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『拝啓、70年後の君へ』  作者: シロクロイルカ
『白百合の冒険』
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5話「改めて、ようこそ異世界へ」




「ふわぁ……」

休日明けの月曜日はいつだって憂鬱だ。

歩きながら周囲を見れば他の奴らも同意見なようで、気だるげそうに学校へと向かっている。普通の奴らがこんな調子なのだから、普段から憂鬱な俺にとっては格別だろう。

「おはよっ、虎鉄」

「華、おはよう。どうした?」

微かに香る甘い匂いと共に華が隣を歩く。いつ見ても美少女という言葉がよく似合う可憐さだ。周りの、特に男子の奴らはさっきまでの眠たい様子はどこへやら、華の方に視線を向ける。

「どうしたって?」

「いや、普段華が登校中に声掛けるのって珍しいからさ。何かあったのかなって」

それは元はと言えば俺がお願いしたことだった。

華は良い意味でも悪い意味でもかなり目立つ。そんな華が学校でも最底辺の位置にいる俺なんかと親しげにしているのを見られれば、良い印象は受けないだろう。

そう思ったからこそ、昼休みもあまり人気のない旧校舎で待ち合わせをしているのだ。それが分からない華ではないと思うからこその、“どうした?”だったのだが。

「うーん、まあ何かあったかと言われればありましたけど?」

いつもとは違う、少し棘のある言い方に若干の違和感を覚える。俺、この土日で華を怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。そもそも会っていない相手をどうやって怒らせることが出来るのか。

「えっと俺、何か華を怒らせるようなことしたか?」

「その感じだと全然見てないね、スマホ」

「スマホ?…………あ」

華に言われるがままスマホを見ると華からのメッセージが数件、着信も数件入っていた。そういえばこの土日はリリィのことで色々あって全くスマホを触っていなかった気がする。

「せっかく遊びに誘おうと思ったのに」

「ごめん、ちょっと色々バタついててさ。全然スマホ確認してなかった」

「バタついてって、ご両親の?」

「そうそう、また親父たちが急に面倒ごと押し付けてきてさ」

「ふーん……」

華は何かを確かめるようにじっと俺を見つめる。

いくら幼馴染だといっても学校のミスコンに選ばれるほどの美人に直視されれば、流石に俺だって動揺してしまう。というか周りの、特に男子の視線が痛い。

「な、なんだよ」

「……別に?でもスマホくらい確認する癖付けてよね。家にも電話したけど全然出なかったんだから」

「マジか、本当に悪かった!な?」

ぷくっと頬を膨らませる華は可愛いが、そろそろ周りの視線に耐えられなくなってきた。

これ以上ラブコメ的な会話を続ければ俺の学校生活はより一層厳しいものになる。ここは素直に謝るのが一番なのだ。

「……まあ、次から気を付けたまえ?」

「畏まりました、お嬢様」

「ふふっ、じゃあ今日の放課後虎鉄の奢りでデラックスパフェね!」

「畏まり……っておい!」

「約束だからねー!」

華は言い逃げして、そのまま元気に通学路を駆けていってしまった。

まあ無視してしまったのは事実だし、華も独りぼっちの俺を気遣って誘ってくれたに違いない。それを無下にした代償と思えば1200円(税込み)も高くはない……と思う。

「ったく」

それに華のおかげでまた、こうして日常に戻ってくることが出来た。


『少し身支度をしたら、アストリアに戻ります。もうこちらには来ません。貴虎のことも分かりましたし』


リリィは今頃、アストリアに帰るための儀式を始めているのだろうか。それともまだじいちゃんとの思い出に耽っているのだろうか。どちらにせよ俺が帰った時には、もうあの家にはリリィはいない。


『短い間でしたが、虎鉄には本当にお世話になりました。貴方の作ってくれた、えっと……そうそう“カレー”?とても美味しかったです。それに貴虎のことも、本当にありがとうございました』


