99話 禁忌の箱
僕は、カーディア城にいた期間、ずっと過ごしていた部屋で目を覚ました。
そして、アンさんかオルガさんのどちらかが僕の支度を手伝いに来るのを、ベッドのなかで待っていた。
だが、いつになっても、現れない。
二人とも、シュナ領へ向かう準備が忙しくて、来れないのだろう。
この場合は、自分で身支度を済ませても怒られないよね。
僕はさっさと着替えると、顔を洗ってさっぱりする。
そして、机に向かい、椅子に座ると、目の前に置かれた書類に目を通し、サインをしては国印を押していく。
どう妥協しても国印には見えない可愛い狐を見つめると、少しの間、手を止め、干支に狐年があれば、きっと、こんな感じのスタンプが押されていたのだろうと思いつつ、再びサインを書いた書類にバンバンと国印を押し続けていった。
この国印だと、仕事への意欲と効率が下がっているように感じるのは、気のせいだろうか……。
仕事の一区切りがつくと、椅子の背もたれに寄りかかり、両手を挙げて背筋をそらせるように伸びをする。
そして、部屋を見回すと、女性物の服が数着、無造作に掛けられているのに気付いた。
そばに寄って確かめてみると、イーリスさんが着ている服に似ている。
サイズも彼女と合っているようだ。
彼女は、こちらに滞在している間、この部屋を使っていたのだろうか? だとしたら、急に僕が使いだしたことで、彼女に迷惑をかけたのではないかと、少し気が引ける。
そんなことを思いながら、久しぶりの部屋を懐かしむようにフラフラとしていると、部屋の隅に置かれていた大きな二つの箱を見つけた。
どちらも見たことのある箱だ。
僕の脳裏にある不安がよぎり、急いで今日が日本では何月だったのかをスマホで確かめる。
画面に映る一一月の文字を見て、僕は焦った。
仕事も大切だが、今はそれどころではない。
僕は箱を開けて、中から次回、提出しなければならない課題を取り出す……。取り出す……。手に取った物は、教材とは全くかけ離れた物だった。
僕は手に取った破廉恥な物を目の当たりにすると、驚いて箱に戻した。
何で、こんな物がここにあるんだ!
一度、心を落ち着かせてから、箱の中身を確かめる。
僕の開けた箱には、木製の破廉恥な物しか入っていなかった。
待て待て待て、これは『禁忌の箱』だ! 何でこの箱が、こんなところに置かれているんだ!
動揺した僕の心臓が、痛いほど強い鼓動を始める。
僕は胸を押さえて、動揺が治まるのを待った。
そして、何も見なかったと自分に言い聞かせて、もう一つの箱を開ける。
こっちの箱には、参考書や教科書など教材の類が入っていてホッとする。
僕は何事もなかったかのように、その中から必要な参考書や教科書と問題集、ノートを取り出し、机に戻る。
まだ残っている書類を机の空いたスペースにどけて、二学期の範囲の課題に取り組む。
分からない問題が出てくるたびに『禁忌の箱』が気になって、集中できない。
それでも、僕の人生がかかっているため、課題は終わらせなければならない。
ノートを開いて、よく分からないところを抜き出し、書いていく。
こうしておけば、後で分からないところだけを教わることが出来る。
カチカチ。
シャープペンシルの頭を押して芯を出しては、ノートをめくって、ひたすら分からないところを記し続ける。
ノートのまっさらなページが、僕の文字で埋まっていく。
「こ、これは、超難問の玉手箱だー!」
シュン。
一人でふざけて、一人で落ち込んだ……。
そんな場合じゃない。
これはマズい。半分以上が分かっていない……。
とにかく、分からないところを書き写す作業を延々と続けた。
すると、ノートに変化が見られた。
新品だと思っていたのに使った形跡が見受けられるのだ。
ペラペラとページをめくっていくと、後半部分のページにびっしりと文字が書かれ、勉強したであろう形跡を見つけた。
これは、イーリスさんの筆跡だ。
彼女がノートを後ろから使っていたので、まったく気が付かなかった。
ん? あれ? イーリスさんは、僕の教材が入った箱を開けて勉強していた……。
そして、この部屋を使っていたのは、おそらく、イーリスさんだと思われる……。
僕の心臓は鼓動を強くしていき、再び動揺が襲ってくる。
イーリスさんは、『禁忌の箱』に気付いてしまったのでは……?
