勇者の郷愁
ただでさえ小さな彼が背を丸めて泣く姿はあまりにも哀れだった。
「帰りたい……もういやだ……」
か細い声。どうにかしてあげたかった。でも私にはどうしようもなかった。異世界に干渉する手段なんて持っていない。
彼は勇者だった。こことはまったく別の世界から来て魔王を倒した。剣を持って戦えば、小柄ながらもの凄く強い。彼が魔王を倒したのは、この世界のためなんかじゃない。ただただ、自分の故郷に帰りたかったからだった。
彼を呼び出した国の王、つまり私の父も。その親戚である魔術師も。本当は帰る手段なんてないことを隠していた。小さな彼を利用するために。まだ幼ささえある少年を戦わせるために。彼には全て成し遂げれば帰れるかのように思わせたのだ。
「帰りたい……白いご飯が食べたい」
白いご飯、がどんなものか、私は知らない。でも、叶えてあげたかった。少しずつ彼から情報を聞き出して、コメという穀物を使った主食だと知った。
コメを探した。珍しい穀物があると聞けば取り寄せた。一国の王女として使えるものは権力も金も人脈も使った。酔狂だ我儘だと言われながら手を尽くした。
どうにかそれらしいものを見つけた。彼には少し違うと言われたから、品種改良にだって着手した。幸い私は植物に関する魔法なら得意だ。彼から及第点をもらえた時には本当に嬉しかった。
コメの次はショーユ。これはわざわざ異国に出向き、似たものを手に入れた。同じ国でミソを発見した時には、彼は喜んでぼろぼろ泣いた。それはいつかの、哀愁を誘う泣き方とは違う涙だった。
王女である私が異国を旅することについて、反対する声もあった。護衛の近衛騎士がぞろぞろついて来ようとしたから、勇者が対処できない敵に勝てるのかと言ったら、二人まで減った。
コンブ、ワカメ、ノリを探した。海藻を食べるという習慣自体に驚かされた。彼が漁村の商人にあれこれ教えて、その村ではカンテンが新たな名産品になった。
生魚を食べるというので心配した。
ニボシも作った。ミソシルの完成度が上がったという。確かに今までと味が違う気がする。コンブと合わせたものが私は好きだ。
彼は私にあれこれと料理を作ってくれる。近衛がいちいち毒見役をしようとするのが正直とても鬱陶しい。立場を考えれば仕方がないんだけど。
気付けば、彼と私は世界中を旅していた。いつからか彼は帰りたいと言わなくなった。彼はいくらか背が伸びて、それでもやっぱり小柄だった。
小さな彼が実は年上だと知って、驚いた。あまり体が大きくならなかったことを本人は悔しがったけど、相変わらずもの凄く強い。
とある料理人と知り合って、勇者の故郷の料理を再現して振る舞う店を作った。評判は上々。食べたら勇者のように強くなれる、なんて噂が飛び交っているそうだ。
ある日、私は恐る恐る聞いてみた。
「まだ、帰りたいですか?」
彼はもう泣かずに穏やかに笑った。
「どうかな……大事なものができたから」
彼から指輪をもらった。私の薬指に着けてくれた。彼の故郷の風習だという。どういう意味かと尋ねたら、彼は真っ赤になって恥ずかしがった。
「今の俺の帰る場所は、君の隣だからさ」




