十五話
「ふあーあ」
大きく伸びを一つする。別に早く起きる必要性もないので早朝というほど早い時間には起きていない。とはいうものの、いつまでも寝ている気にもならないので、朝日が出てき終わった位には起きている。こういう物は習慣なんだろう。高校に通っていた頃から身に染みこんでいる。
「ごちそうさまでした」
朝食を取り終えると俺はある場所へ向かう。ここ最近毎日の様に通うようになった場所である。
宿を後にして大通り歩き、いつも薬草を採取する際に行っていた草原へ。するとうっすらとその建物が見えてくる。
「にしても相変わらず豪華な屋敷だなあ…」
ぽつんと建っている屋敷に今回俺は用事がある。というかこの屋敷の住人に用事があるという方が適切であろう。もう既に何度か訪れてはいるものの、馴れない。何というか緊張するんだよな。まあ、これから会う人は別に緊張させてくるような人では無いんだけどな。
屋敷の敷地内に入ると使用人と覚しき人から恭しくお辞儀をされる。これも何度目かであるが、むずがゆい。決して嫌なわけでは無いけども。というかメイドさん美人で寧ろ良いけども。
屋敷の中に入ると一直線である部屋へと向かう。執務室…屋敷の主人にして、俺に魔法を教えてくれている人が居る部屋だ。
「失礼します」
扉をノックするとフランクな声音で中から『どうぞ』という女性の声が響いてくる。その声を確認して俺は一歩中に入る。
「おっ少年今日も早いな」
「まあ、習慣ですよ」
彼女は俺の姿を認識すると少し目を見張り言った。
「習慣ねぇ…ふあぁ私は朝は弱いんだ」
大きく欠伸するとヘソ出しの服を着ているのに加えて、更にお腹のくびれの部分を強調するように、伸びをした。何というか…うん。あ、何でも無いです。
「朝苦手なら時間変更して貰っても大丈夫ですよ?」
気を取り直して彼女に話しかける。
「いいや。アカネの頼みだし、それに…」
「っ!」
彼女が俺に対してずいっと近寄ってきた。そして鼻をツンと指で触ってきた。
「私、少年のこと気に入っちゃったし」
へ?ななななななななんなんだぁ!???!?!???
「あはは!少年の反応おもしろーい!」
「からかったな!」
ああ…お鼻触られちゃった…もうお婿に行けない…
「ふう…気を取り直して少年」
「はい」
「じゃあ始めようか」
何故このようになったかというと、少し前の出来事に遡る…
※
シルディランド討伐後俺たちは成り行き任せの共闘ではなく、正式に行動を共にする事になった。こうやって言葉にしてみるとまた嬉しさが込み上げてくる。
「そんで、これからどうする」
パーティ結成後、立ち話もなんなので現在の行動の拠点となっている宿の食堂で今後について話し合う事にした。
「アタシ達はしばらくここで活動しようと思ってたんだレントは?」
「俺もそのつもりだった」
そのつもりだった、とは言ったものの本当の所はユイやアカネとパーティになれるかどうかのことが頭でいっぱいでその先については深く考えてはいなかった。では全くの嘘を言ったのかというとそれも少し違う。現時点で、王都以外の地形には詳しくないし、何処かに移動するにもこれから生きていく上で必要な学びをしてから動きたかった。
俺の返答を聞いた上で、アカネは満足そうに頷いた。
「よし!じゃあ折角三人に増えた事だし、明日からバシバシクエストうけてみよう!アタシらがどれ位の実力かも知らなきゃいけないし」
アカネはやる気満々といった具合だ。頷いて賛同の意思を示しておく。俺としても是非魔物討伐に参加してみたいのである。まあ、シルディランドの討伐は突発的でやらざるを得ない所があったけど、これから冒険者として活動していくのであれば、自ら進んでモンスターを狩らなきゃいけない訳だ。これまでは俺一人で活動していた訳だが、三人寄ればなんとやら。俺だけでは出来なかった事が沢山出来るって訳だ!
バイバイ!薬草採集!
「それにはついては賛成ですが…」
「どうかしたユイ?」
少し引っかかることがあるのかユイは疑問の有るような声をあげ俺を見る。
「あのレントさんにお聞きしなければならない事がありまして」
「な、なんだい」
俺に聞きたいこと…?もしや、まだ危険だから鍛錬に勤しんでいて欲しいとかじゃあるまいな…
「レントさんのスキルについてです。まだ何となくしか聞いて居ないのですが」
「あーそういえば。アタシも気になる」
俺のスキル…?
あ、なーんだそう言うことか!