彼女が箱を開けたとしたら、『イーリス』と彼女の名前が刻まれた破廉恥な物を見つけたかもしれない。
僕は『禁忌の箱』を見つめた。
部屋の隅に隠すように置かれている箱。
これでは、僕が大切に隠し持っていたと思われてしまう。
僕が用意したと思われているのでは……。
僕の鼓動と動揺が最高潮を記録し、呼吸が苦しくなり、変な汗がダラダラと流れてくる。
落ち着け! 落ち着くんだ!
僕は自分に言い聞かせ、呼吸を整える。
そして、『禁忌の箱』がここに置かれる前のことを思い出そうと、記憶をさかのぼる。
アンさんの顔が浮かぶ。
そうだ! アンさんに頼んで、イーリスさんの目に届かない安全なところへと、封印してもらったはずだ。
なのに、何でここにあるの?
イーリスさんが部屋を訪れる前に、アンさんを問いたださないと。
僕は部屋の扉から、ヒョコっと顔を出し、廊下をキョロキョロと見渡す。
そして、こちらに向かって歩いてくる衛兵を見つけた。
「あのー! ちょっと、いいですか?」
僕は、衛兵を手招きする。
彼は駆け出し、すぐに来てくれた。
アンさんを早急に、この部屋へ連れてきて欲しいと頼むと、彼は敬礼をし、歩いてきた方向へと走り出していく。
アンさんが来るのを待つ一分は、とても長く感じた。
コンコン。
扉が叩かれると、僕はアンさんであることを祈り、緊張する。
扉が開くと、現れたのはアンさんだった。
僕はホッとし、その場にへたり込んだ。
「フ、フーカ様!? どうしました? 大丈夫ですか?」
彼女は僕に駆け寄ると、肩を貸してくれた。
そして、僕は彼女に支えられ、椅子へと座る。
腰が抜けたとは、我ながら恥ずかしい。
「呼び出してごめんね。どうしてもアンさんに聞きたいことがあったんだ」
彼女は顔を赤らめ、頬を押さえだす。
何か、勘違いされているような……。
「アンさん、あの箱が、どうしてここにあるの?」
彼女に『禁忌の箱』を指差して、質問した。
僕が指差した先にある箱を見つめた彼女は、ギョッとした表情を見せると、箱に近付き中を確認する。
そして、こちらを向き、首を横に振った。
「何で、この箱がここにあるのですか?」
「それは、僕が聞きたかったんだけど」
「不思議なこともありますね」
他人事のような、なんとも悠長な返事をしてくる。
「アンさん。この部屋、イーリスさんが使ってたみたいなんだけど……」
僕は、部屋に掛けられていた服を指差した。
アンさんはその服に近付いて確かめると、彼女の顔から余裕の色が消え、青ざめていく。
そして、僕の前を左右に行ったり来たりと往復しながら、腕を組み、手をあごに当てて、何やら考えている。
しばらくして、彼女はポンと手を叩くと、部屋から顔を出し、廊下の様子をうかがってから、見回りの衛兵を呼びつけた。
そして、誰かをこの部屋へ呼ぶように頼んでいた。
「『禁忌の箱』を封印するように命じた者を呼びつけました。すぐに、ここへ来るでしょう」
アンさんと二人で、封印を任された人が来るのを待つ。
再び、一分がとても長く感じる時間を過ごす。
アンさんは落ち着かないのか、ソワソワしながら部屋の中をウロチョロし、再び『禁忌の箱』に近付くと、ふたを開けて、中を確かめる。
「使われた形跡はないです」
何を言っているんだと、僕は彼女の言葉に唖然とした。
「使われてたらどうするの?」
「……」
僕の質問に、彼女は無言だった。
アンさんのせいで、少し、本当に少しだけ、イーリスさんが使っている姿を想像してしまった。
室内が気まずい雰囲気になってしまった。
二人でぎこちなくしていると、扉が叩かれ、部屋にメイドさんが入ってくる。
彼女が封印を任された担当者だった。
アンさんは、すぐにメイドさんへ詰め寄ると、彼女は焦った表情で、アンさんを見つめる。
「これは、どういうことだ!」
アンさんが禁忌の箱を指差しながら、彼女を問いただす。
「えーと、カールエンド市では、レイリア様が城を破壊してしまったので、封印する場所が見つからず、カーディア市まで持ってきてしまったので、フーカ陛下の部屋なら安心だと思い、この部屋に封印しました」
彼女は自信に満ちた表情で答える。
「「……」」
僕とアンさんは、彼女を見て唖然とする。
何で、そんな、自信に満ちた顔が出来るの? それに、この部屋に封印って……。
コンコン。
突然、扉が叩かれ、誰かが訪れた。
