弟を狙う男子生徒を私が狙う話
正直に言おう、私は自分の容姿が優れていると分かっている。父も母も美男美女で、家族で街を歩けば何処ぞの芸能人? とスマホのカメラを向けられるのも慣れてきた。
今年で私は高校二年生だが、これまで男女問わず告白されない日は無い。下駄箱の中には古典的なラブレターがいつも詰まっているし、バレンタインデーというお菓子会社の陰謀日には山のようにチョコを貰ってくる。その日は晩御飯がチョコになる程に。
しかしながらそんなザ・モテ人生の私にも悩みはある。それは……私の双子の弟の存在だ。
「姉ちゃーん、公民の教科書貸して―」
隣のクラスから私のところまで気軽に訪ねてくるザ・弟。
その瞬間、女子の雰囲気がマジで変わる。足を広げてだらしなく座っていた奴は姿勢を正し、くだらない話で馬鹿笑いしていた奴は興味もない政治の話をしだす。
そう、例にも漏れず私の弟もザ・美形なのだ。しかも許せん事に私より美人。男のくせに美人。ショートボブに整えた髪型は(私がやった)彼を女子だと錯覚させ、男子の中にも私の弟を狙っている奴がいるらしい。女子の制服を着せれば本格的な美少女が誕生するだろう。
「ほら、授業終わったら返してよ」
「さんきゅー」
そんな弟は人懐っこく、誰とでも仲良く出来る性格。逆に私は壁を作ってしまうタイプで、友達らしき人間は何人かいるが、胸を張って親友です! と言える存在は皆無。
んで、何故その弟が悩みになるのか。可愛い弟なら別に悩む事無くね? と思うだろう。別に嫉妬しているわけではない。私も弟が大好きだ。それゆえに弟に邪な目を向ける女子は容赦なく排除してきた。
しかし……
「……瀧くん……萌え萌え……きゅんきゅん……」
私のナナメ後方の席に座る男子、草部豆太郎君……彼だけは私の手に余る。
「豆太郎君……申し訳ないけど、弟の事は諦めてくれるかしら」
「……え? な、何のことですやら……」
あからさまに惚けながらそっぽを向く豆太郎君。この子……いや、同い年で「この子」なんておかしいが、そう言ってしまう程に童顔。中学生の可愛い系男子。豆太郎という名前からしてハムスター系男子と勝手に私は評価している。
「豆太郎君……君は男の子でしょ? 申し訳ないけど、この小説はBLのカテゴリーはいれないつもりなのよ、作者」
「そ、そんなの……別に僕には関係ないし……椎名さんも変な勘違いしないでっ」
ぷいっと、可愛くそっぽを向く豆太郎君。
なんだろう、この豆太郎君の仕草……男の子なのに何故そんな女子よりも女子っぽく出来るのだろうか。たしかに大人しい、絵に書いたような文科系男子。お弁当も自分で作ってて女子力もある。いいお嫁さんになれるだろう。だからといって、姉として弟をそう簡単に渡すわけにはいかない。
「豆太郎君、彼女とか作らないの? 結構可愛い顔してるからモテると思うけど」
「椎名さんこそ、彼氏作らないの? 結構可愛い顔してるからモテると思うよ」
私の台詞をそっくり返してくる豆太郎君。またしても私は女子と話してる時より、豆太郎君に女子の部分を感じてしまう。これは……嫉妬! 豆太郎君は私に嫉妬している! 弟の瀧と一つ屋根の下で暮らす私に!
いや、待てよ……?
正直、私にここまで冷たい男子……珍しい。自慢じゃないが、私に話しかけられた男子は慌てるか妙にカッコつけるか……どちらにしても好意的な態度を取ってくれる。だが豆太郎君はどうだ、むしろ私を敵として認識している。
豆太郎君のこの態度を崩してみたい、そんな感情が私の中に沸いて来た。その心にある氷を殴り壊して、豆太郎君を私にメッロメロにさせたい! 完全に悪趣味な行いだが、思春期にはよくある事だから許してほしい。しらんけど。
ちなみに「しらんけど」は流行語大賞にノミネートされたとかされないとか。
「豆太郎君、そんなに私の弟に興味深々なら、今日家に来る? あいつのだらしない生活態度みたら考えも変わるわ」
「……え?」
ぽっと赤くなる豆太郎君。
マジか……マジだよ、この反応。豆太郎君、完全に私の弟にLOVEだよ。あかん、どうにかしてこの路線から外さないと! この小説はBLではありません! ってあらすじに書いちゃってるし!
