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『拝啓、70年後の君へ』  作者: シロクロイルカ
『白百合の冒険』
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Tips「幼馴染」




青山凛子あおやまりんこ、私立桜が丘高校の二年生でハンドボール部の部長。

同じ学年でサッカー部の高野雄介たかのゆうすけとは幼馴染。あたしが目の前に座る彼女について知っている情報はそれくらいだった。

「それで、最近雄介と喧嘩ばかりで。こないだも些細なことで口論になっちゃって……」

「先輩たちの噂はよく聞いてますよ。学校内でも結構有名な幼馴染カップルって」

「か、カップルなんかじゃないから!私と雄介はただの幼馴染!」

青山先輩はあたしの言葉に耳を真っ赤にして反論した。

その反応が、少なくとも彼女が高野先輩に幼馴染以上の感情を抱いていることの証拠だと思うのだが。あまり虐めても青山先輩が可哀想なので、これ以上追及するのは止めた。

「すいませんでした。それで依頼の話ですが、あたし達にハンドボール部代表として今年の武道祭に出てほしい、ということでしたよね」

「そうなの。口論したときにね、グラウンドの使用権のことで揉めてさ。雄介から“勝った方が夏の大会が終わるまで相手の分までグラウンドを使える”っていう約束をしちゃったんだよ」

「なるほど。武道祭の勝敗で部活の優劣を決めるのは、昔からあったみたいですもんね」

学校側が公に認めているわけではない。しかし部活同士で揉め事が会ったときに武道祭の勝敗をもってして決めるというのは、この学校ではよくある話のようだった。

「でもね、あたし今年の競技がまさか剣舞だなんて知らなくて……。部員の皆は剣舞なんて怖くて出たくないっていうし」

あたし自身、まだ一年生なので実際に武道祭を経験したことはない。

でも近年は女装コンテストや仮装大会など、武道からかけ離れた競技ばかりとは聞いていた。だからこそ青山先輩もまさか剣舞なんていうガチガチの競技が来るとは思っていなかったのだろう。

「まあ、あくまでも競技は直前で行われる生徒アンケートで決まりますからね。今年は剣舞を見たいという生徒が多かったんだと思いますよ」

「部活の皆は出たくないっていうなら、もう部長の私が出るしかない。それは当然なんだけど、でも……」

青山先輩の右腕はしっかりとギプスで固定されていた。昨日の練習試合でのことだったらしい。医者の話では全治三ケ月、誰がどう見ても骨折だった。

「その腕じゃ、難しいですよね」

「うん。だからもう誰かにお願いするしかないと思って。私が出られない以上、不戦敗になんて出来ないし」

「高野先輩に言って、今回の話を無しにしてもらった方がいいんじゃないですか?わざと骨折したわけじゃないんですし」

「それは、出来ない。いまさら雄介に謝るなんて、したくない。だって私は悪くない。雄介が私のこと、女として見れない。男の方がまだマシなんて――」

そこまで言って、青山先輩ははっとした表情で口を閉じた。

どうやら簡単にはいかない、幼馴染同士の因縁があるようだ。恋愛話は青春そのものな感じがするし、青春同好会としては青山先輩の恋路を応援したい気持ちはある。

しかし――

「……本当に申し訳ないんですが、今回はお受けすることは出来ないです」

「な、なんで……あ」

あたしの上げた左手を見て、青山先輩も察したようだ。ぐるぐるに包帯が巻かれた左手は、まだ動かすだけでも痛みが走る。

昨日のテニス部への助っ人で怪我をしてしまったばかりだった。あたしが五体満足でコンディションも問題なければ、むしろ引き受けたいくらいの依頼だった。けれど現実的に考えて、この状態で剣舞なんて出来るわけがない。

それは目の前にいる青山先輩もすぐに理解したようで、そのまま俯いてしまった。

「この状態じゃ、ハンドボール部の代わりに出たところですぐに負けちゃいますよ。さっきの話だと、サッカー部と当たるのは二回戦なんですよね。そもそも一回戦で負けてしまうのなら、どの道賭けには勝てないですし」

