86話 ネネの能力
城門の前に残された僕たちは、しばらく動けないでいた。
……。
誰も言葉を出せずに、気まずい時間だけが続く。
この状況の雰囲気に耐えられなくなったシャルたち皆が、僕の背中を押してくる。
ズルズルとフリーダさんとイーロさんの前に押し出されていく。
何で、アスールさんとルビーさんたちも加わっているの?
君たちの関係者でしょ……?
「そんなに押してこないでよ」
「フーカ様、ここは王として、ビシッと決めて下さい」
「いつもは、僕が王だなんて、微塵も思ってないくせに」
「そ、そんなことは……ないです。たぶん……」
レイリアは、途中で顔を逸らした。
何で、そこで顔を逸らす。
それに、たぶんって言った!
そもそも、護衛のレイリアが、僕の背中を皆と一緒になって押してるのもおかしいと思う。
仕方ない……。
僕は、フリーダさんとイーロさんに話しかける言葉を考える。
「あのー。僕はユナハ国で国王をやらされているフーカ・モリ・ユナハと申します。お二人はどういったご用件で、こちらへ?」
「これは、申し訳ありません。私はイーロ・エスコラ。こちらはフリーダ・エランと申します。我が国の女王とその臣下が、ご迷惑をおかけしております」
二人は、僕に向かって膝をついた。
「そんなにかしこまらないで、お立ち下さい」
二人は頭を下げてから立ち上がる。
「私は、ルビー陛下とネーヴェを、フリーダは姉のアスールに話しをしに来ました」
「そうですか。さあ、どうぞ!」
僕は、アスールさんたち三人を引っ張り出して、彼らの前に立たせた。
「「「裏切り者ー!!!」」」
僕は横を向き、素知らぬ顔をする。
当たり前だ。これ以上、僕が矢面に立たされてたまるか!
イーロさんは、ルビーさんとネーヴェさんの前にズンと立ち、フリーダさんは、アスールさんの前に、指をポキポキと鳴らしながら立つ。
三人は、真っ青な顔で直立不動し、ピクリとも動かない。
天敵の気配に気付いて固まるリスを連想してしまう。
そして、それぞれのお説教が始まったので、僕は後ろに下がって見守ることにした。
お説教が終わると、イーロさんとフリーダさんが僕のところへと向かってくる。
今度は、僕がお説教をされるのではと、警戒してしまう。
「「ユナハ国王、お見苦しいところをお見せしました」」
二人は頭を下げた。
僕は、呼ばれ慣れていない『ユナハ国王』と言う言葉に、身震いがする。
「いえいえ、気にしないで下さい。それよりも、フーカと呼んで下さい。その、ユナハ国王と呼ばれると、何だかむずむずしてしまって落ち着かないので」
二人は、キョトンとした顔を見せてから、笑顔をで頷いた。
「なるほど。ルビー陛下がフーカ陛下を気に入った訳が分かった気がします」
「できれば、陛下もちょっと……。それも、むずっとするので……」
今度は二人に笑われてしまった。
だが、失礼な感じもバカにされている感じもなく、心を許してくれたような笑いだった。
ギー。
再び扉が開き、ネネさんが、ヒョコっと顔を出す。
「何だか、楽しそうですね」
彼女の不思議そうな表情を見ていると、こんな感じのお話しがあったなと、天岩戸の神話を思い出す。
「よく考えたら、今はフーカ様が私たちの王だということを忘れてました。ごめんなさい。ということで、玄関先で騒がれてもご近所迷惑ですから、皆さん、中へお入り下さい」
ご近所って……。
それに、自分の国の王を忘れるなんて……僕だから?
