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『拝啓、70年後の君へ』  作者: シロクロイルカ
『白百合の冒険』
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16話「ルイ・シノノメ」




◇◇◇




『おい、大丈夫か』

『う、うん。ありがとう……』


中学生に入ってから間もない頃だっただろうか。それはとても暑い日の出来事だった。

いつもは一緒に帰っていた華が用事で、部活も休みだった俺は何となく校内をぶらついていて虐めの現場に遭遇してしまった。男女数人が女子一人を囲んで小突いたり、水の入ったバケツをぶっかけたり。そんな典型的な虐めを、当時の俺が当然そのまま見過ごすわけもなかった。


『初めて、じゃないよな。あいつらはガツンと懲らしめてやったから、もう大丈夫だと思うけどさ』


中学に上がりたての俺は妙に怖いもの知らずで、相手の力量なんて関係なく虐めや揉め事があれば突っ込んでいく猪みたいな奴だった。

勿論それは“貴虎みたいにたくさんの人を救える、ヒーローになりたい”なんていう子どもじみた夢のせいだった。


『お前もさ、もっと言い返したりしろよな。別に悪いことしてるわけじゃないんだろ?』

『で、でも私……あ』


少女は何かに気が付いたのか、自分の頭を庇うようにして手で覆った。

皮肉にもその動作で彼女が何を隠したいのかがすぐに分かってしまう。俺の目には濡れて黒色から白色に変わっていく髪の毛が映っていた。

そして目の前の少女の反応から、きっとこれが彼女が虐められていた理由に違いなかった。


『それ、もしかして染めてるのか』

『み、見ないで……!』


恐怖に怯えるように少女は身体をギュッと固くする。

それは彼女からすれば当然の反応で、この髪のせいで今までもずっと虐められてきたのだ。また俺にも同じような反応をされると思ったのだろう。


『その髪……』

『っ!』

『めっちゃカッコいいな!』

『…………へ?』


だからこそ、少女には俺の反応に間の抜けた声を出した。

当時の俺はそんな事情なんてつゆ知らず、ただ単純に思ったことを言ったまでなのだが。それが彼女にとっては信じられないほどの衝撃だったらしい。

髪の毛から覗く両目が大きく見開いているのも、とても印象的だった。


『だって本当は白色なんだろ、髪の毛!いいなぁ、俺もそういうのが良かった!』

『き、キモいって思わないの?』

『は?なんでだよ?』

『し、白いんだよ……?まるでその、ババアみたいだって……』


自分で言っている言葉なのに、少女の表情はかなり険しいものだった。

それはずっと彼女が言われている言葉で、一番傷付くものだったからだろう。でも俺にはその髪の毛は全く別の意味を持っていた。

そう、それはあのアストリア大陸記に出てくる主人公である――


『何言ってんだよ。真っ白な髪の毛なんてめっちゃカッコいいじゃん!だってそれ、貴虎と一緒ってことじゃん!!』

『えっと、た、たかとら?』

『えーっ!?お前、貴虎知らないのか!?アストリア大陸記に出てくる英雄の!』


頭の周りにはてなマークが何個も浮かぶ少女に、俺はむさ苦しいほどの熱量で天草貴虎とアストリア大陸記のことを熱弁する。

突然戦後の日本から異世界のアストリア大陸に飛ばされてしまった貴虎が、種族が異なる仲間と共に大陸を旅してアストリアを救う。

そんな今考えれば王道ファンタジーのテンプレのような話を、当時の俺は爛々と目を輝かせてその少女に語った。


『だからさ、お前の髪は貴虎と一緒なんだよなー!くそー、めっちゃ羨ましいなぁ!』

『私の髪が、羨ましい……?』

『ああ、さっきから言ってるだろ……っておい!?』


いつの間にか少女はぽろぽろと大粒の涙をこぼしていた。一体俺の何がまずかったのか、おろおろする俺に彼女はゆっくりと首を横に振る。


『う、嬉しいから』

『嬉しいって、泣いてるじゃん……』

『嬉しくて、泣いてるの。今までそんな風に言われたこと、なかったから。この髪のせいで虐められてて、本当に嫌だった……』

『それは周りの奴らが馬鹿なだけだろ。だって真っ白ってことはさ、その気になれば何色にも出来るってことだろ?それって凄いことじゃんか!』

『……そう、だよね。そうだよね……!』

『いいなぁ、俺も実はさ!色んな色に染めたいから――』


気が付けば少女は笑顔で笑っていて、俺もなんだかそれが嬉しくてそのまま気が暮れるまで話していた。

どうやら彼女は親の都合でこっちに転校したばかりで、前の学校でも髪のことで虐められていたらしい。俺はここぞとばかりにアストリア大陸記を彼女に貸して、彼女も喜んで読んでくれた。

