食いちぎれ
お願いします!
死刑裁判とは、主に見せ物的な意味合いが多く、死刑囚が死んでいく様をじっくり見守ると言う、クソみたいな裁判である。
この裁判では、一体だけ魔物が出て来る。ルールは簡単、出て来た魔物を殺す事が出来たら冤罪として解放されると言う事だ。
「いや、クソだな。」
少し向こうにある柵がゆっくり軋みをたてて上がり、観客が一瞬凍りついた。
鈍く響く足音が、徐々に近づいて来る。
「……嘘だろオイ」
ーーそれは、見上げる程の大きさの龍であった。
鈍く煌めく鱗が呼吸と共に波打ち、俺を殺そうと揺らいでいた。
「ギャアアオオ!!」
「……うるっさ」
鬱陶しいように片耳に手を当て塞いでいると、誰かが声を荒げた。
「早くそいつを殺せ!」
「そうだそうだ!」
「始めろよ!時間がないんだって」
次々に飛び交って来るヤジと、投げ付けられるゴミや紙クズ。
はーー、
俺は、この状況でため息をついた。理由は簡単
「お前ら……うるせぇ」
その言葉で、目の前の龍が火を吐いて来た。
虚空に響く轟音が、その威力を物語っている。
「うおっ!」
慌てて、回避する。間一髪で炎は通り過ぎて行った。
「ゴアアアッ!!」
おっ、どうやら次は尻尾を振って来た。可愛いとこもあるじゃん、尻尾フリフリってよ。
ーー音が遅れて聞こえる速度で振ってきたけどね。
これもギリギリで回避、頭の上を音を超えた速度で通過する、すれ違いざまに一撃を叩き込んだが剣が悲鳴を上げた。
するとどうやら、二回も続けて避けられた事が気に食わなかったのか、突進してきた。
「あっぶな!」
結界を用いて、前方にジャンプで飛び越え後ろを振り向くと……
「……マジかよ」
壁だけで無く、俺がいた地面が丸ごと抉られていた。
「本っ当、どうすんだよこれ」
少し呆れたように、二本あるうちの一本の剣を引き抜いて、前に構えた。
一般観客席よりも、上にある貴族用の観客席その一席に、彼女が座っていた。
ーー驚きの表情と共に
「どう言う事?シュテルは、……あの男は、あんなに強くなかったはずなのに」
そう、今シュテルが戦っているドラゴンは、過去にシュテルを含む、総勢十名の勇者たちが、戦いそのうち
ーー九名死んで、生け捕りにしたドラゴンである。
シュテルだけでも、二十回以上死亡してようやくであるはずなのに、
「戦えてるのよ……?」
まだ彼は何もしていない、ただ攻撃を躱しているだけである。
余裕がありそうで、無さそうで、彼は飄々と攻撃を避け続けているだけである。
「いいぞ、いいぞ!」
「避けてるだけじゃねぇか!」
「どうした!さっさと殺せよ!」
「ーーもう終わったな、あいつ」
さまざまなヤジが飛んでくるが、正直言ってどうでも良い。
「それよりも、この鱗をどうにかしないと」
今まで、何回も繰り返しカウンターを決めているが、傷が少し付くだけで、大したダメージになっていなさそうである。
「逃げ回っているだけじゃ……ダメなんだろうなっ!」
体の左側を、音速を超える速度の尻尾が、唸りを上げて通過する。
……通った後を遅れて、暴風が襲う
尻尾の攻撃よりも、この遅れて来る暴風がヤバい
左側に、引っ張られるように体勢を崩してしまい、それを狙ったかのようにドラゴンが突っ込んできた
「……やらかした!」
右側に衝撃と、だいぶ遅れて激痛が全身を迸る。
「ーーゔがっあっ」
気付いた時は、壁にめり込んでいた。
体が動かせない……どうやらぶっ飛ばされた時に体のほとんどの骨が折れてしまったようだ。
「あぐっ、ゔああっ」
よく見ると、尻尾とぶつかった腕はへし曲がって、骨が出ていて……肉で繋がっているだけだった。
呼吸をすれば、肺が全く機能していない。おそらく片方が完全に破裂していて、動かないのだろう。
もう片方の剣が、いつもより輝いて見えた。
この戦いで何故剣が二本あるのか、それは一本は魔物に抗うために、もう一本は……自刃する為である。
ーー魔物に喰われて死ぬならば、せめて自分の手で
そんな風に死んでいった人間がいくついただろう、すでに一本目の剣は折れている。
状況は絶望的である、だがまだ終わったわけじゃない。
その時、口からあり得ないほどの血を吐いた。
あぁ俺はここで死ぬのか……
滴る血を眺め、鏡写しで見える自分を見て
ーー実に良い
この痛みが、この感触が、この流れる血液が……俺が、私が、僕が、生きているを感じる瞬間である。
「ふへっ、ふはっ」
俺は今、生きている!
大丈夫、まだ右手が残ってる。
大丈夫、まだ足が残っている。
何も、何も問題はない。
俺には何が出来る……
国を揺るがす大魔法を放つ事か?
ーー違う
世界を断つ剣撃を出す事か?
ーー違う
魔王を倒す事か?
ーー違う
ーー俺に出来ることは、ただみっともなく“生”に縋り付くこと、俺に出来ることは、諦め悪く“死“に挑み続けること。
思い出せ、死に続けて何度も死に続けて、敵に挑み“死”を武器にして戦ってきた。
「ふはっ、ハハハハハッ!」
笑い声が、開場を包み込んだ
「……あいつ、何で笑ってんだ?」
どよめきが開場に広がっていく、彼は地面に剣を突き刺して、千切れかけた左手をぶら下げ、まだ無事な右腕を咥えて
ーー食い千切った
鮮血が宙を舞う、その時彼の口から発せられたのは……
「『戦火の恩寵』」
シュテルが忌み嫌う力の一つである、それはかつて悲劇を起こしてしまったから。
ポツポツと滴る血が、赤い血がさらに赫くなり遂には、燃え始めた。
ーーまるで、戦いを歓迎するかのように、轟々と体を燃やしていった。