誰だか知らないけど、今、入られたらマズい。
僕は、待ってもらうように返事をしようとしたが、扉は開かれ、イーリスさんが、堂々と部屋へと入ってくる。
僕、アンさん、メイドさんの三人に緊張が走る。
イーリスさんは書類を抱えながら、僕たちを見て不思議そうにする。
「イ、イーリスさん、ど、どうしたの?」
僕は彼女の要件を聞こうと、尋ねたのだが、彼女は僕たち三人をジーっと見つめると、目を細めて怪しみだす。
「私は、まだ仕事が残っていますので、お先に失礼いたします」
緊張した空気の中、メイドさんが隙をみて、逃げるように部屋を出て行ってしまった。
張本人が真っ先に逃げ出したことに、僕は驚いてしまう。
「そう言えば私も」
ガシッ。
危ない、危ない。
僕が驚いている隙に、アンさんもメイドさんに倣って逃げ出そうとしたので、その手をしっかりと掴んだ。
彼女は僕を見て、ウルウルとした目を向ける。
しかし、この手は離さない。
何で、封印を頼まれた側の人が、そろいもそろって逃げ出そうとするんだよ。
一方で、僕たちのことを怪しんでいたはずのイーリスさんは、気にもかけない様子で、僕の机に追加の書類を置くと、僕が勉強をしていた形跡を見つめる。
「勉強していたんですか?」
「うん。また、切羽詰まって、やらされる目にあうのは嫌だからね」
「良い心がけです」
彼女はそう言ってニッコリすると、二つの箱が置いてある方へと向かう。
僕は緊張する。
それはアンさんも同じようで、彼女の手が僕の手をギュッと強く握ってきた。
イーリスさんが部屋をうろつきだし、並べられている二つの箱の前で止まる。
そして、箱を見下ろすように眺めた。
僕とアンさんは緊張し、お互いの握り合う手にも力が入り、痛く感じるほどだ。
「そうでした。フーカ様に聞きたいことがありました」
ビクッ。
僕とアンさんの緊張はさらに高鳴り、お互いに握り合っている手が湿ってくる。
「な、な、何でございましょう?」
おかしな返事をしてしまった。
ガシ。
アンさんが僕の腕に肘を強めに当てると、こちらを睨みつける。
こっちも緊張しているんだから、そんな目で見なくても……。
「こ、この箱なんですが、フーカ様の物で、間違いないすか?」
イーリスさんは顔を真っ赤にして、『禁忌の箱』を指差した。
彼女の表情から、その箱を、僕が用意したものだと勘違いをしているようだ……。
「……」
ヒィー。どうしよう!
僕の頭はパニックを起こし、返す言葉が出てこない。
ガシガシ。
黙ったままの僕の腕を、アンさんが肘で力強く突いてくる。
彼女を見ると、あごをクイクイとさせ、何か話せと無言のまま強要してくる。
「えーと、今日はお日柄もよく……」
ガン。
僕の腕が、さっきよりも強く突かれる。
い、痛い……。
「あのー、その箱は僕のではないんだけど、今は僕の物? っていうか……どうなんでしょう?」
僕のはっきりとしない言葉に、イーリスさんがポカーンとしてしまう。
そして、アンさんは、何を言っているんだとでも言いたそうな表情で睨んでくる。
都合のいい言い訳なんて浮かばない。どうしよう……。
「フーカ様の物ではないけど、今はフーカ様の物? それはいったいどういうことなのでしょうか?」
「えーと……」
彼女は首を傾げて僕を見つめる。
僕は何と言っていいやら、言葉を詰まらせるだけで、ただ、変な汗がツーと垂れてきた。
「フーカ様? 酷く汗を掻いてますが、大丈夫ですか?」
「う、うん。ちょっと暑かっただけだから大丈夫」
「そうですか。暑いのにアンと手を握り合ってるのですね」
彼女は少しムッとした表情を見せる。
「いや、これは違うから」
僕とアンさんは、すぐに手を離した。
イーリスさんは目を細めて、怪しむように僕たちを見つめる。
何だか、ややこしくなりそうな……どうしよう……。
「フーカ様! 私は冷たい飲み物を所望しま……」
レイリアがノックもなしに、勢いよく部屋へ飛び込んできて、イーリスさんを見た途端、言葉を詰まらせた。
助かった! よし、ここで話しをすり替えよう。
「レイリア、奥の冷蔵庫に何か入ってると思うから、自由に飲んでいいよ」
「えっ!? いや、お取込み中のようなので……」
レイリアは、何かを察したのか、部屋から逃げ出そうとする。
「取り込んではいないから、大丈夫だよ。果汁を入れた炭酸があったはずだよ」
逃がしてたまるか!