僅か一二週間のことだったけれど、俺たちは放課後に空き教室に集まってはアストリア大陸記のことを語り合った。

華以外の異性とそんなに話したことがなかった俺にとっては新鮮な体験で、彼女も毎日俺を見る度に満面の笑顔を見せてくれた。


そしてそろそろ華にも紹介しようかな、なんて思っていた矢先……俺は虐めにあった。

華が俺を庇って怪我をして、それから俺はその空き教室には行かなくなった。誰かを助けることも、なくなった。その少女もいつの間にか転校してしまったようで、二度と会うことはなかった。




◇◇◇




「…………」

目の前には見慣れた天井と照明。どうやら寝ていたらしい。ぼーっとする頭で身体を起こそうとして脇腹に鈍い痛みが走った。

「……っ」

そっと自分の脇腹に手をやると大きな湿布が貼ってある。それを見てようやく俺は不審者に思いっきりやられたことを思い出す。そしてそれを見計らったようにリビングにリリィが入って来た。

「あ、虎鉄!気が付いたんですね!本当に良かった……!傷は痛みますか」

「リリィ、帰ってたのか。これ、リリィがやってくれたんだな」

「はい。帰ってきたら庭で貴方が倒れていて、本当にビックリしたんですよ?痣にはなっていると思いますけど、そこまで大けがではないみたいですけど――」

「それはそうだ。私だって精一杯手加減したんだからな」

凛とした声だった。

リリィの後ろからリビングに入って来た女性は、紺色の艶があるポニーテールを揺らしながら俺を見据える。鋭い目と端正な顔立ち、袴のような巫女服のような和風の出で立ちはぱっと見て“大和撫子”という言葉を連想させるものだった。

そして彼女を見た瞬間にすぐに彼女が庭で見た人影の正体であることが分かった。

それは髪型も勿論だが、彼女が腰に下げている木刀と鞘に納められている刀のせいだ。確か庭で対峙した時も腰の辺りにそれらがあった気がする。

「……その目から察するに、どうやら分かったらしいな。そうだ、先程お前が襲い掛かって返り討ちにされたその相手が、私だよ」

「ルイ!そんな言い方はないでしょう!勝手にこの家に入って来た貴女が全面的に悪いんですからね」

「でもな、リリィ。コイツは私に」

「ルイ!さっき話しましたよね?」

ルイと呼ばれた女性を、リリィはピシャリと言い咎める。

やはりそうだ。この出で立ちと勝気な性格、そして腰に下げている二本の刀。そしてリリィが言った“ルイ”という呼び名。どう考えても彼女しかいなかった。

「ルイ?ルイ・シノノメ……なのか?」

俺の呼びかけに彼女はちらっと俺に目線を向ける。

「……リリィの言った通りだな。そうだ、私はルイ・シノノメ。アストリア騎士団所属の騎士で今は前線部隊の騎士団長をやっている」

「ルイ、それだけじゃないですよね?」

俺には見せたことが無い、有無を言わせない笑みをリリィは浮かべる。その様子からもこの二人がかなり深い絆で結ばれていることが想像できた。

「わ、分かっている!……先程は済まなかった。急に攻撃したりして」

ルイはかなりぶっきらぼうに、それでも謝罪の言葉を述べながら頭を下げた。

確かに彼女は侵入者だったのだが、正確に言えば先に攻撃しようとしたのは俺の方だ。それにリリィの話では傷も大したことはないようだ。

それならここまで謝ってもらう必要はないだろう。

「いや、俺も悪かったよ。いくら不審者だからって、不意打ちするような真似して。先に攻撃しようとしたのはこっちなんだし、本当に悪かった」

「虎鉄……」

俺の謝罪にルイは少し驚いた表情を見せた。もしかしたら罵倒されると思っていたのかもしれない。流石に俺もそこまで自分勝手ではないし、相手は“あの”ルイ・シノノメだ。

じいちゃんと旅をした仲間なら、尚更敬意を払うのが筋だろう。

「驚いたな、そこまで貴虎そっくりだとは。やはりリリィの言った通り、お前は本当に貴虎の血縁の者らしい」

「まさか疑ってたんですか、ルイ?」

「そりゃあ、いきなり信じろという方が無理だろ?」

「私の話を聞いていた時はすぐに“分かった”と言っていたじゃないですか」

「そう言わないとリリィは面倒くさいからな……いや、冗談だよ、冗談」

リリィとルイの会話を聞いていて、俺はようやくある事実に気が付いた。

というかどうして今まで全く疑問に思わなかったのか。あまりにもルイがこの場に馴染んでいたためなのか。とにかく俺は当然の疑問を二人にぶつけることにする。

「あの、話し中に悪いんだけどさ」

「どうした?まだ傷が痛むのか」

「いや、そうじゃなくてさ。どうしてここにルイ・シノノメがいるのかなって……」

俺の質問にリリィとルイは顔を見合わせた。そして――

「それは勿論、リリィと同じくあの鏡を通って来たからだが?」

まるでそれ以外に答えはないだろうという口調で、ルイは俺の質問に答えてくれた。



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