もし俺もアストリアに連れていってほしいとお願いしたら、果たしてリリィは俺を連れていってくれたのだろうか。


『……はい、こちらこそ。本当にありがとうございました。そして、さようなら……虎鉄』


でもそんな妄想は青空に消えていった。俺にはそんな度胸も覚悟もない。

なんだかんだ文句を言ったって実際に行動することなんか出来ない。それがじいちゃんの孫である、天草虎鉄なのだから。

「……さよなら、リリィ」

こうして僅か二日間の非日常は終わりを迎え、俺はいつも通りの日常へと戻る…………はずだった。







その日の昼休み、俺はいつも通り華の待つ視聴覚準備室ではなく職員室にいた。

「天草、なんで呼ばれたのか分かるか」

「いえ、全く分かりません」

担任の杠早苗ゆずりはさなえは俺の返答に一つ大きな溜息をつく。

分からないとは答えたが、俺が職員室に呼ばれる理由なんて一つしかない。杠先生は女性のわりに言葉遣いが少し悪いが、根は優しい人だ。

二年生になってからの一か月ほど、担任ということもあり何かと俺を気に掛けてくれている。杠先生自身、今年からこの桜が丘高校に来たばかりだというのに立派なものだ。そして彼女が言わんとしているのは平たく言えば虐められていないか、それを聞きに俺を呼んだんだろう。

「あのな、天草」

「先生、本当に最近は何もないんですよ。こないだも言いましたけど、先生が担任になってから嫌がらせとかも減ったんで。だから心配しなくて大丈夫ですよ」

それは本当のことだった。

去年、退院した直後から比べれば今は精々“駄目草”というあだ名と疎外感くらいなもので、本当に大したものじゃない。

これも杠先生が担任として俺を気遣ってくれているからだろう。でも先生を安心させようとした俺の言葉に、彼女はまた一つ溜息をつく。

「……今の状況を大したことないと、そう捉えている。そんな天草の心にも問題があると私は思うけどね?」

「俺の、心ですか」

「君の心はきっと麻痺してしまったんだよ。急なストレスに耐えきれなくなって、辛いことを辛いと思えなくなってしまったんだ。今の君は……いや、今日は止めておこう」

杠先生は何かを言いかけて、そして飲み込んだ。

「話は終わりですか。じゃあ俺これで」

「待ちたまえ。話は終わっていない、というかそもそも始まってもいないぞ」

「え?」

「今日呼んだのは君のことじゃない。もっと大事なことだよ」

「大事なこと、ですか」

「天草、私に言わなきゃいけないことがあるだろ?」

「……いえ、何も。いや、本当にないんですって」

軽く威嚇してくる先生の視線に精一杯の反論をする。俺が先生に隠していることなんて全く心当たりがない。

「じゃあ私から話すが、二日後にウチのクラスに転校生が来る」

「はい」

「その子はな、女子なんだが外国人で大層べっぴんらしい」

「……はい」

「ウチのクラスに来たら色々と話題の的になるだろうな。とはいえ外国人だ、まだまだ日本には慣れていないだろうからちゃんと世話をしてやる必要がある」

「あの、先生?」

先生が言いたいことが全く分からない。思わず抗議の意味を込めて口を挟もうとしたが、意に返さず先生は話を続けていく。

「特に同じ家に住むんだとしたら当然だ。家族も同じなんだから“そいつ”がしっかりクラスに馴染めるように支えてやらないと、な?」

「はい?」

「っていうことで天草、明日転校生の手続きとかあるから朝、一緒に職員室に来てくれ」

「はい……はい?」

「制服もここに用意してあるから、今日持って帰ってくれ。色々と面倒ではあるがこれも現状の打開と考えて」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

