終話 フィジカル最弱だとしても 後編
シルディランドとの死闘から二週間が経った。その間アカネと元気になったユイが看病をしてくれた。俺もその間に、折れていたと思われる骨が痛みを伴わなくなったり、包帯が全て取れたりと体がほとんど元通りと言える位にまで回復していた。そんなときアカネから一通の手紙が手渡された。一体何だこれは。
「ギルドに来いってお達しだ。アタシ達もギルドに呼ばれているんだけど、今回のシルディランド討伐の報酬を出したいって事らしいよ。ただ、レントがまだ体調万全じゃないし延期して貰ってたんだ」
「そっか…」
「はい!折角レントさんが戦ってくれたのに別っていうのは嫌でしたのでわがまま聞いて貰ったんです」
報酬どうこうよりも俺にとっては、その事実の方が嬉しかった。この二人と並んで表彰されるのはとても誇らしい。
「王様からも今回は報酬が出ているからだってさ。今回は騎士団の仕事である、街の治安維持もやってくれたからそれの御礼とあと…」
そこまで言ってアカネは少し間を置いた。
「レントには別口でも表彰したいってさ」
「ん?」
あれ?なんかしたっけ?自分としてはあまり覚えが無いんだが…そんな困惑する俺を尻目にアカネとユイは支度をどんどん進めてしまう。
「レントも早く準備して」
「ああ…」
どちらにしても多く報酬が貰えるのは良いに越したことは無い。とにかくギルドに行って話を聞いて見ることにしよう。
アカネとユイと共にギルドに到着すると普段利用している場所から離れまで行くことになった。どうやら特別な時にのみ使う部屋に通される様だ。しかしまあ、嬉しいことに変わりは無いのだが、少しばかり気が引ける所もある。本来表彰を受けるべきは自分よりもシルディランドの侵攻を食い止めた冒険者達なのでは無いか…自分はアカネによって致命傷を負っている所にとどめを刺しただけだ。
「まだ『自分はたいした活躍してないー』とか考えてる?」
「いや…」
アカネに言われて口ごもる。実はギルドに向かう道すがらもこのような話をしてアカネはぷりぷり怒っていた。
「さっきも話したけど他の冒険者達はしっかり報奨金は貰ってるし、シルディランドにとどめを刺したのはレントだよ。全く…自信を持ってよね!」
またぷりぷり怒ってしまった。けど何とも怒られているというよりか、褒められている様な気がして嬉しい。
「なにニヤニヤしてるの」
「はっ…」
どうやら顔がにやけてしまっていたようだ。
「なによ…」
そのままアカネを見つめているとアカネはバツが悪そうな顔をし出した。特に言うべきことが見つからなかったので思ったままのことを言ってみる事にした。
「なんか、ありがとう」
「ふん!」
うん。言葉はツンケンしてるけど機嫌は戻ったようだ。何となく分かる。
そんな事を話している間に目的の場所に到着した。廊下を歩いている間にもいくつかの部屋があったが、この部屋の扉だけ少し荘厳な作りになっている。それもそのはず。扉にはギルド長の部屋となっていた。つまりこの街のギルドの一番偉い人と思われる人物のいる部屋なのである。
ギルドの係員の方がノックをすると、男性らしき声が響いた。恐らくギルド長であろう。
「失礼します」
中に通されると自分が想像したような通りの部屋だった。大きい机と質素ながら整えられた家具や装飾は何というか、荘厳というのが正しい作りであった。扉の雰囲気がそのまま部屋になった感じである。
そのただ中…一人椅子に掛けていた男性が立ち上がりこちらに顔を向ける。
比較的ラフな格好であるが、身だしなみは整えられ、鍛えられた体と逞しい髭とは不釣り合いなほどに綺麗な所作。なるほど…凄い人物であろう事は何となくではあるが俺にも分かった。
「良く来てくれた。私はここのギルドの長を務めているヴァレスだ」
そう言うとヴァレスは手を差し出した。握手で間違い無いだろう。差し出された手をフレンドリーに握っておく。
「さて、早速だが本題に入ろう。今回の件だが、ギルドからシルディランド討伐の報酬が出る」
ヴァレスは控えていたギルドの係員に指示を出し箱の取り出した。恐らく今回の報酬が入っていた物であろう。箱をヴァレスが開けると三つの袋が入っていた。
「いつもならシルディランドの討伐には50金貨が相場なのだが、今回三名には100金貨を贈呈する」
100金貨!これは凄い!当分は楽に生活が出来るぞ!
