記憶喪失になったらなんか上手くいった
「お前のような女を王太子妃になど出来るか!恥を知れ!」
…おやまあ。この状況はまさか?
「俺は貴様との婚約を破棄し、ルナと婚約する!貴様には追って沙汰を下す!出て行け!」
…ふむ。
「…失礼します」
とりあえずお辞儀をして部屋を出る。私のお辞儀を見てぽかんとした偉そうな男を見て、やはりと思う。
あれだ。この状況は異世界転生だか憑依だかって奴だろう。そして私にはこの身体の記憶が一切無いと。あの場面でお辞儀をするのは違うのだろうな。あー、面倒くさいことになった。
「すみません、あの」
「は、はい!なんでしょうか、クリスティナ様!」
メイドっぽい人がびくっとする。クリスティナが私の名前か。そしてここまでびびられるほど悪女だったらしい。
「…家に帰るには、どうすればいいのでしょうか?」
「…え?あ、…外で待つ公爵家の馬車までご案内致します!」
「お願いします」
公爵令嬢か。悪役令嬢の典型だな。これは何処かの乙女ゲームか小説の世界なんだろうか。どっちにしろ知識なんてないし、意味ないけど。
その後何事も無く無事に公爵家に着くと、美形のおじ様とおば様、その二人の子供であろう美形のお兄さんとお姉さんがいた。これが私の家族か。実感がないな。
「ティナちゃん、おかえりなさい。疲れたでしょう?」
「話はロバートから通信具で聞いている。お前はゆっくり休みなさい」
「僕の可愛いティナを傷つけておいてただで済むと思う辺り、あの王太子は王太子としての器ではありませんね。僕が排除してあげますよ、ティナ」
「ティナ、可哀想に…私、王家に抗議致しますわ!お父様、良いですわよね!?」
「そこは私が正式に抗議しよう。さあ、ティナ、美味しいものを食べて、お風呂にゆっくりと浸かって、今日はもう休みなさい。大丈夫。ここにはティナの味方しかいないよ」
果たしてそうだろうか?使用人達は私のことを怯えた表情で見ているのだが。おっとそれより色々と話をしなければ。
「あの、王家に抗議とか面倒くさいのでやめてください」
「…ティナ?どうしたんです?君らしくない」
「なぜ敬語なの?ティナちゃん、まさか婚約破棄以外にも何かされたの?」
家族はどうも私のことを溺愛しているらしい。そんな人達には残酷なことを言うようだが…許して欲しい。
「…記憶がありません」
「…は?」
「ええっとですね、皆様とも初対面…なのですが、あの、というか私は誰なのでしょうか?」
「…っ!」
綺麗なおば様とお姉さんがボロ泣きする。ドレスの隠しポケットを探って綺麗なハンカチを取り出し涙を拭うが、二人とも涙が止まらない。
「…ティナ、それは…何故…」
「ええっと…何故か知りませんが、気付いたらやたら美形の偉そうな男に婚約破棄を突きつけられていて。まあ、多分ショックで記憶が飛んだんですかね?」
まあ、前世の記憶はバリバリあるんですけど。
「…殺す」
「分家にも連絡しろ。戦争になるぞ」
ええっとおじ様、お兄さん。貴方方は馬鹿ですか。
「あの、待ってください。戦争だのなんだのやめてください。可愛い…家族…?…のお願いなんですから聞いてください」
「ですが!」
「それよりも王家有責で慰謝料がっぽり貰いましょうよ。で、それを使ってもっと領民達の暮らしを良くしましょう。そうすれば巡り巡って私のためにもなります」
「…ティナ」
「幸い、記憶が飛んだおかげで本当に私は傷ついてないんです。だから、お願いです。わざわざ…公爵家…?…の地位を落とすようなことをしないでください」
「…わかった」
「お父様!?」
「悔しい。非常に悔しいが、ティナのためになるなら慰謝料で済まそう。その代わりふっかけてやる!」
うんうん、助かります。ぜひそうしてください。
ー…
ということでその後食事を取って風呂に入って今はベッドの上。食事は非常に美味でした。お風呂もメイドさん達が色々やってくれたのでめちゃくちゃ楽でした。
で、どうも私はとんでもないクズだったらしいということが判明。
食事の際に家族に自分がどんな人間だったか聞いても褒め言葉しか出てこなかったので、お風呂の時にメイドに聞いたが、凄まじかった。
勉強をサボるので教養もない。マナーと所作、ダンスだけは美しかったがそれだけ。両親から受け継いだ見た目の美しさと公爵令嬢という身分を鼻にかけ、周りの人間に暴力暴言のオンパレード。王太子妃教育もまともに進んでおらず、今回のことが無くてもいずれは…という状況だったらしい。
そりゃ振られますわ。王太子殿下、貴方は正しかった。
まあ、とりあえず難しいことは明日に回そう。おやすみなさい。
ー…
朝、メイドさん達に身支度を整えてもらって家族と朝食をとる。
「お父様」
「なんだい、ティナ」
「家庭教師をつけてください」
「…!?ど、どうしたんです、ティナ?そんなことしなくても君は美しいのに」
「いや、マナーとかダンスとか得意だったらしいですが、今は全く出来ないですし。一般的な教養も身につけたいですし」
「私達は、ティナちゃんがいいならいいけど…」
「あと、しばらく新たな婚約は嫌です。自由でいてもいいですか?」
「それでこそ私の可愛いティナだわ!自由を楽しみましょうね!」
猫可愛がりされてるな。だからあんな横暴娘が誕生するのでは?優しい虐待では?
