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『拝啓、70年後の君へ』  作者: シロクロイルカ
『白百合の冒険』
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11話「虎鉄とリリィ・1」




思えば、この世界に来てから上手く行き過ぎていたのかもしれない。リリィは今にも座り込んでしまいそうになる足を踏ん張りながら、きっと周囲を睨みつける。

「もうお終いか、転校生さんよぉ」

じりじりと間合いを詰めれられて、袋小路へと追い込まれていく。自分を見る血走った眼は、このまま捕まればただでは済まないことをリリィに教えてくれていた。

「はぁはぁ……」

「妙なことしやがって。さっさと諦めやがれっ!」

男たちの内の一人が怒号を飛ばしながら突っ込んでくる。

リリィは一度深呼吸をして、自分に流れる魔力を絞り出す。まだここで屈するわけにはいかない、もう少しすればきっとこの騒ぎを聞いた誰かが助けに来てくれるはず。

突っ込んでくる男を真っ直ぐ見据えて、リリィは右手を大きく天に掲げる。なるべく威力が出るように十分に敵を引き付けてから――

「シングル……ブラストッ!!」

「ぐわぁっ!!?」

リリィの一言と共に向かっていた男は勢いよく吹っ飛ばされた。

まるで至近距離で思い切り何かに跳ね飛ばされたみたいに、面白いくらいに飛んでいく。しかしそれを見た残りの不良グループは臆することはなかった。

「おお、まだそれだけの元気があるとはなぁ。でもそろそろ限界、なんじゃねぇの?」

リーダー格と思わしき金髪の男は薄笑いを浮かべていた。

勿論彼らも最初はこんなにも苦戦するとは思わなかっただろう。可愛いと評判の転校生を旧校舎に拉致してちょっとお楽しみをするだけ。

簡単なことのはずだった。

しかし意外にも抵抗を示すリリィを前にして、余計に引くに引けなくなったのだ。そして彼女の様子から、その抵抗ももう長くはないことは明らかだった。

彼らはまだ5,6人がピンピンしている。彼らにとって今はまさに詰めの状況だった。

「最初は驚いたけどな。まさかこんな可愛い転校生にここまで抵抗されるなんて、さ」

「はぁはぁ……悪いですが、私は誰にも、汚されません……!」

リリィは息も絶え絶えになりながら、それでも凛として不良たちを睨みつける。

まるで荒野に咲く一凛の花のようなその姿勢が、彼らの加虐心を余計に煽ってしまう。

「ははっ……アンタ、最高だよ。始めは乗り気でもなかったけどな。あんな雑魚ボコボコにして転校生なんか襲ったって大した旨味もないってな。でも今のアンタ見てたら徹底的に虐めてやりたくなった」

「……虎鉄は、雑魚なんかじゃありません」

リリィの思った通り、やはり彼らは昨日虎鉄をリンチした、そして帰り際にリリィとすれ違った集団だった。朝から虎鉄の姿が全く見えないのも、おそらく彼らの仕業に違いない。

だからこそリリィは放課後に訪ねてきた彼らにのこのことついてきたのだ。

「虎鉄は、どこですか」

「虎鉄ぅ?……ああ、あの根暗野郎か。アンタと違ってアイツは本当に従順だったぜ?ちょっとアンタとの関係を聞こうと可愛がってやったけどな、全く抵抗しない上に“彼女は自分とは無関係だ”だと。本当につまらない屑だったなぁ!」

リーダー格の男を中心に蔑むような笑い声が、旧校舎の中庭に響く。

リリィの中で昨日の虎鉄の態度が、ある確信に変わっていく。虎鉄はきっと自分を巻き込みたくなくて、それで黙って彼らの暴力に耐え抜いた。

だからあえて虎鉄はあんな事を自分に言ったのではないだろうか。

「……ふふ」

「ん、アンタも流石に幻滅したか。まああんな男、見限って当然――」

「勘違いしないでください。貴方たちのような蛮族に、同調することなど死んでもありません」

「……はぁ?」

「でも今の言葉を吐いたことだけは、感謝します。私も愚か者でした。仲間を信じ切るなんて簡単なことを見失いそうになってしまうんですから。まだまだです」

「テメェ、さっきから何言って」

簡単なこと、だった。

この世界に来て、彼は一度だって自分を裏切るようなことはしなかった。貴虎の死を知った自分をずっと気遣ってくれていたじゃないか。その温かさは貴虎と全く同じだった。

だからこそこうやって学校に行く決意も出来たんだ。虎鉄が側にいてくれると、そう思ったから。

「私はアストリア大陸の気高きエルフ族、リリィ・アルフォート。たとえこの身を汚されようと、私の魂までは汚させません。さっさとかかって来なさい……“つまらない屑”の皆さま?」

