78話 生涯最大のピンチ
僕たちは、レクラム領首都カールエンドの市民に、今後、この領がユナハ国の領地になることと共に、領主だったオイゲンの死亡と、今日までにいたった経緯を話した。
この役目は、シャルとイーリスさんが担ってくれた。
シャルの存在が市民の理解を得るのに大きく働き、騒動が起きることもなく、市民の多くが納得してくれたようだ。
そして、マイさんとアンさんを中心に、レクラム領内でカーディア帝国側についている者の洗い出しが始められた。
この件は、警察省長官と国防情報省長官である二人の仕事でもあるので、任せることにする。
あとは、レクラム領をどうするかを皆で話し合い、ここをシュナ領に改名して、領主にアレックスさん、補佐役にダーフィットさんを任命し、領の内政を任せることで意見がまとまった。
そして、二人に使者を送り、こちらに来てもらうように手配をした。
アレックスさんたちが到着するまでは、僕たちで領主の代わりをしなければならないので、ここから立ち去るわけにもいかない。
そのため、僕たちはしばらくの間、ここに滞在することとなった。
しかし、城はレイリアが斬っちゃったので、修復工事中。
そこで、逃げ出した貴族が使っていた屋敷に滞在し、そこを城の代わりに使うこととした。
その屋敷の広い一室を会議室にし、僕たちは集まっていた。
そこへ兵士が、今回の戦いの被害報告を持ってくる。
ヘルゲさんは、受け取った報告書を広げ、中を読む。
「今回、我が軍にも負傷者が出てしまいました」
とうとう出てしまった。
でも死者が出なくて良かったと思う。
「その人たちは重症なの?」
「いえ、軽傷ですのでご心配なく」
「そうなんだ。良かった」
僕は胸をなでおろすが、ヘルゲさんは困った表情を浮かべている。
「しかし、敵軍との交戦での負傷ではなく……。その、城が崩れた際に、城内を調べていた者が、巻き込まれて負傷しております。ですから、味方の攻撃で負傷したことになります……」
その報告を聞いて、僕とレイリアは青ざめる。
そして、皆から送られる視線が痛い。
「その者たちには、治療と危険手当の報酬をお願いします」
シャルはそう言って僕たちを見た後、溜息をつく。
「「ごめんなさい」」
僕とレイリアは、負傷した人に申し訳なくて、素直に謝った。
初の負傷者を、自分たちの手で出すとは、思ってもみなかった……。
話しは次の問題に移った。
それは、ここから先、ボイテルロック領と帝都のどちらへ侵攻するかだった。
帝都に侵攻したほうが手っ取り早いし、リンスバックとガイハンク国との挟撃も望めるのだが、カーディア市の城壁の外にできたスラム街が軍を展開させるのに邪魔なのだ。
そして、宰相たちがボイテルロック領に逃げ込み、態勢を立て直す可能性もある。
一方、ボイテルロック領に侵攻すれば、占領したとしてもカーディア帝国との戦争は、帝都を落とすまで続く、そして、カーディア正統帝国とカーディア新帝国の二国とも隣接することになり、そちらへの注意も払わなければならない。
僕たちは、どちらに侵攻したものかと悩み、決めかねていた。
「あのー。侵攻先の問題とは少し違う話しですけど、いいですか?」
ヒーちゃんが手を挙げる。
「どうぞ!」
シャルは微笑んで、彼女の発言を許す。
「フー君の提出課題の期限を考えたら、帝都へ侵攻してリンスバック軍と合流し、カエノ様に課題を渡さないと、間に合わなくなります」
「「「「「……」」」」」
彼女の言葉に、誰もが声を出せず、僕を見つめた。
「えーと、ヒーちゃん。そんな理由で侵攻先を決めるのは、ちょっと問題があると思うけど……」
「今、八月です。新学期は九月です。九月に、一学期の範囲を学習していた証拠と、夏休みの課題を提出しないと留年が決定します」
「!!! 帝都へ進攻しよう!」
彼女の言葉で、僕の意思は決まった。
「「「「「!!!」」」」」
皆は驚き、口をパクパクさせている。
「そんな、フーカさんの個人的な理由では決められません。もっと、よく考えてから決めないと」
シャルが口火を切ると、皆も頷く。
た、確かにその通りなんだけど、僕の生涯最大のピンチなんだ……。
「シャルちゃん。やむを得ないのなら、私もこんなことは言いません。ですが、フー君の場合は、すでに課題を渡され、それをこなす時間もありました。課題を終わらせていれば、カエノ様に課題を送れば良かったのですが、まだ終わらせていないので……」
ヒーちゃんは、眉間に皺をよせ、困った表情をする。
「フーカさん、その課題はどうしたのですか?」
「持ってきてはいるけど……その……。まだ終わってません……」
シャルと皆が頭を抱えた。
「自業自得です。諦めて下さい」
シャルは、僕にビシッと言い渡す。
うっ、そ、そんな……。
「シャルちゃん、フー君の場合は、ツバキ様たちが留年させないようにと手を打ってくれたのに、遊び惚け、勉強をさぼっての留年になるので……。残念なことに、日本では、色々な意味でバカだと認識されます。分かり易く言うと、ユナハ国の国王は日本に戻ったら、指をさされて笑われるレベルの人ってことになります」