「ありがとうございます!!」
これまでは薬草摘みでお金を稼いでいたが、初めて魔物の討伐によってお金を得たことになる。
「レント、はしゃがない」
「むむ…」
喜んでいるとアカネに諫められた。こういうの真っ先に喜びそうなのはアカネなのになんか解釈違いだ。喜ぶどころか、凄い…なんていうか清楚である。ユイははしゃいでこそいないものの表情豊かに嬉しそうである。まあ、普通だ。対してアカネはさっきも言ったが清楚である。何というか気品溢れる王女みたいになってる。ツンデレアカネさんは何処かに行ってしまった。
ヴァレスは続ける。
「それとレント殿には王様より特別に褒美が届いている。ギルドは王の管理下に無いということで、出向くのが筋とおっしゃり、直々に王が出向かれると言っていたがお止めしておいた。まあ、それだけ感謝しているということだ。それも伝えておく」
「ありがとうございます」
俺は二つ目の袋を受け取り元の位置に戻った
「今回の件は我々としても憂慮していた事であった。昨今の魔物の大量発生の件も何らかの予兆であると思っていたからだ。今後ともギルドとしては魔物の討伐クエストを発行する事があると思うが、また協力してくれると助かる」
「はい!」
俺が元気よく返事を返すと、それに続いてユイとアカネもギルド長に応えた。
※
ギルドからの帰り道新たに受け取った袋を見てみると『薬草群生地の報告に置ける功績』とされていた。
「薬草群生地…レントってこの付近詳しくなかったんじゃ無いの?」
「まあ、そうなんだけどさアカネとユイと分かれて再会したのがシルディランドを倒した時だろ」
「うん」
「実はな、その期間ずっと薬草の採取クエストをこなし続けていたんだ。そのときにたまたま群生地を見つけてね」
今回のシルディランド騒動で、死者こそは出なかったものの建造物の被害は甚大。加えて多くの人々がシルディランドの破壊行為により怪我をした。加えて、シルディランド討伐に参加した冒険者達は軒並み重傷。多くの医療物資が必要となることも頷ける状態であった。
「そんで宿屋で休んでた時にさ、薬草が足りないって話あっただろ。んでユイに頼んで報告したって訳」
「あっ…もしかしてあの時お願いされた書状って」
「そうだ。あれが群生地の報告書だ。といっても地図とか描けるほど詳しくないから簡易的な物になってしまったけどな」
体を休めているだけでは何かと役立てられる事は無いかと気になってしまった俺は、筆を走らせた。休んでいた二週間の間に、ユイにはギルドへと俺の手紙を渡して貰っていたのだ。結果として、薬草不足解消とまではならなかったものの、幾分か状況は好転していたのだ。少しでも役に立てたら嬉しいってもんだ。しかもたんまり報酬も貰ったしな!
「まあとにかくそう言うことだ」
そう俺が区切るとアカネは何故か優しい顔になっていた。
「どうかしたか?」
「いや、なんでもないわ」
何処か嬉しそうなアカネは、俺の問いかけをはぐらかした。ただいつものきつい態度でも、時折見せるツンデレの様な物でも無く何というか慈愛に満ちた表情というか…
「さっきから何じろじろ見てんだ?張り倒すよ?」
うん、やっぱりアカネに慈愛なんて言葉を使うのは間違いだ。うん。
「これでシルディランド一件も一区切りついたか…」
ギルドから離れ、いつも利用している宿屋まで戻ってきた。
「そうね」
「うん」
町の所々にはシルディランドによる爪痕が残されていたが、それも徐々に薄れていくだろう。そう思わせてくれるだけの活気がこの町には満ちている。俺はそう強く思う。そう思うと同時に俺は少し考えてしまった。もう二人と一緒に居る必要性が無いことに。
「どうかしましたか?」
「あ、いや…」
押し黙ってしまった俺を不思議に思ったのかユイが俺に問いかけたが答える事が出来無かった。それは、これから二人に伝えることが、言いづらい事であったのもそうなんだが、自分でもどう言えば良いかと考えてしまったからだ。
と、そんな事を想いつつ所在なさげに視線を動かしていると、アカネも何処かぼんやりしたような表情を浮かべていた。
「アカネ?」
「ん…?あ、いやちょっと考え事」
俺に問いかけられると少し焦ったように答えた。
…やはり伝えた方が良い。何も言わずに後悔するよりは。
「なあ」
「あのさ」
俺が意を決して話を始めようとしたとき、アカネも口を開いた。
「どうかしたのか」
「いや、レントからで良いよ」
「そうか」
