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『拝啓、70年後の君へ』  作者: シロクロイルカ
『白百合の冒険』
31/35

24話「虎鉄とリリィ・2」




「……ん」

肌寒さに目を覚ますとすでに周囲は日が落ちていた。

ぼんやりとした頭で薄暗い中庭を見回す。近くには誰もいないようで遠くから賑やかな声が聞こえてきた。

「俺、寝ちゃってたのか」

座り込んでいたベンチを見てようやく今の状況を整理する。

高野と青山の青春ラブコメを見せつけられた後、俺は一人になれる場所を探して中庭に逃げてきた。いつもなら誰かしらいるだろうここも、今日だけは違う。体育祭にしろ、武道祭にしろ中庭からは離れた場所にある。

だから安心してベンチに腰掛けたまでは良かったが、いつの間にかそのまま寝てしまったようだ。まあこの一週間、特訓漬けだったのだから気が抜けてしまったのかもしれない。

「――あ」

「ん?ああ、リリィか」

「ああ、リリィか……じゃないですよ虎鉄!保健室に行ったって聞いたのにいなかったから探してたんですからね!何時間もこんなところで何してたんですか、もう!」

リリィは草むらをかき分けながら、俺のそばに駆け寄ってきた。服が所々汚れているのを見る限り、かなり校内を探し回ってくれていたようだ。

「悪い。ちょっと保健室が居づらくなったから、避難してたんだよ。少しだけのつもりがどうやらそのまま寝込んじゃったみたいでさ」

「……まあ今日は疲れたでしょうから、寝込んでしまうのも無理ないですね。仕方ないから、許してあげます」

リリィは何故か少し嬉しそうにそう言って、俺の隣に腰掛けた。

ぼーっと空を眺めると小さな炎が見えた。どうやらもう体育祭も終わり、今は最後のイベントであるキャンプファイヤーを校庭でやっているようだ。

ちらっと横目で見ると、リリィも俺に倣ってか空を見上げている。

「真っ赤な炎、奇麗ですね」

「そうだな。あれが今日のメインイベントっていう奴もいるくらい、ウチのキャンプファイヤーは大がかりだからな」

「……萌子から、聞きました。青春同好会に入ったって」

「あいつ、もう話したのかよ。本当にお喋りな奴だよな」

「何で……何でですか?あんなに入るのを嫌がっていたのに急に入るなんて」

「それは……」

「私の、私のせいですか?私が怪我して二回戦に出られないから……だから虎鉄はまた自分を犠牲にして、私の代わりを果たそうとしたんですか」

リリィの声は少し震えていた。心配そうな、そしてどこか悲しげな表情だった。

今までの俺の態度を見れば彼女でなくても同じことを思っただろう。リリィは責任を感じているのだ。俺を巻き込んでしまったと、そう思っている。

「……最初はな、そのつもりだったよ」

「虎鉄」

「最初は、な。萌子にリリィが剣舞に出るって話を聞いて、もしリリィの身に何かあったらと思った。剣舞は怪我しやすいからな。だからもしリリィが約束を果たせなかったら自分を責めるだろうと思ったんだ。いざという時に代われるように、ルイに稽古を頼んだんだよ」

「そう、だったんですか」

「いやぁ、本当に地獄のような一週間だったわ。もう二度とやりたくないね、あれは」

「ごめんなさい」

「……リリィ」

「私のワガママに、虎鉄を巻き込んでしまって……怪我までさせて。貴方に話したらこうなるって分かっていたのに、私は依頼を受けてしまった。本当に、ごめんなさい」

リリィは頭を下げた。金色の奇麗な髪が、静かに揺れる。

「だからさ、最初はって言っただろ。確かに最初はそんな気持ちだったけどさ。試合が始まってから……いや、もう少し前からかな?実はリリィのことはあんまり頭になかったんだ」

「そ、そんなの嘘です……!」

「昔はさ、もっとその……なんていうのかな、所構わず首を突っ込むようなタイプだったんだよ。それこそ今の萌子みたいにさ。困ってる奴がいたら見過ごせなくて、自分でもそれが正しいと思い込んでた」

中学までの、正確に言えば華が巻き込まれる直前までの俺だったなら。きっと喜んでハンドボール部の力になったに違いない。

でも今の俺にはそんな勇気はもうない、はずだった。

「……それは思い込みなんかじゃ、ないです。正しいことですよ、虎鉄」

「俺が傷付くだけだったら良かったんだ。だけどさ、正しさは時に周りを傷付けるってことを、俺は知ったんだよ。自分だけじゃなく、一緒にいる大切な人を傷付けてしまうこともあるんだって」

「それは……」

リリィは何かを言おうとして、でも言うのを止めたように見えた。

誰かに自分の本音を話すのなんてあまりにも久しぶり過ぎて、声が震えているのに気付いたがそれでも俺は話すのを止めない。

もう逃げたくない、何よりリリィには話すべきだと思ったから。

「それからはさ、虐められても。誰かが虐められても逆らうことはしなかった。中学で根も葉もない噂が流れても、止めようとはしなかった。華……自分を信じてくれている人がいればそれでいいって、本気でそう思ってた」

