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第2話:魔法で原稿を書こうとしたら、呪いのペンでした。

カミ、17歳。転生したばかりの俺は、ボロい木造の部屋で途方に暮れていた。目の前には、インクの匂いが漂う羽根ペンと、羊皮紙の山。そして、「『竜王の叙事詩』第3巻 原稿」と書かれた紙束。どうやら、この世界の俺は駆け出し小説家で、デビュー作が大ヒットしたはいいが、続刊が遅れまくって「エタっている人」と揶揄されているらしい。しかも、借金まみれで、締め切りを破れば王都の地下牢行きだ。


さっき、眼光鋭い編集者らしき男――名前はまだ知らない――に「今夜までに50ページ書け!」と脅されたばかりだ。50ページ? 生前の俺なら、徹夜で何とかしたかもしれない。だが、この世界の俺は17歳のガキ。体力も、集中力も、前の人生とは比べ物にならない。しかも、机の上の原稿は、まるで俺を嘲笑うように白紙に近い。

「神様、ボーナスってこれかよ……」

俺は天井を見上げ、呟いた。転生管理局の光の玉が「特別なボーナス付き!」とか言ってたけど、この状況、ボーナスどころか呪いじゃねえかよ。



とはいえ、落ち込んでる暇はない。この世界はファンタジーだ。魔法がある。生前の俺は、締め切りを乗り切るためにカフェインと気合に頼ったが、ここなら魔法で原稿を一瞬で仕上げられるかもしれない。例えば、ペンが勝手に動いて小説を書いてくれるとか、頭の中のアイデアを羊皮紙に転写する呪文とか。俺は部屋の隅に積まれた本の山に目をやった。そこには、この世界の俺が使っていたらしい魔法書や、物語の設定資料が雑然と置かれている。どうやら、カミは小説家として売れる前、魔法使いの端くれを目指していたらしい。魔法の才能は「まあまあ」とのことだが、簡単な呪文なら使えるはずだ。本を漁ると、『初級魔法大全』なる分厚い本が出てきた。表紙には、星と杖のマーク。ページをめくると、「光の玉を出す」「水を沸かす」といった基本呪文が並んでいる。だが、俺が欲しいのはそんな地味なものじゃない。もっと派手な、締め切りをぶっ飛ばすような魔法だ。「あった!」

数ページめくったところで、目を引く呪文を見つけた。

『自動筆記の魔法:スクリプト・オートマタ』

説明によると、「この呪文は、術者の思考を読み取り、ペンが自動で文章を書き上げる。物語創作に最適!」とある。まさに俺のための魔法じゃないか!


「よし、これだ」

俺は早速、机の上の羽根ペンを手に取り、魔法書に書かれた呪文を唱えた。

「スクリプト・オートマタ、起動せよ!俺の脳内の物語を、羊皮紙に刻め!」

(ダサくね…?)

すると、ペンがカタカタと震え始めた。部屋に薄い青い光が広がり、ペンが宙に浮かぶ。

「おお、すげえ。動いてる。」

ペンはまるで意志を持ったように、羊皮紙の上を滑り始めた。インクが流れ、文字が次々と現れる。俺は興奮で拳を握った。

「これで締め切りも怖くねえ。神様、ちょっと見直したぞ。」


だが、喜びは長く続かなかった。

ペンが書き始めた文章を、俺は二度見した。


「竜王、突如としてピンクのウサギに変身し、王都をスキップで駆け回る。『みんなくっそ可愛いぜ!』と叫びながら、花畑で昼寝を始めた。」

……は?

俺は慌ててペンを掴もうとしたが、ペンはまるで俺を拒むようにスルリと逃げる。そして、さらに書き続ける。

「王女は竜王のウサギ姿にメロメロになり、『結婚しよ!』とプロポーズ。だが、竜王は『俺の心はカレーに捧げた!』と拒否し、カレー屋を開業するために旅に出た。」


「待て待て待て! 何この展開!?」

俺は叫んだが、ペンは止まらない。羊皮紙には、どんどん意味不明なストーリーが溢れていく。竜王がカレー屋でバイトを始めたり、王女がカレーの辛さに泣きながらファンクラブを結成したり。

「こんな話、誰も読まねえよ! ていうか、『竜王の叙事詩』って壮大なファンタジーじゃなかったのか!?」

慌てて魔法書を読み返すと、ページの隅に小さな注釈が。


「警告:スクリプト・オートマタは、術者の潜在意識を反映します。心が乱れている場合、予期せぬ文章が生まれる可能性があります。」


潜在意識? 俺の心が乱れてるだと?