「ところで、お小遣いってもらえます?」
「もちろんだとも」
「何に使ってもいいです?」
「構わないよ」
よし、言質は取った!
ー…
その後、お父様はなんとお金にものを言わせてその日のうちに優秀な家庭教師をつけてくれた。先生は私の横暴を知っているため警戒していたが、記憶喪失なのだと説明した。もちろん信じる様子はない。
が、とりあえず実力テストということで国語、数学、地理、歴史、帝国語、生物学、物理学、薬学、化学、魔法学などの知識を見てもらったら呆気なく記憶喪失を信じてくれた。
国語は日本語で帝国語は英語だったので前世学生だった私には余裕だった。これ以上は勉強の必要はないと言われた。数学と生物学、物理学、薬学、化学などは前世と比べてこの世界はかなり劣っているので余裕どころか『新しい発見』までしてしまったらしい。先生から天才だと褒めちぎられた。一緒に論文を発表してくれと頼み込まれたのでやるつもりだ。地理、歴史、魔法学は論外。一緒に頑張ろうと慰めてもらった。もちろんマナーやダンスも教えてくれることに。助かります。
そんなこんなで、私の公爵令嬢生活はスタートした。
ー…
先生にももちろん休みの日は必要なので、日曜日の今日はお勉強はお休み。なのでたっぷりともらったお小遣いをパァッと散財しようと思う。
この世界には、一応下着はある。が、当然前世の記憶と比べたら劣る。多分ブラジャーの原型なんだろうなぁ程度のものだ。パンティもそう。ごわごわして、肌触りが悪く、伸縮性もなく、不快感がすごい。通気性も悪いし、なにより見た目が可愛くない。
だから、私はブラジャーとパンティを作るための材料を大量に買い込んで、お針子さんを雇い入れブラジャーとパンティを自分用に作った。うん、満足。
お針子さんの作ってくれたブラジャーとパンティは前世のものと遜色ない。柔らかくて肌触りもよくて、伸縮性もありながら肌に密着して、通気性抜群の安定感。すごく便利になった。しかも見た目が何より良くなった!せっかくなのでお母様とお姉様にもプレゼントした。そうしたら大好評で、お父様とお兄様にも男物の下着は出来ないかと相談までされて作ってみた。これも大好評。
で、なんでそんな話になったのか他の貴族の皆様から依頼を受けてしまい大量に生産して売ることに。これがまた忽ち人気となり、お小遣いが倍以上になって帰ってきた。
なので、それを使って今度は平民向けの下着も作ってみた。安価で購入できて、でも出来る限り品質の良い可愛らしい下着を目指した。これがまた人気になって、それが王家の耳に入り下着を献上することに。めちゃくちゃ張り切って高級な素材を使用し上品な下着を使って献上した。
この頃にはマナー、ダンス、地理、歴史、魔法学も一応この年頃の公爵令嬢にしては十分なレベルに達していた。だって勉強と論文の発表と下着作り以外にやることないもんね。
後日、城へ招かれた。国王陛下も王妃陛下も第二王子殿下も私の記憶喪失を心配してくださり、労いの言葉を下さった。手のかかるクズ令嬢だったであろう過去の自分にこの光景を見せてやりたい。そして、王太子殿下からの一方的な婚約破棄について謝罪を戴いた。どう考えても私が悪いので気にしないでくださいと言うと、何故か私をガン無視していた王太子殿下は目を見開いた。
「お前…」
「はい?」
「いや…」
「ところで、ルナさんって方との婚約、進んでます?」
「…!」
ぎりぎりと奥歯を噛み締めている王太子殿下。あちゃー。
「あ、ごめん…すみません。えっと、応援してますね!」
「…無理だ」
「え、あの、私のせいだったらごめんな…申し訳ないです」
「いや…いや、ルナは、好きな男がいたらしい。その男と婚約出来て、ルナは女侯爵として後も継げるし、両思いで幸せらしい」
「あらまあ…」
「ルナは俺のことを手のかかる幼馴染としか思ってなかった。俺が勝手に盛り上がっていただけだった」
「…ご愁傷様です」
「ルナとルナの婚約者はずっと両片思いだったらしい。それを結びつけたのは…お前だそうだ」
「え?」
「王太子殿下の幼馴染なら私の恩人も同じ。だから幸せになって欲しいと…両家の親を説得し、二人を心から祝福してくれた。らしい…」
「ほうほう」
余計なことをと思ってらっしゃるんですね?
