17話「二人目の来訪者」
「私も驚いたんですよ。帰って来たら虎鉄は倒れてますし、その隣にはアストリアに居るはずのルイが居たんですから……」
夕食を済ませた後、俺とリリィは庭先に腰掛けた。目の前ではルイが無心で木刀を振っている。
「一体どういう事なんだ?リリィだけじゃなく、あのルイ・シノノメまでこの世界に来るなんて」
俺としてはルイ自身に色々と聞きたい事があったのだが、日課が終わった後でと軽くいなされてしまった。
「私もルイに聞いたんです。そうしたら、どうやら私がアストリアから居なくなった後、仲間たちが私のことを探してくれていたみたいで……。ルイも捜索中に偶然、こちらの世界に来てしまったようなんです」
上半身にさらしを巻いて、木刀を振り続けるルイは小説の彼女そのものだ。
そして彼女の直実な性格からして、リリィがいなくなれば探そうとするのは明らかだった。だからこそ、今目の前にいる彼女が俺の知っているルイ・シノノメだと思えるのだ。
「偶然、か。リリィがこっちの世界に来た時とは少し違うな。確かリリィはあの鏡の前で儀式をしてたんだよな、こっちに来るための」
「そうですね。ただ……」
リリィは少し困ったような顔をして口をつぐむ。
「ただ、儀式自体は結構前からやっていたんです。貴虎がいなくなってから三年、ずっとこの世界に来ようと思っていたわけですから。だからあの日儀式が成功した理由は、正直私には分からないんです」
「その日だけ特別なことをした、とかはないのか?」
「そんな覚えはないです。いつも通りに儀式を始めたら、急に身体が光に包まれて……。後は虎鉄も知っている通りですね」
「鏡、か」
そもそも倉庫にあったあの鏡は一体なんなのだろうか。
この世界とアストリアを繋ぐ、門のような役割を果たしているのだろうか。
それにしては偶発的というか、要領を得ないというか。
現に何回かリリィがアストリアに帰ろうと、あれからも鏡の前で試行錯誤しているが全く効果はない。そんな不安定な物が門として機能しているのだろうか。
「あの鏡に何かしらの力があるのは本当だと思います。ルイにも聞きましたが、彼女もあの鏡を調べている時に光に包まれて、こちらの世界に来たと言っていましたから」
「そうなのか。確かにそれならあの鏡が関係しているのは間違いないなさそうだな」
うちの倉庫にガラクタのように放置されていた姿見にそんな秘密があったとは思いもしなかった。
「あの鏡には強い魔力が込められているのは、間違いないだろう。ヒュームの中でも特に感知能力が高い私が言うんだ」
俺たちの話が聞こえていたのか、それとも鍛錬に満足したのか。
ルイはタオルで汗を拭きながらこちらに近づいて来た。すらっとしたスタイルにそぐわない、鍛え上げられた腹筋が彼女が相当の使い手であることを示している。
「ルイ、お疲れ様。相変わらずマイペースですね、貴女は」
「日々の鍛錬は食事と一緒だからな。私にとって欠かせないことなんだ。で、私に聞きたいことがあったんだったな、虎鉄?」
ルイは俺の隣に座り、当然のように名前で俺を呼んだ。まだ出会って数時間しか経っていないにしては距離感の詰め方がかなり急だ。
「急に名前で呼ぶよな、まだ会ったばかりだろ」
「別に構わないだろう?リリィもそう呼んでいるんだし、貴虎の家族なら他人ってわけでもあるまい。私のことも気さくにルイ、で構わないからな?」
さも当然のように爽やかな笑顔で返されて、俺もなすすべもなかった。そうだ、確かアストリア大陸記に出てくる彼女も竹を割ったような性格だった気がする。
「すいません、虎鉄。ルイは剣の腕は確かなんですが、少し素直すぎると言いますか。ちょっと変わってまして」
「おいおい、まるで私が変人みたいな言い草だなリリィ。私は至って模範的なアストリアの民だぞ?」
「“腹が減ったな”とか言って野生のモンスターを狩るような人のどこが……」
「ん?何か言ったか」
「いえ、なんでもないです」