「……いい度胸だな、このアマぁ……!!」

殺気立ちながら男たちはリリィに襲い掛かる。

リリィにはもう魔法を使う力は残されていなかった。それでも最後の力を振り絞って風魔法を叩きこむ。

力尽きるまで、決して抵抗することはやめない。

「シングル……はぁはぁ……!」

「おらぁっ!!」

「あ――」

しかし一瞬の隙を突かれて、一気に組み伏せられてしまった。

何とか抵抗しようとするが、もう力は全くと言っていいほど入らない。そのままリーダー格の男が息を整えながらリリィに近付いて来る。その右手には夕陽に赤く染まる鉄パイプがあった。

「……はぁ……くっ」

「随分と暴れてくれたなぁ、おい?」

周りにはリリィの両手をそれぞれ抑える子分が二人と、目の前の男だけ。

10人は居たであろう不良グループは殆どリリィに倒されていた。それが余程気に入らないのだろう、金髪の男は血走った目でリリィを睨みつける。

「これ以上抵抗されても面倒だ。まず両腕を潰しておくかぁ……!」

大きく振りかぶられたバットは、燃えるように赤く染まっていた。

リリィはそれを見てゆっくりと目を閉じる。悪あがきもどうやらここまでのようだ。自分は精一杯戦った、それはエルフの誇りに誓って確かだった。

それでも悔やまれるのは虎鉄の安否が分からないことだ。だからリリィは心の中で小さく呟く。


虎鉄、ごめんなさい――


「おらぁ!!」

「っ…………?」

怒号と共にリリィは歯を食いしばった……が、予想に反して痛みは全くない。

「がっ!?」

「な、ぐぅ!!」

それどころか周りからは汚らしい呻き声が聞こえる。そして――

「リリィ、大丈夫か!?」

「……うそ」

呼びかけに恐る恐る目を開けるとそこには虎鉄の姿があった。

随分校内を走ったに違いない、シャツは見てすぐに分かるくらいにびしょ濡れだった。差し出された手を掴むと、痛いくらい強い力で握り返される。

そして存在を確認するかのように強く、本当に強く抱きしめられた。

「リリィ……!」

「……あ」

それはまるで“あの時”と同じだった。

アストリアでリリィは初めて貴虎と会ったあの時と。

あの時もリリィはゴブリンの群れに囲まれていて、同じように襲われそうになっていた。

そこに突然現れた貴虎はあっという間にゴブリンの群れを吹き飛ばして、そしてこう言ったんだ――

「おい、大丈夫か!?」

「……はいっ」

虎鉄の言ったその台詞は、貴虎と全く同じものだった。

リリィはアストリアを救ったあの英雄の影を、間違いなく虎鉄に見た。そしてあの時と同じように返事をするのだった。




◇◇◇




「ってえな、こらぁ!!」

「流石にあれくらいじゃなんてことないよな」

俺の渾身のタックルもそこまで効果はなかったらしい。

何とかリリィを救い出すことは出来たものの、金髪ヤンキーはすぐに怒り狂いながら元気に起き上がってきた。しかも右手には金属バットなんていう物騒な物まで持っている。

正直、この状況では逃げるのが最善策に違いない。

「はぁはぁ……」

「リリィ、本当に大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。ちょっと魔力を使い過ぎただけですから……」

