77話 占領、レクラム領
僕は、肉の壁にされた人たちの中で、故国へ帰りたい者とユナハ国の国民としてこのまま住みたい者の手配を、イーリスさんに頼むと、彼女は、すぐに手配の準備をしてくれた。
その場にいたリネットさんからも、アルセ市に住みたい者がいるのなら受け入れると、頼もしい言葉ももらえる。
そして、偵察部隊からは、肉の壁のために集められた人を、全て保護した報告を受けた。
それが分かれば、こちらは敵軍を殲滅するのみだ。
僕は、アスールさんとルビーさんたちに、敵陣への爆撃を要請した。
アスールさんたちは、ペスたちワイバーンの装備を見て、拗ねてしまっていたので、ケイトに頼んで、急ぎドラゴン用の装備を作ってもらっていたのだ。
それが、少し前に完成したと報告を受けたので、さっそく、使用することにした。
彼女たちは、ハウゼリア軍が加担していることもあって、ブレスを吐きに行きたいと駄々をこねてもいたので、このドラゴン用の装備は渡りに船だった。
もし、ブレスを吐きまくられたら、この辺一帯が地獄と化してしまう。
僕たちは、カーディア帝国を終わらせたいのであって、滅ぼしたいわけじゃないのだから、ブレスはごめん被る。
アスールさんたち七人は嬉しそうに、意気揚々と部屋を出て行こうとする。
「絶対に、ブレスを吐いちゃダメだからね!」
僕は彼女たちの背に向かって念を押した。
「フーカ、大丈夫だ! ありったけの爆弾をばらまいてきてやるぞ!」
「アスールさん! まだ、使うんだから、全部、ばらまいちゃダメだよ!」
彼女はこちらを振り返ると、残念そうな顔をする。
「そんな顔をしたって、ダメなものはダメだからね! 爆弾を豆まきのようにまかれたら、破産しちゃうでしょ! それと、ルビーさんたちもだからね! 約束を破ったら、グリュード竜王国に請求書を送るからね!」
ルビーさんも顔をしかめて、渋々と頷く。
そして、彼女たち七人は、肩を落として部屋を出て行った。
本当に大丈夫だろうか? 不安になる。
彼女たちが部屋を出た後、少しの間、報告書に目を通す。
オイゲンとクレーメンスには逃げられたようだ。
ハウゼリア聖騎士団も撤退していた。
しかし、ハウゼリア聖騎士団は、陣地に戻っただけのようだ。
アスールさんたちの爆撃で仕留められることを祈ろう。
そろそろ、アスールさんたちが出撃する時間だ。
僕は、一夜城の屋上で彼女たちを見守ることにした。
見ていないと、調子に乗って必要以上のことをしでかしかねないからね。
僕が屋上に着くと、上空をアスールさんたち七頭のドラゴンが敵陣へ向かって通過していった。
大きさといい、爆撃機の編隊にしか見えん……。
ドン、ドン、ドドドドドン――。
彼女たちが敵陣上空に到着すると、黒い塊が無数に落とされ、連続する轟音がこちらまで響き、爆煙があがりだした。
僕は双眼鏡を使って、敵陣の様子を確かめる。
ルビーさんとネーヴェさんがハウゼリア聖騎士団の逃げ場を断ち、彼らを集中的に爆撃している。
器用だな。ってそうじゃない。
ハウゼリア聖騎士団ばかりを集中砲火のように狙わないで欲しい。
爆弾がもったいない……。
ピンポイント爆撃なら、一発ずつ使って欲しい。
「グリュード竜王国への請求書を作りますか?」
僕の横で双眼鏡を覗きながら、ケイトが尋ねてくる。
「今回は、大目にみよう……」
僕とケイトは、双眼鏡を覗きながら溜息を吐く。
アスールさんたちが帰還してくると、交代でグレイフォックス隊が爆撃に向かった。
再び爆撃が開始されると、敵軍は陣地を捨てて、撤退していく。
一〇万以上いた敵軍は、一万から二万といったところまで減っていた。
それは、撤退していく敵軍を見ても、その軍勢に脅威を感じないことからも分かった。
「方角からして、レクラム領首都カールエンドまで撤退するようですね。あそこまで減らされたら、陣地を造って戦力の立て直しはしないでしょう。途中にあるハーデ城塞都市に逃げ込む可能性もありますが、他領からの増援が望めるカールエンドに逃げ込むと思われます」
イーリスさんは、的確なアドバイスをくれる。
「カーディア正統帝国と隣接するハーデ城塞都市は壊さないで、そのまま使いたいね。ハーデに逃げ込みそうにになったら阻止しよう」
「はい」
僕の提案に、彼女は満足そうな返事をする。
そんな僕とイーリスさんのもとに、アスールさんたちが姿を現した。