悩ましい。
◇◇◇◇◇
僕たちが会議室へ案内されると、中ではベンさんとイツキさんが待っていた。
二人は僕への挨拶を済ませると、皆へも挨拶をしていく。
その間に、僕はネネさんに頼んで、まだ待機している衛兵の兵士たちに、クーデターは防げることが出来たので、それぞれの持ち場へ戻る指示を出してもらう。
挨拶が終わると、各々が用意された席へと着く。
まずは、ベンさんにチャド・フォン・アドラムとマシュー・フォン・ベイツが死亡したことを伝え、アドラム家とベイツ家へその旨を伝える使者を出してもらう。
そして、カイの取り巻きだった貴族と騎士たち、チャドとマシューに付いて来た貴族たちは、名前も知らないが、その家族にも死亡の報せを出してもらうように頼んだ。
ベンさんは、兵士として参加した身元の分からない者も全て調べ、その家族への報せも出してくれると気を利かせてくれるのだった。
僕の頼みごとを言い終えると、ベンさんとイツキさんが、クーデターを阻止してくれたことのお礼を僕に述べてくる。
何もしていないことに気まずくなった僕は、二人に向かい、真剣な表情をする。
「今回のクーデターですが、こちらにいるイーロさんとフリーダさん、そして、そのお連れの方々によって、全部、掃討されてしまいました。僕たちは、最初にちょこっと手を出しただけで、見ていただけです。なので、お礼はイーロさんたちに言って下さい」
「「……」」
二人は、キョトンとしてしまったが、少し経つと思考が回復したのか、イーロさんたちにお礼を述べる。
一〇人であの大群を掃討したのだから、二人の思考が止まるのも無理はない。
「えーと、イーロ様たちがクーデターを阻止したのでしたら、フーカ様たちは何しに来たんですか?」
「「「「「……」」」」」
イツキさんに痛いところをつかれ、僕たちは言葉を失う。
「本当に、僕たちは何をしに来たんでしょう? ……アハハハハ」
「不思議ですね。それにしても、相変わらず、フーカ様たちは面白いですね。……フフフフフ」
僕が笑って誤魔化すと、彼女も笑って返してくる。
シャルたちも顔を引きつらせながら笑いだす。
室内には社交辞令のような笑い声が、しばらくの間、続くこととなった。
僕から頼まれたことを済ませたネネさんが、戻ってきた。
彼女は、衛兵たちにクーデターが解決したことを報せただけでなく、リンスバック軍の主力部隊とカーディア市にも報せを送ってくれた。
クーデター騒ぎは、これで終わったが、背後関係は分からず、さらに僕たちは何もしていないので、不完全燃焼のような何とも言えぬ思いがする。
しかし、これで僕たちも安心して、アンテス領へと向かえる。
一応、二人には伝えておこう。
「ベンさん、イツキさん、マイさんがアンテス領へ勝手に侵攻してしまったので、マイさんと会ったら、お説教をお願いします」
「……」
「……は、はい。かしこまりました。あの愚妹には、お仕置きも付けますわ」
ベンさんは、黙ってうつむき、イツキさんは、頬をヒクヒクとさせ、指をコキコキと鳴らし始める。
彼女の様子に、僕まで息をのんでしまう。
肝心な事を言い忘れていた。
「あのー、戻ってくるリンスバック軍に、僕の課題を渡してあるので、カエノお婆ちゃんに日本へ持って行ってもらって下さい。お願いします」
「あっ、えーと、お婆様は……もう、日本に戻ってしまいまして……」
「「「「「えっ!?」」」」」
ネネさんの返事に、僕だけでなく皆まで驚愕する。
「フーカさんが……クズに……」
「フーカ様のクズのために、頑張ったのに……」
シャルがボソッとつぶやき、アンさんが肩を落とす。
だけど、アンさんの言い方はおかしいと思う。
それだと、僕はすでにクズだ……。
僕たちの戸惑う表情を見て、ネネさんがうつむくように考え込む。
「もし、良かったら、私が届けましょうか?」
そして、顔をあげたネネさんが、カエノお婆ちゃんの代わりに届けてくれるらしい。
「本当ですか? ネネさん、お願いします」
「分かりました。最近、下着のサイズが合わなくなったので、カザネ様と買いに行く約束をしてますから、そのついでにツバキ様へ渡してきます」
「ありがとうございます。助かります」
僕は心底、ホッとした。
シャルたち皆の表情も和らいでいる。
これで、留年をしなくて済む。
心配事が減ったというのに、彼女の言葉が、何故か腑に落ちない。
ん? おかしい。
姉ちゃんと下着を買いに行くと言っていたような……?
