第13話
話が相前後してしまうが、真田信綱を指揮官とするオレゴン・トレイル調査隊は、極めて順調に調査活動を終えることが出来ていた。
これは、真田信綱の人柄と共に、ロッキー山脈を中心とする調査の行程中に住んでいた原住民のネズ・バース族達と調査隊が友好関係を結ぶことが出来たのが大きい。
この当時のネズ・バース族等は狩猟採集を主な生活の糧とはしていたが、トウモロコシ栽培を知っており、徐々に狩猟採集民族から農耕民族への路を歩もうとしていたところだった。
こうしたことから、真田信綱を指揮官とする調査隊は、ネズ・バース族等に対して、鉄製の農機具を提供して、他にもこの当時のネズ・バース族等が知らなかった生産高の大きいトウモロコシの品種の種の提供をも提案してという形で、ネズ・バース族等の好意を得ることに成功したのだ。
勿論、真田信綱にしても、ただ単にネズ・バース族等の好意を得ようと思って、そのような行為をしたわけではない。
ネズ・バース族等が親日的になれば、ミシシッピ川流域を目指そうとする日本人移民が旅程で難儀した場合に、ネズ・バース族等による支援を得ることが可能になる。
そうすればミシシッピ川流域への日本人の植民活動が順調に進むという打算が真田信綱らにはあって、このようなことをしたのだ。
そして、このことはネズ・バース族等と日本人の植民者が、少し後になるが、ミシシッピ川流域において主にブラックフット族等と戦うという事態を招来することにもなった。
この当時のブラックフット族等は、それこそ移動しての狩猟採集民族としての生活を堅持しており、日本人の植民者が農地を開拓して、そこを自分の土地とすることを基本的に理解しようとしなかった。
ブラックフット族にしてみれば、大地は皆のものであり、個人のものではないからだ。
それこそ自らが狩猟採集活動をするための移動中に、日本人の田畑を荒らして何が悪い、という論理にまで(極論を貫けばだが)なってしまうのだ。
そして、ネズ・バース族等も、自らが農耕生活を徐々に営むようになっていたことから、ブラックフット族等の論理を拒絶するようになっていた。
この当時のネズ・バース族等の土地所有の論理は、少なからず曖昧な所があり、個人のものなのか、家族のものなのか、それとも氏族のものなのか、特に外部から見た場合、分かりにくいところがあったが。
それでも、自分達の土地という考えがある以上、同様の考えをもって農耕生活を行う植民者の日本人と親和的になる一方、ブラックフット族等とは敵対的になるのは半ば当然だった。
(この辺りの細かいことを言えば、それこそ近世社会以前においては、世界的に良く見られた状況と言えるかもしれない。
日本でも、実際に個々人、家族で耕している田畑はともかくとして、共同で利用している里山や用水路等々については、誰のものかは今一つ不明確で、敢えて言えば村全体のものとされることが稀でなかったといえば、理解の一助になるかと思われる)
そして、ネズ・バース族等と植民してきた日本人とは、それぞれの民族ごとの定住村を最初は作った。
更に法華宗の布教がネズ・バース族等に対して行われて、同じ宗派の宗教を信じる者同士ということで友好関係が深まり、また、ブラックフット族等への共闘関係も相まって、徐々にお互いの通婚等が進んだ結果、更にネズ・バース族等と日本人の植民者との宥和関係が進むのだが、それはかなり先の話になる。
だが、超短期的には、この真田信綱の探査隊の行動が、ネズ・バース族等の好意を得ることになり、ミシシッピ川流域を目指す日本人の植民者にとって、大いなる助けとなったのは間違いないことだった。
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