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第三章 契約と視線

 契約書は、思ったより薄かった。


 紙は数枚。

 条文も、簡単だ。


 動木あかねは、最後のページに目を通す。


「危険作業を含む」


 そこだけ、指でなぞった。


「問題ありません」


 九条さとしは、頷いた。


「無理はさせません」


 その言い方は、約束というより前提だった。


 ハンコを押す。

 音が、小さく響く。


 それで、決まった。


 ——助手。


 事務室を出ると、空気が変わる。


 視線が、増えた。


「……あの子?」


「学生だろ?」


「助手って、聞いたけど」


 声は低い。

 聞こえない前提の音量。


 あかねは、歩調を変えない。


 九条は、気づいている。

 だが、何も言わない。


 研究棟の廊下。

 すれ違いざま、男が足を止めた。


「九条先生」


 白衣。

 年上。


「今回の調査、聞きましたよ」


「ええ」


「助手が……彼女ですか?」


 視線が、あかねに向く。


「はい」


 九条の返事は、短い。


「随分、思い切りましたね」


「必要でしたので」


 男は、軽く笑った。


「実績、作らないと」


「承知しています」


 会話は、それで終わった。


 男は去る。

 空気だけが、少し残る。


「……すみません」


 あかねが言う。


「何がですか」


「巻き込まれて」


 九条は、首を振った。


「巻き込んだのは、私です」


 言い切りだった。


 研究室に戻る。


 メールが、すでに何通か届いている。


 共同調査の打診。

 資料共有の依頼。

 遠回しな牽制。


 九条は、いくつかを未読のまま閉じた。


「敵、作りました?」


 あかねが聞く。


「元からです」


 淡々とした声。


「若い。

 国外帰り。

 分野が地味」


 理由は、揃っている。


「大丈夫ですか」


「問題ありません」


 九条は、あかねを見る。


「あなたがいますから」


 あかねは、少しだけ眉を上げた。


「それ、責任重くないですか」


「重いです」


 九条は、認めた。


「ですが、正しい重さです」


 机の上に、地図を広げる。


 山岳地帯。

 点で示された、遺構候補。


「ここです」


 あかねは、地図を見る。


 ——行ける。


 そう思った。


「出発は、いつですか」


「準備が整い次第」


 あかねは、頷く。


 研究者たちの視線は、

これからもっと増える。


 期待。

 疑念。

 嫉妬。


 でも。


「先生」


「はい」


「これ、競争じゃないですよね」


 九条は、即答した。


「ええ」


「壊さない仕事です」


 その言葉で、十分だった。


 契約は結ばれた。

 だが、本当の線引きは——


 もう、始まっている。

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