ヒーちゃんの深刻な表情に、皆も息をのみ、僕を見つめる。
そして、再び頭を抱えた。
「ヒーちゃん、それは、その、恥ずかしくて表を歩けないレベルだったりするのですか?」
シャルは、恐る恐るヒーちゃんに尋ねた。
「こんなことは言いたくないですけど、ヨン君くらいの歳のお母さんが、「勉強しないで遊んでばかりいると、あそこの家のお兄ちゃんみたいになっちゃうわよ」と子供を諭すのに使われるレベルです」
シャルは僕を睨みつける。
そして、落胆した。
「分かりました。侵攻先は帝都にします。フーカさんは、それまでに課題を終わらせること! いいですね!」
「は、はい! 頑張ります!」
シャルの気迫に、僕は背筋を伸ばして返した。
僕は、急いで執務室として与えられた部屋に戻り、課題の入った箱を探したが見つからない。
もしかして、どこかに忘れてきた……。
僕は青ざめる。
バンッ。
扉が勢いよく開かれ、怒った表情のヒーちゃんが、アンさんとオルガさんを連れて飛び込んできた。
「フー君! 何で、課題の入った箱が、荷馬車に積まれたままなんですか!? 今、どこまで進めたんですか!」
興奮状態のヒーちゃんを、初めて見た気がする。
「えーと、箱を覗いたところまで……」
ピキッ。
ヒーちゃんの額に、青筋が浮き上がった。
そんな光景も初めて見た。
そして、とても怖い。
「それって、何も手をつけていないじゃないですか!」
彼女は身体をフルフルと震わせ、その背後には、怒りの炎がユラユラと見える気がする。
「ご、ごめんなしゃい! やります! すぐに始めます!」
僕は彼女の怒る姿に驚き、少し噛んでしまったが、何度も彼女に頭を下げた。
アンさんとオルガさんが、机の脇に置いた課題の入った箱を開く。
そして、箱の中に入っていた参考書と問題集を机に山積みにし、勉強を始めた。
ヒーちゃん、アンさん、オルガさんの三人は、椅子を机の正面に置いて座ると、僕がさぼらないように監視を始める。
ご、拷問だ……。
最初は順調に進んでいたが、途中から分からなくなっていく。
「うーん。んん? うーん」
僕が悩みだすと、ヒーちゃんが覗き込んでくる。
「どこか分からないところがあるんですか?」
「うん。こことここのところが……」
彼女は僕に身体を寄せてきて、シャーペンを握ると、解き方を書いていく。
いい匂いがして、彼女からの温もりが伝わるとドキドキする。
「あのー。聞いていますか? こうすればいいんです。それと、ここのところをよく覚えて下さい」
そう言って、参考書に印をつけてくれた。
「うん。き、聞いてるよ。ありがとう」
僕は彼女に教わった通りに解いていく。
「で、出来た!」
彼女の顔を見ると、ニコッと微笑んでくれた。
可愛い!
彼女に褒められたくて、どんどん問題を解いていく。
そして、分からなくなると教えてもらう。
ファルマティスに来ないで、日本での生活を続けていたら、きっと、ヒーちゃんと勉強会をして、こんな時間を過ごしていたのかもしれない。
僕は、そんなことを思いつつ、青春の一ページを満喫する。
問題集を終わらせていっても、目の前に積まれた問題集の山は、なかなか減らない。
これを全部終わらせないと留年。
しかし、目の前の山は、僕のやる気をそいでいく。
留年だけは免れなければ! 同級生を先輩とは呼びたくない! 生涯最大のピンチを打破するんだ!
僕は頭を大きく振って、集中モードに戻ると、参考書で調べ、そこにマーカーで線を引き、ひたすら問題を解き続けるを繰り返す。
数学の問題を解いていると、また、分からないところが出てくる。
参考書のページをめくり調べるが、どう解くのかが見つからない。
「フーカ様、それって、これを代入するんですよ。それと、こことここの計算が間違えてますよ」
いきなり、指で示してくるケイトに驚いて、顔を上げると、机の前に座ってお茶をすするシャルもいた。
二人が来ていることに、まったく気付かなかった。
「本当に? ケイトに分かるの?」
「なっ! 失礼な! それくらい、私にだってわかりますよ!」
僕が疑いの目で彼女を見つめていると、ヒーちゃんが覗き込んで確認する。
「ケイトさんの言う通りです。計算も間違ってます」
ヒーちゃんの言葉に、僕はショックを受けた。
そして、フフーンと胸を張るケイトのドヤ顔がむかつく。
シャーペンの先端で、その突き出している胸を突いてやろうかとも思ったが、解答を間違えていたのは僕なので、今は我慢をする。
何故か、僕に教える教師がヒーちゃんとケイトの二人に増えた。
ケイトに教わるのは、釈然としないが、僕よりも頭がいいのは事実だった。
く、悔しい……。
再び、集中モードに突入して勉強を続ける。
すると、社会科で悩むとイーリスさんが、国語で悩むとミリヤさんが教えてくる。
二人も、いつの間にか部屋へ来ていた。
何故、二人は問題が解けるんだ?
