八話
今日の所はこの辺で宿屋に帰るとしよう。
図書館の外に出るとすっかり日は沈んで代わりに街の明かりが辺りを照らしていた。何度か通った道だが、ここまで遅くなったことは無いので少し新鮮な印象を受ける。
屋台…のようなものではやはり屋台メシのような物も売ってあり、非常に良い匂いがする。食べたいが…無駄な出費は出来ない。はあ、早くお金を沢山稼がないとなあ…
よく考えてみると、最近は図書館の入場料と宿の宿泊費と道具にしか払っていない。本当に自分にとって必要な物にしか使っていないような気がする。
「お?新人!冒険者になれたのか」
街道を進んでいくと急に声を掛けられた。声の方に振り向くとギルドの所在地を教えてくれたトカゲ人のお兄さん(トカゲ人の性別の見分け方は分からんけど、俺らと同じ基準なら声的に)と思われる人物(俺とは違うけど人型やしな)だった。
「あ、あんときのトカゲ人!」
「誰がトカゲや!竜人族じゃ間違えんな!」
どうやら竜人らしい。シルディランドの紹介にも名を出していたあの竜人族ということだ。本の文面的に竜人族は人間の戦士よりも強いことが多いような書かれ方をしていたが、それも頷ける。
この竜人族の男も筋骨隆々で体も俺なんかより圧倒的に大きい。多分2.5m位はあるんじゃねえのか?
「あ、ごめんなさい所でそれは何?」
「ああ、これか?」
俺の目の前には何やら串に刺さった食べ物が置いてある。日本で言う所の焼き鳥みたいな物だろうか。ごくり。
「ん?どうした新人?これが食べたいのか?」
そういうと、串を一本つまみ俺の近くに出してきた。
はあ!!すんごい良い匂いがする!焼いたタレの香ばしいさと、肉の焼けた良い匂いがプンプンとする。昼飯食ってないから余計にやばい。さっきから良い匂いがするなあと思っていたらこれだったのか。よしっ!食べよう!
「あ…」
俺が手を伸ばそうとするとすまし顔で串焼き屋の竜人族は、それを遠ざける。俺は多分悲しい表情をしているだろう。まさにぴえん。そんな俺の顔を見てちっちっちと指を振る。
「こいつはフラダ鳥の串焼き。そして俺は商人や。つまりこれは?」
竜人は俺に続きを答えさせようと促す。
「…商品」
「正解!」
竜人の串焼きさんは満足げな顔をしている。
「銀貨1枚と銅貨10枚いただきまーす」
商売上手だった!俺の顔の近くまで持ってきて余計に俺の食欲を刺激してから、引っ込めるなんて悪魔だ!」
「いや竜人だよ」
「はっ!心の声が読まれた!?」
「いや思いっきし声に出てたよ」
むう…確かに払えないことは無い。図書館の入場料からすれば、約十分の一程である。しかし少し前まで俺は倹約していた自分を少し誇らしげに思っていたし…むむむむ。
「はあ…全くしゃあないのー。少しまけてやるわ。銅貨50枚でええか?」
「え?良いのか?」
うおおおおおおおおおおおお!それなら買う!いや確かに倹約は大切だしこれからも心がける。でもたまには良いじゃ無いか。しかも値段からすれば浪費と言うほどでは無いし、折角何せ竜人の兄さんの心意気を無駄にしちゃならんぜよ!
「一本ください!」
「まいど!」
手に持ってみると大きいぷりぷりとした肉が薄茶の綺麗なタレを纏って輝いている。
「うまーーーーーーーーーーーーーい!!!!」
一口食べるとジュワッと肉汁があふれうま味が爆発した。鶏に近いが鶏よりも油分が多く濃厚な味でこれが凄い。そしてその格別な肉のうま味にこのタレが抜群に合う。肉のうま味が強い分あまりくどくならないように調節されたタレの味がベストマッチングしている。そして後からスパイシーさが追いかけてきて食べてるそばから次が欲しくなる。なんだこれは!
「なんかスパイシーな後味が来るけど…コショウ?」
いやコショウとも違うような気がする。
「良く気づいたな。新人が言うコショウとやらでは無いんが、俺特製のブレンドスパイスを隠し味に入れているで」
神料理人はそう言ってニコニコしている。説明しているそばから俺は手が止まらず、気がついたら
無くなっていた。
「旨かった!ごちそうさま!」
「あいよ!」
ふう…久々に違う味の系統の物を食べたな。宿屋の食事も良いが、たまにはこういう屋台みがある食べ物も食べたくなる。
「こんなに旨いのは久々に食ったよ」
「ははは!そう言ってくれると商人としても作った者としても嬉しいってもんだ」
この竜人のお兄さんは商人と料理人の面を併せ持つ様だ。見た目は完全に戦闘民族だけど。
「まけてもらった礼では無いけれど何か頼み事とかあれば聞くけど」
こんなに旨いもの食わせて貰ったんだから、何かしてあげたい気持ちになった。旨いのもそうだけどこの味付けは醤油にも似た味で日本を思い出せたからだ。
「気にすんなよ。これは商売としての常連の獲得手段でもあるからな!んでも、そう新人がそういってくれるなら頼み事では無いが少し聞いてけや」
どうやら頼み事は無いらしいが、何か話をしてくれるそうだ。
「いつまでも新人ではあれだな。俺の名前はドラウィス。新人は?」
ドラウィスは話をする前に自己紹介をしてくれた様である。どうやら俺も名乗れということらしい。
「俺はレントだ」
お互い名乗ると、握手をした。この世界にも握手の文化はあるようである。
「さて、話ってのは東の街道の事だ」
「あー魔物の大量発生についてか」
「レントも知っていたんか」
「まあな。一応冒険者だし」
本当の所はフラクシアさんに教えられた経緯とかがあるがややこしくなるので割愛しておく。
「大量発生だが、他の地域でも起きることもあるし王都の属する地域でも何度かあるにはあったがな。だが今回は長引きすぎてっなもんで。それで物資も手に入り辛い物も出てきたんや」
そう言ってドラウィスは嘆いている。商人としても商売に影響が出始めているということだろう。どうやらただの自然現象では無いようだ。
「それで今は王さまお抱えの騎士団の連中わざわざ出むうて、掃討作戦をおこなっとる最中ってわけや」
「へぇ」
騎士団。なるほどこの世界にも存在していたのか。王様がいると言うことは当然軍隊もあるはず。
そうなれば当然魔物の討伐も任務にはなることは想像が付く。
「レントはまだ初心やろ。多分魔物の群れを討伐するクエストを受ける事は出来ないと思うから、まあとにかくレントも気ィつけや。変な魔物も出るかもしれんし、普通はおらへん様な所にも魔物が出んとも限らんしな」
恐らくギルドの方にも討伐要請は出ているだろうが、そもそも俺はドラウィスに言われなくとも魔物を討伐するようなクエストを受けるつもりは無い。だが、危ないと言う点ではドラウィスの忠告はしかと聞いておくべきだな。
「ありがとう!ドラウィスは…大丈夫そうだな」
「まあな!」
ドラウィスは腕の力こぶをグイッと強調した。うん。よっぽど俺より冒険者向いている様な気がする。
「んじゃまた気が向いたら買いに来るよ」
「ああ!またきてや!今度はまけないけどな」
「分かってるよ」
俺の返答にドラウィスは手をあげて答えた。
ふう…小腹は満たしたが、帰ってがっつり食うか。少しだけ食べたせいで余計にお腹が空いている様な気がする。