「それで、青春同好会に入るのを嫌がったんですか」

「萌子の考えが昔の自分そっくりでさ。だからイラついたんだ。こいつ、何夢物語言ってんだって。誰かを助けることなんかに、意味なんてないって」

俺がずっと萌子に感じていたもの、それは間違いなく同族嫌悪だった。心の何処か隅っこでくすぐり続けていた俺の本心を、萌子が刺激したのかもしれない。

「虎鉄……私、知りませんでした。虎鉄がそんなことを思っていたなんて。なのに私、貴方に無神経なことを」

「それは話さない俺が悪いんだから、気にしないでくれ。リリィには分かるはずないんだからさ。それにさ、今は感謝してるんだよ」

「感謝?」

「竹刀を握ったとき、高野から一本取ってやった時。“生きてる”って心の底から思った」

真っ暗な空に、キャンプファイヤーの炎が赤く広がっていく。まるで今の俺の心のようだった。

「本当はさ、俺も誰かを助けたい。力になりたいって気持ちを必死に抑えつけてたんだ。でもそれが今日一日で見事に蘇って……あれだけ後悔してたことを、結局俺は自分の意志でまた始めたんだよ。そんでさ、それが本当に気持ち良かったんだ」

「……虎鉄は貴虎の子孫なんですから、当たり前です。貴虎もよく、色んな厄介ごとに首を突っ込んでは私たちを困らせてました。でもそんな貴虎が、皆大好きだったんです」

リリィの横顔は、暗くてはっきりは見えなかった。けれど彼女の声はとても穏やかで、ほんの少しだけ寂しそうだった。

「じゃあ俺の性格は、じいちゃん譲りってことかな」

「ふふっ、そうですよ。私が言うんですから、間違いありません!」

誰もいない中庭に、俺たちの笑い声だけが響く。

こんな風に誰かと本音で話をする日が来るとは、思いもしなかった。これだけは華にも言えないと思っていたのに、何故かリリィにはこうも簡単に打ち明けてしまう。

「じゃあこれからは、正義の味方の虎鉄でいくわけですね?」

「いやいや、いきなりそんなのハードル高過ぎだろ!?」

「でももう遠慮しないんですよね、自分の本心に?」

「まあ、少しずつだ。これから少しずつ、変わっていけるように努力するよ」

「もう変わってると、私は思いますけどね?」

「……誰のせいなんだか」

「え、なんですか?」

「なんでもないよ」

遠くから騒がしい声と共に、古臭い音楽が流れてくる。キャンプファイヤーも終盤、ダンスタイムに突入したらしい。

「なんですか、この音楽は」

「ああ、この学校の伝統みたいなやつだよ。音楽に合わせて火の周りで踊るんだ。自分の仲良い奴を誘ってさ。それでこのお祭りもお終いってこと」

仲良いと言ってもそれは勿論、異性のことだ。そしてキャンプファイヤーで踊った二人は必ず結ばれる、という下らない迷信がある。

だからこの時間、勇気を出して誘う奴は中々いない。まあ今日に限って言えば高野と青山は確実に踊っているだろうが。

「じゃあ、踊りましょう」

「……え?」

リリィは当然のように立ち上がり、俺に手を差し出した。ぽかんとしている俺の手を構わずに取って、そのまま引っ張っる。

「何してるんですか、早くしないと音楽が終わってしまいます」

「い、いやでもさ!これは」

「仲の良い者同士が踊るのでしょう?」

「そ、それはそうだけど……!」

今更ながら俺は一番大事な部分をリリィに伝えていないことを後悔した。と言って今から伝えるのも相当気まずい。

リリィはすっかり乗り気で満面の笑みを浮かべている。

「あー、さてはダンスの教養がなくて恥ずかしいんですね?安心してください。リリィ・アルフォート、こう見えてもダンスには自信がありますから」

「え、ええっ……!?」

「“変わりたい”んでしょう、虎鉄。これは、その一歩ですよ?」

「……分かった分かった!降参だよ。踊るから!」

「ふふっ、それでいいんです」

「ったく……」

半ば強引にリリィに押し切られる形で、俺たちは踊る。

誰もいない中庭で、遠くで燃える火花と聞こえてくる音楽に合わせて。リリィは優しく俺をリードしてくれているようで、それがなんだか恥ずかしかった。

「大体分かって来たな、うん」

「強がらなくて、いいんですよ?」

「いやいや、ここからが本番だからな?」

「はいはい、期待しないでおきますね」

「ぐっ……」

「ふふっ」

「……ははは」

そうして音楽が止むまで俺たちは踊り続けた。

これは小さなステップなのかもしれない。けれど俺にとっては間違いなく、自分を変える大きな一歩になるのだった。



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