「こっちに居たのか。いやー。スッキリしたぞ! フーカ、わしの雄姿を見てくれたか? 凄かっただろ?」
彼女はエステ帰りのOLのように、ツヤツヤしていた。
ストレスを発散してきたことが良く分かる。
「うん、見てたよ。爆弾を全て投下したように見えたんだけど?」
「あれ? そうだったか……?」
目が泳ぎまくっている。
「シャルに言って、アスールさんのお小遣いを見直してもらわないとね!」
僕の言葉に、彼女はあんぐりと口を開け、固まってしまった。
ルビーさんとネーヴェさんが、彼女を見て笑っている。
「ルビーさんとネーヴェさんは、ハウゼリアばかり執拗に狙ってたよね」
「あいつらは、目障りだったので壊滅させてやった!」
ルビーさんがドヤ顔をすると、その後ろでは、ネーヴェさんがウンウンと頷き、満足そうな表情を浮かべた。
「ハウゼリアをピンポイントで狙うなら、一発ずつ投下すればよかったよね? 何で、パカパカと大盤振る舞いをしたの? それも、二人がかりだったよね?」
二人の目も泳ぎ出した。
「クレイオ公国とのこともあったので、確実に仕留めたかったのです」
ネーヴェさんが言い訳をする。
彼女らしくもない。
「なるほど。人んちの軍事費を使って、私怨をはらしたんだ」
二人は、氷のように固まってしまった。
「少し、いじめすぎでは?」
イーリスさんが僕の耳元で話す。
「アルタさんたち四人は、ちゃんと半分くらいを残して戻ってきたのに、あの三人は空っぽだったんですよ。もっと、いじめてやって下さいよ」
いつの間にか現れたケイトが、小声で僕に告げ口をすると、イーリスさんも渋い表情に変化してしまった。
「もう、固まっちゃったし、今日はこのぐらいにしてあげよう」
「ハァー。フーカ様は甘すぎますよ」
僕の小声で話すと、ケイトは溜息をつきながら、小声で返した。
僕たち三人は、しばらくの間、固まっている三人を眺めていたのだった。
◇◇◇◇◇
その後、僕たちユナハ国軍は、カーディア帝国軍をレクラム領首都カールエンドまで追い詰めたのだが、ここまで追い詰めるには、とても苦労した。
帝国軍は、首都カールエンドまでの間にある町や村で、食料などを搾取することを繰り返したため、僕たちが立ち寄るたびに、警戒された。
こちらは、近くに宿営するか通り過ぎたいだけなのに、一度、帝国軍によって搾取された人々は、次に訪れた僕たちユナハ国軍からも同じ要求をされると思い、武器を手に応戦の態度を示していたのだ。
武器を持っていたとしても一般人、軍がむやみに手を上げるわけにはいかない。
肉の壁といい、こんなことを思いつく相手に、底知れぬ恐怖すら感じる。
僕たちを足止めするためだけにここまでするかと思うが、効果てき面なだけに腹立たしい。
僕たちは、町や村へ着くたびに、先頭をいく兵士たちからの報告を受け、武器を手にした町民や村民と会って話をする。
そして、毎度、同じ言葉を繰り返す。
「僕たちはユナハ国軍です。我が国では、軍が一般人に危害を加えたり、何かを要求することは禁じています。ですから、あなた方には何もしません。もし、逆に困っていることがあるのなら話して下さい」
この言葉に、何処に行っても食料を別けて欲しいと、申し出をされた。
僕たちは、黙って見過ごすわけにもいかず、食料を分け与え、そして、炊き出しも行うこととなった。
この時、僕がケイトにキッチンカーならぬキッチン馬車を、軍備として頼んでおいたことが功をなした。
しかし、最初に成果を出すのが炊き出しになるとは、僕も予想していなかった。
問題は、こちらの食料が見る見るうちに減って行くことだった。
このままでは、行軍が出来なくなってしまう。
敵の狙いに、このことも含まれているのが、想定できるだけに腹立たしい。
今のままでは敵の思い通りになってしまう。
僕の思いとしては、このまま行軍を進め続けることで、敵の鼻を明かしたい。
そこで、アスールさんたちに、ユナハ国まで食料を取りに行って欲しいと頼んだ。
さすがに、ルビーさんとネーヴェさんには頼めないと思っていたのだが、彼女たちは、自ら手伝いを申し出てくれた。
食料の輸送をする代わりに、爆弾のことは帳消しという条件を提示されたが、もともと許しているので、儲けものだった。
言うまでもなく、アスールさんも条件を突き付けてきて、彼女の小遣いも減らさないと約束した。
彼女たちの働きで、オイゲンが捨てたともいえるレクラム領の一部の領民からは、信頼を得ることが出来た。