もうトーナメント表は出来ているらしく、青山先輩のハンドボール部は上手くいけば二回戦でサッカー部と当たる。

けれど一回戦のバスケ部に勝てなければそれまでだ。もしくはサッカー部も一回戦で負ければ、引き分けで賭けは無効という可能性もあるが――

「サッカー部は雄介が代表で出るから、絶対に勝つと思う。向こうの一回戦の相手は確か文芸部だったし、雄介の奴頭がからっきしな分全部運動神経にいってるから。あいつに剣舞で勝てるのなんて、私か同じサッカー部の飯塚君くらい」

「よくご存じなんですね、高野先輩のこと」

「べ、別に?幼馴染なんだからそれくらい知ってるわよ!」

少しからかっただけでゆでだこのように顔を赤くする人も珍しい。

校内で二人が幼馴染として有名なのも分かる気がした。ついからかいたくなってしまいそうになる。あたしは一度咳払いをしてから、青山先輩に向き直った。

正直な気持ちで言えば、彼女の恋路の為にも協力したい。けれど無責任に引き受けることは決して正しいことじゃない。無理なことを無理と言える判断力も、この同好会をやっていくならば必要なことだとあたしは思う。

「……話を戻します。青山先輩の依頼は先程も言った通りで、あたし達青春同好会では――」

「――私が、受けます。それじゃあ駄目ですか、萌子?」

引き受けられない。あたしの言葉は凛とした声に遮られてしまった。

今まで口を挟まずあたし達の話を黙って聞いていたリリィ先輩は、真っ直ぐに青山先輩を見ている。その目だけであたしがリリィ先輩が本気で言っているんだとすぐに分かった。

勿論それは青山先輩にも分かったようで、彼女もリリィ先輩の方に向き直る。

「えっと、貴女は確か……」

「初めまして。私はリリィ・アルフォートと申します。青山さんと同じ二年生で高野君とは同じクラスです。今は萌子の青春同好会の一員として活動させて頂いています」

「ご、ご丁寧にどうもありがとうございます」

「それでもし宜しければ今の話、私に受けさせてもらえませんか。萌子はこの通りですし、私ならどこも怪我していませんから」

「ちょ、ちょい待ちです!リリィ先輩、分かってますか。剣舞ですよ、剣舞!リリィ先輩って武道の経験とかはないですよね?」

「確かにありませんが、そういう荒事には慣れています。萌子、心配は無用です」

リリィ先輩の表情は真剣そのものだった。

確かにこの前の騒動でもリリィ先輩は、大勢のヤンキーにも全く怯むことなく対峙していた。外国人っていうのは日本人より肝が据わっているものなのだろうか。

「う、噂で聞いたヤンキーをなぎ倒した転校生ってもしかして貴女のこと!?」

「なぎ倒したわけではありませんが、おそらく私と虎鉄のことだと思います」

そして噂を聞いていたらしく、青山先輩も期待の眼差しでリリィ先輩を見つめている。

あの噂を流したのはあたしなのだから、責任はあたしにある。どの道、リリィ先輩の表情を見る限り何を言ってももう引いてくれそうになかった。こうなれば全てを託すしか、ない。

「……分かりました。もし青山先輩が良ければ」

「うん、私は大歓迎だよ!本当にありがとうリリィさん!」

「いえ、こちらこそ足を引っ張らないよう精一杯頑張りますので」

こうして青春同好会はハンドボール部代行として、武道祭に出場することになった。

一応体育祭実行委員会に代行の是非について確認した。最初はかなり渋られたが、お姉ちゃんにお願いしたらすぐに許可が下りた。

理由は、おそらく聞かない方が身のためだろう。青山先輩が深々とお辞儀をして部室から出た後に、あたしはリリィ先輩になぜ依頼を受けようと思ったのか聞いた。

普段はあたしの話に滅多に口を出すことのない先輩にしては、珍しいと思ったからだ。

「……私にもいたんです、幼馴染が。だから私が力になれることで、お二人の仲が元に戻るなら。そう思ったんです」

リリィ先輩は窓の外を見ながら、少しした後にぽつりと言った。それ以上聞く気にはなれなくて、あたしも彼女と同じように窓の外を眺めた。


その時のあたしにはまさか、武道祭があんな結末を迎えることになるなんて想像も出来なかった。



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