「どうするの? 豆太郎君、ウチ来る?」
「い、いく……行かせてください……」
「じゃあ放課後、一緒に帰りましょ。瀧はサッカー部の練習があるから帰り遅くなっちゃうから」
※
んで放課後。私と一緒に帰宅した豆太郎君。
どうやら私の家を見て驚いてるようだ。
「椎名さんの家……え、ここ? お父様は……総理大臣か何か?」
「今の総理大臣、椎名なんて名前じゃないでしょ。別に普通のサラリーマンよ、副業がちょっといい感じに当たっただけ」
「副業……? なにしてるの?」
「動画編集よ。会社でそういう仕事もしてるみたいでノウハウもあるから、昔、試しにYoutuberの動画編集のお仕事始めたらバズったみたいで……。まあ、そのYoutuberが今の私のお母さんなんだけど……」
「……えええ! 椎名さんのご両親……そうやって出会ったんだ……素敵!」
なんだろう、君のその反応の方が素敵だと思ってしまう私はどうかしてるのだろうか。
「いいから、上がって。一応両親居るから紹介してあげよっか。ぁ、体裁もあるから私の彼氏ってことで紹介していい?」
「まあ……別にいいけど……」
そこで軽く承諾するあたり、マジで私には興味ないって分かるのよ。なんだろう、俄然やる気出てきた。豆太郎君、今日中に落す。私にメロメロにさせてやる!
「ただいまー」
玄関に入り、豆太郎君の分のスリッパを出しつつ居間へと案内。
父も母もそこに居た。絶賛動画の撮影中だ。
「はぅぁ! やっちまったぁぁぁぁ! どうしよう! 鶴の折り方間違えた! まあいいか、このまま手裏剣折ろう」
「おかえり、真琴。おや、お客さんかい?」
折り鶴を折っているのが母。落ち着いた態度で眼鏡を直しつつPCに向かっているのが父。母のチャンネルは折り紙作成が主な題材。折り紙だけでデビルガ〇ダムを制作する動画でバズってしまった。
「ただいまお父さん。こちら、同じクラスの草部豆太郎君。私の彼氏よ」
「へー、彼氏……」
「……彼氏?」
ピタ……とPCを弄る手を止める父。折り鶴から急遽手裏剣に変更した母も手が止まる。そして二人共、豆太郎君を凝視。
「……真琴、すまない、もう一度」
「草部豆太郎君。私の彼氏よ」
「……お気づきになられただろうか、もう一度」
「やかましいわ、何度言わせるのよ。私の彼氏だって言ってるでしょ。ほら、豆太郎君、ご挨拶して」
豆太郎君は姿勢を正しつつ……って、ちょっと顔真っ赤じゃない? 恥ずかしがってる……?
いや、違う、この目は……私の父に心底惚れてる目! 大人な私の父の魅力にメロメロになってやがる!
「は、はじめまして! 草部豆太郎と申しますです!」
「初めまして……えっと、豆太郎君? ハムスターみたいな名前だね……おっと、失礼」
マジで失礼なんだよ、父よ。ちょっと豆太郎君の家のご両親に小包もって謝ってこいや。
「えっと、僕の名前は母がハムスターのアニメ見ながら決めたって……」
おおおおい! マジでそれなのか! とっとこなんとか太郎が由来なのか!
「ちょっとちょっと! お母さんは認めませんよ!」
しっかりカメラを握りながら母が乱入してきた。とりあえずそれ置け。
「豆太郎君? 君……本当に真琴の事が好きなの?」
「え? あ、まあ……」
「じゃあここでキスして! いますぐ!」
お前本当に母親か! 私達高校生だぞ!
「落ち着いて、お母さん……豆太郎君が怯えてるから」
うん、マジで怯えてる。これから何が始まるの? って顔で涙目だ。
「豆太郎君、とりあえず私の部屋に避難しましょ。ぁ、別にお菓子とかいらないから、二人っきりにさせてよね」
※
私の部屋へと豆太郎君を招き入れ、とりあえず座布団を勧める私。豆太郎君は私の部屋をマジマジと見渡しつつ……
「女の子の部屋だ……普通に……」
「普通にって何? どんな部屋想像してたの」
「もっと少年漫画とかコレクションされてるかと……椎名さん、どちらかと言うとジャ〇プで育ってるでしょ?」
何故バレた。私のベッドの下には、七つ集めると龍が出てくる系の漫画と、指一本で敵を粉砕する暗殺拳の漫画が全巻揃っている。勿論、あのバスケマンガも。
「そういう豆太郎君は……リ〇ンとか? な〇よし? それとも……マー〇レット?」
「全部買ってる」
「マジで。今度貸して」
割と真面目に申請する私に、豆太郎君は普通に「いいよ」と答えてくれる。それから漫画談義が始まり、お互い好きな漫画について語り合った。あの少女漫画は絵が綺麗だけどストーリーがありきたりだとか、ヒーローが情けなさすぎるとか、モブの方がカッコイイとか色々と。
そんな話をしているとついに弟が帰ってきた。瀧の「ただいまー」の声にあからさまに反応する豆太郎君。すごいソワソワしだした。
「帰ってきたみたいね。さて……お風呂の準備するか……」
「はっ!? お風呂って……まさか瀧君と一緒に?!」
「んなわけないでしょ。用意するだけよ。部活帰りでクタクタの瀧のお世話は主に私がしてるの。羨ましい?」
「とても」
素直でよろしい。
「じゃあ豆太郎君、瀧のご飯用意してあげて。ちなみにあの子はお肉が好きよ」
※
台所は自由に使っていい、という母の許可を得た豆太郎君は、腕によりをかけて瀧の餌……もとい、ご飯を作った。本日の献立はピーマンの肉詰め!