そして、彼らは、僕たちの行いを広めることで恩返しをしたいと、申し出てくれる。
彼らの協力は、領主よりも僕たちにつくことを選択してくれた証でもあった。
とても、ありがたいことだ。
これで、首都カールエンドを落とした時に、レクラム領全土をまとめやすくなる。
いくら首都を落とし、オイゲンに勝ったとしても領内に反乱が起きれば、カーディア帝国に勝つことは出来ない。
僕は、彼らの決意に感謝するのだった。
そして、少し日数は費やしたが、首都カールエンドが見える位置に、僕たちは陣地を造った。
もちろん、ここにも一夜城を建てている。
そして、その一室で、僕たちは会議を始める。
「やっぱり、攻めるのは夜のほうがいいよね」
「そうですね。こちらは数で劣っていますから、夜襲がいいと思います」
僕の意見にイーリスさんが賛成してくれると、皆も頷くが、一人だけ不服そうな顔をする者がいた。
「えー。せっかく運んできたのに、アレは使わないんですか?」
ケイトは、窓から見える攻城兵器を指差す。
帝国軍がアルセ市に使うつもりで持ってきたけど、置いたまま退却ししてしまったので、僕たちがもらったのだ。
「うーん。夜襲をするにしても陽動は必要だから、アレは陽動に使おう! その間に、特戦群と特殊部隊がカールエンド市へ潜入し、城門を制圧して開く。そして、本隊が城まで突き進む。その時に、別動隊を用意して、市内に潜んでいる敵兵を制圧する。あと、市民たちに呼びかけて、危害を加えないから表には出ないように説得する部隊も用意しておいたほうがいいね」
「なるほど。それはいいですね。ならば、城門を制圧した後に特戦群と特殊部隊のところへ別部隊を送り、特戦群と特殊部隊には、本隊と一緒に城へ向かってもらったほうがいいでしょう」
ヘルゲさんが僕の提案を捕捉すると、シリウスたち軍属が頷いた。
「うん、そうだね。偵察部隊も本隊と一緒に行って、本隊が態勢を整える間に偵察をしてもらおう。特戦群と特殊部隊には、城へ潜入して要所を制圧、本隊が突入しやすいようにしてもらおう。ただ、どの部隊にも無理は禁物、各部隊と連絡を密に取り、ダメだと思ったら、撤退するように言い聞かせておいてね」
ヘルゲさんたちは頷く。
これで、何とかなるだろう。
あとは……。
僕はしょんぼりしているレイリアを見つめた。
アウレートの件以来、彼女は、ずっとふさぎ込んでいるのだ。
元気づけたかったのだが、アンさんから少しの間は放っておくようにと、言われていたので必要以上に声を掛けないでいたんだけど……。
僕はアンさんを見る。
彼女はレイリアを見てから、軽く息を吐き、僕に頷いた。
アンさんの許可が出た。
「レイリア! レイリアは僕のそばを離れないでね。あの時は僕を庇って落馬の衝撃を全て受けたんだから仕方ないよ。それに、レイリアが立ちはだかってくれたから、アンさんも間に合ったんだよ。反省するのはいいけど、いつまでもこだわってたらダメだよ」
彼女は、僕を見てウルウルする。
「レイリアは、まだ調子が悪そうだ。その役目は、わしが代わることにしょう!」
「ダメです!」
アスールさんの言葉を、レイリアはすぐに断った。
「じゃあ、レイリア、頼んだよ!」
「はい!」
彼女は元気よく返事をする。
まだ、表情は硬いが、少しは元気になったようだ。
「ちぇっ、私も立候補しようと思ったのに、ズルいわ」
マイさんも僕の護衛をするつもりだったようだ。
「マイ様は、何の役にも立たないじゃないですか。それに、アノンが向かってきた時、持ってたクロスボウをフーカ様に押し付けてたじゃないですか」
ケイトが顔を引きつらせる。
「あれは……。そう、フーカ君に見せ場を譲ってあげたのよ!」
たぶん、マイさんは強いはずなんだけど、面白そうなことを優先するから、一緒にいるとロクな目に合わない……。
そんなことを思いながら、僕は彼女を眺めた。
作戦会議は終わると、皆が準備に入る。
今回の作戦では、市内の制圧が終わった後に、僕が城へ向かうことになっている。
それまでは、後方で待機しながら戦況を見守るのだ。
日が落ち始め、あたりは暗くなっていく。
そろそろ作戦が開始される。
レクラム領首都カールエンドへの攻撃が始まった。
攻城兵器が城壁へ向けて押し出される。
城壁からの攻撃は、矢と光を放つ球だけで、敵兵が城門から出てくることはなかった。
ん? んんん? 光る球?
