97話 ツグモリ領
僕たちが食事をしながら会話を楽しんでいると、兵士が訪れ、エラン領とアルセ領から使者が来たことを告げた。
そして、ヘルゲさんのそばに行くと、彼に手紙を渡して立ち去って行く。
ヘルゲさんは僕に視線をよこし、手紙を先に読んでもいいのかを確認してきたので、僕は黙って頷いた。
彼は封を開けて手紙に目を通すと、顔が強張っていく。
そして、もう一通にも目を通すと、彼の顔の表情は、さらにきつくなったように見えた。
「フーカ様、大変なことになったようです」
ヘルゲさんは厳しい表情のまま席を立つと、二通の手紙を僕に手渡した。
彼の表情から悪い報せなことは明白だが、目を通さないわけにもいかない。
僕は二通の手紙を順に目を通していく。
「早すぎるよ!」
その内容に驚いた僕は、声を上げてしまった。
その場にいた皆の表情も、和やかなものから厳しいものへと変わり、僕を見つめてくる。
手紙の内容は、二通ともプレスディア王朝とカーディア正統帝国が開戦したことを知らせるものだった。
僕は、その手紙をシャルに渡した。
彼女は手に取った手紙に目を通していくと、眉間に皺を寄せていく。
「シャル、ヘルマンさんたちもいるけど、この報せは公表するよ」
「はい、彼らにも知ってもらったほうがよいでしょう」
シャルも同意してくれた。
僕は立ち上がると、席に着いている皆のほうを向く。
「プレスディア王朝とカーディア正統帝国が開戦しました」
僕の一言で、その場を瞬時に緊張感が包み込んでいった。
そして、席に座ったままの皆は、隣どうしで話だし、ざわつき始めた。
せっかく、ヘルマンさんたちと和やかな時間を築けていたのに台無しだ……。
僕は、自分が少しイラついていることに気付き、落ち着こうと深呼吸をする。
再び、椅子に座り、頭を整理する。
プレスディア王朝とカーディア正統帝国が開戦することは、遅かれ早かれ分かっていたことだ。
今、僕たちに一番必要なのは、カーディア正統帝国の情報だ。
しかし、アンさんがカーディア正統帝国の調査をしているのに、これといった情報はあがってきていない。
頼りたくはないが、あの人なら……。
僕はマイさんを見つめる。
僕の視線に気付いたマイさんは、頬を赤らめて恥ずかしそうにしなを作る。
そういうのはいらないのに、いちいち、変な反応をしてくる……。
「マイさん、カーディア正統帝国にも奥様委員会の会員はいるの?」
僕の言葉に、ヘルマンさんたちが驚いた表情でこちらを見つめる。
奥様委員会を使おうとするとは思ってもみなかったのだろう。
「あそこの貴族夫人に、会員はいないわ。あそこの女どもを勧誘したり推薦する者なんていないわよ。あそこは、旦那と一緒に好き勝手なことをして、贅沢をむさぼることしか考えていない連中だけなんだから」
マイさんの言葉にカティさんたちも強く頷く。
しかし、カーディア正統帝国の貴族夫人たちも、マイさんにだけは言われたくないだろうと思うが、それは僕の胸にしまっておく。
すると、カティさんがあごに手を当て、何やら考え込んでから、顔を上げた。
「あそこの貴族夫人にはいないですが、平民にはいます。フーカ陛下の本当に欲しい情報は手に入らないと思いますが、カーディア正統帝国軍の動きくらいならば入手できると思います」
「そうですか。軍の動きでも情報が入ることは助かります。ありがとうございます」
僕は、カティさんに感謝を述べたが、僕の思っていることを見透かされているようで怖い……。
僕たちはその席のまま、ヘルマンさんたちとカーディア正統帝国に対してどうするかを話し合った。
ヘルマンさんたちは、一度、カーディア議会国の者たちだけで話し合わせて欲しいと進言してきたので、それを受けいれる。
その間に、僕たちもルビーさんたちを踏まえて話し合いをすることにした。
ルビーさんとネーヴェさんは、ボイテルロック領の件が終わった後、一度、帰国する予定だったが、カーディア正統帝国との一件が終わるまで付き合うと言ってくれ、イーロさんも承諾してくれると、僕は胸をなでおろす。
ん? 一度帰国? すぐに戻ってくるつもりだったのだろうか?