アカネに譲って貰ったので、話す事にする。
「今回のシルディランドの件で共に戦えて本当に良かった」
ユイは一緒に戦う事こそ出来なかったものの、同じくシルディランドと戦った仲間だ。
「スライムに負けて死にかけて…その時助けて貰った二人と共に戦えたのはとても誇らしいと思う」
この短期間で二人には世話になりっぱなしだった。助けて貰ったのもそうだけど、ここで生きていく事に必要な事も結構教えて貰ったし、この二週間看病をしてくれたのも二人だ。
「実は初対面の時に二人と会話をする内に一緒に冒険してみたいって思ったんだ」
二人に助けて貰った時、自分もこのような冒険者になりたいと漠然と思った。まあ、憧れとかいうと恥ずかしいのでそこは少しぼかさせておくけど。
「ただ、自分は実力が足りてないから諦めようって思ってたんだ」
プロゲーマーの時の様に仲間達の足を引っ張るのでは無いか…寧ろ今の世界での自分は足を引っ張る可能性が殆どだ。賢さ以外の能力では圧倒的に低い上に、アカネがかなり腕の立つ冒険者であることも今回の一件で実感した。だから余計に気が引けるという所もある。――それでも
「でも、やっぱり二人と一緒に旅がしたい。冒険がしたいんだ」
遠くから見た景色。二人が連携して相手に向かって行く姿は、まさに『戦友』で。
アカネと共闘したときの熱い気持ちはまさに、NPGの日々と重なって。
手にしたい、挑戦したいってそう思ったんだ。
「実力不足なのは重々承知だ。だから正直な答えが聞きたい。お願いします!」
言うだけ言ってしまった。我慢しようかとも思ったが無理だった。これで断られたら気まずいなぁ、ぜってー距離が開いちゃうなぁ!
自分が喋る事に夢中になって二人の様子に今気がついた。ユイは顔一杯に嬉しそうな表情を浮かべ、アカネは何処か複雑そうな表情を浮かべていた。
「レントの気持ちは嬉しいんだけど…」
ああ…断られるんだ。と、おもった瞬間ユイがアカネに割り込んで話始めた。
「あー私はレントさんと冒険したいなー」
「え?ちょっ…」
ユイのいつもとは違ったおどけた様な言いっぷりにアカネは少し、いやかなり困惑していた。というか俺もかなり困惑していた。
「一緒にあれだけ戦って、もう既に仲間みたいなものなのに冷たくあしらっちゃうのかぁー冷たーい」
「そんな事!私だってレントとは一緒に旅をしたいけど…あっ」
アカネがそんな事を口走った瞬間、ユイが微笑ましいものを見るような笑みを浮かべた。え、ユイさん?本当にどうしてしまったんですか?
「レントさんには特別なスキルがある。確かにモンスターと戦うには他の能力が低いかも知れない。でも三人とも一緒に旅をしたいって思ってる気持ちを無かったことにする、まででは無いと私は思います」
そこで区切るとユイは俺を少し見た後、アカネに対して優しい笑みを浮かべ、
「アカネの懸念している事は杞憂だと思いますよ。だからアカネ自身の気持ちに素直になった方がいいと思う」
――レントさんも私と同じですから。
ユイがそんな風に言った気がした。
「ん?俺がユイと?」
「どうかしましたか?」
が、気のせいだったようだ。
「ぐぬぬぬぬぬ…ユイのくせにユイのくせに…」
ふと、聞こえてくる声を聞くと、アカネはぼそぼそと怨嗟の声を上げている…怖いからヤメテっ!
あとユイさんなんでそんなに嬉しそうなんですか!!
「あー!!!もう!!」
訳わかんない!とばかりに頭を振った後、「ん」とアカネは手を差し出した。
「え、これって…」
「言っておくけど、ユイの為にじゃないから。私も、レントが仲間になってくれるのは嬉しいからさ。そこだけ勘違いしないで!」
これは握手だろう。なんてことは無いただの握手。ただそれに込められた思いは疑うべくもないものだった。
「アカネありが…」
ぐう…とありがとうと言い切る前に俺の腹がなった。
「はぁ…全くレントったら」
あきれたようにアカネは言うがその声音は、とても嬉しそうなものであった。全くだ。余りにもかっこ付かない。
「ですね。でもなんか懐かしい感じがします!」
初めて出会った時も、こんな感じで真剣で、でも何処かリラックス出来る様な雰囲気。ユイは俺の手を取り宙ぶらりんになってしまっていたアカネの手と握手させる。結果的に三人で握手するような格好になった。
「よろしくレント!」
「宜しくお願いしますレントさん!」
二人の歓迎の言葉に返す言葉は一つ。嬉しさと感謝の気持ちを込めて。
「こちらこそよろしく!ユイ、アカネ!」