「ねえ、あの光ってる球は何?」
「あれは、魔法ですけど」
隣にいるレイリアが不思議そうに答える。
わ、忘れていた! こっちには魔法があったんだ!
僕は頭を抱えて、しゃがみ込む。
「どうしたんですか?」
「魔法のことを忘れて、作戦を立ててた……」
「そういうことなら、大丈夫ですよ。魔法があることくらい想定済みです。それに、ケイト並みの魔導士がいないかぎり、戦況が変わることはないですよ」
「そうなんだ」
レイリアは僕に向かってウンウンと頷き、ニッコリと微笑む。
ケイトって、アレなのに、凄かったんだ……。
ドーン!
もの凄い音が城門の方から響いてくる。
「今の何?」
「今のは、私にもわかりません」
レイリアも予想外の展開に、困惑する。
僕は双眼鏡で城門を確かめようとすると、レイリアは顔を寄せてきて、双眼鏡の片側を覗こうとしてくる。
その行動に、僕は苦笑してしまう。
僕たちは片目で覗き込み、二人仲良く、双眼鏡で城門を見る。
「「……」」
城門が開いている。というか、破壊されている?
「あんなことをするなんて、作戦にはなかったよね?」
「はい、特戦群と特殊部隊が開ける手はずですから」
僕とレイリアは見つめ合って、首を傾げる。
「フ、フーカ様ー。大変です!」
イーリスさんは、声を上げながら、こちらに向かって走ってきた。
彼女は、僕たちのところへたどり着くと、深呼吸をして息を整える。
「ルビー様、ネーヴェ様、アスール様が城壁にハウゼリアの兵士を見つけ、勝手に先陣に参加していしまい、竜族の雄姿をハウゼリアに見せつけてやると城門を蹴り壊してしまいました。特戦群と特殊部隊が城壁と城門をを制圧する前に、城門が開いてしまいました。どうしましょう?」
イーリスさんは、困惑した表情で報告する。
あの人たちは、何をしてるの……。
「えーと、そのまま、作戦を繰り上げて! それと、特戦群と特殊部隊のところへ送る予定だった別動隊に城壁を制圧させて!」
「はい!」
イーリスさんは再び走り出すと、来た道を戻っていく。
なんか、うちの軍って、味方の行動で想定外に陥っている気がする……。
本隊がカールエンド市の城壁を突破、市内へ入り、そのまま城へ向けて突き進む。
そして、別動隊が市内で敵兵と市街戦を始めた。
僕も、レイリア、アンさんと一緒に、城門へ向かう。
しかし、シャル、ヒーちゃん、イーリスさん、ミリヤさん、ケイトの五人とエルさんたちは、陣地に残る。
何か想定外なことが起きた時に、増援として駆けつけるためなのだが、想定外は、すでに起きてしまっていた。
これ以上の想定外は起きないで欲しい。
僕たちが市内へ入ると、兵士たちが一軒一軒を回って、市民たちに戦闘が終わるまで、屋外へ出ないように伝えていた。
僕は、彼らが市民に、「ご協力、お願いしま」と頭を下げて、丁寧に頼んでいる姿を見て、しっかりと行えていることに満足する。
カールエンドの城へ着くと、本隊はすでに攻め込んでいた。
城の城門は、蝶番まで壊れている。
カールエンド市の城門と同じ状況に、アスールさんたちが蹴り壊したことが分かる。
彼女たちのドヤ顔に、兵士たちが困惑する状況が脳裏に浮かぶと、頭が痛くなってくる。
「竜族に攻められたら、籠城は無理ですね」
レイリアが目の前の光景を見て、ぼそりとつぶやく。
確かにその通りだ。
僕とアンさんは、彼女のつぶやきに苦笑した。
僕たちは、城の城壁にあった城門跡を通り、城の扉へと向かうと、城の庭には敵兵が点在するように転がっていた。
そして、血の匂いだろうか、少し鉄臭い。
僕たちは、そんな中を歩いていく。
周りを見ていると気持ち悪くなりそうだ。
城内に入り、廊下を進むと、血の臭いは濃くなり、生臭くさえ感じる。
たまに外から流れてくる新鮮な空気に救われる。
レイリアとアンさん、それに彼女たちの部隊の人たちは、平然としている。
それどころか、アンさんが率いるメイド部隊は、掃除の相談を始めていた。
ついて行けない……。
本隊に合流すると、隊の指揮を執っていたシリウスのそばへと行く。
彼からは、オイゲンとクレーメンスが未だに見つかっていないので、注意をするように言われる。
城内を探索している兵士たちからは、宝物庫や隠し部屋を発見した報告はあがってくるだけだった。
二人の姿は、何処を探しても見つからなかった。
もう、城外へ逃げ出してしまったのだろうか?