彼女は、果汁を入れた炭酸のところで反応していたが、部屋の雰囲気を察して葛藤しているようだった。
「レイリア。フーカ様がせっかく飲んでいいと言っているのですから、頂きなさい」
アンさんが後押しをしてくれる。
「そ、そうですか。では、すぐに飲んで退散しますね」
いつものレイリアとは違って、遠慮がちだ。
早々に、逃げる気だな。
「疲れてるだろうから、ゆっくりしていってかまわないよ」
「いえいえ、お心遣いだけで十分です」
彼女は、頭を低くして僕とイーリスさんの間を通過していく。
僕たち三人の何とも言えぬ空気が漂う中、レイリアは冷蔵庫を開けて、コップにジュースを注いだ。
その姿を僕たちは黙って見つめる。
彼女は、僕たちの視線に耐えられなかったのか、ジュースを一気に飲み干した。
「グボッ、ゴホゴホ。ゲホッ、ケホ」
バカだ……。
炭酸飲料を一気に飲み干すから、むせて、吹き出してしまった。
「「「レイリア!?」」」
「ごめんなざい……ケホケホ」
僕たちに叱られると思ったのか、彼女は苦しそうに謝る。
「まったく、子供じゃないんだから、落ち着いてゆっくり飲みなさい」
イーリスさんがハンカチを出して、レイリアに駆け寄る。
「ずみまぜん。ぎをづげまず」
レイリアは、再び苦しそうに謝ると、イーリスさんから受け取ったハンカチで口を押えた。
レイリアのおかげで、このまま話しがそれそうだ。
レイリアは再び冷蔵庫を開けて、コップに注ぎなおす。
飲みなおすんだ……。
今度はすぐには飲まずに、コップを大事そうに持って端にある椅子へと座った。
そして、チビチビと味わうように飲みだす。
満足そうな笑みを浮かべている彼女を見ていると、まるで子供だと思ってしまう。
そんな彼女を、アンさんは呆れた表情で見つめると、彼女が汚した床の掃除を始めた。
「えーと、何でしたっけ? あっ、そうそう。フーカ様、この書類にも目を通して下さい」
イーリスさんは、レイリアが部屋に居座ってしまったので、『禁忌の箱』について聞きづらくなったのか、箱をチラッと見てから、話題を逸らすように話すと、机の書類に手を添える。
「うん。わかった。こっちにも目を通しておくよ」
話しがそれたことで、僕とアンさんはホッとする。
「あれ? その箱って、バッチイ箱じゃないですか? 何でここにあるんですか?」
おバカー!
僕とアンさんは、話しを戻してくれたレイリアを睨みつけた。
彼女は、しまった! と言う表情をすると、誤魔化すようにジュースをチビチビと飲み始め、コップで顔を隠す。
「バッチイ箱?」
イーリスさんは聞き捨てならない単語に眉をひそめ、僕を睨みつける。
せっかく話しがそれたのに、レイリアの一言によって最悪な状況で、彼女が食いついてしまった。
掃除を終えたアンさんは、僕と目を合わせると、再び同じところの掃除を始め、素知らぬふりをする。
裏切り者ー!
