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『拝啓、70年後の君へ』  作者: シロクロイルカ
『白百合の冒険』
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Tips「カレー記念日」




「これが、えっと……」

「カレーな、カレー」

リリィは目の前に出されたカレーを穴が開くほど凝視していた。そんなに物珍しくものなのだろうか。今まで経験したことのないリアクションに思わず笑ってしまう。

「そんなに珍しいか?」

「はい、少なくともこんな料理はアストリアには存在しません。いや、もしかしたらヒュームの間ではあるのかもしれませんが」

「ヒュームって……ああ、人間のことね。じゃあリリィたちエルフ族の文化に、カレーはないわけだ」

「そうなりますね」

恐る恐る匂いを嗅ごうとするリリィの姿は、警戒している動物そのものだった。可憐な外見とは似ても似つかない行動に、やはり笑ってしまう。

「ば、馬鹿にしてますね虎鉄!」

「はは、悪い悪い。まあそんなに警戒しないでくれよ。別に変なものとか入れてないし。それに“ほぼ”書いてある通りに作ったから問題ないって」

「ほぼ?」

俺の言葉に反応して、リリィは訝しげな眼差しをする。

まあ確かに箱のレシピに、少しだけウスターソースとバターを追加したのは事実だ。でもそれはあくまでもコクを出すための隠し味なのだから何も問題はない。

「もしかして俺、あまり信用されてない?って会ってまだ間もないから気持ちは分かるけどな」

「いえ、そういうわけでは、ないんですけど……」

段々と語尾が弱くなっていくリリィ。

どうやら言いづらい何かがあるようだ。それを解決しない限り、彼女はカレーを食べてくれないような気がした。

「言いたい事があるなら遠慮せず言ってくれ。別に怒ったりしないから、な?」

「でも」

「いいから!ほら」

「……かったんです」

「へ?」

「不味かったんです、貴虎の料理は!」

真っ赤な顔をしながらリリィは叫んだ。やっとのこと絞り出したのだろう。ほんの少ししか大声を出していないのに、思いっきり肩で息をしていた。

「……不味いって、じいちゃんの料理が?」

「そうです。貴虎も今の虎鉄みたいに手料理を振る舞ってくれました。アストリアで世話してくれた礼だからって私と、仲間たちに」

「そうだったのか。じいちゃんは何を作ってくれたんだ?」

「分かりません。でも大きな鍋に色んな具材を入れていたみたいで、その……」

「その?」

「あ、あぁぁぁ!今思い出しても恐ろしい……怖いぃぃ!」

リリィはぎゅっと両手で身体を抱きしめながらぶるぶると震え始めた。

ここまで人を震え上がらせるなんて、一体じいちゃんはどんな料理を作ったんだよ。もっと詳しく中身を聞きたかったが、どうやらこれ以上追及するのは難しそうだ。

「わ、分かった分かった!もう思い出さなくていいって!俺が悪かったから落ち着けって、な?」

「……す、すいませんつい」

「じいちゃんの手料理で痛い目を見たのはよく分かった。でも安心してくれ、これはいつも俺が自分で作って食べてるもんなんだから。別に不味くなんてないぞ?ほら」

俺はそう言いながらスプーンでカレーを一口食べる。うん、いつも通りで無難に美味いな。

一口では信用してくれないかもしれないので、そのままぱくぱくと数口カレーを食べ続けた。

「な、全然問題ないだろ?」

「……虎鉄が味音痴ってことは」

「ないから大丈夫だって!」

俺の言葉を聞いた後、リリィは少しの間見えない何かと必死に格闘しているようだったがとうとう諦めたのか。それとも空腹に負けたのか。スプーンを掴んで恐る恐るカレーをすくった。

まるで生まれたての子鹿が今にも立とうとしているような緊張感に、俺も真剣にその様子を見守る。

「……いただきます」

何かを覚悟したかのように一度大きく深呼吸してから、リリィはついにカレーを口に運んだ。

目を瞑りながらぱくっと一気に口の中に放り込む。俺が固唾を飲んで見守る中、リリィはゆっくりとカレーを飲み込んで――

「ど、どうだ?」

「…………お」

「お?」

「美味しい……!」

心から感動した人はこんな表情をするのかと、俺はリリィを見て知った。

目を爛々と輝かせて驚いたように俺を見つめるリリィ。ついさっきまでの、今にも消えてしまいそうな彼女は一体どこに行ってしまったんだろう。まるで目の前にいる彼女が別人のようにさえ見えた。よく料理漫画とかで審査員が一口食べて、めっちゃリアクションをするやつ。あんなの漫画の中だけだと思っていたがどうやら俺が間違っていたようだ。

なぜなら目の前でカレー皿を持ちながら身体全体で感動を表現している少女を、俺は確かに見てしまっているからな。

「な、だから言っただろ。大丈夫だって」

「本当に美味しいっ!この、えっと……!」

「カレーな。カレー」

「そう、カレー!」

子どもみたいに素直に喜ぶリリィはとても可笑しくて、とても輝いていた。まるで見ているこちらも笑顔になってしまうような、不思議なオーラがリリィにはある気がする。

「とりあえず食べれるのは分かったんだから、今は食べような。感想とかは後でまとめて聞くからさ」

「うん!……あ、そうじゃなくて、はい!」

「はは、じゃあ俺も改めていただきます」

今更キャラがブレないように言い直すリリィが可笑しくて、俺はまた笑う。一生懸命に“はじめてのカレー”を食べるリリィ。

最後にこんな笑ったのって、いつだったっけ。それはもう思い出せないくらい昔の話で。だから本当に久しぶりにこんな気持ちにさせてくれたリリィに、俺は心の中で感謝した。もう明日には彼女はアストリアに戻ってしまう。

だからこうして思い切り笑うことはしばらくないのかもしれないけれど。今だけはまだ非日常の続きだから。

「……ありがとな、リリィ」

「んー?」

「なんでもない。おかわりあるよって、言っただけ」

「本当ですかっ!?……あ、その」

「あははっ!」

「わ、笑うなぁー!」

その日はリリィにとってのカレー記念日で、そして俺にとってもカレーでこんなに笑ったのが初めてな記念日になったのだった。



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