僕は、シリウスと別れ、レイリアとアンさんを連れて城内を探索した。
別にオイゲンとクレーメンスを探すわけではない。
カーディア帝国の機密情報とか、ハウゼリア新教国との繋がりや、他にもシャルたちの知らない情報が見つかればいいなと思っていただけだった。
僕は、たまたま目にした一室の扉を開けた。
「ここって、オイゲンの執務室みたいだね」
「部屋の感じから、そのようですね」
アンさんが答えると、レイリアが中に入り、安全を確認する。
そして、こちらに向かって頷いた。
「クリア!」とか言い出さなくて良かったと、僕は別のことで安心する。
部屋に入ると、僕たちは手分けして、書類を漁った。
「フーカ様、こんな物があったんですけど、これなんですか?」
レイリアは、木で作られたとんでもない物を握っていた。
僕だけでなく、アンさんや部隊の面々も驚きを隠せないでいる。
「この箱の中に、いっぱい入ってます」
彼女は両手で抱えるほどの大きさの箱を、僕が書類を探していた机の上に、ドンと置く。
中には似ているが微妙に形の違うものが並べられている。
アンさんたちは、僕の背後から覗き込み、唖然とする。
「レイリア、とにかく、手に持っているそれを箱に戻して! バッチいから!」
「えっ? これ、バッチいんですか!?」
彼女はポイっと箱の中に投げ入れると、近くのカーテンで手を拭き出す。
「でも、それ、イーリス様の名前が彫られていましたよ」
彼女の言葉を聞いて、恐る恐る確認していく。
イーリス前・一。イーリス前・二。イーリス後・一。イーリス後・二。――。
前だの後ろだの彫られたそれは、数字が上がるにつれて太くなり、反り返りもきつくなり、そして、ゴツゴツやトゲトゲが追加されていた。
「フーカ様……。これ、絶対に、イーリスには言わないじょうがいいですよ」
アンさんは、僕に顔を寄せて、忠告してくる。
「うん。僕もそう思う」
レイリア以外の者は、疲労感のようなものに襲われていた。
オイゲンが変態だったからだ。
「あのー。私だけ、それが何なのか分からないのは、悔しいです」
レイリアは両腕を組み、プクーっと頬を膨らませる。
「レイリアには、知らないでいて欲しい」
「世の中には、知らない方がいいこともあるのよ」
「「「「「そうです!!!」」」」」
僕、アンさん、部隊の隊員から言われ、彼女はキョトンとする。
「でも、イーリス様に報告しないと」
「「「「「絶対! ダメ!!!」」」」」
僕たちは声を揃えて、レイリアに怒鳴った。
すると、彼女はキョトンとしたまま、固まってしまった。
この場にケイトとマイさん、そして、イーリスさんがいなくて良かったと、つくづく思う。
外の空気が吸いたくなった僕は、窓を開けてから、端の壁に寄りかかった。
ん? この壁だけ質感が違う気がする。
ザシュッ!
壁から剣が突き出て、僕の横を剣先がかすめる。
僕は、壁から退くようにしてへたり込んだ。
すると、壁を破って、オイゲンが中から現れた。
こんな状況なのに、僕の身体は以前のように光を放つことはなかった。
アウレートの時とは違って、今、完璧に狙われたはずなのに……。
僕は腰に手を当て、扇子を確認した。
「……」
ない!?
そして、扇子をしまっていたホルスターには一枚の紙切れが入っていた。
それを広げると、『ちょっと、借ります。フーカ君の愛しのマイより』と書かれていた。
マイさん……やってくれた……。
その間にも、オイゲンは剣を構え、僕に近ずく。
そして、机の上にある箱に気付いた。
「貴様らー! 私のイーリスへの愛の証を勝手に見たな!」
「あんなのが愛の証?」
僕は彼の言葉に首を傾げてしまう。
「ガキのお前にはわからん! アレを使って、毎晩、イーリスを可愛がってやるのだ。イーリスは私に反感を持っているようだが、彼女をわが妻とし、アレの最後のナンバーを使うまでじっくりと可愛がってやれば、イーリスも私に愛されることを拒むどころか、自ら受け入れることになるのだ! そのために、一流の職人に命じて作らせたのだからな」
彼は自慢げな顔で、僕を見降ろした。
へ、変態だ!
