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『拝啓、70年後の君へ』  作者: シロクロイルカ
『白百合の冒険』
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8話「リリィ・アルフォートのカレーなる休日」




私、リリィ・アルフォートはアストリア大陸の南に位置するエルフ族の街、ユグドラシルに住んでいた。緑溢れる街並みと澄んだ空気、そして森の精霊たちの息吹を感じながら日々を過ごす。

だからだろうか、目の前に広がる街並みに並々ならぬ興味をそそられるのは。森を守るエルフ族にとっては異質と言って良いほどの景色、立ち並ぶ高層ビルや人混み、行き交う電車や車の数々はまさに異世界と呼ぶに相応しいものばかりだ。

「ほら、あんまり離れるなよ」

「あ、すいません虎鉄。やっぱり中々慣れなくて」

「まあアストリアとはかなり違うもんな……って俺も行ったことある訳じゃないけどさ」

私のペースに合わせて隣を歩いてくれるのは、天草虎鉄。アストリアで私が出会った異世界人、天草貴虎の孫にあたり今は私の面倒を見てくれている。

「アストリア、特に私の住んでいた街はこんなに発展してなかったですから。本当に私、異世界に来たんだなって思います」

「……俺に出来ることは何でも言ってくれ。じいちゃんだってリリィに世話になったんだから、遠慮なくな。色々不安だとは思うけどさ」

私の言葉に何かを感じ取ったのだろうか、虎鉄は優しく話しかけてくれた。

この世界に来て、こうやって彼と話す度に思うこと。虎鉄はやっぱり貴虎の一族だ、ということだ。普段は素っ気ない態度を取っているが、虎鉄は何かと私を気遣ってくれる。

こんな異世界から来た得体の知れない私を、彼の世界では御伽話でしか伝わっていない世界の存在を信じてくれる。それくらい天草虎鉄は優しい。

「ふふっ、虎鉄は本当に優しいですね」

「優しいって大袈裟だな。俺は昔じいちゃんがしてもらってた事を、返そうとしてるだけだよ」

「それが、優しいって言ってるんですよ?」

「いや、そんな事はないんだけどな……」

虎鉄は少し照れながら、ぶっきらぼうに頭を掻く。その仕草が貴虎とそっくりで、改めて彼は本当に高虎の子孫なのだと実感する。


そしてもう貴虎はこの世に居ないのだと。


「ん?なんか顔に付いてるか、俺」

「あ、すいません。特に何でもないんです」

最初は信じられなかったし、ショックだった。だってこの世界に来た目的そのものが、貴虎に会うことだったのだから。

今だって傷が完全に癒えた訳じゃない。けれどこうやって穏やかな心で居られるのは間違いなく、目の前にいる虎鉄のおかげだった。

「……あの、虎鉄?」

「ん、どうしたリリィ。やっぱり俺の顔になんか付いてるんじゃないか」

だからこそ、納得出来ない。この数日アストリアのアカデミアに当たる“学校”という場所に通っていて感じたこと。

「いや、そうじゃなくてですね。その……どうして学校の人たちは虎鉄のことを誤解してるのかなって」

それは私が思う虎鉄への印象とかなりズレた、周囲の虎鉄に対する印象だった。

担任の杠先生のおかげもあって、私は今の環境に上手く馴染む事が出来た。友達、と呼べるかはまだ分からないけれど話せる人たちもそこそこいる。

そしてたまに虎鉄の話が出たりもするのだが――


『あー、天草ねー。なんかパッとしないって言うか、あんまり良い噂聞かないよねぇ』

『なんか中学の時も虐められてたらしいよ。今だって時々上級生にたかられてるらしいしねぇ』

『だってアイツ暗いしキモいもん。なんか“駄目草”なんてあだ名付けられちゃうし!なんであんな奴が晴人くんの隣なんだろー』


口を開けば出てくるのは悪口ばかり、私が思う虎鉄の姿はどこにもなかった。そして虎鉄自身、学校ではまるで存在を消したみたいに息を潜めて過ごしている。

休み時間もなるべく誰とも話さないようにしているし、昼休みにはどこかに消えてしまう。本当はこんなにも優しい虎鉄のことを、学校では殆どの人が知らないなんてどう考えてもおかしい。

でもそんな気持ちで聞いたことを、私はすぐに後悔する。

「……誤解なんて、してないよ」

虎鉄の表情は固く、どこまでも暗かった。それまでの彼が消えてまるで別人のようになってしまう。

「誤解してるのは、リリィの方だ。俺は優しくなんかない。今も昔もずっとどうしようも無い“駄目草”なんだ。だからリリィも学校ではあまり俺に関わるなよ。俺のせいでリリィまで変に思われたくない」

