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『拝啓、70年後の君へ』  作者: シロクロイルカ
『白百合の冒険』
32/35

25話「変わり始めた日常に」


「隣、良いかな?」

それは体育祭の翌日のことだった。

いつものように通学ラッシュ前の電車に乗り込み、これまたいつものように空いている席に座りスマホをいじろうとした俺に、青山凛子は話し掛けてきた。

「……どうぞ、っていうか別に俺の許可なんていらないだろ」

「それもそうだね。それじゃあ失礼します」

明るい口調で青山は俺の隣に座る。ほのかに香る甘い匂いが、いつもの通学との違いを俺にはっきりと示していた。

とりあえずスマホをいじり続けるのも失礼だろう。俺がスマホをしまったタイミングを見計らってか、青山は俺に話し掛けてきた。

「天草君って、いつもこの時間の電車なの?」

「ああ、本当はもう少し遅くてもいいんだけどさ。通学ラッシュと被るのが面倒だから」

「あー、それは分かるかも。私はいつもは部活があるからもっと早いんだけどさ、ほら」

青山は分かるでしょと言いだけに、左腕に嵌められたギプスを見せてくる。

勿論、俺がその事実を知らないはずがない。だって元はと言えば俺が昨日の剣舞に出たのは、彼女の怪我が原因だったのだから。

俺の目線で青山もこちらの言いたいことを察したようで、少し真剣なトーンで会話を続ける。

「……本当にありがとう。それに、ごめんなさい」

「お礼は分かるけどさ。別に謝られるようなこと、された覚えはないけど」

「だって私、貴方たち青春同好会に勝つようお願いしたのに……」

青山が言わんとしていることは分かる。本来青山にとって高野たちサッカー部はグラウンドの使用権をめぐって争っていた敵だったわけだ。

それが昨日、あろうことか青山は思い切り公衆の面前で高野の応援をした。それについて謝りたいという事なのだろう。

「そういえばさ、結局グラウンドの使用権はどうなったんだ?」

「え?」

だから俺の返事が青山にとってはかなり意外だったのだろう。青山は間の抜けた返事をする。

しかし俺、いや俺たち青春同好会にとってはそこが一番肝心なのだから仕方がない。

「いや、だからグラウンドの使用権だよ。サッカー部とハンドボール部で争ってたんだろ?」

「う、うん。結局ね、あれはそもそも無しになったよ。私と雄介が勝手に言い出したことだし、それに……」

そこまで言って、青山は急に顔を赤くして黙ってしまった。

……別に俺は高野のことが元から好きじゃなかったが、今俺はもっとあいつのことが嫌いになった気がする。

「仲直りしたんだろ、おめでとう。お似合いのカップルだと思うよ、本当に」

「は、はぁっ!?……あ、すいません……!」

青山の大声は早朝の電車内に響き渡って、四方から白い目で見られてしまった。

更に顔を真っ赤にしながら、青山はその場で恥ずかしさからか小さくなる。

「まあ、とにかく。俺たちの依頼は完了したわけだ。だから俺としてはもう満足だし、謝ってもらう必要なんてないよ」

「そ、それはそうかもしれないけど……」

俺の言葉に青山はまだ納得していないようだった。

本当に青山が気にする必要は全くないのだが、はいそうですかと素直に受け入れられるほど能天気でもないのだろう。

俺は頭を掻きながら、そんな青山の気持ちをもう一押しすることにする。あまり目の前で気にされても俺としても本意ではないからな。

「それにさ、青山にはむしろ感謝してるんだ」

「感謝?」

「剣舞に出て、良かったよ俺。卑屈だった自分を少しだけ、変えられた気がするからさ」

「……天草君、少し変わったね?」

やはり変だろうか。罵倒されるのも覚悟したが、青山から出た言葉は予想外のものだった。

「なんかあか抜けたっていうか、うん。凄く良いと思う」

「そ、そうか?」

「前の天草君は少し話し掛けづらかったけど、今の天草君にはすぐに話し掛けられたし。昨日の剣舞も凄く格好良かったって、みんな噂してたよ?」

「……そうなんだ」

どうやら昨日の剣舞で俺の印象はかなり変わったらしい。

そりゃあ高野が謝りに来るくらいだ。クラスで浮いていた陰キャが急にあんなことしたら、噂もされるだろう。

運が良かったのは、それが良い噂として広まったということだ。これからは少しはマシな学校生活を送れるのかもしれない。

「まあ……でも私には分かるよ?」

「何が?」

「もう、誤魔化さなくたっていいって!あれだけ頑張れたのって、好きな子のためでしょ?」

「……いやいや、何言ってんだ。どこか頭でも打ったか?」

青山はニヤニヤしながら話を振って来た。

これだからリア充は。自分が付き合えたからってすぐに周りもカップリングしたがるんだよな。

「隠さなくたっていいのに。だって好きなんでしょ?」

正直、俺にとっても全く覚えがないわけじゃない。中学の時も何度か聞かれたことはあった。俺と、華の関係について。

勿論俺たちはただの幼馴染であって、恋人なんかじゃない。華がより人気が出てからは一時期、そういう質問をされる頻度もかなり増えた。高校からはなるべく接点を昼休み以外は減らしていたから、聞かれる回数もかなり減ったが。