しかしすぐ後ろで今にも倒れこんでしまいそうなリリィを見れば、その最善策は使えないことくらいは分かる。

後は残り三人のヤンキーどもを動けなくするしか、この状況を打破する選択肢はないのだろう。

「おおぃ!!シカとしてんじゃねえぞ!!」

「分かったって!だからそんなに怒鳴るなよな」

子分の二人も元気に立ち上がり俺たちを威嚇している。俺は決して喧嘩が強いわけじゃない。

いや、むしろ弱い。だから本当は今すぐに逃げ出したい気分だ。それでもこうして“大人”になり切れずリリィのところに来てしまったのだから、もう覚悟を決めるしかない。

俺は一度深呼吸をしてから靴ひもを結んで、ゆっくりと一歩前に出た。

「虎鉄……」

「大丈夫だよ、リリィ」

リリィの心配する声が聞こえてくる。俺は今、一人じゃない。それが少し面倒くさくて……そしてそれ以上に嬉しかった。

「“駄目草”じゃねえか。昨日散々痛い目に遭ったくせにまだ懲りてねえのか?」

「あー、どこかで会いましたっけ?」

「……あ?」

「もしかしてその髪、似合ってると思ってる感じ?今時金髪って……」

「テメェ!!!」

安い挑発に乗ってくれたヤンキーたちは、一斉に俺に向かってくる。俺もそれに合わせるように距離を詰めて思い切り握っていた右こぶしを振りぬいた。

「くらえっ!!」

「っ!?」

「い、いてぇ!?」

靴ひもを結んだついでに掴んでおいた砂粒手を思いっきり三人に振りかける。自分たちで作った勢いもあって三人ともしっかりと目を抑えて苦しそうにしてくれた。

俺はその隙にまず左のヤンキーに駆け寄って思い切り股間を蹴り上げる。

「おらぁ!!」

「がっ!!?」

そして崩れ落ちるそいつを一瞥した後、鉄パイプ野郎に向き直る。

「こ、この野郎!!」

「ほら、そのバットは飾りかよ!?」

「し、死ねぇ!!」

そして相手も見定めず思い切り横にフルスイングしたバットは、見事にお仲間の腹部にクリーンヒットした。

「がっ!!?」

「なっ!?」

そのまま動揺している鉄パイプ野郎の正面に回り込み、一気に股間を蹴り上げる。

「おらっ!!!」

「ぐっ!!?て、てめぇ、ひ、卑怯だ……ぞ」

時間にしてわずか30秒ほどの出来事だった。でもおそらくこれが最初で最後のチャンスだったはず。一気に向かってきてくれなければリンチされて終わっていた。

「卑怯で悪かったな。でもこれが、俺なんだよ」

砂利での目つぶしも金的攻撃も、物語の中じゃ主人公が絶対にやらないダサくて卑怯な手だ。だからこいつらもまさか俺が迷わずそれらを選ぶなんて、思わなかっただろう。

でも俺は違う、俺は決して主人公なんかじゃない。それでも大事な奴を守れるなら、俺はなんだってする。

今も昔も、それだけは曲げていないつもりだ。

「こ、虎鉄!」

「リ、リリィ――」

リリィは思い切り俺に抱き付いてきた。

戸惑いながらゆっくりと抱きしめると、リリィの身体は震えていた。彼女も凄く怖くて、心配で。でもそれを必死に抑えていたんだ。

だから俺はもう大丈夫だよと伝えるために、リリィを強く抱きしめた。

「遅くなって、悪かったな」

「……ボロボロの、くせに」

「リリィだって、人のこと言えないだろ」

「私はいいんです、でも虎鉄は駄目です」

「なんだよ、それ」

「虎鉄は、一人で抱え込み過ぎです。私のこと、もっと信用してほしいんです。私にとってもう貴方は、立派な仲間なんです。だから……」

「リリィ……」

俺を見上げる彼女の顔は、今にも泣きだしそうだった。

心の底から俺のことを想ってくれる人。そんな人、もう現れないと思っていた。諦めていた。

だからどうすればいいのか、俺には分からない。でも彼女にこんな顔をさせたくはないのは確かだった。

「すぐには無理だよ。でも……努力は、する」

「虎鉄……」

「だから、今は――」

「天草ぁ!!!」

「っ!!」

「え――」

咄嗟にリリィを庇うのと、右腕に激痛が走るのはほぼ同時だった。鈍い金属音と共に倒れこんだ俺の目の前で、金髪ヤンキーは股間を抑えながら鬼の形相をしている。

「ぐっ……!!」

「虎鉄、虎鉄!!」

リリィは俺に寄り添う形で横に倒れこんでいた。

幸いリリィには怪我はないようだ。そして股間の激痛からだろうか、そこまで力が出なかったのだろう。

思い切り金属バットで殴られたにしては右腕の激痛だけで済んでいる。ただ動かすだけで死ぬほどの痛みが走るので、絶体絶命には変わりない。

「あ、あ、天草ぁ……!!」

ヤンキーはどうやら怒りと激痛で我を忘れているようだ。このままではリリィも危ない。

「リリィ、俺のことはいいから早く逃げろ!」

「嫌です!」

「リリィ!」

「嫌、もう絶対に嫌なんです!!もうこれ以上誰も……誰も失いたくないんです!!」

リリィは俺の左手をきつく握りしめた。まるで二度と離さないと誓うように、両手で俺の左手を包み込む。

「リリィ……え?」

その瞬間、リリィの身体が淡い光に包まれていることに気が付く。しかもその光は俺まで伝播して俺たちを包み込んでいた。

「こ、これは……?」

「もしかして……。虎鉄、私を信じて力を貸してください!」

リリィのそれは、もう説明でもなんでもなかった。

でも今は一刻を争う時で何よりも俺を見つめるリリィの瞳には、一切の曇りもなかった。だから俺は何も言わず、彼女の言葉に大きく首を縦に振った。

「……ありがとう」

「し、死ねぇ天草ぁ!!」

「ダブル……サイクロン!!!」

リリィがそう発した瞬間、まるで竜巻でも起きたかのような突風がヤンキーを襲った。

そしてそのまま壁まで奴を叩きつけて、轟音と共に空に舞っていった。ほんの一瞬の出来事だったが、それは紛れもなく魔法だった。

「い、今のは……」

「や、やった……。やりました、やりましたよ虎鉄!」

「あ、ああ――」

視界が急に霞んだ。そしてそのまま力が抜けていく。

まるで電源を抜かれた機械のように、全く動けなくなってしまった。

そして急激な眠気に襲われる。今ここで気を失うわけにはいかないのに、そう思っても身体は言うことを聞いてくれそうにない。

「――――――――!!」

「悪い、リリィ……」

リリィは必死に何かを叫んでいるようだったが、俺にはもう何も聞こえなかった。

そしてそのまま俺は意識を手放してしまった。


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