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『拝啓、70年後の君へ』  作者: シロクロイルカ
『白百合の冒険』
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9話「仲間なんかじゃ、ない」




リリィがウチの学校に来てから一週間が過ぎた。

俺が当初心配していたようなことは起こる気配もなく、気が付けばリリィはクラスにすっかり馴染んでいる。

「リリィさん、今日も学食行こう!」

「あ、はい。でも――」

リリィはちらちらと俺の方を見る。そんな彼女にしか分からないように、俺は小さく首を縦に振った。

「早くしないと席、なくなっちゃうから!ほらほら」

「……はい、行きましょう」

リリィが来てからの一週間、俺たちは特に会話することもなくお互い知らぬふりを通していた。

理由は色々あるが、リリィには少しでも多くの人と仲良くなるため、そして俺たちの関係がバレないためと説明している。

もし俺たちが一緒に住んでいる、なんてことが分かれば面倒くさいことになるだろうしな。だからクラスではまだ一回も俺たちは口を利いたりしていない。

「しっかし可愛いよなリリィちゃん!」

「外国人って俺、初めて見たな」

隣の席ではいつものように好青年の飯塚晴人と、それにまとわりつくように煩く喋る高野雄介たかのゆうすけら数人の姿があった。

大きく変わるかと思った俺の学校生活は、何も変わることはない。それは必要以上に俺が、リリィとの距離を置いているからだ。

「晴人は狙うなよなー、リリィちゃんは俺が最初に目を付けたんだからさ!」

「別にそんな気ないっーつの。というかさ、天草はどうなの?」

「……え、俺?」

急に話しかけられたせいで裏声になってしまう。飯塚は隣に座ったまま爽やかな笑みを俺に向けていた。

「だってリリィさんさ、何かある度に天草の方見てるじゃん」

「いや、そんなことは」

「俺の気のせい……じゃないと思うけどなぁ。もしかして二人って知り合いだったりする?」

飯塚は探るような視線を俺に向ける。

こいつが好青年ということは嫌になる程知っていたが、まさかここまで周囲を観察しているとは思わなかった。何か言おうとするが下手な言い訳はこいつには通用しそうにない。

一体どうすればいいのだろうか。

「何言ってるんだよ晴人!そんなのお前を見てたに決まってんだろー!」

「え、俺?」

皮肉にもそんな危機的状況を救ってくれたのは、いつも俺を馬鹿にしてくる高野たち取り巻きだった。まるで俺のことなんて見えていないかの如く、ずかずかと俺を押しのけて会話に割り込んでくる。

「そりゃあそうに決まってんだろ!誰が悲しくてこんな陰キャのこと見るっていうんだよ」

「おい、雄介!」

「本当にイケメンは自覚ないっていうかさー。とにかく、狙ってないならお前は手を出すなよな晴人!もう少ししたら女子にお願いして紹介してもらうんだからな!」

勝手に盛り上がる高野たちのおかげで、何とか飯塚との会話を終わらせることが出来た。俺はその隙に席を立ちいつもの場所に向かう。

「あ、おい天草!」

「放っておけって晴人。っていうかあいつも全く言い返さないとか本当にヘタレだよなー。あんなんだから駄目草とか呼ばれんだよ――」

楽しそうな、馬鹿にした高野たちの声に背を向けて俺は華の元へ急ぐ。

俺がリリィと距離を置いた、本当の理由。それはこんな光景を彼女に見られたくないからだ。

リリィの中で俺はじいちゃんの、貴虎の血族だ。そんな俺の情けない姿なんて、リリィには見せられない。それにもしリリィが俺の知り合いだってことがバレたら、彼女にだって迷惑が掛かるに違いない。

