71話 クレイオ公国
結婚式も終えて、次はクレイオ公国に新婚旅行だ!
僕はウキウキ気分で仕事をこなす。
しかし、目につく場所に、教材の入った段ボール箱が置かれてある。
仕事を終わらせたら、少しは始めないとと思ってはいるが、箱に入れたまま、いまだに手をつけていない。
新婚旅行から帰ったら始めよう。
コンコン。
扉が叩かれ、イーリスさんが入ってくる。
「イーリスさん、どうしたの?」
「カーディア帝国の動向調査の結果が出ました」
「見せて見せて!」
僕ははしゃいでしまった。
「ご機嫌ですね」
「そ、そう見える? 確かに、クレイオ公国に行けるのは楽しみだけど、それだけじゃないよ。クレイオ公国と良い関係を築ければ、ファルレイク帝国とブレイギル聖王国を各国で囲む態勢を整えられるとも、考えているからだよ」
「そうですか。浮かれていなければいいです」
彼女の目は、言葉とは違って、僕を疑っているように見える。
彼女から渡された報告書に目を通す。
『カーディア帝国の動向は、帝都、各領ともに、物資と人の流れも含め、大きな動きなし』と書かれていた。
戦争を仕掛けてくるつもりなら、必ず何かしらの兆候があるはずだ。
それを見落とさなければ大丈夫だ。
これなら、クレイオ公国に行ける。
足元をすくわれるのも嫌だから、一応、保険を掛けておこう。
「イーリスさん、リネットさんに、アルセ領のカーディア帝国に対しての警戒を厳しくしてもらって。それと、 カーディア帝国に隣接する領地の領主にも警戒するように頼んで」
彼女は、僕の言葉を聞いてキョトンとする。
「カーディア帝国の動向には、変わった動きがないのに、警戒を厳しくするんですか?」
「そうだよ。カーディア帝国が、こっちを挑発したのに動きを見せないから、警戒しておくんだよ。ユナハ国内で何か暗躍するつもりで、動きを見せないのかもしれない。だから、国内への入り口の警戒を厳しくしておけば、密入国は難しくなるし、警戒されていると見せることで、相手の選択肢を狭められるかもしれないしね。まあ、ゲーム……素人考えだけど、僕たちが留守にするんだから、戸締りはしないとね」
「戸締りですか。なるほど」
戸締りのところで感心されると、褒められているのか微妙なんだけど……。
「分かりました。リネットと各領主には、通達しておきます」
彼女は部屋を出ていく。
彼女が出て行ってから、特戦群の半数と青の一族から二人をアルセに送るべきだったかなと思い、後で伝えようと紙に書いておく。
◇◇◇◇◇
待ちに待った、クレイオ公国への出発当日。
僕たちは、オレールさんたちと一緒にクレイオ公国に向かう。
今回は、僕の妻になったシャル、イーリスさん、ミリヤさん、アンさん、オルガさん、レイリア、ケイト、ヒーちゃん、アスールさんの九人とルビーさんとネーヴェさんで行くのだが、何故か、エルさんたちも同行するつもりでいる。
「エルさんも来るの?」
「当たり前でしょ。フーカ君は私の孫になったんだから、家族がついて行くのに、文句を言われる筋合いはないわ」
エルさんの後ろで、エイヤさんとアノさんも頷いている。
だが、サンナさんとハンネさんは肩を落としているのが気にかかる。
ミリヤさんと結婚したのだから、エルさんの孫、エイヤさんとアノさんの息子にはなったのだが……。
エイヤさんとアノさんはいいとして、エルさんも家族になったと思っただけで疲れてくる。
「それで、エルさんたちの目的は?」
「観光と、孫夫婦が何をやらかすかを見届けるのよ!」
聞くんじゃなかった……。
その間に、アスールさん、ルビーさん、ネーヴェさんの三人がドラゴンに姿を変えていた。
僕たちは、アスールさんとネーヴェさんの背中に、別れて乗る。
ネーヴェさんの背中では、はしゃぐエルさんの姿が見える。
そして、サンナさんたちがネーヴェさんに謝っていた。
大丈夫かな……。
ルビーさんが飛び立つと、アスールさんとネーヴェさんも続いて飛び立つ。
