婚約破棄からの破滅エンド?望むところです、愛する貴方と堕ちるなら……
「アリシア、貴様には心底失望した! この時を以て婚約を破棄する!」
「あら……よろしいのでしょうか? 私にそんな口をきいても?」
「見苦しいぞ! 貴様が起こした悪行の数々……そして、このルーチェに対する嫌がらせの証拠も揃っているんだ!」
エレスティア王城の一室で開かれた夜会での出来事だった。
「人の不幸は蜜の味とは言いますが……」
バルコニー近くの窓際から会場を見渡していた私は、参加している貴族どもの会話に飽き飽きしていた。
「まあ、こんな小娘が代理とはいえ伯爵家の代表となれば……ねぇ」
数か月前、離れた領地へ視察に出かけた両親が道中で謎の死を遂げた。調査に当たった騎士団からは事故死と聞かされたが、巧妙に仕組まれた暗殺で間違いないだろう。
「両親は何かと裏で動いていたようですし、恨みも相当な物でしょうね……まあ、いなくなってくれて好都合でしたけど」
そんな背景もあり、腐ったヤツラの格好の餌食になったのは私だ。目障りな両親を消すために腕利きの暗殺者を雇った、怪しい魔術の実験台にしたなど……耳に入る話は聞くに堪えない物ばかり。
「ここまで腐りきっていたとはですね……まあ、最初から分かっていましたが」
噂好きな彼らにとって格好の餌食となった私は、気持ち悪い視線を振り切るように窓際に避難した。逃げる途中で受け取った血のように赤いワインでも楽しもうとした矢先、第二王子であるクリフォードが伯爵令嬢のアホを引き連れて私の前に現れた。嫌な予感は的中するもので、大勢の参加者の前で喚き散らかし始めたというわけ。
「相手にするのもバカらしいですが……私がどんな嫌がらせを働いたというのでしょうか?」
「貴様と言うヤツは……茶会と称して彼女の紅茶に毒を盛り、暗殺しようとした。さらには闇ギルドを使い、誘拐未遂まで企てたそうだな!」
「やはり殿下の目は節穴ではなく大穴が開いておられるようですね。まあ……いいでしょう。そこまで言うのであれば証拠を見せて頂けますか?」
「自ら弁明の機会を放棄するとは馬鹿なヤツだ! 見るがいい、この数々の証拠をな!」
クリフォードが手に持っていた紙を私に目がけて投げつけてきた。避けるのも面倒だったので、そのまま私の体に当たると床に散らばった。
「さすが王子様ですわ。女性に向かって資料を投げつけ、床に落ちたものを拾わせるとは……さぞ素晴らしい英才教育をお受けになられたようです」
持っていたワイングラスを近くのテーブルに置くと、床に散らばった資料を数点拾い上げる。書かれていた内容は次の通りだった。私が闇ギルドへ依頼を出し、遅効性の毒薬原料を仕入れる取引履歴。屋敷の地下に怪しい研究施設を作り、生物を使用した実験を秘密裏にしていること。ルーチェやクリフォードだけでなく、王の命も狙う計画を企てたことなど……どこで仕入れたかわからないような情報まで列挙されていた。
そして、最後に私が国家反逆を企てる主犯格であると明記されているのだ。
正直、身に覚えのないことが大半を占めているため頭が痛かった。だけど、これほどの資料をまとめ上げた努力は褒めてあげないといけません。真実が混じっていることも含め……
「ふふふ、大変すばらしい資料で感心しますわ。王子は探偵かミステリー作家としての才能がおありのようですね。しかし、私が主犯と決めつけるには少々説得力に欠けるのではないでしょうか?」
思わず笑みがこぼれてしまうのを隠すため、手に持った資料を口元にあててわざとらしくため息をついた。その様子がよっぽど気に障ったのか、目の前にいるアホ王子は顔を真っ赤にしながら私を怒鳴りつける。
「貴様……何が言いたい!」
「いえ、私に聞くよりもそちらに控えていらっしゃるお嬢さんへ質問される方が良いかと思いますわ。ねえ、ルーチェ様?」
クリフォードの背中に隠れるようにこちらを窺っていたルーチェが悲劇のヒロインのような声を上げた。
「ひどい……私が何をしたというのでしょうか?」
「彼女は無関係だ! ルーチェ、大丈夫だよ。僕があの悪魔から守ってあげるからね」