リリィのジト目から察するに、ルイは少し変わっているようだが悪い奴ではなさそうだった。まあ元々じいちゃんと一緒に旅をしていた仲間なのだから、その辺は全く疑っていないが。
「……それで話を戻すけど、ルイから見てもやっぱりあの鏡に原因があるってことなんだな?」
「うん、十中八九間違いないだろう。先も話したがアストリアの中でも私たちヒュームは魔力感知に優れている」
「ルイはその中でも特に感知能力に長けているんです。何十メートル先の相手の魔力を察知して迎撃出来るんですよ。人は見かけによりませんよね?」
「まあな」
笑顔で解説してくれるリリィの言葉に、若干の棘があるのおそらく気のせいではない。
けれどルイは全く気にしていないようで、むしろ褒められたと思ったのかどこか誇らしげだった。
「あー、で。ルイはあの姿見から魔力を感じたわけだな?」
「かなりの魔力を今でも感じる。だからこそ不思議なんだ。起動するための魔力は十分なはずのに、あの鏡は全く反応しない。私も何度か触れたり調べたりしてみたが、ぴくりとも動かなかった」
「そうか……」
ルイでも全く動かなかった。
それはつまり彼女がすぐにはアストリアに帰れないことを意味している。リリィと全く同じでルイもまた、異世界であるこの世界に一方通行で来てしまったのだった。
「……それじゃあさ、アストリアに帰れるようになるまではウチで暮らせばいいよ。幸い、両親はまだまだ帰ってこないし空き部屋ならたくさんあるからさ」
「しかし、それでは虎鉄に迷惑が掛かるだろう」
ルイは申し訳なさそうな顔をして、俺の提案を断ろうとする。律儀というか生真面目というか。
「むしろ逆だよ。俺のじいちゃん……貴虎はアストリアではルイの弟子だったんだろ。色々稽古してもらってたんだから、その恩を少しでも返させてほしいんだ」
「虎鉄……」
そう、リリィと同じくらいにじいちゃんはルイにも世話になっていた。小説の中では貴虎に武術のいろはを教えてくれたのは、ルイなのだ。
「それにルイが居てくれた方がリリィも安心だと思うし。な、リリィ?」
「はい!私も虎鉄も大歓迎ですよ……って居候の私が言う台詞じゃないですけど」
リリィは嬉しそうにそう言った。リリィとしても異世界に一人、不安な時に仲間が居てくれた方が良いに違いない。俺たちの言葉に、ルイは少し考えた後返事をした。
「……そこまで言ってくれるなら、大変申し訳ないが世話になりたい」
「ああ勿論だ。よろしくな、ルイ」
「改めてよろしくお願いしますね、ルイ!」
ルイの返事に俺たちは握手をしながら迎え入れた。
まさかアストリアから二人目の来訪者が来るなんて、予想もしていなかった。けれど小さい頃に憧れた彼女が目の前にいるなんて、当時の俺が知ったら大興奮するだろう。
「よし、そうと決まれば善は急げだな。リリィの頼みはさっき聞いた通りだが……」
「リリィの頼み?」
「あー!こ、こっちの話ですから!あはは!ね、ルイ?」
リリィはスッとルイに近づいてなんとも言えない圧力を掛けていた。気にはなるが、まあ俺に聞かれたくないこともあるだろう。そこは敢えて突っ込まないことにした。
「……今のは無しで。まあとにかくよろしく頼む、リリィに虎鉄」
「おう、よろしくな」
「じゃあ早速素振り100本と行くか」
ルイは満面の笑みを浮かべて俺に木刀を差し出した。……あれ、なんか滅茶苦茶嫌な予感がするんですが。
「えっと、え?」
「ん?どうした、早く受け取れ。遠慮することはないぞ。私も世話になる身だ、ただで居候しようとは思わないさ」
「そ、それって……」
「ああ、貴虎と同じように……いや、それ以上に鍛えてやるからな。さ、素振り100本からだ!」
それまでの落ち着いた雰囲気は吹っ飛んでしまったようで、ルイは目を爛々と輝かせながら俺の手をぎゅっと握りしめた。
「う、嘘だぁ……!」
「ふふ、すぐに気持ちよくなれるさ。さ、行くぞ。さあ振れ、早く!」
「あ、アッー!!」
こうして、この世界に二人目の来訪者が来た。
昔の俺にもし一言伝えられるなら、言いたい。
頼むからルイに憧れるのだけはやめておけ、と。