そして、母国語と社会科を他国……他世界の人に教えられる僕って……。
さらに驚かされたのは、その後に現れたレイリアだった。
彼女は、僕の勉強内容とは関係なかったのだが、都道府県別に、どこが何を生産しているかなどと自慢げに話し出すのだ。
そして、全て当たっていた。
ただ、残念なことに全て食べ物だった。
それでも、僕より詳しい彼女に対して、ショックと悔しさが沸き上がる。
日本のことを、皆が詳しいことに疑問を抱いたので、尋ねてみると、パソコンで気になることを調べているうちに憶えたそうだ。
その手があった!
僕はゴソゴソとフラッシュメモリを漁り、使えそうなものを探していると、ヒーちゃんに取り上げられてしまう。
恐る恐る彼女の顔を見ると、怒っていました。
それも、氷のような冷たい目をして……。
僕は渋々とだが、シャーペンを持ち直し、問題集に取り組む。
それなのに、部屋には主な面々が揃い、僕の監視という名目で団欒をしている。
レイリアは、そんな面々に対して、僕よりも自分のほうが詳しかったと自慢をしていた。
そして、将来は、『グルメハンター』か『食材ハンター』になると豪語し、わいわいがやがやと騒いでいた。
あの食いしん坊は、意味を分かっていっているのだろうか……?
それにしても、人が勉強しているのに、うるさい。
こんな時まで、わざわざ僕のところに集まらなくてもいいのに……。
◇◇◇◇◇
数日は過ぎただろう。
しかし、何日が過ぎたのかは分からない。
僕は日付の感覚が麻痺していた。
何故なら、眠くなると、ケイトとミリヤさんの治癒魔法で強制的に復活させられていたからだ。
栄養ドリンクよりも効き目は抜群だった。
そして、魔法の便利さを再認識するが、拷問でしかないとも思うのだった。
そんな数日を繰り返し、一学期の学習範囲を終わらせた。
「ヨシッ! これで、生涯最大のピンチは乗り越えた!」
僕は立ち上がり、感動に打ち震える。
「フー君、二学期の分はこまめに終わらせておかないと、二度目の生涯最大のピンチを迎えることになりますよ」
ヒーちゃんの言葉に、意気消沈する。
この時ぐらい喜ばせて欲しかった……。
コンコン。
僕の課題が終わったことを見計らったようにドアが叩かれ、アレックスさんたちの到着が告げられた。
ちょうど間に合ったようだが、僕の休める時間は無くなった。
アレックスさんとダーフィットさんの二人と面会し、レクラム領をユナハ国シュナ領へ改名し、その領主をアレックスさんに頼む。
そのことは、使者から伝わっているはずだが、彼は、兄のエトムントのことを引きずっているようで、それは、ダーフィットさんも同じだった。
二人とも消極的で、一時的に預かるが、全てを成し終えた時には、他の者を任命して欲しいと進言される。
僕は少し悩み、「シュナ家に関わる人たちは、エトムントの件で、もう懲りているはずだよね。そんな人たちなら、今後は同じ過ちを犯さないでしょ」と言葉を掛けると、二人は平伏し、嗚咽を漏らしながら、必ず立派な領にしてくれると誓ってくれた。
彼らが立ち去った床は、少し濡れていた。
僕はそれを見て、彼らなら安心して任せられると確信した。
アレックスさんたちにシュナ領を引継ぐと、僕たちは帝都へ向けての侵攻を、今、始めようとしていた。
そこへ、リンスバック領とガイハンク国に、送っていた使者が、返事を持って、戻ってきた。
その内容は、リンスバック軍はトンネルから、いつでも侵攻できる態勢を整え、ガイハンク国も帝都及び周辺の領に対して侵攻できるとの返事だった。
僕は先頭に立ち、拡声器を使って、皆に声を掛ける。
「これから、帝都を落とします。皆さん、安全第一で頑張りましょう!」
「「「「「おぉぉぉー!!!」」」」」
兵士たちから声が上がる。
ちょっと、気持ちいい。
シャルたちのそばへ戻ると、ヒーちゃんが何か言いたげだ。
僕は彼女に向かって首を傾げる。
「フー君。その掛け声では、工事現場です」
彼女は苦笑し、僕は恥ずかしくて顔が紅潮していくのを感じる。
これから大一番なのに、自ら締まらないことを……。
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