流石に話についていけなくなり大声を出してしまった。さっきから杠先生が言っていることが全く理解できない。俺が転校生の世話係?意味が不明だ。

「どうした、大きな声出して。というか出るんだな、大きな声。挨拶もそれくらいの元気で言ってくれると嬉しいんだけどね」

「いやいや、そうじゃなくて!どういうことですかそれ!俺が転校生の世話係?そんなの無理なことくらい先生が一番よく分かってますよね!?」

「そうは言っても君たちは家族同然なんだ。適任者は君しかいないだろ?」

「か、家族同然?一体何言って」

「リリィ・アルフォート」

「…………へ?」

それは自分でも驚くくらい間抜けな声だった。杠先生の言ったその名前に、俺は唖然とするしかない。聞き間違い……なはずがない。だってその名前はこの二日間、そして今も俺の心の中の殆どを占めている名前なのだから。

「だからリリィ・アルフォート。転校生だよ、ウチのクラスに来る。君の家にしばらくホームステイするんだろ、遠い親戚のよしみで。親御さんから聞いてないのか」

「えっと……え?はい?」

「本当はもっと早くから準備するんだが、急に決まった話らしいから仕方ない。それでも普通は君の方から私に聞きに来るものだろ?全く、私が放課後まで言わなかったらどうする気だったんだ」

「あ、す、すいません……?」

杠先生の言っていることが全く理解できない。

リリィが転校生?俺の家に住む?この学校に通う?遠い親戚?何一つ理解できる情報ではなかった。そんな俺を気にすることなく、先生は話を進める。

「とりあえず一緒に住んでいるってことは秘密にしておくからな。学校的にもあまりそういうことで騒がれたくないし、凄い美少女って話らしいじゃないか。君はたださえ敵が多いんだ、これ以上余計な厄介ごとを増やしたくはないだろ?」

「……はい」

「だからまずは明日、早い時間に職員室にその……リリィさん?と一緒に来い。詳しい話はその時な。ほら、これ必要書類と制服とか」

よく分からない内に気が付けば結構な重さの紙袋を持たされていた。相変わらず全く状況が呑み込めていない俺に、杠先生はウインクをする。

「ま、色々と大変だと思うが頑張れよ、青少年。きっとその娘との出会いが君の心を成長させてくれるはずだからさ」

言いたいことだけ言って杠先生はさっさと職員室から俺を締め出してしまった。

俺はただ扉の前で呆然と立ち尽くすしかない。一体何が起こっているというんだ。リリィが転校生だなんて馬鹿馬鹿しい話、どうして杠先生がするのだろうか。

「うおっ!?」

そんな俺のぐちゃぐちゃな思考回路を覚ますようにけたたましくスマホの着信音が鳴り響く。

華の連絡に気が付けるように音を出していたのをすっかり忘れていた。画面を見るとそこには“自宅”の文字が表示されている。

「自宅……?」

今家には誰もいないはず。両親も帰って来るのはまだ先の話だ。じゃあ一体誰が――

「……はい、もしもし」

「虎鉄!?どうしよう、私……どうしよう!」

スマホ越しに聞こえてくるその声は今にも泣きだしそうだった。そして俺はこの声の主を知っている。この二日間、俺の日常を非日常に変えた彼女の、リリィ・アルフォートの声だ。

「リリィ?どうしたんだ、何かあったのか。っていうかまだアストリアに帰って」

「帰れない」

「え?」

「帰れないの、アストリアに。来た時と同じようにやっているのに、全然駄目なの。私、帰れない。虎鉄、助けて……!」

リリィの震える声を聞いたとき、ようやく俺は自覚した。

俺もリリィも全く考えもしなかった可能性。

でもそれはずっと昔にじいちゃんが経験していたはずのことで。じいちゃんだって異世界に行って簡単には帰ってこれなかったんだ。どうして同じように“異世界”に来たリリィがすんなりと帰れると、俺たちは思っていたんだろう。

まだだ、まだまだ終わらないんだ。

むしろここからが本当の始まりだった。俺、天草虎鉄にとっての非日常。そして彼女、リリィ・アルフォートにとっての異世界放浪記の始まりの1ページだった。


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