エルさんのはしゃぐ声が聞こえてくるが、ネーヴェさんの背中を見ないようにしていると、シャルたちも同じように見るのを避けてていた。
後で、ネーヴェさんに謝ろうと思う。
僕たちは、ルビーさんの後ろを飛んでいる。
こういう時って、女王が後ろを飛ぶと思うんだけど、先陣を切りたがるのは、竜族の民族性なのかもしれない。
彼女はユナハ国からウルス聖教国へと入る。
ユナハ国とグリュード竜王国の国旗を掲げているおかげか、それとも、ドラゴンだからなのか、ウルス聖教国の領空に入っても、警備兵が接近してくる気配はなかった。
僕は、掲げている二国の国旗を見て思う。
アスールさんが嫌々つけてくれているユナハ国のは可愛くて、ネーヴェさんがつけているグリュード竜王国のはカッコいい。
ルビーさんが東に進路ををずらして、東海へと出る。
ブレイギル聖王国の上空を避ける航路をとるようだ。
僕は、西側に見えるブレイギル聖王国を眺めて思いついた。
「アスールさん、速度を落として、ブレイギル聖王国の領空に入らないギリギリを通れる?」
「うむ。出来るが、何故だ?」
彼女は大きな頭をこちらに向けた。
「どうせ近くを通るなら、写真に収めておこうと思って」
「なるほど、偵察だな!」
彼女はルビーさんの脇に出て、頭を寄せる。
すると、ルビーさんは振り返って、僕を見て頷いた。
ルビーさんは速度を落とすと、西に寄せるように進路をとってくれた。
僕、ヒーちゃん、ケイト、オルガさんの四人で手分けして、写真を撮りまくる。
ヒーちゃんは、少し撮影すると、一眼レフのレンズを外して、望遠レンズに付け替える。
そのそばには、アンさんとイーリスさんが付き、どの辺を撮るべきかを彼女に教え、撮った画像を確認していた。
こういう時は、すぐに確認のできるデジタルは便利だ。
僕には、レイリアとミリアさんがつき、撮る方向を指差してくれる。
僕は、示された位置をスマホで動画撮影しているのだが、二人とも身体を寄せてくるので、両側から柔らかい膨らみに挟まれて、ドキドキとしてしまう。
チラチラと二人の膨らみを盗み見していると、コホンとシャルが咳ばらいをする。
振り返ると、彼女に睨まれていたので、真面目に撮影をすることにした。
ヒーちゃんたちの撮影を手伝ってくれた面々を見ると、皆、親指を立てている。
写真は十分とれたようだ。
僕はアスールさんに、撮影が終わったことを告げ、こちらを気にしているルビーさんに、手を振って合図をする。
彼女は、こちらに向かって頷くと、もとの航路に進路を戻す。
東海を北上していく。
一度、陸が見えてきた。
そこは、今はクレイオ公国の国土ではあるが、海を渡って本当にまで攻めてきたブレイギル聖王国から、逆に奪い取った領土だそうだ。
王都フェザーランドがある本島に行くには、もう一度、海を渡らなければならなかった。
海を渡り始めて、しばらくすると、陸が見え始めた。
緑の多い国で、奥に雪をかぶった高い山々も見える。
皆で、緑と白の景色に感動して、キョロキョロ、カシャカシャしているうちに上陸していた。
ヒーちゃんは、写真をある程度撮り終えると、画像を確かめ、満足している。
僕もだが、気分は、もう、海外旅行になっていた。
こちらに来て、すでに数か国は回ったが、最も海外に来たという感じがする国だから、仕方がない。
観光気分で景色を楽しんでいると、前方に、城壁に囲まれた大きな都市と堅牢そうな城が見えてくる。
すぐに、王都フェザーランドと予想がつく。
ルビーさんが、下降を始めると、アスールさんとネーヴェさんも同じ行動をとる。
街の様子を覗き込んでみると、ドラゴンの姿に驚いている人たちが、こちらを指差していた。
そのまま、城の脇にある広場へと降りると、兵士たちが慌ただしく動き回る。
オレールさんとマクシムさんは、ネーヴェさんの背中から、こちらに向かって剣や槍を向ける兵士たちを怒鳴りつけていた。
使者を送ったと聞いたが、どうなっているのだろう?