今の僕たちにとってはありがたいので、細かいことは気にしないことにする。
そして、僕たちが話し合った結果は、エラン領に戻り、態勢を整えてからカーディア正統帝国へ向かうことで意見がまとまった。
一方のエルマンさんたちも、意見をまとめたようだ。
彼らは席に座り直すと、まっすぐと僕を見る。
「我々、カーディア議会国は、カーディア正統帝国がプレスディア王朝へ向けている戦力を削ぐために、準備が整い次第、カーディア正統帝国への侵攻を開始したいと思います。よろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします。僕たちはエラン領に戻り、態勢を整えてからカーディア正統帝国へ向かうことにします」
「分かりました」
僕とヘルマンさんは、お互いに頷き合った。
すると、レイリアが何やら考え込むようにして、ソワソワしている。
「レイリア? 食べ過ぎた? お腹痛いの?」
「違います! 私はそんな食いしん坊じゃありません!」
レイリアの返事に、誰もが難しい表情を浮かべる。
「なんか、皆の態度が気になりますが、まあ、それは今はいいです。それよりも、ここの領地、ボイテルロック領はどうするんですか? まだ、領主も何も決めてないですが、このまま放っておくと、また、変な連中がはびこりますよ」
彼女の言葉に、僕はしまった! と思った。
カーディア正統帝国とプレスディア王朝の開戦の報せが来て、ここの領地をどうするかは、まだ何も考えていなかった。
とにかく、誰かを領主に任命して、任せなければ僕たちは身動きが取れない。
しかし、任せられるような人材が思い浮かばない。
ここにきて、人材不足の問題にぶつかった僕は悩みだす。
「ねえ、フーカ君。ここの領主をカイにやらせてみたらどーお?」
マイさんがカイを推薦してきた。
僕は彼女に視線を向けてから、カイを見る。
確かに、カイならこの間まで王子だったし、統治するスキルは持っていそうだ。
それに、ボイテルロック領の制圧にも貢献してくれた。いいかもしれない。
僕は頭の中で考えをまとめ、ウンウンと頷く。
「ちょっと待って下さい! 私には荷が重すぎます!」
カイが断ってくる。
「でも、この間まで、リンスバック領を……あの時は国だったけど、自分で統治しようと思ってたんでしょ?」
「確かにそうですが、あの時と今では違います。それに、今はまだ、あの時の愚かな行為を償うために一兵卒からやり直している最中です。領主なんてできません」
「今のカイからは、あの時の雰囲気はないし、立派に再出発したと思うよ。更生できてるから問題ないよ」
「そう言っていただけるのは嬉しいですが、私の気持ちの問題もあります」
これだけしっかりとしていれば、何の問題もなく任せられるのに……。
頑なに断ってくる彼に、どうしたものかと悩んでしまう。
ここは、お母さんに意見を聞いてみよう。
「イツキさん、カイは見違えたように成長したと思うんだけど、どう思う?」
「ええ、良い方向に成長してくれました。今のカイなら、邪な取り巻きが近付いて来ても拒絶できるだけの判断力もあると思います。きっと、立派な領主になります」
「なら、問題ないね」
「はい」
「フーカ様……、母上……。私の意見は……」
カイはガックリと肩を落としてしまった。
出世したんだから、そこまで落ち込まなくても……。
なんだか、僕がカイをいじめているみたいになっている気がする。
「シャルも皆も、カイを領主に任命するけど、いいかな?」
「「「「「はい」」」」」
皆が声を揃えたものの、すぐにオルガさん、ケイト、レイリア、マイさんが何やら話し合いだす。
「こういう時には、決まった掛け声をするべきですよ」
「確かに、間違えましたね」
ケイトとオルガさんの声が漏れてくる。
「やり直しましょう」
「そうね」
それに対し、レイリアとマイさんが小声で返事をし、四人が頷く。
