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『拝啓、70年後の君へ』  作者: シロクロイルカ
『白百合の冒険』
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Tips「続・カレー記念日」




食卓にはサラダと福神漬けの入ったタッパー、そして出来たてのカレーが3皿並んでいた。

勿論2つは俺とリリィのもので、残りの1つは目の前でカレーをじっと見つめる彼女のものだ。

「それじゃ頂きます」

「いただきまーす!」

俺は手を合わせて軽く一礼し、リリィは嬉しそうにカレーを頬張る。いつも通りの天草家の晩御飯に、今夜は新しいメンバーが加わっていた。

「これがその、なんだ」

「カレーですよ、カレー!ルイ、知らないんですか?可哀想に……」

リリィから以前聞いた話通り、アストリアにはカレーという料理は存在していない。

だからルイの戸惑いようは当然と言えば当然だった。俺からすれば同じ立場のはずなのに何故かマウントを取ろうとするリリィの方が謎過ぎる。

こいつは食べ物、特にカレーのことになると何故か大人気なくなるから困ったものだ。

「いいですか、カレーというのはこの国に古来から伝わる由緒正しい伝統料理の一つなんです。この国の人々の料理への類稀なる努力が身を結んだ結果が、このカレー。至高にして究極の料理なんですからね!」

リリィは心底真剣な顔をしてルイにカレーのなんたるかを語っているが、残念ながら何一つ正しくはない。

というかそんな嘘をどこから聞いて来たのか心配になるほどのホラ話ばかりだった。そもそもカレーが日本発祥のものなんて聞いたことすらない。

「そ、そうなのか。じゃあそんなカレーを作ることが出来る虎鉄は」

しかしルイはそんなリリィの言葉を疑いもせず、尊敬の眼差しで俺を見ている。俺に稽古をつけている時と性格が全く違うのは、気のせいではないだろう。

「そうです!虎鉄はこの国が誇る最高の料理人の一人なのです!」

「やっぱりそうだったのか……!」

どう考えてもそんな訳ない超理論を、ルイは滅茶苦茶興奮しながら受け入れる。

どうやらルイは全ての才を武道に振り切ったタイプのようだ。

「おいおいリリィ、おちょくるのも大概にしとけよな」

「私は決しておちょくってなどいません!虎鉄の料理が一番なのは事実ですから!」

俺の料理を美味いと言ってくれるその気持ちは純粋に嬉しい。けれどそれが大袈裟なのもまた事実なのだ。

「いや、こないだ華の作った弁当の方が美味しいって言ってただろうが」

「あ、あれはそのっ!ま、また別の話というか、その……」

急に言葉が尻すぼみになっていくリリィはなんだか可笑しくて、俺は思わず笑ってしまった。

「はは。まあとりあえずさ、そんなにハードル上げずに食べてみてくれよ。誰にでも出来るような簡単な料理だから」

リリィがカレー好きなのは重々承知だが、ルイの口に合うかは分からない。とりあえず食べてみてほしくて、俺はルイにまずは一口と勧めた。

正直言って至って模範的なカレーなので、どうしてリリィがここまで絶賛するのかよく分からない。だからもう一人、アストリアから来たルイの感想を聞いてみたいのだ。

「……分かった。それじゃあ、いただきます」

ルイは緊張した面持ちでカレーを一口すくい、ゆっくりと口の中に運んだ。

そして――

「ど、どうだ?」

「美味しいな、とても」

「そうか。口に合うようで、良かった」

俺はとりあえず胸を撫で下ろす。どうやら中々評価は高かったようで、ルイは美味しそうに食べてくれている。

「えー!?それだけですか。もっと、ほら?あるんじゃないですか、劇的な感動が!」

しかしリリィはルイの反応に納得していないのか、もっと大きなリアクションを引き出そうとしていた。本当にリリィは何がしたいんだろう。

「いや、確かに美味いがそんなに大袈裟に騒ぐ程ではないな」

「そ、そんなぁ……!」

「……虎鉄。どうしたんだ、リリィは」

「気にしない方がいい。リリィもこの世界に来て疲れが溜まってるんだろう、うん」

がくっとうなだれるリリィを俺たちは生暖かい目で見守っていた。食は人間の3大欲求の一つと言われているからな、仕方ないことなんだろう……多分。

「しかし美味いのは事実だぞ。虎鉄は貴虎と違って料理の腕は良いみたいだな」

「それはリリィからも言われたけどさ。別に俺が上手いんじゃなくてカレーっていうのは大体誰が作っても美味しく作れるもんなんだよ」

「でも実際美味しいのだから、もっと自信を持って良いと思うぞ?現に私はまた虎鉄のカレーが食べたいと、そう思っているわけだしな」

ルイは真っ直ぐ俺を見て、ストレートな言葉をぶつけてくれる。リリィとはまた違う、彼女なりの褒め言葉。それが少し恥ずかしくて、結構嬉しかったりした。

「まあ、うん。ありがとな、ルイ」

「ふふ、お礼を言うのは作って貰っているこっちの方だろ。で、これは?」

ルイは不思議そうにタッパーに入った福神漬けを指差した。

「ああ、これはな」

「……これは福神漬けというやつです。いわゆるオトモですね。そんなに美味しくないです」

俺が答えようとするのに割り込んで、リリィがテンション低めに答えた。

リリィは福神漬けの甘さがあまり得意ではないらしくカレーには絶対に入れない派なのだ。しかしルイはそんなリリィを気にせずに福神漬けを見つめていた。

「福神漬け、か」

「とりあえず少し食べてみれば?俺は結構好きだけどな」

「ああ、いただこうか」

ルイはゆっくりと福神漬けをすくってカレーに乗せた。そしてそのまま口に入れてーー

「…………う」

「う?」

「美味いっ!!」

「「へ?」」

俺とリリィの声が思わず揃うくらいに、それは意外な反応だった。福神漬けを食べたルイの反応は、カレーを食べたときのリリィと負けず劣らずだ。

「ま、まさか……」

「これは素晴らしい料理だな!カレーにも凄く合うし単品でもかなり美味い!!」

「ええっ……」

「福神漬け、素晴らしい料理だ!是非アストリアにも導入しよう!」

俺たちの予想を遥かに越えて、カレー……ではなく福神漬けがルイの中で一番美味しい食べ物になった瞬間だった。

この日から我が家ではしばらく福神漬けを常にストックしておかなければならなくなったのだが、それはまた別のお話。



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