クリフォードの左腕に抱きつくとわざとらしく胸を当てると顔を背けた。しかし見逃さなかったわ、ほんの一瞬だけど憎悪に満ちた笑みを浮かべていたことを……バカ王子は全く気が付いていないどころか、デレデレと気持ち悪い笑みを浮かべていたけどね。
「とんだ茶番劇ですわ。この資料の矛盾点に気が付かないとは……やはりバカは死なないと治りませんね」
「だ、誰がバカだと!?」
「もちろん、目の前にいるバカ二人の事ですよ。そもそも、屋敷の地下に怪しい研究施設があるなんて言う情報をどうやって入手されたのでしょうか? クリフォード様はおろか、王族の使いの方も我が家に来たことすらありませんのに」
「そ、それは……お前には関係ない!」
反論することなど想定していない王子が慌てる様子は滑稽だ。だが、私も追撃の手を休めることはしない。
「そうなんですね。そういえば数日前に近所で怪しい人影を見かけましたわ。シルエットからして女性のように見えましたし……そう、後ろで控えているルーチェさんそっくりの」
「ひ、ひどい……まるで私が屋敷に忍び込んだ犯人と決めつけた言い方です……」
「貴様、ルーチェにまで何たる仕打ちを!」
まさかこんなに簡単に自爆してくれるとは想定外だった。そのことにまったく気が付いていないバカ二人に真実を教えてあげることにしよう。
「呆れて言葉が出てきませんわ。ルーチェさん、私は近所で怪しい人影を見たとは言いましたが、敷地内でとは一言も言っておりませんよ?」
「……」
王子の後ろで肩を震わせ、無言で悔しがる様子を見るのは実に気持ちがよかった。さらなる追い打ちのため、静かに目を閉じて考えを巡らせていると何やら金属がぶつかり合う音が近づいてきた。ゆっくり目を開けると、銀色に輝く剣を私に向けた二十人を超える騎士たちに囲まれていた。
「今度は何の余興でしょうか?」
「国家反逆を企てる重罪人め! 反抗的な態度に数々の侮辱……この場をもって貴様を断罪する!」
「あらあら」
「ふん、泣きわめいて許しを請いてみたら考えてもやらんがな。さあ、無様に許しを請いて見せろ!」
勝ち誇ったような顔で私を睨みつけるクリフォード王子。改めて周囲の様子を見渡すと、私に視線が集中していた。どうやら無様に命乞いをする様子を期待しているようだ。
「そうだ、良いことを教えてやろう。第一王子を処分した時はもっと潔かったぞ」
「は? 処分した…ですって……」
「俺に指図ばかりしやがるからな。わざと失脚するように仕向けたのだ!」
「そ、そんな……」
「お前にも見せてやりたかったぞ! ヤツが無様に堕ちていく様をな!」
「……それでは半ば強引に私と婚約したのは……」
「ふん、お前の秘めた力とやらに興味を持っただけだ。だが、その話もガセネタだったようだな。なんの力もないお前は用無しだ! すぐにアイツのところへ送ってやるぞ、この役立たずが!」
この瞬間、私の中で何かがキレた。すると心の奥底から湧き上がるどす黒い感情が身体を支配し始める。
「ふふふ……まさかここまで救いようがないとは思いませんでした。本当に救いようのないクズばかり、こんな国は滅んだほうが世のためですね」
「き、貴様はなぜ笑っている……」
「え?」
王子に指摘されて自分が笑みを浮かべていることに気がついた。
「ああ……なんと心地よい気分でしょう。なぜ私はもっと早く……いえ、全て終わりですから」
「何を一人でブツブツ言っているんだ!」
「クリフォード様、すごく嫌な感じがします! 早くあの女を殺さなければ……」
「お、お前たち何をしている! 早くアリシアを始末しろ!」
慌てふためいたクリフォードが衛兵に向かい指示を飛ばしたが、時はすでに遅し。黒いオーラが全身を守る鎧のように包み込んでいった。
「私を始末するとは面白い冗談ですわ。さあ、始めましょうか。皆様、さようなら……断罪の始まり」
短く言葉を唱えると左手の人差し指を前に突き出し、そのまま下へ向ける。すると私を除いた全員の骨が軋むような鈍い音が響き、次々と床に沈んでいく。何とか自分だけでも助かろうと必死にもがき苦しむ様子が実に面白い。ふと、足元を見ると先ほど私に剣を向けていた衛兵は頭部と胸部の鎧がへこみ、もはや虫の息だ。そんな中、クリフォードだけは片膝を付いたまま私を睨みつけている。
「あら? 意外にしぶといのですね? お隣のルーチェのように虫けらの如く這いつくばっていればよかったものを」