だからこれが正解に違いないんだ。高野たちの言うことなんて気にする必要はない。いつもみたいに聞こえないふりをすれば良いだけだ。

もし反撃なんかしようものなら――


『天草ってウザいよね!ただの偽善者じゃん、あいつ』

『この前も俺たちのことチクってさ。また虐めてやろうぜ、黒咲のこと!そうすればアイツも今度こそ分かるだろ』


「……くそっ」

思い出される記憶は苦々しいものばかり。

だからこそ俺はもう人生に期待しないと決めたんだ。俺がどれだけ頑張ろうとしたって周りが傷付くだけなのだから。

視聴覚準備室の扉を開けるとそこにはいつも通り、華の姿がある。

「あ、遅いよ虎鉄!」

「悪い悪い。現国の授業が長くてさ」

「あー、安野ね。あの人って無駄話長いんだよね」

「そうそう。チャイム鳴ってるのに構わず進めるんだぜ?少しは気にしろって話だよな」

「ふふっ、お疲れ様。そういうことなら許してあげましょう。はい、虎鉄の分!」

華はピンク色の可愛らしい巾着を差し出す。

そこにはいつも通り、俺の分の弁当が入っている。今の俺が唯一守らなくてはならないもの、華との“いつも通り”な日常。

「あ、そういえばリリィはどう?クラスにはもう馴染めたのかな」

「まあ大丈夫そうだな。女子の友達も何人か出来たみたいだし、何よりあの外見だ。男子の奴らはちらちらリリィのこと見てるよ」

「ふふっ、まああの可愛さだもんね。人気が出るのも分かるよ」

「本当はここにも来たいって言ってるんだけどな。まずはクラスに慣れるのが先だって追い返してるんだよ」

「ちょっと可哀想だけど、こういうのは始めが肝心だからね。今は少しでも知り合いを増やした方が良いと思うし」

“始めが肝心”。

華のその言葉はまさに的を射ている。なにせ俺自身でその大切さを今も絶賛体験中なのだから。

「始めが肝心、ねぇ」

「あ、ごめん。ちょっと無神経だったよね……」

俺の反応に気付いたのか、華は少し申し訳なさそうな顔をする。大した意味はなかったのだが、幼馴染なだけあってすぐに俺の表情の変化を読み取ってくる。

「別に気にしてないって。まあ俺の二の舞にならないように、リリィにはちゃんとした学校生活を送って欲しいからな」

「……うん、そうだね」

リリィなら大丈夫だろう。彼女はしっかりとしているし愛嬌もある。

一週間であれだけクラスに馴染めたのだから、何の問題もない。そして俺との接点もなるべくないようにしている。

だから上手くやれるはず、と思っていた俺の考えはすぐにぶち壊されることになる。







数日後の放課後。

帰ろうと下駄箱を開けると、そこには一通の手紙があった。シンプルな封筒に素朴な字で“屋上で待っています”と書かれていたそれを、俺は無視しなかった。

本来ならばこんなもの、無視一択だろう。ただでさえ虐められている俺への手紙だ、碌なものではないことはすぐに分かる。

それでも俺が屋上に向かっているのは添えられている一文のせいだった。

「“リリィさんのことで話があります“、か」

俺とリリィとの関係を知る者はこの学校には殆どいない。

いるとしたら杠先生と華の二人だが、その二人が口外する理由もない。だからどうして俺とリリィとの関係に気が付いたのか、そしてどうやって知りどこまで知っているのか。

それをはっきりさせる為に俺はあえて屋上に向かう。

「ふぅ……」

扉越しに明らかな人の気配を感じる。しかも一人ではなさそうだ。俺は一度深呼吸をしてからゆっくりと扉を開けた。




◇◇◇




夕暮れに染まる校門前でリリィは虎鉄を待っていた。

異世界での生活が始まってからもうすぐ二週間、リリィは少しずつではあるがこちらの世界にも慣れつつある。それはリリィの頑張りも勿論あるが、それ以上に同居人である虎鉄の支えがあってこそだった。

「虎鉄、遅いですね」

いつもは虎鉄に言われて別々に帰ることにしている。

けれど今日は食材の買い出しがあるということで一緒に帰る約束になっていた。虎鉄は学校ではなく最寄り駅での待ち合わせを希望していたのだが、リリィの抗議によりここになったのだ。

「たまには一緒に帰りたいですもん……」

学校生活が始まってから、虎鉄との接触が極端に減った。

勿論家に帰れば虎鉄とは普通に話すが、学校にいるときはまだ一度もまともに会話をしたことがない。

虎鉄曰く、二人の関係がバレたら余計なトラブルを生んでしまうかもしれないから、とのことだがいまいち納得出来ない。

だから、それとなくクラスメイトたちに虎鉄のことを聞こうとはしたが――


『あー……天草くん?あんまり近づかない方が良いんじゃないかな。良い噂聞かないし』

『そう、なんですか』

『なんか結構色んな怖い先輩に目付けられてるらしいよ。それにさ、入学式の時の……』

『……時の?』

『やめなよ!……あー、もう!この話はおしまい!早くしないと学食埋まっちゃうって』


「何か、あったのでしょうか」

クラスメイトのバツの悪そうな表情が、頭から離れない。

家にいる時の虎鉄の優しい表情が、ここでは一切見られない。まるで自分がいることを消してしまいたいと思わせるくらい、虎鉄の存在感は薄かった。

遠くから下校する生徒たちの笑い声が聞こえてくる。リリィも本当は虎鉄と毎日あんな風に下校したいとは思っている。けれど虎鉄の苦しそうな表情が、リリィを踏み込ませないようにしていた。