ちなみに家族全員分作ってくれた。なんて出来る嫁なんだ。
「いただきまーす」
元気いっぱいに肉詰めを頬張る瀧。お風呂上りの瀧は何故かパンツ一枚。それだけで豆太郎君は目のやり場に困っている。
「うまい! 豆太郎君!」
瀧は大喜び。挙句の果てに「姉ちゃんより美味しい!」とかいいやがる。明日からお前カップ麺な。
「お、おそまつさまです……た、瀧君……おかわりもあるから……」
「おかわり!」
元気いっぱいに宣言する瀧。そして喜んで答える豆太郎君。
なんだろう、もうどうでも良くなってきた。今はこの二人を見守る事が正義なのでは? しかしなんだろう、この沸き上がる……嫉妬心は。
「豆太郎くん! 今日とまってく? 僕の部屋つかっていいよー」
「え?」
突然、瀧がそんな事を言いだした。
なんてことを! 弟の体裁の危機なり!
「瀧! 駄目よ! 豆太郎君は私の彼氏なんだから! お泊りするなら私と一緒に!」
「ちょっとちょっと、父親としては止めるしかない展開なんだが」
「お父さんは黙ってて! 息子の危機なのよ!」
「なんで?!」
ええい、この父は分かってない! 一方母は「ははぁん」と何やら気付いた様子。
「そういう事ね。瀧、豆太郎君と……あと真琴は……三人で寝なさい!」
駄目だ! 何も分かって無かった! っていうかどういう風に理解したんだ!
「ぁ、豆太郎君はちゃんとご両親に連絡してね。そうと決まったら……動画撮影よ! 高校生にもなって川の字で寝るとか最高か!」
「あんたネタになればなんでもいいのか! ちょっと黙ってろ!」
ええい、豆太郎君は私のなの! 瀧にも母親のネタにもするわけにはいかん!
「豆太郎君! こっちきなさい! 私のパジャマ貸してあげるから!」
「豆太郎くんー、僕と一緒にゲームしながら寝よー」
「豆太郎君! 一緒にバズりましょう!」
三者三葉に豆太郎君を取り合う。
当然混乱する豆太郎君! そしてそんな彼が出した答えは……
「か、帰ります……」
まあそうなるわな。
※
すっかり外は真っ暗だった。玄関の外まで出た私と豆太郎君。うぅ、結構冷えるな。
「じゃあ、ごめんね、豆太郎君。変な家族で……」
「いや、とても楽しかったから……また来ていい?」
「勿論よ。じゃあまた明日ね」
「うん」
そのまま豆太郎君を見送ろうと、門の外まで。
豆太郎君は何か気づいたかのように、着ていたコートを脱ぎ……私に被せてくる。
「ん? いや、私もうすぐに家に戻るから……」
「少しでも一瞬でも……体冷やしちゃ駄目だよ。それじゃ」
……目の前に雪がちらついていた。
でもそんな事はどうでもいい。外気とは裏腹に、私の中は沸騰寸前。
我ながらちょろいと思う。
なんだ、これが……恋しいという感情なのか。
今まで幾多の男女をフってきた。告白されてもドライに対応してきた。
人を好きになるなんて、大した感情じゃないと思っていたから。精々、コンビニでおにぎりを買う程度の事だと。
豆太郎君のコートに身を包みながら、彼の後ろ姿を見守る。
見えなくなるまで、ずっと私は立ち尽くしていた。
どうしよう、追いかけたい。
追いかけて、あの背中に抱き着きたい。
豆太郎君……豆太郎君……あぁ、もう見えなくなる。
彼の背中が見えなく……って、あれ、戻ってきた。
「何してんの?」
「は、はい? 何って……お見送り?」
「早く家に戻りなさい。風邪ひいちゃうでしょ」
「ぁ、だったらコート……」
「いいから早く! 戻って!」
なんだ、なんなんだ!
ぐいぐい背中を押されながら家の中に押し戻される私。
わかった、わかったから! じゃあコート返す!
「返さなくていいから、明日返して」
何故に? 今着て帰りなさいよ。
「……分かって無いなぁ……そのコートに瀧君の匂いを……その……」
ほほぅ?
「聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。今日これ着て私寝るわ」
「んな! 聞いてないじゃん! 僕は瀧君の……」
「やかましいわ! 弟を守るのが私の役目じゃ! さっさと帰れー!」
こうして、私達の三角関係が始まるのだった。