「貴様、いったい何の目的だ!」
「飽きただけですのよ。あなたの婚約者のふりをすることも、この世界で生きることも」
「な、なんだと……」
「おかしいと思いませんか? 好き勝手やっているあなたの思い通りに事が進んでいくという事が……そう、まるで誰かに作られたシナリオが存在するかのように」
「言っている意味が……さ、さっぱりわからん。俺は、この国の……」
「はいはい、戯言もそのくらいにされてはどうですか? 次はもう少しマシな性格で現れてくださいね。それでは、サヨナラです」
「ま、まて! 俺はまだ死にた……ぎゃー」
ゴミムシが何か喚いていましたが、耳障りなのですべて終わらせることにしました。左手を振り下ろすと部屋中から骨が砕ける音が響き、床に敷かれた白いカーペットが鮮血で染まった。
「儚いものですね、人間という生き物は……」
大規模魔法を使った反動で近くのソファーへ倒れ込んだ私の意識は闇に沈んだ……
どれほど時間が過ぎたのだろう。目を覚ますと海の底のような静寂に包まれた室内へ朝日が差し込み、小鳥のさえずりが聞こえはじめていた。
「おかしいですね……いくらなんでも人の気配がなさ過ぎますわ」
使い果たした魔力も回復し、頭が回り始めた私はようやく異変に気がついた。様々な可能性を考えていると、会場の扉が開いて一人の男が入ってきた。
「ずいぶん派手にやったもんだな……まあ、手間が省けたから良しとするか」
「あ、あなたは……」
「久しぶりだな、アリシア」
立ち上がった私は驚きで言葉を失った。なぜなら目の前に現れた人物は数年前、始末されたと聞かされていた第一王子イヴァンだった。
「なぜイヴァン様が……それにこの惨状を見て驚かれないのでしょうか?」
「ふむ……普通であれば驚くだろうな。しかし、真実を知った今となってはどうでも良いことだ」
「……でも、どうやってここまで来られたのでしょうか? 今日は王城の警備も一段と厳しいはずですよ!」
「一人残らず始末していただけだ、王を含めてな」
「しかし、全員とは……」
「俺にとってはどうでもいいことだ。アリシアが生きていることが重要だ。俺とお前の計画を成功させるにはな」
「それはどういう意味が……まさか!」
全てを悟ったような表情のイヴァンを見てある結論に行きつく。
「その様子だと気が付いたようだな。アリシア、俺と一緒にこの世界を壊し、自分たちの理想郷を作らないか?」
「いいのですか? このような惨劇を引き起こして笑っているような女ですよ?」
「だから迎えに来たのだ。お前の選択肢は二つある……俺とともに世界を破滅へ導くか、こいつらと同じように野垂れ死ぬか。さあ、どうする?」
悪魔のような笑みを浮かべ、問いかけるイヴァン。私の答えは最初から決まっているというのに……
「ともに世界を破滅へ導きましょう。真実の愛を誓ったあの日から……心はあなたと共にあります」
言い終えるよりも早く、イヴァンに向かって駆け出した時だった。濡れたカーペットに足を取られ、顔から血溜まりへ飛び込みかけた時だった。
「おっと危ない。大丈夫か? せっかくの美しいドレスが薄汚い血で汚されてしまったら大変だ」
両腕で抱きとめられ、顔を上げると唇に暖かい感触が触れる。
「え?」
私の理解が追い付かぬまま、お姫様のように抱きかかえられたまま薄暗い廊下を歩き始めるイヴァン。
「今日はなんて素敵な日でしょう。外では楽しそうに小鳥がさえずり、花が美しく咲いておりますよ」
「ああ。こんな最高の日にこんな都合の良い世界を創造した奴らの絶望に歪む顔が見れるのだからな」
「ええ……肉を切り裂いて美しい血を滴らせ、痛みと苦しみに悶える甘美な悲鳴を響かせてほしいものですわ」
ふと立ち止まったイヴァン様と視線が合うと笑みがこぼれ、自然と声が重なる。
「「さあ……この腐った世界と創造主に届けましょう、本当の悪夢を」」
お読み頂き、ありがとうございます。
普段書かないジャンル、そして書き慣れていない一人称なので……温かく見守って頂けたらと思います。
最後に――【神崎からのお願い】
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