確かに、転生直後で締め切り地獄に放り込まれた俺のメンタルはボロボロだ。なんでピンクのウサギやカレー屋が出てくるんだよ!生前の俺、そんな要素一ミリも書いてねえぞ…



そのとき、部屋のドアがバン!と開いた。

「おい、カミ! 原稿はどうなった!?」


さっきの編集者だ。名前はまだ知らないが、顔はさらに怖くなってる。背後には、なぜか二人の屈強な男、おそらく借金取り、が控えている。

「えっと…まだ、ちょっと……」

俺が言い訳をしようとすると、編集者が机の上の羊皮紙に目をやった。

「ほう、書いてるな。どれ、見せてもらおう」

「いや、待って! それはまだ――」

だが、編集者は容赦なく羊皮紙を手に取り、読み始めた。

「……竜王が、ピンクのウサギ? カレー屋? 王女がファンクラブ?」


編集者の顔が、みるみるうちに真っ赤になる。

「カミ! お前、ふざけてるのか!? 『竜王の叙事詩』は王都の誇る大作だぞ! こんなゴミみたいな話で、読者を失望させる気か!?」

「ち、違うんです! これは魔法が勝手に――」

「言い訳はいい! 今夜までにまともな50ページを仕上げろ! さもなくば、借金取りと一緒に地下牢だ!」

編集者は羊皮紙を叩きつけ、ドカドカと出て行った。

残された俺は、頭を抱えた。

魔法、頼むからまともな仕事してくれ……



気を取り直して、俺は再び魔法書を手に取った。別の呪文を探すしかない。だが、そのとき、窓の外からガサガサと音が聞こえた。

ん? 何だ?

窓を開けると、そこにはボロボロのマントを羽織った少女が立っていた。歳は俺と同じ17歳くらい。赤い髪をポニーテールに束ね、腰には短剣を差している。目つきは鋭いが、どこか好奇心に満ちている。

「お前がカミか? 『竜王の叙事詩』の作者だろ?」

少女がズカズカと部屋に入ってきた。

「え、誰? なんで俺の名前知ってるんだ?」

「フン、知らないヤツはいねえよ。王都で一番有名なエタり小説家なんだからな!」

……うわ、ストレートに刺さるな、この子。

「で、何の用だよ? 俺、超忙しいんだけど」


少女はニヤリと笑い、懐から一冊の本を取り出した。表紙には『竜王の叙事詩 第1巻』と書かれている。

「実はな、俺、お前の小説の超ファンなんだよ! 特に、竜王が魔王の軍勢を一撃で倒すシーン! あれ、めっちゃ熱かった!」

「へ、へえ、そうか……」

急に褒められて、ちょっと照れる。生前の俺はファン対応に慣れてたはずだが、この世界の俺はまだガキだ。こういうのに弱い。

「で、名前は?」

「リナだ。冒険者やってる。Cランクだけど、いつかSランクになる予定のな!」


リナは胸を張って言った。冒険者、か。ファンタジー世界らしい職業だ。

「で、リナ、俺になんの用? サインでも欲しいのか?」


「ハハ、欲しいけど、それだけじゃねえよ。実は、お前に提案があるんだ」

リナは目をキラキラさせながら、俺に顔を近づけた。

「お前の小説、続きが遅すぎるだろ? だから、俺が手伝ってやる! 冒険者として、リアルな戦闘シーンや冒険のネタを提供してやるよ! どうだ?」

「手伝う?」

俺は一瞬、考えた。確かに、『竜王の叙事詩』の続きを書くには、ファンタジー世界のリアルな素材が必要だ。生前の俺は想像力でカバーしたが、この世界では本物のドラゴンや魔物がいる。リナの経験は、物語に深みを加えるかもしれない。


