14話「似た者同士」
この桜が丘高校には生活相談というものがない。正確に言うならばあるにはあるが、全く機能していない。
そもそも思春期真っただ中の、しかもSNSが普及した現代の若者が進んで生活指導を受けようとは思わないだろう。教師が気が付いた時には時すでに遅し、もう取り返しのつかないところまで進んでしまっていることなんて多々ある。
それは日々のニュースを見ても明らかだし、俺自身が実際に体験していることだった。リリィと出会わなければ、そしてこないだの騒動がなければ俺の見方は相変わらず華だけだったに違いないのだから。
「青春同好会では、この学校の生徒のお悩み相談を受けます。そして一緒にそれを解決して、その人に青春を謳歌してもらう。その手伝いをするのがこの同好会の目的です。活動範囲は特に制限しませんよー。恋の悩みや人間関係、部活の手伝いなど出来ることを可能な範囲でやります!ここまでで、何か質問はありますか?」
「……えっと、良いかな杠さん」
「あー、萌子でいいです。名字だとお姉ちゃんと被っちゃいますし、皆にも萌子で呼ばれてるんで。その代わりあたしも二人のことは虎鉄先輩、リリィ先輩って呼ばせてもらいますから」
萌子はかなりあっけらかんとした性格だった。姉である杠先生とは全く似てない、でもはっきりと意思表示をするところはやはり姉妹なのだろう。
「分かった。じゃあ萌子、一つ質問なんだが」
「はいどうぞ」
「見返りはなにかあるのか?聞いてる感じだとボランティア活動みたいだけど、結構大変そうだ。まさかタダで奉仕するってわけでも、ないだろ」
「うーん、基本的には当たり前ですけど金品とかは貰いませんよー。まあ強いて言うなら、“人脈作り”ですかね」
「人脈作り、か」
「はい、学校生活で一番大事なことですよ。色んな人を助ければきっとその恩は自分に返ってきますから。あたし、これでも結構一年の中じゃ有名人なんです。色んなことに首突っ込んでるって」
「萌子の言うことは、間違ってないと思います。人助けをする活動なんて、とても素敵ですね……!」
「あはは、ありがとうリリィ先輩。ま、あたしにとっては人助けが生きがいみたいなとこありますし。何か人が困ってるの見てると放っておけないって言うんですかね」
からからと笑いながら萌子は当然のように言う。
隣で聞いているリリィはどこか共感したところがあるのか、うんうんと頷いていた。アストリア大陸記の中のリリィは、正義感に溢れ様々な厄介ごとを解決していた。きっと萌子の行動原理に通じるところがあるのだろう。
そして俺は――
「……なんだよ、それ」
何故かイラついていた。
身体中が熱くなるというか、イライラするというか。萌子の言葉一つ一つに反応してしまう。
人助けがしたい?
そのために作ったのがこの青春同好会だって?
馬鹿も休み休み言え、そんなに現実は甘くない。そんな夢物語は所詮、小説の中の出来事でしかない。人助けが生きがいだなんて、そんな能天気な奴いるわけがない。
「この学校に限ったことじゃないですけど、今桜が丘には悩みを持った人たちがたくさんいます。この青春同好会が少しでも、そんな人たちの助けになれればって思うんです。お姉ちゃんだけじゃ、この学校は変えられない。誰かが、やらないといけないんです」
萌子の目はどこを見据えているのだろう、しかしそれまでの彼女からは想像も出来ないほど真剣なものだった。
「……とても素敵だと思います。私に出来ることがあれば、何でも言ってください。リリィ・アルフォートは萌子の味方です」
そしてリリィはそんな萌子の姿勢から、彼女が本気であることを感じ取ったのだろう。得体の知れない同好会に、もう入るつもりでいた。
あまりに不用心だが、その純粋さがリリィの良いところなのだから仕方がないのかもしれない。
「ありがとうございます。もし良ければ二人には青春同好会のメンバーになって欲しいんです。まだあたししかいない、何も出来ない小さな同好会ですけど。きっとあたし達が動けば何かが変わるはずだって、そう思うんです。後悔はしたくない、だから……」
「勿論です、私もお手伝いしますとも。こんな素晴らしいギル……ドーコーカイに出会えるなんて思いもしませんでし――」
「悪いけど、俺は帰らせてもらう」
リリィの言葉を遮って、俺は萌子に返事をした。それは自分で思ったよりも冷めたものだった。リリィはどうして、という表情で俺を見る。
そして張本人である萌子は――
「……まあ、虎鉄先輩はそう言うと思ってたましたよ」
まるで俺を見透かしたかのように、静かに微笑んでいた。
そしてその反応が余計に俺をイラつかせる。こいつは、杠萌子は決してただのお人好しなんかじゃない。でも俺とどこか同じ匂いを感じもする。青臭い夢を未だに捨てきれていない、そんな同族の匂い。
「そうかい。それじゃあ話は早いな」
「一体、何を恐れてるんですか」
「……は?」
「こないたの一件を見て、貴方たちしかいないって思いました。お互いがお互いのために身体を張れる貴方たちなら、きっとこの同好会に入ってくれると。特に虎鉄先輩、貴方は普段くすぶってるみたいですけど……本当の貴方はそうじゃない。本当は――」
「黙れよ」
まるで俺をずっと見て来たかのような萌子の発言に、俺は思わず声を荒げていた。やってしまったと思ったときにはすでに遅し、リリィは不安気に俺を見つめる。
そして萌子は、それでも表情を崩すことはない。それが更に俺の感情を逆なでさせる。
「お前なんかに、何が分かるって言うんだ。人助けなんて、くだらない。そんなことしたって何の意味もないことくらい、分かるだろ」
「でも虎鉄先輩は、リリィ先輩を助けたでしょ?自分のことを顧みずに」
「それは……ただの気まぐれだ。お前は俺の事、過大評価しているよ。それに杠先生も。アンタら姉妹の思うような奴じゃない、俺はな。じゃあな」
「あ、虎鉄……!」
萌子の返答を待つことなく、俺は部屋を飛び出した。いつもみたく尻尾を巻いて逃げ出した。何かが変わったと、そう思っていた。
こないだの一件で、もしかしたら俺自身変われるんじゃないかって。だけど現実はそんなことなくて、結局俺は臆病なままだ。
「くそっ」
いつものように卑屈になって、また自分の殻にこもる。何故あんなにも杠萌子を見てイライラするのか。
それはきっと彼女が、まるで昔の俺みたいだからだ。誰かを救うヒーローになれるって本気で信じていたあの頃の自分に、そっくりだったから。
「俺は、もう後悔したくないんだよ」
大人になるってことを、まだリリィも萌子も知らないんだ。青春同好会なんて、上手くいくはずもない。世界はそんなに優しくないのだから。
『この偽善者!お前なんていなくなればいいんだ!』
『マジでウザいわ、正義のヒーロー気取りやがって』
「…………っ」
思い出したくもない、でも忘れることのできない記憶。いつか忘れることは出来るのだろうか。誰もいない通学路を、俺は逃げるように走るのだった。