僕たちがアスールさんから降りた時には、オレールさんたちは、すでに降りて、そばに駆け寄ってきた騎士と話しをしていた。
ルビーさんはすでに人の姿になっており、アスールさんとネーヴェさんが人の姿になるのを待つ。
「フーカ! こっちをじろじろ見るな!」
「何で?」
「なんか、目つきがいやらしいぞ!」
アスールさんに酷いことを言われた。
すると、僕の目を誰かが手でふさぎ、手が離された時には、二人は人の姿だった。
僕が振り返ると、その手の主はミリヤさんだった。
「別に、もう夫婦なんだし」
「ネーヴェ様は違いますけど」
「ごめんなさい」
ミリヤさんの冷たい口調に怖さを感じ、素直に謝った。
数人の騎士と使用人が駆け足で僕たちのところに来ると、敬礼をし、城内へと案内を任されたことを告げた。
道すがら、オレールさんと話しをすると、使者がまだ着いていないことが分かった。
ついでに、案内してくれている騎士たちが強張っている理由も聞いてみると、グリュード竜王国の女王が訪れただけでも驚きなのに、ユナハ国王族一行とプレスディア王朝の女王までいるからだそうだ。
この国にとっては、連絡もなく三か国の王が一度に訪れたから、おおごとらしい。
使者よりも早く着いてしまったのだから仕方がない。
僕のせいじゃないと自分に言いきかせる。
謁見の間の扉の前に着く。
オレールさんだけが先に入り、僕たちはマクシムさんと一緒に、呼ばれるまで待つ。
待たされると緊張してくる。
そして、何となく尿意が……。
僕がモジモジしていると、シャルが突いてくる。
うっ、今は突かないで。
「どうしたんですか?」
「トイレに行きたい」
僕の返事にシャルが額に手を当て、うなだれる。
皆も似た仕草をとるが、ルビーさん、アスールさん、ケイト、エルさんの四人は、うずくまって声が漏れないよに笑いだす。
見かねたマクシムさんが、トイレへの案内を、騎士の一人に頼んでくれた。
そして、僕は、その騎士の後ろを内またでついて行く。
「「「「「ブハッ」」」」」
背後で吹き出す声が聞こえるが、今は緊急事態! 気にしない。
あれ? トイレから戻って来ると、扉の前には誰もいない。
衛兵すら立っていないことに焦り、僕は駆け足で扉に向かった。
コンコン。
扉を叩いてみるが、何の反応もない。
扉を開けてみると、大きさの割に、そんなに重くなく簡単に開いてしまった。
「ユナハ国国王、フーカ・モリ・ユナハ陛下、入場ー!」
「失礼しまーす。お待たせして、申し訳ありません」
扉の脇にいた兵士の掛け声と被ってしまった。
これは、絶対にやらかした……。
僕は誤魔化すように、謁見の間に入ると、皆は玉座の前で頭を抱えて並んでいた。
一部、笑いを堪えて悶えている姿もある。
ここにいる人たちを待たせたしまった手前、早く合流しなければと思った僕は、皆のところへと走り出す。
会場はざわつき、エルさんたちが崩れ落ちて爆笑する。
「走るな!」
青筋を立てたシャルが、僕に怒鳴った。
「ヒィッ、ごめんなさい!」
反射的に謝ってしまった。
駆け足から早歩きに切り替え、恐る恐る彼女に近付く。
凄く冷めた目で睨まれる。
こ、怖い……。
「アーダ様、申し訳ありません。うちのコレが悪いだけです。どうか、お役目の方へのお咎めをなさいませんよう、お願いします」
シャルは頭を下げた。
「シャルティナ様、頭をお上げください。我が臣下へのご配慮ありがとうございます。咎める気はありませんので、ご安心下さい」
スラッとした体型で、キラキラと輝くプラチナブロンドのロングに、ちょっと大人びた感じのする美女が答える。
この美女が女王らしい。
「フーカ様、お身体は大丈夫でしょうか?」
女王から心配されるが、尿意に襲われただけとは答えられない。
「ご心配をおかけしました。もう、スッキリ気分爽快なので大丈夫です!」
「「「「「ブフッ」」」」」
僕が答えると、複数の吹き出す声が隣のほうから聞こえてくる。
女王を見ると、作り笑いで誤魔化しているが、困った表情を浮かべていた。
困った表情も美人だった。
「コホン。フーカ様、お初にお目にかかります。私はクレイオ公国女王、アーダ・フォン・クレイオです。よろしくお願いいたします」
彼女の美貌に見惚れていると、丁寧な口調で挨拶をされ、僕は焦る。
「はい。フーカのモリのユナハです。よろしくお願いします」
うっ、変なことを口走ってしまった。
「誰ですかそれ?」
レイリアにツッコまれてしまった。
何故か、屈辱を感じる。
今回はシャルも含め、皆が下を向き、顔を赤らめて身体を震わせていた。
アーダさんは斜め下を向き、何かを必死に耐えている。
オレールさんがアーダさんの脇に来る。
「コホン。挨拶も済みましたし、場を会議室へ移したいと思います」
彼が言い終わると同時に、案内のために、数人の騎士が僕たちのそばへ来た。
シャルたちは逃げるように彼らの後を追うので、僕もついて行く。
僕の名前、改めさせてもらってないんだけど……。
会議室へ向かう道すがら、シャルだけでなく、皆に罵倒された。
まさか、ヒーちゃんにまで、叱られるとは思ってもいなかった。
彼女に叱られるのは、かなりショックだった。
僕たちの背後では、エルさんとルビーさんが爆笑し、ネーヴェさんやサンナさんまでもが笑っている。
これは絶対、お説教だ……。
会議室に入ると、テーブル席に座って、アーダさんたちが来るのを待つ。
用意されたお茶を飲み終える頃に、アーダさんは、オレールさんとマクシムさんを連れて現れた。
すぐに現れないで、客人に休息の時間を与えてから現れるなんて、見事なおもてなしだと感心してしまう。
僕も機会があったら、真似しよう!