「フーカ様? レイリアもあの箱のことを知っているようですが、どういうことですか?」
「いえ、そのー……」
イーリスさんが、僕の目に仁王立ちで立つ。
こ、怖い。
「レイリア!」
「ひゃい!」
「あの箱のことを知っていますね!?」
彼女はレイリアの方へ振り返り、鋭い視線で見つめる。
「いえ、その、えーと、はて?」
レイリアは、イーリスさんの気迫にしどろもどろになる。
「レイリア! 知っていることを話しなさい!」
「ひゃい! オイゲン・フォン・レクラムが大切そうに隠し持っていた物です!」
あー、言っちゃった……。
イーリスさんの顔が真っ赤になった。
そして、うつむいてフルフルと震えだす。
これは、ご立腹のご様子……。
イーリスさんに隙が出来た今のうちに、ここは退散しよう。
僕がこっそりと部屋から逃げ出そうとすると、アンさんとレイリアも同じことを考えていたのか、扉のところで三人が詰まってしまう。
「何してんの!?」
「「フーカ様こそ、何をしているんですか!?」」
三人で揉めていると、背後から鳥肌が全開で立つような、とてつもない殺気を感じる。
「「「ヒィー!」」」
僕たちは、その殺気に悲鳴を上げた。
「そこ! 三人とも、こちらへ来なさい!」
「「「ひゃい!」」」
イーリスさんの迫力に、僕たちは彼女の前で一列に並び、うつむいたまま立ち尽くす。
彼女は、僕たちの前をコツコツと行ったり来たりすると、僕の前で立ち止まった。
「フーカ様? まさか、あの男が用意した物を、私に使おうとしたんですか?」
「いえ、違います。それは絶対にないです」
額に汗が噴き出してくる。
「なら、何故、後生大事に取ってあるんですか?」
「別に取っておいたわけではなくて、処分はアンさんに任せたんだけど……」
これで、問い詰められるのは、アンさんに代わるだろう。
「ちょっ、フーカ様?」
イーリスさんがアンさんをギロッと睨んだ。
彼女はビクッとして、うつむいてしまう。
「アン? どういうことかしら?」
「いや、その、イーリスに見せたら大変だと思って、封印するように部下へ命じたら、この部屋に封印したらしく……」
「何で、封印するの! 処分しなさい!」
「フーカ様が関心を持っていたようなので、取っておいた方がいいのかと思って……」
「なっ、アンさん?」
仕返しのように戻された。
僕がアンさんをチラッと見ると、彼女もこちらをチラッと見て、口の端を微妙に吊り上げる。
やられた!
僕が悔しがっていると、イーリスさんにギロッと睨まれ、僕もうつむいてしまう。
「フーカ様? 話しが変わってきてますけど、どういうことですか?」
「レイリアが手に持って見せてきたので、その、そういう物の存在は知ってたけど、実物は初めて見たんで、関心じゃなくて驚いただけで。そんな物を使おうなんて思ったことはないよ」
僕がレイリアの名前を出したので、レイリアが真っ青な表情でこちらを見る。
その目はウルウルとしていて、今にも泣きだしそうだった。
彼女の表情を見た僕は、罪悪感に襲われる。
レイリア、ごめん……。
少しの間、沈黙が続く。
そして、イーリスさんが深く息を吐く。
「分かりました。その言葉を信じましょう。アン! この汚らわしい物をすべて処分しなさい!」
「はい、直ちに!」
アンさんは、重い箱を一人で持ち上げてしまうと、逃げ出すように部屋を出て行ってしまった。
僕とレイリアはホッとする。
レイリアが箱が置いてあったほうを見て、ソワソワと落ち着きをなくしていた。
「レイリア? どうしたの?」
「あのー、フーカ様? アン様が持って行った箱って、フーカ様がクズにならないための物では?」
彼女の言葉に僕とイーリスさんは驚いて、箱のほうを見る。
その場所にあった二つの箱のうち、僕の教材が入った箱がなくなっていた。
動揺して、違う箱を持っていったんだ!
僕は急いで廊下に出ると、アンさんを探す。
彼女が、廊下を急ぎ足で運んでいる姿を見つけた。
「アンさーん! 待ってー! その箱、ちがーう! それは僕の箱ー!」
声が届いたのか、彼女は立ち止まって振り返る。
そして、箱を床に置いて中身を確認すると、こちらに戻ってきた。
「私としたことが、申し訳ありません。久しぶりにイーリスの気迫にあてられて、動揺してました」
僕の中では最強のイメージのアンさんでも、そんなことがあるのかと驚かされた。
二人で部屋に戻ると、アンさんはもとの位置に箱を戻す。
そして、隣の『禁忌の箱』を開けて、中身を確認してから再び運んでいく。
僕とイーリスさんがホッとしていると、レイリアがこちらをジーと見ている。
「レイリア? どうしたの? まだ、何かあるの?」
「何で、私も一緒に叱られているんですか?」
そういえば、あの時、レイリアは『禁忌の箱』を見つけただけで、封印の件には全く関係なかった。
「えーと、とばっちり?」
「そ、そんなー」
彼女はその場に崩れ落ち、うなだれてしまった。
逃げなくてもいいのに、一緒に逃げようとするから……。
レイリアのことが、少し気の毒になった。
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