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『拝啓、70年後の君へ』  作者: シロクロイルカ
『白百合の冒険』
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21話「反撃の狼煙を上げろ」




しっかりと縛られた面は思ったよりも窮屈だった。

普段からつけ慣れている剣道部なら気にしないのだろうが、滅多に面なんてつけない俺にとっては息をするのも苦しいくらいだ。

「さあ二回戦、第三試合は白ハンドボール部対、赤サッカー部です!サッカー部は今回の剣舞優勝候補ですっ!」

「サッカー部代表の高野は私の教え子だが、身体能力は目を見張るものがあるな。多分、全ての能力を運動神経に振ったんだろう」

「あー、今のは杠先生なりの誉め言葉なので気にしないでくださーい!」

一歩試合会場に踏み出せば、大きな歓声が聞こえてくる。どうやら萌子が言ったように、サッカー部はかなりの注目を集めているようだった。

「高野―!しっかり頼むぞー!とりあえず決勝までは一本も取らせるなよー!」

「雄介くーん!頑張ってー!!」

高野は大歓声に応えるように周囲に手を振っている。クラスで見ている時はただ飯塚について回る金魚の糞だとばかり思っていた。

しかし周囲の熱狂ぶりからも高野自身にそれなりの実力があることは分かる。ルイが指摘した通り、俺と高野では実力の差がかなりあることを改めて思い知らせてくれた。

「それでは両者、前へ!」

審判の合図と共に俺たちは中央で握手を交わす。高野は俺の顔を睨み付け、面越しにニヤッと笑った。

「なんだ、やっぱりお前か“駄目草”」

「俺じゃ不満かよ」

「まあな。さっきの試合見てたけどさ、リリィさんだったら結構ヤバいなって思ってたからな。しかしお前もあのよく分からない同好会に入ってたなんて、意外だよ」

高野は俺にしか聞こえない声で、へらへらと俺を小馬鹿にしてきた。それは当然で、高野にとっては俺なんて勝負するまでもないのだろう。

「随分お喋りなんだな、高野」

「あ?」

勿論それは俺たちとっては予想通り、というかそうでなくては困る。

飯塚は言っていた。高野は何故か俺を妙に敵対視していると。どうしてそんなことになっているのか、俺には皆目見当もつかない。けれど今だけはその感情を存分に利用させてもらおう。

「もしかして負けるのが怖いのか。まあ散々下に見てる俺に、この大歓声の中負けたとあっちゃこれから先、学校じゃ生きていけないもんな」

「……あんまり調子に乗るんじゃ――」

「それではお互い、位置に着きなさい!」

高野の言葉は審判に遮られてしまった。

しかし俺は確かに見た。高野の全身が怒りに震えているのを。今までずっと馬鹿にしていた、クラスカーストでも格下の“駄目草”に馬鹿にされたんだからそれはそうだろう。

とにかく、ここまでは想定内。そして何とか相手を挑発することにも成功したようだ。面越しにも分かるくらいに、高野はこっちを睨み付けている。全ては作戦通りだが――


(こ、こえぇぇぇぇぇぇえ!!)


正直、生きた心地はしない。

いくら作戦だと言えど、わざと相手を挑発するなんて滅多にあるもんじゃない。しかも相手が相手だ。クラスでもこの数か月、ずっと小馬鹿にされてきた高野相手にするなんてありえない。

いつも馬鹿にされていた分、少しは胸がスッとするかとも思ったが静かに激高する高野を見て、もう取り返しのつかないところまで来てしまったんだなと今更ながらに後悔した。

「それでは両者、構え!」

すでに汗ばんだ手で竹刀をギュッと握りしめる。

本当はこんなところにいるはずじゃなかった。今まで通りクラスで浮いて、昼休みに華と飯を食って。体育祭だって大した競技には出ずに、遠くから活躍している華を応援する。そんな去年と全く同じ体育祭を過ごすつもりだったんだ。

