判断は、早かった。
崩落は、そこで止まった。
霧が晴れる。
露わになったのは、
半ば露出した石組み。
ルーン文字。
削られた痕。
——触ってはいけない。
あかねは、歯を食いしばる。
九条は、息を詰める。
「……順序を、壊した」
小さな声。
外部チームは、動揺していた。
『想定外です』
「想定が、甘かった」
九条の声は、冷たかった。
怪我人は、軽傷。
だが、遺構は傷ついた。
回復しない。
沈黙が、重く落ちる。
あかねは、石に近づかない。
代わりに、境界を引く。
「ここまでです」
誰にも、反論させない声。
九条は、頷いた。
彼の目は、石から離れなかった。
——失敗は、人を傷つく。
だが、遺構は黙ったままだ。
崩れたのは、地形だけではない。
信頼。
計画。
順序。
危機は、もう始まっていた。