嫌な予感しかしない。
「「「「いいともー!」」」」
四人は、片腕を大きく突き上げた。
「黙れ! バカども!」
そんな古いネタ、何処から仕入れてくるんだ……。
四人は僕に怒鳴られ、シュンとしてしまった。
ミリヤさんが、四人を呆れた表情で見つめてから、僕に向き直る。
「フーカ様、カイが領主になるのはいいのですが、ここの領の名をどうしますか? ボイテルロックの名を残すのは反対です。かといって、ここもリンスバックを名付けるわけにはいきません」
そうでした。カイの家名は使えないんだった……。
僕は、領地の名称を急いで考える。
「カイ領?」
「「「「「それは無しで!」」」」」
僕がポロリと漏らした言葉に、皆が全否定してきた。
「名付ける名に困るのでしたら、別の者を。それに、フーカ様に手を上げたことのある私が領主になるのは不適切です」
カイがここぞとばかりに領主を拒んできた。
「「「「「却下!!!」」」」」
僕と同時に、イツキさんとマイさんだけでなく、シャルたちまでが声を揃えて返事をする。
皆から意見を却下されたカイは、再びガックリと肩を落としてしまった。
しかし、領地に何かしらの名前を付けなければならない。
そして、よく考えてみたら、カイが領主になると、リンスバック家が二つの領地を持つことになってしまう。
そのあたりもうまく誤魔化したい。
僕が悩んでいると、マイさんがポンと手を叩いた。
彼女が、変なことを言い出さないように祈る。
「カイは、お母様の孫なんだから、ツグモリの姓をもらったらいいわ」
彼女が珍しく妙案を言い出した。
「それはいいですね。フーカ様の親戚にもあたりますし、リンスバックから改名したとしても、お母様の姓ですから、カイが名乗ってもおかしくはありません」
イツキさんも喜んで賛成する。
僕も皆もウンウンと頷き賛成だった。
しかし、領主にさせられ、苗字まで変えさせられたカイだけは愕然とし、落ち込んでしまっている。
仕方がないことだから我慢して欲しい……。
ふと、僕はあることを思い出した。
ツグモリの家名を名乗っている者は、他にもいる。
「ヒーちゃんって、苗字がツグモリだけど、カイが名乗っても問題ないかな?」
皆も、そのことを思い出して、お伺いでも立てるような表情で、ヒーちゃんを見る。
「カエノ様のお孫さんにあたるので、かまわないです。ただ、ツバキ様やシズク姉様、他の神使たちもツグモリを名乗っているので、カイさんには頑張って欲しいです」
「「「「「……」」」」」
ヒーちゃんからの爆弾発言に、僕たちは言葉を失う。
そして、カイの顔は青ざめていく。
「そんな恐れ多い家名など、継げません!」
「「「「「却下?」」」」」
「なんで、疑問形なんですか!?」
「「「「「……」」」」」
僕たちは、カイの意見を却下したが、皆、疑問形になってしまった。
しかし、そこはカイに悪いことをしてしまったのではという思いやりからなので、察して欲しい。
その後は、押し黙ったまま、誰も言葉を発することは無かった。
そして、カイの名は、『カイ・フォン・ツグモリ』に改名された。
今後、ボイテルロック領をツグモリ領とし、領主として任命されたカイに任されることとなる。
カイがとてつもなく落ちこんでいる。
見ていて気の毒になり、声を掛けることにした。
「カイ、大丈夫? 普通は喜ぶところだと思うんだけど?」
「大丈夫じゃありません。まだ、他国との続くというのに、私だけ戦場から離れることになるなんて……。今の私には、戦場でしかフーカ様の役に立てることがありません。これでは役に立てません」
うわー、かなり思いこんじゃってる。
「そんなことはないよ」
「そんなことはあります。それに、身分不相応ともいえるツグモリと言う名まで継がされて、私はどうしたらいいんですか!?」
うーん。確かにこれは混乱しても仕方がないのかな?