「他にも…俺の側近達にも良い伴侶を見つけ婚約まで世話したり、俺の侍従や近衛騎士達に差し入れをしたり、仮面夫婦だった父上や母上に珍しく正論を振り翳しひたすら説教をして仲睦まじい夫婦にしたり、俺のせいで王位を継げないと嘆く弟に喝を入れたり…」
ん?なんか話の流れが?
「お前は…最近勉強にも力を入れているそうだな」
「…まあ」
「十分過ぎるほどの教養があると…特に家庭教師とともに論文を書くほどだとか。最初は信じられなくて、家庭教師を脅してるんだろうと思っていたが…その、本当、らしいな…」
「…まあ、一応」
「記憶喪失も、本当なんだな…」
「はい。でも、気にしないでください。もう王太子殿下にも付きまといません。婚約破棄もされましたし」
「本当に、俺には何の興味も無くなったんだな」
「はい。あ、否定するところでしたか?」
「いや、いい。そう言うお前も、悪くない」
どうしたんだろう。様子がおかしい。
「…俺は、何がしたいんだろうな」
「え?」
「婚約はな、実は正式に解消されてもいないし、破棄されてもいない。まだ、宙ぶらりんの状態だ。俺の都合でお前を振り回して悪かったな。…お前はいつも横暴で、教養もないし、はっきり言ってクズだったが、誰よりも俺を慕ってくれた。王太子としての俺ではなく、ランメルトという一人の人間を見てくれた。関係のない人間にはクズだったが、俺と俺の周りの人間に対しては物凄く献身的だった。…俺が、もっとちゃんと向き合ってやれば良かったんだ。ルナと婚約出来ずに、荒れて、お前に八つ当たりをした。お前を傷つけて、心を癒そうとした。思えば、ちょっと世間知らずなだけのわがままな普通のお嬢様から、誰にでも手をあげる『横暴娘』に成り下がったのも俺とお前の婚約が成立してからだったな。…悪かった」
「いや、覚えてもいないことを謝られても困ります」
「…っ!そうだな、すまない」
あれ、謝らなくていいとフォローしたつもりだったんだけどな。
「…お前が望むなら、父上も母上も弟も婚約解消を認めてくださる。どうする?」
国王陛下と王妃陛下と第二王子殿下の視線が痛い。
「…えっと、私には本当に記憶がありません」
「ああ」
「貴方に対する好感度もゼロです」
「…っ!」
唇を噛む王太子殿下。傷になりそう。
「好感度がマックスまで溜まっても、前の私のような献身的な行動をとることはないかもしれません」
「…わかっている」
「それでもいいなら、一から婚約者として仲良くして欲しいです」
「…いいのか!?」
「はい、もちろんです」
だって、政略結婚ですからね。これ。
「よかった、これからも愚息を頼む」
「クリスティナちゃんが私の義理の娘になってくれるなんて、幸せだわ」
「ここで断ってくれれば私が口説いたんですが…兄上、もう義姉上を泣かせないでくださいよ?」
「わかっている。クリスティナ、俺のせいでお前は評判が最悪になったが、味方もいる。しかも、論文の発表や新たな下着を流行らせたことでお前を少しは認めてやってもいいと思っている奴らもいる。俺も頑張ってお前を守るから。これから先、一緒にいてくれるか?」
「はい、喜んで」
こうして私は、王太子殿下…ランメルト様の婚約者として頑張ることになりました。でもこの世界での記憶はさっぱり戻りません。上手くやっていけるでしょうか?ただ、ランメルト様はぎこちなくも私を気にかけてくださるので、まあ大丈夫でしょう。多分。