私を突き放すように虎鉄は淡々と話す。でも虎鉄は気が付いていない。

“俺のせいで”というその言葉に、彼の優しさが滲み出ているのを。でも私が言ったところで虎鉄は決して認める事はないだろう。きっと私では、彼を変えることが出来ない。

それほどに虎鉄の闇は根深いものだった。

「……あの、虎鉄――」

「あ、いたいた!虎鉄にリリィ、こっちこっち!」

私の声を遮って、手を振りながら華が近づいて来る。

黒崎華、虎鉄の幼馴染で学校内でも一二を争う美少女と評判の女の子。二つ網にまとめた明るい茶髪と大きな目が目立つ、紛れもない美少女だった。

おそらくアストリア大陸でもこれほどの美少女は中々居ない。華は私たちの気まずい空気を吹き飛ばすように、満面の笑みで合流した。

「もー!遅いよ虎鉄!」

「あれ、集合時間って11時じゃなかったっけ?」

「普通は5分前に来るものでしょ?しかも女の子を待たせるなんて……それじゃあモテないぞ!」

「ぐっ、うるせぇ!」

「あ、待たせてごめんなさい華」

「リリィはいいのいいの!連れてきたのは虎鉄なんだからね」

「華、お前なぁ」

あっという間に私の知っている虎鉄になっている。そう、もし虎鉄を変えられるとしたら彼女しか……黒崎華しかいないと私は思う。

「まあいいか、今日は虎鉄の奢りなんだし?さ、早く行こ行こ!あー、ウルトラデラックスパフェ楽しみだなぁ」

「おい、なんか“ウルトラ”が増えてないかおい!?」

「ねぇ、リリィはどれにするー?」

華は嬉しそうにメニューを私に見せてくれる。そんな華を見て、私は改めて決意を固めるのだった。言うなら、今日しかないと。







「ふぅ、食べた食べたー」

「お前、よくそれだけ食べれるな……」

お腹をぽんぽんと叩く華の目の前には、空のグラスが2つ。自分の顔ほどもあるパフェを食べた後に、普通サイズのパフェをペロリと平らげた華はとても満足そうだった。

「いやいや、甘い物は別腹だから。ね、リリィ?」

「はい、ここのパフェとても美味しいです!」

そして私も絶対に食べられないと思っていた巨大パフェをぺろっと完食していた。恐るべし、デザート……!

「まあ、二人が満足したなら別に良いけどさ。ちょっとトイレ行ってくるわ」

「はーい、いってらっしゃいー」

席を立った虎鉄に、華はひらひらと手を振っていた。ちょうど席には二人きり。話をするなら今しかない。私は一度深呼吸をして真っ直ぐ華を見つめた。

「あの、華?」

「あれ、改まってどうしたのリリィ」

「話があります。虎鉄のことで」

虎鉄のこと、という単語に反応したのか華は真剣な色を瞳に浮かべる。

「虎鉄、学校の時と今じゃかなり雰囲気が違うと思いませんか。私、本当は虎鉄が優しいってことを知ってます」

「……うん」

「でも学校での虎鉄は心を閉ざしているというか……。まるで別人みたいなんです。私は皆に知って欲しい、虎鉄はそんな人じゃないって。でも私じゃ、私じゃ駄目なんです……だから……」

華に説得して欲しい、という続きは出なかった。

なぜなら私の話を聞いている華の表情が、とても辛そうだったから。

たった数週間しか過ごしていない私が感じているのに、幼馴染である彼女が感じていないはずはない。そんな簡単なことにも私は気が付かないでいた。

「……私には、無理だよ」

そう言って絞り出した華の声は、とてもか細かった。

「私のせいなの。虎鉄がああなってしまったのは全部。だから私にはもう、虎鉄を救ってあげられない。私に出来る事はね、こうやって一緒に居ることだけなの。虎鉄が一人にならないように」

俯きながら話す華を見て、私は自分の考えがいかに甘かったのかを改めて思い知った。

「……華」

「きっとね、変えられるとしたらそれはリリィしかいないの。この世界にはもう、虎鉄を救える人はいない」

「そ、そんなことない。そんなことないです……華は幼馴染なんですよ?華ならきっと……」

華はゆっくりと首を横に振った。

「私には、無理。だって――」

「悪いな、ちょっと混んでてさ。あれ、どうかしたか二人とも?」

時間切れ。虎鉄が席に戻るのと同時に、華はまるでそんな会話なんてなかったかのように、さっきまでの彼女に戻っていた。

「遅いよー。あんまりにも虎鉄が遅いから、もう一つパフェ頼んじゃおうかって言ってたとこだよ?ね、リリィ」

「……そうですよ、虎鉄。遅いです!」

「マジかよ!流石にこれ以上は勘弁してくれって……!」

結局、話はそこまでだった。でも華のあの悲しげな表情を見る限り、これ以上は話しても意味がないように思えた。

一体虎鉄と彼女の間に何があったのか、私には分からない。けれど――


『私のせいなの。虎鉄がああなってしまったのは全部』


「…………」

「リリィ?どうかしたか」

「あ……ううん、何でもありません。ただ……」

「ただ?」

「ちょっと甘い物を食べすぎたんで、夜はカレーが良いなって思っただけです」

「なんだそれ」

虎鉄は優しく私に微笑む。でも彼は決して私には心を開いてはくれない。それが少しだけ悔しくて、少しだけ寂しかった。

「だって虎鉄の作るカレー、美味しいんですもん」

「ありがとな。嫌がったってカレーしか作れないから、安心してな」

「なんですか、それ」

二人で歩く帰り道はなんだかいつもより楽しくて。

だからこそいつか本当の意味で虎鉄が笑ってくれますようにと、私は願うのだった。


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