「ネネさん? 姉ちゃんと買い物に行くんですか?」
「そうですよ」
「ネ、ネネさん……。日本へ行けるんですか?」
「はい、目覚めました!」
「……??? 目覚めたって? 何を……?」
「ネネ、それでは伝わりません。フーカ様、最近のことなのですけど、お母様の忘れ物をネネが手渡したら、一緒に日本へ行けてしまったんです。それからは自由に行き来できてます。ツバキ様たちも驚いていたそうです」
「「「「「……」」」」」
僕たちは、イツキさんの説明に言葉を失った。
ツバキちゃんたちにも想定外のことらしい。
「フーカ様も鏡を割らなければ、向こうとこちらを自由に行き来できてたのに、大変ですね」
ドヤ顔のネネさんから、他人事のように同情されると、とても悲しくなってくる。
「ちょっと待って! それなら、僕とネネさんが手をつないで転移すれば日本へ帰れるのでは?」
「無理です。ネネが目覚めたと言ったのは、転移の能力なんです。私たちも試したのですが、物は一緒に運べても、人や動物は無理でした」
「「「「「!!!」」」」」
僕たちは、イツキさんからネネさんの能力を調べたことを聞かされ、さらに驚愕する。
この話しは、ここまでにしたほうがよさそうだ。
僕の事情を教えてあったアスールさんとルビーさんたちでさえ、顔が引きつっている。
そして、フリーダさんとイーロさんたちの顔は青ざめていた。
「えーと、次はフリーダさんとイーロさんの話しをしてくれますか?」
僕が声を掛けると、二人は戸惑った表情を浮かべた。
「あの、転移って聞こえたのですが、それって、召喚魔法と同等、もしくはそれ以上の難易度の高い魔法ですよね……」
「私の知る限りでは、神々に近しい存在の方々のみが扱える魔法なのですが……」
フリーダさんとイーロさんは、自分たちのことよりも転移のことで困惑したままだった。
仕方なく、二人には、イーリスさんとミリヤさんが懇切丁寧に、僕とヒーちゃん、リンスバック家のことを説明した。
イーリスさんとミリヤさんの話しが終わると、フリーダさんとイーロさんたちは、強張った表情で、何かを確かめるように僕を見たり、ルビーさんたちを見たりしていた。
そして、彼女たちは、僕とヒーちゃんを見て怖がり出す。
さすがに、その反応は、いくら僕でもちょっときつい……。
ヒーちゃんも悲しそうな表情でうつむき、怖がられたことが、かなりショックだったようだ。
ケイトが、僕とヒーちゃんの現状を察してくれたのか、こちらに向かって親指を立てると、フリーダさんたちのそばに立つ。
「フリーダ様たちが恐れるのは分かります。ですが、それはお二人に、とても失礼です。お二人を良く知ってあげて下さい。フーカ様なんて、一人じゃ何もできないクズになりかけのただのクズ……じゃなかった、ただのスケベ……でもなくて、ただのフーカ様なんですよ! 怖がるだけバカらしいですよ!」
「ケイト! ちょっと待ったー! それ、なんか違うよね!」
「何、言っているんですか! 私はフーカ様のありのままを話してますよ! そうですよね、シャル様」
彼女はシャルに同意を求めると、シャルだけでなく、皆も腕を組み、ウンウンと頷きだす。
「そして、ヒサメ様は、見かけも可愛いですが、少しおっちょこちょいのところが、さらに可愛いですよ! それに、頭がとても良く、知識人です。他にも、神使なのにゴーストやゾンビなどのアンデッドが苦手なところも魅力です!」
僕がしょんぼりしているのを無視して、彼女はヒーちゃんのことを語り、フリーダさんたちに自慢げな表情を見せる。
彼女の意味の分からない力説に、フリーダさんたちはキョトンとした表情を浮かべていた。
そして、シャルが笑いだすと皆もつられるように笑いだす。
会議室は、しょんぼりする僕と顔を真っ赤にして恥ずかしがるヒーちゃんを残し、和やかな雰囲気へとなっていくのだった。
会議室の空気が和らぎ、フリーダさんとイーロさんたちからも強張った表情が消えた。
少しどさくさに紛れた感じになるが、今の雰囲気の間に話してしまおう。
「フリーダさん、お願いがあるんですけど、聞いてもらえますか?」
「なんでしょうか?」
「ユナハ国にエラン領が出来ることになって、そこの領主を、アスールさんの妹であるフリーダさんがやってもらえませんか?」
「そんなことですか。……えっ?」
フリーダさんは、急に困った表情を浮かべ、首を傾げて悩みだす。
その横ではイーロさんも驚いていた。
他国の者に領主をお願いするなんて、非常識だし、他国の人材をスカウトしているようなものだと思うけど、うちの国には人材が足りない。
それに、アスールさんに任せるのだけは、色々な意味で避けたい……。
「ルビー陛下、フリーダは我が国の民ですが、よろしいのですか?」
「かまわん! イーロ、エラン領はアスールが領主になるかもしれんのだ。もし、そうなったら、我が国の恥になるやもしれん……」
ルビーさんはイーロさんに向かって苦笑する。
彼女の横では、ネーヴェさんも苦笑し、黙って頷く。
「フリーダ、このお話しを受けたほうが良い。いや、受けるべきだ」
イーロさんの態度に、アスールさんを領主候補から外して良かったと、つくづく実感した。
「えっ? しかし……」
いまだに悩むフリーダさんを見て、ルビーさん、ネーヴェさん、イーロさんの三人が彼女のそばに行き、ゴニョゴニョと耳打ちを始める。
「わ、分かりました。このお話しをお引き受けします。フーカ様、これからよろしくお願いします」
彼女が即決した。
三人は何を話したのだろう?