それが今俺は、こうして体育館で公衆の面前で恥を晒そうとしている。誰も俺になんか期待していない、皆高野がどうやって俺に勝つのかに期待している。そんな完全アウェーな空気の中、俺は戦おうとしている。


『――変わろうとするなら、自分が変わるしかない。弱い自分を乗り越えなければ、その先は無い。貴虎もそうだった。だからお前にも出来るはずだ、虎鉄』


特訓中にルイに言われた言葉をもう一度噛み締めて、俺は前を向く。

今だけは、逃げるわけにはいかない。周囲を見回すと一瞬だけ、会場にいるリリィと目が合った。心配げな目をして手をギュッと握っている。

そうだ、俺は負けるわけにはいかない。もうリリィにあんな顔をさせないために、何より自分を変えるために。俺は“あの”貴虎の孫なのだから。

「始めっ!!」

「おぉぉぉぉお!!」

大歓声と共に戦いの火蓋が切られた。俺は大声を上げながら高野に突っ込んでいく。


『まずは先制。さっきの話が本当ならば、相手はお前をなめ切っている。だから余裕を持ってひとまず様子見するはずだ。そこを思い切り攻め込んでやれ』


ルイの指示を思い出しながら俺は全力で竹刀を振る。

高野はそれを竹刀で受け切ろうとするが勢いがある分、少し押されているようだった。そこを逃さず、とにかく竹刀を相手目掛けて振り続ける。

「す、すごい猛攻ですっ!ハンドボール部いきなりの先制攻撃だー!!」

「ぐっ、こいつ!!」

「まだまだぁ!!」

流石にいきなり突っ込んでくるとは思わなかったのだろう、焦る高野は何とか立て直そうとして俺の竹刀を裁こうとする。

以前の俺ならばもう竹刀を振れなくなっていたかもしれないが、こちとらこの数週間で毎日数百本も素振りをしてきたんだ。だからまだまだ勢いを止めることはない。

勿論、有効部位である面、胴、小手に当たりはしないが状況的には少しずつ高野を追いつめつつあった。このままいけばもしかしたら、まぐれでも一本取れるかもしれない。

しかしそんな甘い考えは――

「……いい加減に」

「っ!?」

「しろっ!!」

思い切り体育館に響き渡った轟音と共に崩れ去った。弾き飛ばされながらも俺の耳には会場からの大歓声が聞こえてくる。それは勿論俺へではなく、高野へのものだった。


『無策で攻めまくれば、必ず相手は反撃してくるだろう。そこからはおそらく防戦一方になるに違いない。そして――』


「おらぁっ!!この駄目草がっ!!」

「ぐっ!?」

「いいぞー!!ひやひやさせんな雄介―!!」

「サッカー部やれー!!赤やれー!!」

周囲の大歓声と共に高野の反撃を食らい続ける。さっきの勢いはどこへやら、やり返そうとしても鋭い一撃に思わず後退することしか出来ない。本当にサッカー部なのかと疑うほどに、的確に俺の部位を打ち付ける高野の攻撃。

