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『拝啓、70年後の君へ』  作者: シロクロイルカ
『白百合の冒険』
30/35

23話「どこまでも青春ドラマのような」




「はい、とりあえずこれで大丈夫。でも腫れが引くまではあまり動かしちゃ駄目だからね」

「ありがとうございます」

保健室の先生は処置を終えて、また自分の席に戻っていった。

大げさに巻かれた左手首の包帯をじっと見つめる。もう二度と感情に流されたりしない、熱くなったりなんてするものか。そう誓ってからたった数年で、俺は自らその誓いを破ってしまった。

けれど何故か嫌な気持ちはしない。むしろスカッとしたというか、俺が高野相手に一本決めた時の会場のどよめきは中々痛快だった。

「天草君、悪いんだけど私は少し外すから何かあれば職員室までお願いねー。出る時は鍵は閉めなくていいからー!」

早口でまくし立てる先生はどこか忙しそうだ。

今日は武道祭、怪我人も俺だけではないはず。さっきまで鳴りっぱなしだった電話から察するにどこかでまた怪我人が出たのだろう。救急箱を抱えながらそのまま出ていってしまった。

そしてそれと入れ替わりのように扉が開く。

「あ……」

「……よう」

気まずそうにそいつ、高野は俺に挨拶をした。格好は道着に防具で試合直後そのものだ。

折角人が独りになって自分の頑張りを自画自賛していたというのに、何とも間が悪い奴。また俺に嫌味を言いに来たのだろうか。そう思って身構える俺に高野は頭を下げた。

「悪かった」

「……は?」

「お前のこと、駄目草とか言って。今日も感じ悪くて、嫌な思いさせた。今までのこともその……悪かった、本当に」

夢でも見ているのかと思い、自分の頬を思い切りつねったがどうやら夢じゃないらしい。目の前で俺のことを散々馬鹿にしていた高野が、何故か頭を下げて俺に謝罪している。

「……いきなりどうした?」

「俺、お前のことが嫌いだった。いつも暗い癖になんか晴人に気に入られてるし、学年一の美少女って噂される黒咲さんとも仲良いし。おまけに転校してきたリリィさんとも親し気で。何にも努力してないお前なんかが、なんでって」

いきなり自分の思いを吐露してくる高野の言葉に面喰いながらも、とりあえず話を聞くことにする。というか高野が俺のことを嫌いなのは当然知っていたが、面と向かって嫌いって言えるその度胸は素直に羨ましい。

いや、知っていたけれどな。

「……でも今日、お前と戦ってさ、はっきり分かった。お前……天草は本当は熱いものを持ってる奴なんだって。あの時、もし竹刀が折れてなかったら負けてたのは俺だった。ずっと馬鹿にしてた天草がこんなに熱い奴だなんて、思いもしなかった」

静まり返った保健室に高野の声だけが響く。

どうやら俺の気まぐれが、高野の心を動かしたらしい。でも保健室に二人きりのシチュエーションは中々にぞっとしない。まるでこのまま告白されるみたいな雰囲気じゃないか。

これが美少女だったら大歓迎だが相手はついさっきまでいがみ合っていた高野だしな。とりあえず折角なので言いたいことをこっちも言わせてもらうとしよう。

「……お前が俺のことをどう思ってたのか知らないけどさ。別に俺は高野に直接何かされてたわけじゃないし、気にしてなんかない。そもそも俺に構ってくる物好き自体、そんなに多くないしな。だから謝られたって困る」

「……そうか。それでも、すまん」

「俺も試合前に挑発みたいなことしたしさ、それでおあいこってことで良いよ」

申し訳なさそうにする高野を、責めようと思えば幾らでも出来る。

確かにこの数か月、“駄目草”と嫌味を言われ続けてきたのは事実なのだから。けれど今はもうそれもどうでも良いことだった。

高野に謝らせようと思って、俺はこの一週間特訓をしたわけじゃないのだから。

「天草、お前――」

「雄介、ここに居たんだ……!」

高野はまだ何か言いたげだったが、その言葉を遮るように青山が保健室に入ってくる。

その瞬間、確かに室内の空気が一変したのを俺だけが感じた。さっきも見えていたキラキラしたものが、二人の間にだけ広がっている。

「凛子……」

「目を離したらすぐに居なくなっちゃうんだから!私、まだ言ってなかったのに」

「言ってないって、何をだよ?」

「そんなの、決まってるじゃん。おめでとう雄介!その……格好良かったよ、凄く」

青山は顔を真っ赤にしながら雄介(と俺)に聞こえる声でぼそっと、そう言った。

途端に雄介の顔もつられて真っ赤になる。二人(と俺)の空間に甘ったるい空気が流れていく。あれ、まさかこのまま青春始まっちゃいますか?と聞きたくなったが、聞ける空気ではなかった。

「……凛子、俺さ」

「うん」

「お前のおかけで勝てたんだ。凛子が俺を励まして、叱ってくれたから。凛子が居なきゃ、絶対に勝てなかった」

「本当に雄介は世話が焼けるよね、昔からずっと」

あの、負けた相手が目の前にいるんですけど。そう抗議しても今の二人には聞こえるわけもないだろう。

「だからさ、その……」

「雄介?」

高野は一度深呼吸をした後に、しっかりと青山を見つめる。二人(と俺)の間を少し静寂が包んだ後、高野は言った。

「俺の、側にいて欲しい。これからも、ずっと。側で俺を叱って、励ましてほしい」

それはまるで告白というよりもプロポーズに近い言葉だった。青山は驚いた顔をして、それからまた顔を真っ赤にした。

そして――


「……うん。私も、私も雄介の隣にいたい。ずっと、いたい……!!」


そのまま二人は抱き合った。さながら映画のワンシーンのよう。

一つケチをつけるとするなら何故かこの場に無関係な俺がいるということだろう。そして告白が終わるのを見計らっていたかのように直後、保健室の扉が開く。

おそらく高野たちの知り合いと思わしき奴らがニヤニヤしながら入ってきていた。

「お、お前ら……!」

「おめでとう、雄介、凛子!!」

「き、聞いてたの!?」

「ったくくっつくの遅すぎだから!いつカップルになるのかひやひやしてたわー!」

今まで以上に顔を真っ赤にする二人と、それを祝福する友人たち。

まるで青春ドラマの1ページみたいな、誰もが心温かくなるシーンだった。俺はそんな彼らに気付かれないようにそっと窓から音を立てないように静かに保健室を抜け出した。

素晴らしい瞬間を見せてくれた高野に、俺が思うことは一つだけ。

「やっぱり高野を許すのはやめよう」

幸せがあれば不幸もある。

人生、そんなに甘くないことを俺は心を鬼にして奴に教えなければならないからな。

「く、悔しいっ……!」

一人きりで見上げた青空はなぜか滲んで見えた。



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