第七章 声を上げる
雨が、降り始めていた。
テントの布を叩く音が、一定のリズムを作る。
外には出られない。
停滞。
それが、空気を重くした。
九条は、地図を見ていた。
あかねは、入口に座っている。
「明日、進みます」
九条が言った。
「無理です」
あかねは、即答した。
九条は、顔を上げる。
「理由を」
「地面が緩んでる。
斜面も、岩も」
「記録では、問題ありません」
「昨日の雨量が違います」
声が、少し強くなった。
九条は、ペンを置く。
「進まなければ、日程が崩れます」
「崩していいです」
あかねは、言い切った。
沈黙。
雨音だけが、続く。
「……動木さん」
九条の声が、低くなる。
「あなたは、現場担当です」
「はい」
「判断は、私が下します」
あかねは、立ち上がった。
「それは、違います」
九条は、眉を寄せる。
「現場で、判断を間違えたら——」
「壊れます」
あかねが言う。
「前に、言いました」
九条は、口を閉じた。
あかねは、続ける。
「先生は、全体を見てる。
私は、足元を見てる」
一歩、近づく。
「どっちかだけじゃ、足りない」
九条は、車いすの肘掛けを握る。
「ですが……」
言葉が、途切れる。
あかねは、声を落とした。
「私、怖いんです」
九条は、目を上げる。
「ここで進んだら、
先生を止められなくなる」
正直な声だった。
九条は、深く息を吸う。
「……私も、怖い」
初めて、そう言った。
「遅れることが」
「失うことが」
雨音が、少し弱まる。
「だから、進みたい」
「だから、止めたい」
二人の言葉は、ぶつかった。
だが、否定ではない。
九条は、地図を折りたたむ。
「……一日、待ちましょう」
あかねは、肩の力を抜く。
「ありがとうございます」
「いいえ」
九条は、言い直す。
「正しい判断でした」
雨は、夜には止んだ。
外の空気が、少し軽くなる。
二人は、何も言わずに外を見た。
意見をぶつけた。
でも、壊れなかった。
それが、確かな進展だった。




