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第六章 ずれた一歩

 山の朝は、早い。


 空気が冷たく、音が少ない。

 あかねは、足元を確かめながら進んでいた。


 ——行ける。


 そう判断した。


 だから、一歩出た。


 次の瞬間、足元の土が崩れた。


「……っ」


 体が、前に流れる。


 あかねは、即座に体をひねり、岩に手をかけた。

 滑落は免れたが、膝を打つ。


 鈍い痛み。


「動木さん!」


 九条の声。


「大丈夫です」


 即答した。

 声は、ぶれていない。


 九条は、車いすを止める。


「判断が、早かったですね」


 責める声ではない。

 確認だ。


「……はい」


 あかねは、膝を押さえる。


 ——早かった。


 止まるべきだった。


 小さな判断ミス。

 致命的ではない。


 でも。


「今日は、ここまでにします」


 九条が言った。


「まだ、進めます」


 あかねは言い返す。


 九条は、首を振った。


「あなたが、そう言うときは——」


 一拍置く。


「止まるべきです」


 あかねは、言葉を失った。


 ——見られている。


 自分が、人に止められる側になるとは思わなかった。


 テントに戻る。


 膝は、動く。

 だが、感覚が少し鈍い。


「私のミスです」


 あかねが言う。


「ええ」


 九条は、否定しない。


「ですが、影響は小さい」


 そう言ってから、続ける。


「今のうちなら」


 沈黙。


 あかねは、地面を見る。


「……焦ってました」


「はい」


「先生を、待たせたくなかった」


 九条は、すぐに答えなかった。


 しばらくして、言う。


「それは、私の責任です」


「違います」


「いいえ」


 九条は、はっきり言った。


「あなたが早まったのは、

 私が“遅れる側”だからだ」


 あかねは、顔を上げる。


 九条は、続けた。


「判断を、譲らせてしまった」


 その言葉は、重かった。


 あかねは、息を吐く。


「次は、止まります」


「ええ」


 九条は、頷いた。


「一緒に」


 判断ミスは、小さかった。

 だが、影響は残った。


 それは、地形でも、怪我でもない。


 ——役割のずれ。


 このままでは、壊れる。


 二人は、同じ場所を見ていた。


 だからこそ、立ち止まった。


 それが、最初の修正だった。

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