しかし噂というのはどこからか広がるもので、おそらく青山も俺と華の関係を聞いたのだろう。

「あー、それなんだけどさ。あいつとは別にただの」

だから俺は食い気味に青山の質問に答えようとした。

しかし――

「リリィさんのこと!」

「……へ?」

予想もしていなかったその名前に、思わず今度は俺が間の抜けた返事をしてしまった。




「ああ、結構な噂になってるな」

「マジか……」

登校した俺は飯塚の爽やかな挨拶に出迎えられた。

そして飯塚なら何か知っているかと思い、話を聞いた俺はまた愕然とするのだった。

「そもそもさ、誰も天草があんなに強いなんて思わなかったんだよ。だからギャップっていうの?なんか結構気になってる女子が多いみたいだ」

「いやいや、あれは偶然っていうか……」

俺にとっては全く想定外の展開だった。しかし横にいる飯塚はそんな俺の反応を嬉しそうに眺めている。

「はは、まあ俺は分かってたけどね。天草はいざという時はやる男だってさ」

「何、適当なこと言ってるんだよ」

「いや本当に。っていうか覚えてないの、天草?」

飯塚は意外そうな顔をして俺を見る。

でも俺には何のことかさっぱり分からない。そんな俺の反応を見て、飯塚は溜息をついた。しかし溜息まで絵になる奴だな、こいつは。

「……まあいいや。それより噂、だろ」

「あ、ああ」

「“クラスでも陰キャだった天草君が頑張ったのは、片思いしてた金髪美少女のリリィさんを助けたかったから。だから助っ人で青春同好会に入った”」

「もうそんな情報が……」

学校の情報網を舐めていた。

確かに少し調べれば、というか当事者の青山に聞けばすぐに分かることではあるが、昨日の今日だ。もうここまで噂になっているなんて思いもしなかった。

「それだけじゃないぞー?」

「え?」

「ここから先が一番重要だから」

そう言ってニヤリと笑う飯塚はそれでも相変わらず爽やかだった。しかしその笑みはさっきの青山を思い出す、嫌な感じのものだ。

結局電車を降りた後も青山には散々リリィのことで質問攻めにあってしまった。それに今もだが、学校に来てからというものなんだかいつもより周囲の視線を感じる。その答えが、飯塚の言う言葉の中にあるのだろうか。

「……頼む、教えてくれ」

「はいはい。“リリィさんは奮闘する天草の姿に感激し、二人は無事交際開始。誰もいない中庭で熱いダンスを踊った”……ほら」

「これ、は……」

飯塚のスマホには、確かに俺とリリィが踊っている姿が写っていた。

それは紛れもなく俺たちで、昨日のあの中庭でのワンシーンだった。まさか誰かに撮られていたなんて、思いもしなかった。

「その様子だと、どうやら見に覚えがあるようだな」

「それは……でも俺たちはそういう関係じゃないんだよ」

「まあ俺も噂が大きくなってるだけだとは思ってるけど。なんせ天草は今やちょっとした有名人だからな。狙ってる子も、多いんじゃないか?」

そう言った飯塚の目は決して冗談を言っている感じではなかった。そしてそんな天草の言葉を聞いていたかのように、名前も知らないようなクラスメイトが声を掛けてくる。

「あ、おはよー天草!」

「昨日は凄かったねー!私感動しちゃった!天草君って本当は強かったんだねー!」

「あ、いやあれは――」

あたふたする俺に追い打ちをかけるように、ガラガラと扉が開くのと共にリリィが教室内に入ってくる。一緒に住んでいるのを隠すため、いつも時間をずらして登校しているのが今日は裏目に出てしまった。

本当は今の状況をリリィに教えておきたかったが、そんな暇もなくあっという間にリリィの周りにも人だかりが出来てしまう。

「あ、リリィさんだよ!行かなくていいの、天草君?」

「別に良いって。俺たちはそんなんじゃないからさ」

「ええー、本当?」

「はいはい、天草が本当だって言っているんだから、離れた離れた」

「「はーい」」

飯塚の一言でクラスメイトたちは一斉に散っていった。やはり陽キャの中でも飯塚は格が違うようだ。

「ふう、人気者は辛いな」

「……助かった。ありがとな」

「お互い様だよ。まあ噂なんてすぐに飽きられるから、今は特別感を味わっておけばいいんじゃない?天草も、リリィさんも」

リリィは教室の隅で、おそらく俺と同じようなことを言われているのだろう。はっきりと声は聞こえないが、表情から察するに上手く躱しているようだ。さすがリリィと言ったところか。

「……あの様子なら大丈夫そうだな」

「それはそうとさ、本当のところはどうなんだ?」

「本当のところって?」

「リリィさんのこと、本当に何とも思ってないのか?」

「それは――」

俺は飯塚の質問に即答しようとして……なぜか出来なかった。

否定しようとした瞬間、頭の中にリリィの笑顔が浮かんでくる。昨日踊った時のリリィの手の感触が、焼き付いて離れない。

「……まさに“青春”同好会って感じだな、お二人さん」

「うるせぇ」

俺には分からない。ただリリィが今どう思っているのかは、すごく気になった。

俺なんかと噂されて、嫌な思いはしていないだろうか。それだけが気掛かりだった。



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