少しガラの悪そうな集団が近づいてくるので、リリィはそっと邪魔にならないように端による。

「しかし、本当に手ごたえなかったなあの屑」

「なんか同学年じゃ“駄目草”なんて呼ばれてるらしいぜ、あいつ」

「ただでさえ目障りなのにあの転校生と知り合いってだけでさらにムカつくわ。ぶん殴っといて正解だわな」

「あのまま屋上から突き落としても良かったんだけどなぁ、あはは!!」

汚い笑い声を上げながらガラの悪い集団は遠ざかっていく。

リリィはまるで縫い付けられたかのようにその場から動くことが出来なかった。嫌でも聞こえてきた今の会話に、心臓が跳ね上がる。

ついさっきまで考えていたことが嫌にでも今の会話と繋がっていく。最悪の可能性が一気に頭の中で一杯になって、もう居ても立っても居られなかった。

「……っ」

気が付けば走り出していた。そのまま屋上まで駆け上がる。まだ道はおぼつかなかったけれど、一度華に案内してもらったので間違いはない。

最後の階段を駆け上がろうとして、リリィは思わず足を止めた。なぜなら目の前には探していた人がいたからだ。

「……こ、虎鉄?」

「っ……リ、リリィ。お前何でこんなとこに……」

虎鉄の顔には大きな痣が出来ていた。他にも蹴られたのだろうか、そこら中に痣のようなものがある。制服もかなり乱れていて、階段に座り込むのがやっとのことのようだった。

「どうしたんですか、それ」

「ん?ああ、今日の買い出しだったよな。悪いな待たせちゃって。もう少しだけ待ってくれるか、急には動けなくてさ」

「どうしたんですかって、聞いてます」

「……転んだんだよ、階段で。結構打っちまってさ。いやぁ困ったね」

虎鉄は決してリリィの顔を見ようとはしなかった。明らかな嘘に、リリィの顔が赤くなる。

それは純粋な怒りだった。

仲間を傷付けられたことに対する、怒り。

「誰にやられたんですか」

「だからさ、転んだだけだって」

「さっき校門でガラの悪そうな人たちとすれ違いました。あの人たち、ムカつく奴をぶん殴ったって言ってました」

「……リリィには関係のないことだよ」

虎鉄はあからさまにリリィを遠ざけようとする。

勿論リリィは納得できるわけもなく、食い下がる。

「関係ないわけ、ありません。転校生って言ってましたよ、あの人たち。私のことで何か言われたんじゃないんですか」

「言われてない。心配するなって、ただ転んだだけだからさ」

「嘘つかないで。本当のことを言ってください」

それはリリィの心からの言葉だった。確かにリリィはまだこの世界に来て日が浅い。

けれど目の前で傷付いている仲間を放っておけるほど、薄情でもない。それは虎鉄も当然に理解している。だからこそ虎鉄はリリィの目を見て言い放った。

「……あのさリリィ」

「はい」

「いくら知り合いだからって、あんまり首突っ込むなよな」

「……え?」

はっきりとした拒絶の言葉に、リリィは思わず声を漏らしてしまう。

虎鉄の目は光を失ってしまったようにどこまでも暗かった。

「お前に心配される筋合いなんて、どこにもない。これは俺の問題なんだから放っておいてくれよ。この学校に来たばっかりのお前にどうこうできるような問題じゃ、ないんだ」

「わ、私は虎鉄のために……!」

「俺の為?そういうのをお節介って言うんだよ。まだ自分のこともまともに出来ない癖に、いっちょ前に誰かを心配なんかするな。ずっと言ってるけどな、俺はリリィと関わりたくないんだよ。だから学校でもなるべく接触するなって言ってあるだろ」

「虎鉄は、虎鉄は私の仲間です!だからっ……!」

「リリィ、よく聞け。俺はお前の仲間なんかじゃない。それはじいちゃんの話だろうが。俺たちは偶然が重なって、知り合っただけの……他人だよ」

リリィの目に一杯の涙が溢れてくる。

それでも虎鉄は冷徹に、一切の無表情で話を続けた。

「だからはっきり言うけど、俺に関わろうとするな。迷惑なんだよ。今日だって買い出しなんか俺一人で十分だ。リリィはさっさと家に帰ってろ、な?」

「……それが、虎鉄の本心……なんですか」

リリィの声は震えていて今にも泣きだしそうだ。絞り出したリリィの声に、それでも虎鉄の態度は変わらない。

「ああ、そうだよ。この数日、ずっと言おうと思ってたんだけどな。やっと言えて清々したわ。だから……もう俺に関わるな。学校でも距離を置いてくれ」

「……っ!」

耐えられなくなってしまったのか、リリィは何も言わずその場から駆け出した。悔しくて悲しくて、色々な感情がごちゃ混ぜになってしまう。

「ばかっ、ばか……!」

折角心配したのに、仲間だと思っていたのに。

突き放すような虎鉄の態度に心が張り裂けそうになる。もう知ったことか、どうにでもなってしまえ。

そう思うのと同時に終始無表情だった虎鉄に違和感もある。いつも優しい虎鉄と今の彼があまりにも違い過ぎて、何を信じればよいのか分からなくなる。

「虎鉄の……ばかぁ!!」

夕陽に染まった真っ赤な校舎に、リリィの声だけが空しく反響するのだった。



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