審判も何度も赤旗を揚げかけては下ろしていたが、ついに――


『――必ず一本取られるだろうな』


バチンと小気味よい音と共に、審判が赤旗を揚げた。

「赤、一本!!」

「よしっ!!」

審判の声と共に体育館を大歓声が包む。それは当然の結果、どう見ても俺の勢いは最初の数秒だけで後は高野の独壇場だった。

後一本取られればそれでこの勝負はお終い。そんな圧倒的有利な状況、そして大歓声に応えるように高野はすぐに構える。その顔は俺を蔑むような顔だった。

「それでは、始めっ!!」

「後一本だ、軽く決めてやれー!!」

「やっぱりサッカー部が優勝だー!!」

高野に打たれた小手が、まだじんじんする。やはり俺とルイが思った通り、高野はただの嫌味な奴じゃない。実力もしっかりある。


『一本取られるまでは、想定内だ。正直、これが本当の“死合い”なら虎鉄に勝ち目などない。だが話を聞く限り二本先取の打ち合いなのだろう?ならば十分に勝機はある』


「……いくぞ」

俺はにやにやと笑う高野を一瞥して、構える。

右手を左越しに、抜刀するような形で身体を屈め、頭を少し引く。右足を前に出して、相手を見据える。この一週間、ずっと練習してきた唯一の構えだった。

「おっと、ハンドボール部は急に身体を丸め込めてしまいました!」

「まああれなら小手と胴は確かに打たれないな。あれ、抜刀術ってやつじゃないか?ほら、こないだ再放送してたアニメの――」

「はいはい、分かりましたから!余計なことは言わないでくださいね、杠先生ぇ!」

確かに杠先生の言う通り、これならば小手と胴は打たれることはない。その代わり動けないから面はがら空きになるのだが。

「なんだあれ、ふざけてんのかー!」

「ちっ、駄目草がっ!!」

会場からの野次も気にせずに俺はただ機会を待つ。高野はそんな俺をいたぶるようにあえて面ではなく腕や肩を打ち続けた。もう高野は勝ちを確信している。だから俺を舐めていたぶり続ける。高野の猛攻に会場のボルテージも上がって行く。

しかし有効部位ではないため、赤旗は揚がらない。ただ高野の圧倒的な実力に、皆がサッカー部の勝利を確信し始めた。そして俺はなすすべもなく、身体を縮こませているようにしか見えない。


『相手がお前をいたぶり始めたら、良い兆候だ。事前に挑発でもしておけば余計に効果的だろう。そしてしばらくすれば相手も痺れを切らして止めを刺そうとするはずだ。縮こまる相手に止めの面打ち。さぞ甘美な一打だろうな。だからこそ、そこが最大のチャンスだ』


「おーい、そろそろ終わらせろよ雄介―!!」

「あんまり弱い者虐めするなよなー!」

会場の声を聞いてだろうか、俺は確かに高野がニヤリとほくそ笑むのを見た。

それは止めの合図。縮こまる俺に高野が一撃を入れようと大きく上段に構える。隙だらけの胴が、目の前に晒される。全ての世界が一瞬止まったかのように、映る。


『思い切り、振り抜け。今のお前ならある程度は使えるだろう。ずっと悔しい想いをしてきたのなら、もう逃げるのは止めろ。守りたいものは自分で守れ。今こそ上げろ、お前自身の“反撃の狼煙”を』


俺は止まった時間の中で思い切り竹刀を振り抜いた。

この一週間、何度も何度も繰り返してきた動作。右足を軸にして腰の回転と共に思い切り左足を前に踏み出す。繰り返してきた動作だけあって淀みはない。面白いように竹刀は高野の胴に吸い込まれていく。

そしてまるで火花が弾けるような音と共に、時間は急速に動き出した。高野の身体は弾き飛ばされ一瞬宙に浮かんでから、大きな音を立てながら地面に倒れこむ。高野の信じられないと言いだけな表情が、面越しでもはっきりと見える。

「はぁはぁ……!」

第三試合の会場周辺だけ、数秒間静まり返っていた。聞こえるのは俺と高野の荒い息だけ。数秒後、ようやく審判が何かを思い出したかのようにおずおずと旗を揚げる。色は、勿論白色だった。

「……し、白一本!」

「す、凄まじい一撃がサッカー部に突き刺さりました!!」

「あー、これで一対一だね。ほら、やっぱり抜刀術ってやつじゃないか」

審判と解説の声で、やっと我に返った観客たちからざわつきが広がっていく。

まさかの展開に歓声などどこへやら、誰もがざわざわと戸惑っているようだった。そして高野はまだ驚きの表情を浮かべながらも、立ち上がり俺を睨みつける。

けれどもう怖くはない。今の高野を、俺は不思議ともう脅威には感じていなかった。

「て、てめぇ……!」

俺はゆっくりと竹刀を高野に突きつけて、周りにも聞こえるように宣言してやる。

「反撃、開始だ」

そう。今こそ、反撃の狼煙は上がったのだ。



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