僕とカイをよそに、イツキさんとマイさんのはしゃぐように喜んでいる姿が目に映る。
カイの気持ちは分かるが、今さら変更はできないよ。
「カイ、ツグモリの家名は、そんなに気にしなくていいよ。シズク姉ちゃんはともかく、ツバキちゃんは、そんなにたいそうな神様でもないし、神と言っても疫病神みたいなものだから」
「疫病神だろうと、神は神です」
「マイさんが女神だったら、恐れ多いと思う?」
「いえ、それは絶対にないです」
「ちょっと、そこー! 聞こえてるわよ!」
「イツキさん、そこの人を黙らせて」
「はい」
「ちょっ、お姉様? 何を……ムグ、ムゥムゥ、ムモー」
イツキさんは、マイさんの頭に布袋をかぶせて締めあげてしまった。
よし、静かになった。
「ツバキちゃんも、あれと大差ないから大丈夫だよ」
僕が布袋をかぶっているマイさんを指差すと、カイは顔を引きつらせる。
「それに、ツグモリと言っても、カイが継ぐツグモリは、カエノお婆ちゃんの旧姓のツグモリだから、僕の姓であるモリ家の親戚であるツグモリなんだけど嫌かな?」
「いえ、それは嬉しいですが……」
「それに、そこまで僕に忠義をたててくれるカイだからこそ、信頼してここの領地を任せられるんだ。他にもここをカイに任せたい理由は、ハウゼリアとの全面戦争になる前にここを統治して、繁栄させておいて欲しいんだ。ハウゼリアとの戦いが始まれば、初めにシュミット王国と戦うことになる。その時に、このツグモリ領が前線へ補給を送るための要になると思うんだ」
「そこまで考えてのことだとは知らずに、わがままを言ってしまいました。申し訳ありませんでした」
「いや、そんなことはないよ。いきなり大役を任されれば、躊躇するのは仕方ないから、気にしないで。このツグモリ領のことは頼むね」
「はっ、必ず立派な領地としてみせます」
彼は納得して、全てを受け止めてくれた。
これで領地と領主の問題は解決した。
少しややこしいことにもなったが、丸く収まって良かった。
後はエラン領へ向かう準備を急ぐだけだ。
ふと、ヘルマンさんたちに視線がいくと、彼らの顔が青ざめていた。
「ヘルマンさん、どうかしましたか?」
「いえ、我々は何も聞かなかったことにします。お前たちもいいな!?」
「「「「「はい!」」」」」
しまった!
ヘルマンさんたちがいることを忘れて、神様だのなんだのと、ベラベラと話しすぎてしまった。
まあ、聞かなかったことにしてくれるって言ってるし、問題ないよね。
僕は一人で納得して完結させた。
いつの間にか、日も傾き、夕暮れになってしまった。
ヘルマンさんたちは、実りある話しが出来て良かったと満足そうな表情で、カーディア議会国へと戻っていく。
「我々は、カーディア正統帝国の南側から北上するように侵攻しますので、よろしくお願いします」
帰り際に、ヘルマンさんは小声でつぶやいた。
「分かりました。よろしくお願いします」
僕も小声で返事をする。
僕たちは、彼らがバリケードの向こう側に消えるまで見送ると、エラン領へ向かう準備を急ぎだす。
翌朝、ヘルゲさんは、カイのために部隊を少し残して、隣のシュナ領軍と合流するため、出発していった。
僕たちは彼らを見送ると、自分たちも出発するために急ぐ。
そんな中、カイが少し心細そうな表情をしていた。
彼にイツキさんが近ずく。
僕はやっぱりお母さんなんだなと、二人を温かく見守る。
「カイ、不安でしょうし大変だと思いますが頑張りなさい。ネネにも領地が安定するまで、兄を手伝うように言い聞かせておきますから、安心なさい」
イツキさんの言葉に、彼は喜ぶのかと思いきや、徐々に顔が引きつっていく。
よく考えてみれば、ネネさんもモリ家やツグモリ家の血を引く女性だった。
彼女に仕切られて、あごで使われているカイの姿が容易に浮かんでしまった。
僕は何も見ていない、聞いていない。
これは彼のプライドのために仕方がないことだ。
僕はその場を離れ、皆が出発できる状態になっているところへ合流すると、遅れて、イツキさんも合流した。
そして、僕たちはエラン領へ向けて出発するのだった。
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