何となく予想は着くが、考えないことにしよう……。
「フリーダさん、エラン領のこと、よろしくお願いします」
「はい、かしこまりました」
これで、エラン領の件は解決だ。
偶然にもフリーダさんがリンスバック領を訪れていたおかげで、早く解決できた。
その後、フリーダさん、イーリスさん、ベンさん、イーロさん、ネーヴェさんの五人が一ヶ所に集まり、ユナハ国の方針や法律などを踏まえた話しがされていた。
たまに、僕の耳にまで聞こえた会話から、イーロさんがユナハ国に興味を持っていることが分かった。
五人での話しが終わり、彼女たちが戻って来る。
あとは、明日に備えて休むだけだ。
しかし、イーロさんがルビーさんとネーヴェさんの前に立つ。
そして、二人へのお説教を始めだす。
「「また!?」」
「当たり前です。あの程度で済むと思っていたんですか?」
「「……」」
二人は、うんざりした表情を浮かべてうなだれた。
その様子を見たフリーダさんは、ニッコリと微笑みながらアスールさんに近付く。
こっちも、再びお説教を始めるようだ。
「フーカ様もこちらへ」
「へっ? 僕も?」
「当前です。私は親族なのに、二人の結婚式に呼ばれなかったんですよ」
僕がアスールさんを見ると、彼女はサッと顔を逸らす。
ま、巻き込まれた……。
そして、フリーダさんの長いお説教を受けることになってしまった……。
お説教が終わり、皆で夕食を済ませると、会議室に絨毯が運ばれ、女性陣は、その上で和気あいあいとおしゃべりをしていた。
僕は、どこの世界でも、女性はこういうのが好きなのかなと思いながら、彼女たちを眺めた。
「ネネさん、ここにサイズを書いておいたので、私の下着も買ってきて欲しいのですが、いいですか?」
「はい、分かりました」
ネネさんは、ヒーちゃんがこっそり渡した紙を確認してから、丁寧にしまう。
すると、女性陣が、一斉にネネさんに群がった。
彼女たちは輪になって、ヒソヒソと話し出すと、僕とそばにいる男性陣を見てくる。
そして、まとまって部屋を出て行ってしまった。
部屋に残されたのは、男性陣とイツキさんだけだった。
僕の横では、カイがベンさんとイツキさんを気にしている。
明日には、カーディア市へ帰ることになる。
僕はカイに、ベンさんとイツキさんの二人と話してくるように勧めた。
彼はためらっていたが、僕は話せる時に話しておくようにと説得し、二人のもとへと送り出した。
そして、イーロさんとたわいのない話しをしながら、カイたち親子を微笑ましく眺める。
女性陣が戻って来ると、シャルとヒーちゃんが、ネネさんをカイたちのもとへ送り出し、僕のところへと来る。
ネネさんが加わり、親子四人で団欒を始める彼らを見て、僕は心が安らぐ感じがした。
翌朝、僕たちは、イツキさたちに別れを告げる。
ネネさんには、課題を忘れずに持って行ってと念を押しおく。
すると、女性陣からも買い物リストのことで、彼女は念を押されていた。
そして、僕たちは、カーディア市へ向かって飛び立つ。
イーロさんたちも付いて来てくれることになり、レッドドラゴンを先頭に、ホワイトドラゴン、ブラックドラゴン、ブルードラゴンの編隊は、リンスバック城の上空を旋回してからカーディア市の方向へと向かうのだった。
ふと、横を見ると、アスールさんが僕の傍らにいた。
何でいるの……。
彼女の存在に気付いたシャルたちも驚く。
そして、僕たちはアスールさんを囲んで隠すと、ルビーさんの背で、生きた心地がしない状況に耐え続けるのだった。
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