「悪くねえな……でも、なんでそこまでしてくれるんだ?」

リナは少し照れたように笑い、言った。

「まあ、単純に、お前の物語の続きが読みてえだけだよ。エタるなんてもったいねえ!な、仲間になれよ!」

仲間、か。締め切り地獄で孤軍奮闘していた俺には、ちょっと心強い提案だった。



リナを部屋に招き入れ、俺は再び魔法書を開いた。

「よし、リナ、ちょっと待ってろ。まずはこの呪いのペンを何とかする」


「呪いのペン? 何だそれ、面白そうじゃん!」

リナは目を輝かせ、机の上の羊皮紙を覗き込んだ。

「うわ、竜王がウサギって! カミ、お前、頭大丈夫か?」

「うるせえ! これは魔法のせいだ!」

俺は魔法書をめくり、別の呪文を探した。すると、『思考整理の魔法:マインド・クリア』という呪文を見つけた。説明には「心を落ち着け、集中力を高める。スクリプト・オートマタとの併用推奨」とある。

「これだ! さっきの失敗は、俺の心が乱れてたせいだ。まずはこれで頭をクリアにすりゃ、まともな話が書けるかも。」


俺は呪文を唱えた。

「マインド・クリア、俺の心を澄み渡らせろ!」

相変わらず恥ずかしい。

部屋に柔らかな緑の光が広がり、俺の頭がスッキリしていく。締め切りのプレッシャーや、借金取りの恐怖が、まるで霧が晴れるように消えていく。

「すげえ……なんか、アイデアが湧いてくるぞ!」


俺は再び『スクリプト・オートマタ』を唱え、ペンを動かした。今度は、ちゃんと『竜王の叙事詩』らしい、壮大な戦闘シーンが羊皮紙に刻まれていく。

「竜王は炎の剣を振りかざし、闇の軍勢を一掃した。王都の空に咆哮が響き、民衆は希望を取り戻した……」


「うおお、いいじゃん! これぞ『竜王の叙事詩』だ!」

リナが興奮して叫んだ。

だが、喜びも束の間。ペンがまたしても暴走を始めた。

「竜王は勝利を祝い、王都の酒場でカレーを注文。『この辛さ、俺の魂に火をつけるぜ!』と叫んだ。」

「またカレー!?」

俺はペンを掴み、床に叩きつけた。

「このペン、絶対呪われてるだろ!」



リナが笑いながら言った。

「カミ、ほんと面白い。でもさそのペンなんか怪しくね?ちょっと見せてみてよ。」

リナは床に落ちた羽根ペンを拾い、じっくり観察した。

「お、ほら、ここペンの軸に何か刻まれてるぞ。」

よく見ると、ペンの軸に小さな文字が。

「呪いの自動筆記ペン:使用者の最も強い欲を反映する。解除不可。」


「解除不可!?何だこのクソ仕様!?」

俺は頭を抱えた。どうやら、このペンは俺の潜在意識の中でも特に強い「欲」を拾ってしまうらしい。で、なんでカレーなんだよ? 生前の俺、カレーそんなに好きじゃなかったぞ。

リナがニヤニヤしながら言った。


「カミ、お前、実はカレー好きなんじゃね?潜在意識って、正直だからな。」

「んなわけねえ! ……まあ、確かに、締め切り中にカレー食って気合入れたことあったけど……」

「やっぱり!」

リナの声が部屋に響いた。

「よし、カミ、こうしよう。呪いのペンは一旦封印だ。私が冒険のネタを話してやるから、お前は普通にペンで書け。な?」


「普通に、か……」


俺は羊皮紙を見つめた。魔法に頼らず、自分の力で書く。生前の俺は、そうやって締め切りを乗り越えてきた。ファンタジー世界でも、それは変わらないはずだ。

「分かった、リナ。協力、頼むぜ」

「よっしゃ!任せとけって。」

リナは拳を突き上げ、俺は新しい羊皮紙を広げた。

締め切りまであと数時間。借金取りの足音が近づく中、俺とリナの戦いは始まった。



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