「僕、ガキだから分からないんだけど、あの前とか後ろって?」
「ふん、冥途の土産に教えてやろう。ガキのお前には、まだ分からんだろうが、前と後ろを攻められて、涎を垂らさない女はいないのだ。よく覚えておけ!」
彼はニンマリとしたいやらしい表情で天井を見つめ、妄想にふけりだし、「フヘッヘッヘ」と笑いだす。
彼は、度し難い変態だった!
僕は、彼が妄想にふけっている隙に、ゴキブリのようにカサカサと後ずさりし、彼との距離をとる。
そして、僕とオイゲンの間に剣を抜いたレイリアが入り込み、彼の前に立ちはだかった。
「今回は、前のような失態はおかしません!」
レイリアはそう言うと、毅然とする。
こちらの動きに気付いてたオイゲンは、こちらへ視線を戻すと、目の前に立ちはだかるレイリアを見て、苛立つ表情を見せた。
二人は剣を構え、対峙する。
軽装のレイリアに対して、オイゲンは鎧を着ていた。
「レイリア! これ使って!」
僕はレイリアに『氷雨』を渡す。
彼女は、『氷雨』を受け取ると、自分の剣を捨てヒーちゃんみたいに構えた。
レイリアも居合が使えるのだろうか?
オイゲンは、剣を捨て短刀を構えたレイリアに向かって「バカか!」と嬉しそうな声で叫びながら、剣を振り上げ、彼女の頭部を目掛けて振り下ろす。
「確か……こんな感じ!」
レイリアの言葉を聞いて、ヒーちゃんの見様見真似だと分かった。
彼女はオイゲンが剣を振り下ろす瞬間に『氷雨』を抜きながら、彼の脇を通り抜けた。
おぉー! 見事だ!
僕はレイリアに感心する。
オイゲンを見ると、彼の上半身がズレて、床に落ち、血が広がっていく。
グ、グロい!
「フーカ様、ありがとうございます」
レイリアは僕のそばへ来ると、刀身が汚れていないかを確かめてから鞘に納めた『氷雨』を僕に返す。
この刀は、レイリアが持った方が役に立つのではと思ってしまう。
ピシッ、ピシシッ。
何か家鳴りのような物音がする。
僕たちはキョロキョロと部屋を見回すが、誰も部屋に変わったところは見つけられなかった。
ズッ。……ズズッ。
音のする方を見ると、部屋の上部が斜めにズレだした。
こ、これはヤバい!
「皆! 部屋から出て!」
僕が叫ぶと、皆は一斉に扉から飛び出す。
そして、僕たちは、廊下を走って部屋から遠ざかった。
ある程度の距離を取ると、部屋の方を振り返る。
ズズズズ、ズズズ。……ドシャーン。
大きな音とともに、土煙と誇りが舞い上がり、あたりの視界は、まったく見えなくった。
僕がうずくまると、レイリアとアンさんは、僕を庇うように覆いかぶさってくる。
二人の膨らみが押し当てられ、いい匂いがする。
不謹慎にも、ちょっと、いいかもと思ってしまう。
風が頬にあたるのを感じ、顔を上げてみると星空が見えていた。
どうして?