「あー!俺のね!スキルね!あはははは!そうだよねー、後で詳しく教えるって言ったのに全く詳しい説明してなかったもんねー!」
シルディランド討伐の際アカネにはやっつけな説明しかしておらず、ユイに至ってはアカネから何となく俺のスキルの存在を聞いただけである。これから共に戦う仲間となるのであれば、正しく理解しておくのに超したことはない。そう考えるのも至極当然である。
「どうしたのそのテンション。気持ち悪い」
「おふぅ」
アカネから冷静なツッコミが入ってしまった。どうやら内心いきなり戦力外通告されないかとヒヤヒヤしていた分、安心して変なテンションになってしまった様である。みそ汁の具みたいなうめき声が出てしまったし。
「まあ、とにかく説明しよう」
そう俺が言うとアカネもはぁとため息はついたものの、直ぐさま真剣な表情に変わった。
「おれのスキルは『IGL』という」
「あいじーえる?」
「…?」
ユイは俺の言葉をオウム返しにして首のコテンと横に倒し、アカネは顎に手を当て難しい顔をしている。どうやらピンと来ていない様だ。それも仕方無い。IGLというのはまさしく、この世界には馴染みの無い単語であろう。
「聞いたことありますか?」
「いや…私はない」
スキルという物が魔法の様に体系学化していないにしろ、何らかの文章や資料、若しくは直接経験した上で少なくとも知っているのであろう。アカネは自らの思考を回転させている様だが、思い当たる節は無いと言った表情だ。
「ともかくその能力だ。以前能力を引き出す能力と言ってたと思うが…」
「ですね。そうアカネから聞いています」
そう言うと二人は少し目をキラキラさせている…気がする。いやキラキラしてる。え、何?そんなに面白い?
「どうしたの…?なんか期待の眼差しを向けられている様な気がするんだけど…」
「いや…だって…」
「ねえ…」
二人は目を合わせてからまた向き直ってこちらに言った。
「「なんか格好よくない?」」
えー…格好いいと来ましたか…
「能力を上げる能力…何というかグッと来るよね!」
「そうです!さすがアカネ!分かってくれますか!」
手を取り合ってうんうん頷く二人。
うんうん。仲睦まじき事は良きかな…でもここにはレントくんも居ますよー二人だけの世界に入らないで下さいー
「あ…んんっ…で詳細について聞きたいの」
気を取り直すように咳払いをしつつアカネは俺に問うてくる。少し恥ずかしそうなのは、さっきキャッキャしてしまったからであろう。ユイは全くそんな様子は無く目を少しキラキラさせたままである。
「続けるぞ…んで『IGL』の内容なんだが…」
話の腰を結果的に折られていた形になって居たが構わない。ユイとアカネが本当に仲良しな事が分かったしな。とそんな事考えるよりも、脳内のスキルについてイメージする事に集中しなくては。
…少し集中してみると簡単に『IGL』のイメージが浮き上がってきた。
『IGL』
自分から半径30m以内の見える対象者3名までに対してほんの少し能力(身体能力、思考力、魔力等総合的に)を向上させる事が出来る。また、的確に指示を飛ばすことが出来ればその効果がより反映されやすくなる。ただし、使用者から離れれば離れる程効果が薄くなりやすく、対象者が増えるほど薄い効果になる。このスキルは自らには使う事が出来ず、使ったとしても効果が無い。
というのが原文である。二人にはこれを話し言葉にして伝えた。
「へー」
「ほー」
おお…というような表情をして二人は答えた。反応は上々のようで、まあ何というか嬉しい。
「何というか…指揮官!って感じのスキルだなレント」
「俺もそう思う」
名前からしてIGL。俺にとってはこのスキルの効果がこのようになっているのは簡単に頷く事が出来る。
「しかし三人までか…軍隊の運用には向かない」
ボソッとアカネがそんな事を呟いた様な気がした。軍隊…とはいきなりな事を言うな。
「ん?どうしたレント」
「いや…」
そんな事を考えてアカネを見ていたら、純粋に不思議そうな顔をして問うてきた。
「しかし…何というか…」
アカネが今度は何処かバツの悪そうな顔をし始めた。
「レント自身には意味が無いのか…」
「あーまあー…そうだな」
アカネも…あ、いやユイも俺と同様に気がついた様である。
そうなのである。このスキル、俺自身には何の効果も無いのである。加えてアカネがボソッと呟いた様に、軍隊の様な大人数となると使い方が難しい。まあ、その点についてはあまり問題にはならないだろう。
「あ、ごめん!レント!悪く言うつもりは無かったんだ…ただ…」
「いや、気にすんな。そんな気が無いのは分かってる」
俺が少し俯いていたように見えたのかアカネは謝罪した。
「俺としてはこのスキルが出てくれた事がすげー嬉しい何というか…特殊技能!っていうのが自分に付くとはこれまでの生活では考えられなかったからな」
さっきアカネに言ったようにめちゃくちゃ嬉しいのだ。この世界に折角来たのだから、スキルや魔法をじゃんじゃか覚えて最強になりたい。まあ、今回は俺自身の強化には役立たなかったかも知れないが、パーティーで戦っていくなら非常に力になるスキルであろう。
「とにかく俺のスキルはこんな感じだ。二人についても少し聞かせてくれ」
二人に問いかけると、ユイとアカネは目を合わせて頷いて俺に笑顔を見せてくれた。
「ふふふ…『紅蓮の剣士』の異名を取る私の力を紹介する番の様だな」
アカネはどことなく嬉しそうな表情で。
「はい!私についても是非理解を深めて下さい!」
ユイは新しい冒険の始まりが待ちきれないといった様子でそう答えた。
こうして始まりの一日はお互いに語り合って時間が過ぎていった。