シャルが立ち上がると、皆も立ち上がる。
僕も真似をする。
「先ほどは、場をお騒がせして、申し訳ありません」
シャルは深く頭を下げた。
皆も同じく頭を下げたので、僕も頭を下げた。
「いえ、お気になさらず、頭をお上げ下さい」
アーダさんは、優しい口調で答える。
僕たちが頭を上げると、彼女はニッコリ微笑み、僕と目が合うと、顔を逸らして隠すように笑う。
「アーダちゃん、伝えた通りの面白い子でしょ! 長いこと生きてきたけど、こんな子と会ったのは、私も初めてなのよ!」
エルさんは、ドヤ顔をする。
「ええ、最初は、異世界から来たということで嫌悪感もありましたが、今では肩肘を張っていたのが馬鹿らしいです」
そう言ってから、僕を一目見ると、顔を逸らす。
何だか、僕という存在がツボにはまったようだ。
喜ぶべきか、悲しむべきか……。
「本当でしたら、このまま、少しお話をしたいと思っていましたが、皆さん、長旅でお疲れでしょうし、精神的にも疲労したと思われるので、明日、改めてお話しをしましょう」
「そうね。私も笑い疲れたし、お腹も痛いわ」
アーダさんにエルさんだけが返事をし、皆も賛成する。
それって、僕が疲労の原因だと言われている気がする。
皆は席を立ち、数か所で少し会話を始めるが、すぐに解散となった。
ちょっと、城の中でも探索してみようかなと思っていると、両腕をアンさんとレイリアが押さえてくる。
僕の背筋に冷たいものが通る。
「フーカさんは、もう、ユナハ国の国王なんですよ。今のままでは、叔母様やエル様よりもたちが悪いですよ」
シャルの言葉が胸に突き刺さる。
僕はうなだれ、しょんぼりとした。
「ちょっと、シャルちゃん! それってどういうこと!? フーカ君も何でそんなにしょんぼりしているのよ! 心外だわ!」
大騒ぎをしだす人が、一人いた。
その人を、エイヤさんとハンネさんが取り押さえる。
「ダメ、もう限界だわ。フハハハハ」
アーダさんはしゃがみ込んで、両手で顔を覆うと笑いだしてしまった。
「なっ! アーダちゃんも何を爆笑しだしているのよ! 何で私が巻き込まれているのよ!」
エルさんは取り押さえられたまま吠えた。
「フーカさんも、分かってくれたようですね」
シャルの言葉に僕は頷く。
すると、彼女は僕を見て、満足そうに微笑んだ。
「アーダ様。お部屋を一つ、少しの間でいいので、貸していただけますか?」
「え、ええ。そこの扉の向こうは控室になっています。そこで良ければお使い下さい」
シャルに、アーダさんが答える。
「では、フーカさん。行きましょうか」
「へっ?」
僕はアンさんとレイリアに引きずられていく。
「待って、助けてー!」
僕はケイトたちのいる方向を見る。
「頑張って下さい。フーカのモリのユナハ陛下。ブフッ」
ケイトはそう言って吹き出すと、会議室に笑いが起きる。
僕は控室に引きずり込まれ、扉が閉まる瞬間に見た光景は、アーダさんが涙を流して笑っている姿だった。
「お説教は、ヤダー!」
バタン。
扉が閉まり、シャルのお説教が始まるのだった……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
そして、ブックマークをしていただき、ありがとうございます。
とても励みになります。
誤字脱字、おかしな文面がありましたらよろしくお願いいたします。
もし気に入っていただけたなら、ブックマーク、評価をしていただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。