レイリアとアンさんも顔を上げている。
「上の部分がなくなって、スッキリしちゃいましたね」
「そうだね。空が見えて、見通しが良くなったね」
レイリアのおバカな感想に、おバカな感想で返してしまう。
僕たちは、座ったままその光景を眺め続ける。
何が起きたのかが、全く分からない。
シリウスが部下たちと一緒に、こちらへ向かって走ってくるのが見えた。
「フーカ様、大丈夫ですか?」
彼は、とても心配そうな顔をしている。
「うん、大丈夫だけど、何があったの?」
「実は、城の外にいた者からの報告では、城が鋭利なもので斬られたように斜めにズレだし、上部だけが地面に落ちて崩壊したそうです」
彼も予想外の状況に、戸惑った表情を見せる。
僕、レイリア、アンさんは、僕の手にある『氷雨』を見つめた。
そして、青ざめていく。
「フ、フーカ様! なんてものを使わせるんですか!?」
口火を切ったのはレイリアだった。
「僕だって、こんなにも、凄い刀だとは知らなかったんだよ!」
「あれ? ちょっと、待って下さい。私、その刀を使ったフーカ様と決闘しましたよね……。ヒィー! なんてものを使って決闘してたんですか!」
「それは、レイリアが使えっていったんじゃないか!」
パシン。パシン。
僕とレイリアは、アンさんに頭を叩かれる。
「二人とも、喧嘩はそれくらいにして、これをどうするんですか?」
彼女は奇麗な切り口で上部を失った城を指差す。
とにかく、今はシリウスに事情を説明するしかなかった。
オイゲンに襲われ、その時にレイリアがこの『氷雨』を使ってオイゲンを倒したけど、城まで斬っちゃったことをざっくりと話すと、彼は、困惑した表情で頭を抱えた。
「とにかく、レイリアが! オイゲンと一緒に城を斬っちゃったんだよ!」
「何を言っているんですか! フーカ様が「これを使って!」って言ったんですよ!」
僕とレイリアは睨み合い、お互いに責任をなすりつけようと必死になる。
「別に二人を咎めようとは思っていません。それで、オイゲンは?」
シリウスは、僕たちに呆れているようにもみえた。
「変態なら、あっちに転がっています」
メイドさんの一人が壁のなくなった執務室を指差す。
「私たちは、あんなものに触れてくないので、そっちで処理して下さい」
そのメイドさんの言葉に、彼女の後ろにいる女性陣は深く頷く。
「わ、分かりました」
シリウスは、彼女たちの様子に戸惑いながらも、部下に指示を出す。
「あれは、男の僕でもヒクほどの変態だったからね」
僕の言葉に、女性陣が大きく頷いた。
僕は、アンさんと目を合わせた後、二人でレイリアを見つめた。
彼女も一緒になって頷いているのだ。
絶対に、分かっていないよね……。
ドーン。ドドドドドン。
いきなり、城の後方が光り、爆発音が響きわたった。
カールエンド市から少し離れたところだと思うけど、爆撃を受けている。
すると、僕たちの上空をワイバーンがホバリングをして、高度を下げてきた。
そして、誰かが飛び降りると、僕たちの近くに着地する。
その人は、イーリスさんだった!
僕たちに緊張が走る。
僕はとっさに、アンさんへ目で合図を送ると、彼女はレイリアを引き寄せ、余計なことを言わないように監視してくれる。
イーリスさんは、僕たちの様子がおかしいことに戸惑っているようだが、言わなきゃバレない。
「フーカ様、カールエンド市の後方に、各領から送られた増援らしき軍団を発見し、シャル様の指示で爆撃を開始しました。それと、その軍団には、カールエンド市から逃げ出した貴族たちもいるようです。私財も運び出されているようなので、荷馬車への攻撃は避けるように命じてあります」
彼女は僕に近付いて、報告をした。
「う、うん。そうなんだ。こっちは、ほとんど制圧したし、オイゲンもレイリアが倒したよ。えーと、そう、一度、戻ってお互いの情報をすり合わせないと!」
僕は、どうしても、ぎこちなくなってしまう。
「そうですね。シャル様たちも、城が不自然に崩れた理由を聞きたいそうですから」
彼女の言葉に、僕とレイリアの血の気が引いていく。
そして、僕とレイリアは緊張し、アンさんたちは安堵した様子で、その場を離れて、自陣へ戻ることとなった。
市内を通ると、我が軍の兵士が巡回をしていて、市街戦を行っている様子はない。
首都カールエンドは、陥落したといっていいだろう。
陣地に戻ると、会議室で情報の整理をする。
今、報告されている事をまとめると、レクラム領首都カールエンドは陥落、領主オイゲン・フォン・レクラムはレイリアに倒され死亡。
レクラム領はユナハ国が占領したことになる。
しかし、カーディア帝国との戦いが終わったわけではない。
そして、クレーメンス・フォン・シュミットがカールエンド市から逃げ出していたことが、偵察部隊により確認された。
一番厄介そうな人物を逃してしまったのは、残念だ。
彼が爆撃に巻き込まれていれば楽なのだが、確率は低いと思う。
捕らえた貴族と兵士は、身元調査と事情聴取をした後、扱いが決まる。
