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『拝啓、70年後の君へ』  作者: シロクロイルカ
『白百合の冒険』
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Tips「杠姉妹」




校内放送を終えて、杠早苗(ゆずりはさなえ)は足早に職員室へと戻っていた。

「さて、どうしたものかな」

呼んだは良いものの相手は“あの”妹だ。果たして大人しく言う事を聞いてくれるだろうか。

それにお互いしばらくの間、会っていなかった。思春期の妹にとっては僅か数ヶ月でも大きな変化をもたらすのには十分な事を、早苗は知っている。

現にこの学校に赴任してからは都合がつかず、まだまともに顔を合わせられていない。もしかしたら距離を置かれてしまうかもしれない。

「お姉ちゃん、久しぶりー!相変わらずだねぇ」

「……久しぶり。そっちも相変わらずの元気の良さだね、萌子(もえこ)。相変わらずって何のこと?」

しかし、そんな早苗の考えは挨拶をしながら軽快に職員室に入ってくる萌子の姿を見る限り、どうやら杞憂だったようだ。

明るい赤茶色のツインテールが特徴的な萌子は、落ち着いた雰囲気の早苗とは対照的だった。それでも二人の様子を見る限り、早苗が考えていたような溝は全くないようだ。

「こうやって急に呼び出してくるとこだよ!もう一時間目始まるってのにぃ」

「悪い悪い、すぐに終わらせるからさ。ちょっと急用だね、頼まれて欲しいことがあるんだ」

「えー……お姉ちゃんの“用事”って面倒くさいやつが多いからなぁ。それって拒否権あるの?」

普通に妹と会話出来ていることに安堵しながらも、早苗は苦笑する。

ずっと仲が良かった萌子のことですら信用出来なくなるほど、“あの事件”は早苗の心に深い爪痕を残しているようだった。

「拒否権は勿論あるよ。でも……もし引き受けてくれたら、萌子が今一番欲しいものを私はあげることが出来るかな」

「欲しいものって?」

「必要なんでしょ、顧問」

萌子は“何で知ってるの!?”と驚いた様子で早苗を見る。しかし早苗からすれば入学して僅か数ヶ月でここまで有名になっておきながら、よく隠せていたなと思う。

どうやら萌子は自分の知名度について、全く関心が無いようだった。

「いやね、すごい驚いているとこ悪いんだけどかなり噂になってるから、萌子」

「ええ、マジで!?」

「マジだよ。大体入学式で気に入らない男子ぶっ飛ばしたり、虐められそうになってたクラスメイト助けて逆にいじめっ子を告発したり……そりゃあ有名になるよ」

「ぶっ飛ばしたって、それはあの男子が悪いんだよ!お姉ちゃんも知ってるでしょ!」

「まあ確かに、盗撮しようとしてたらしいからね」

「そうそう。それに虐めなんて許せるわけないじゃん。あたしはお姉ちゃんの、妹なんだよ?」

そう言った萌子の表情は今までと少しだけ違っていた。

そして早苗にはお姉ちゃんの妹、という意味が痛いほど分かる。分かるからこそ、心配なのだった。妹には自分の二の舞を演じてほしくないと思うのは、早苗からすれば当然のことだ。

「……無理は、してないよね?」

「うん、大丈夫だよお姉ちゃん、心配しすぎだから」

「そう、それなら安心だ」

「本当にもう……可愛い妹のことだからって、過保護過ぎだよ?」

またいつもの表情に戻った萌子に、早苗も調子を合わせる。妹が大丈夫だと言うのなら大丈夫なのだろう。萌子は自分よりずっと器用だと言う事を、早苗は知っていた。

「安心してお願いできそうだね、萌子」

「あ……」

しまったという萌子の表情。しかし時すでに遅し、早苗はトントン拍子に話を進めてしまうのだった。

「ちょっと様子を探って欲しい生徒がいるんだよ。どうにも危なっかしくてね、見ていてヒヤヒヤするんだ」

「危なっかしい、ねぇ」

「そんな顔しないで、ね?見返りはちゃんと用意するからさ。探してるんでしょ、同好会の顧問」

「それは……まあそうだけど」

この学校には部活の他に、申請すれば同好会を作ることが出来る。

勿論作るのには条件が幾つかあるが、一番のネックになるのが顧問の存在だろう。当然生徒の活動なのだから、責任者として教師の存在は必要だ。

しかし同好会といってもそんな面倒事を進んで引き受けようとする物好きな教師は、中々いない。だからこそ現在、この学校には同好会が存在していないわけだった。

「もし私のお願いを聞いてくれるなら、私は喜んで顧問を引き受けるよ?悪い条件じゃないと思うけどなぁ」

「勿論助かるけど、でもなぁ……」

萌子は悩む。早苗の言う通り、実際顧問がいなくて困っていたのは事実だ。

だからこの状況は彼女にとって渡りに船。しかしなるべく姉に迷惑を掛けたくないという気持ちも、また事実だった。まだ前の学校での傷が癒えてないことを、萌子は知っている。

同じ学校にいながらこうして話さなかったのも、気を遣ってのことだった。

「……分かった、引き受けるよ」

「ありがとう、萌子。恩に着るよ」

「別にいいよ。あたしだって困っていたのは事実だし。それに……」

「それに?」

もし顧問になってくれるのなら、近くで早苗を見ることが出来る。もうあんな事が起きないように、この同好会を活用する事が出来る。

萌子は、そう言いかけた言葉をなんとか飲み込んだ。きっと言ってしまえば早苗は反対するであろう事を、萌子は感じ取っていた。

「……もうそれだけ有名になっちゃってるなら、煩い先生よりもお姉ちゃんに見てもらってた方が都合良いからね!」

「はは、確かにそれはそうだ」

穏やかに笑う姉を見て、萌子はどうかその笑顔が霞みませんようにと願うのだった。

「じゃあ早速教えてよ、そのお願いってやつ。早くしないと本当に遅刻しちゃうから」

「そうだね、それじゃあ――」

早苗のお願いは単純なものだった。

少しの間、男子生徒の様子をそれとなく見張っていて欲しいというもの。不思議そうな表情の萌子に、それでも早苗は多くを説明しなかった。早苗自身も確信があるわけではない。

ただなんとなく彼の様子を見ていて、何かが起きるような予感がしたのだ。

「うーん、まあ了解はしたけど。でもなんかふわふわしてるって言うか。とりあえずその人の名前、教えてよね」

「ああ、彼の名は――」

この時聞いた“天草虎鉄”という名前が、後に萌子の作る同好会に大きな影響を与えることを、まだ彼女は知らない。


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