彼らを調べるのは、マイさんとユナハ国の闇ギルドだ。
きっと、徹底的に調べ上げられることだろう。
爆撃に出ていたジーナさんたちは、戻るとすぐに報告をしにきた。
アスールさんたちは、満足そうな顔で、彼女の後ろから入ってくる。
今回の作戦を、滅茶苦茶にした元凶たちだ。
皆もどう扱ったものかと困惑した表情を見せる。
まず、ジーナさんからは、敵の軍団への爆撃により、大きな被害を与えたこと、そして、彼らは撤退を始めたので、飛竜部隊による上空からの監視に切り替えたことが報告された。
皆は、その報告を聞いて、満足そうに頷く。
次に、アスールさんたちだが、作戦を無視して、城門を蹴り壊したことを追及すると、彼女は愕然とし、しょんぼりとしてしまった。
おそらく、褒められるとでも思っていたのだろう。
一応、作戦には貢献しているので、お咎めなしとなると安堵していた。
僕はこれで終わりだと思って、席を立とうとすると、シャルに呼び止められた。
そして、席替えが行われ、シャルとイーリスさんの向かい側に、僕、レイリア、アンさんが座らせられる。
何だか、雰囲気が尋問のようなんだけど……。
「それで、何があったんですか?」
シャルの言葉に、僕は例のイーリスさん絡みの件だけを避けて、話すことにした。
「執務室を調べてたら、隠れていたオイゲンに襲われ、レイリアが立ち塞がってくれたんだけど、オイゲンは甲冑を着てたから、レイリアが不利だと思って、『氷雨』を渡しだんだけど、彼女がオイゲンを斬ったら、城まで斬れちゃった」
僕の話しを聞いて、皆は唖然としたり、頭を抱えたりしている。
「斬れちゃったじゃありません。いつもいつも、なんで、ことを大きくするんですか!?」
シャルが立ち上がって怒ると、僕たち三人は青ざめる。
「襲われたんだから……。そう言えば、マイさんが僕の扇子を勝手に借りるから、こんなおおごとになったんだよ!」
「えっ? 私? ちゃんと、借りるって手紙を入れておいたわ! それに、戦場へ出るのに装備を確認しないなんて、あるまじきことよ!」
マイさんに言い返された。
皆も頷いてしまっている。
僕は、何か別の反論を考える。
「それで、僕の扇子は、何に必要だったの?」
「偵察部隊と一緒に、敵のところへ行ってたから、お守りとして、持っていったのよ」
僕たちは開いた口がふさがらなかった。
シャルはフルフルと震えだす。
「叔母様ー! 偵察部隊と一緒にって……。何をやっているんですか!?」
「ヒィッ!」
シャルに怒鳴られたマイさんは、悲鳴を上げる。
「ご、ごめんなさい。で、でもね、こちらに引き込めそうな相手は、自分の目で確かめないと……」
僕たちは脱力する。
この人は、スパイの勧誘をする気だったんだ……。
考えていることが怖すぎるよ。
「そ、それで、叔母様のお眼鏡に敵った人物はいたんですか?」
「いたんだけど、爆撃で吹っ飛んじゃった! てへっ」
シャルの質問に、マイさんはお茶目に答えた。
ゴンッ。
僕たちは、テーブルへ崩れ落ちた。
ん? もしかして、爆撃の時、そばにいたんじゃ……。
「マイさん、爆撃の時に、敵軍のそばにいたの?」
「いたわよ! 声を掛けようと思っていたら、爆撃が始まるから驚いたわ!」
部屋にいた者は、彼女を見つめて思考を停止させた。
少しの時間を費やすして、やっと、僕の思考は働き出す。
僕はマイさんを見つめながら思った。
彼女の存在が、いや、マイさんという生き物がよく分からない。
一度止まった思考が動き出したことで、今後のために聞いておくべきことが、頭に浮かんできた。
「ヒーちゃん、守り刀の『氷雨』の威力って、城を斬るくらい凄いものなの?」
僕の質問に、皆も一斉に耳を傾ける。
「フー君が使えば、よく斬れる刀くらいですけど、鍛錬を受けた人が……、特に今回のレイリアさんのように、フー君を護るために自分を追い込んでいたなら、建物くらいはバッサリいけます!」
彼女は自慢げだったが、皆の顔は青ざめていた。
「もしも、もしもだよ。あの時に城の上空をアスールさんたちが飛んでいたらどうなったの?」
僕の質問に、ジーナさん、アスールさん、ルビーさん、ネーヴェさんとアルタさんたち四人が息をのんで、ヒーちゃんを見つめる。
「……」
ヒーちゃんは少し考えた後、黙ったまま、首を手で切る仕草をする。
それを見たジーナさんとアスールさんたちは、卒倒しそうになってふらついた。
「フーカさん! 本当に必要な時以外は、その刀は使わないで下さい! それと叔母様、早くフーカさんに扇子を返して下さい!」
シャルの言葉に、マイさんは青ざめた顔で大きく頷くと、僕に扇子を返してくれた。
こうして、僕たちが情報を確かめ合っていると、外はすでに明るくなっていた。
他にもすることはあったのだが、自分でも知らぬうちに、精神的にも肉体的にも限界に達していた僕は、寝落ちしてしまったのだった。
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