70話 僕たちの結婚式
結婚式当日、建設中のユナハ神殿の代わりに用意された場所は、謁見の間だった。
そして、僕は謁見の間のそばに用意された新郎の控室にいた。
心臓は高鳴り、ソワソワがおさまらない。
つまり、緊張で、ガッチガチになっているのだ。
まだ、結婚式に呼ばれたこともないのに、自分が式を挙げることになったのだから、当然と言えば当然なのだが、ドラマや報道で見た結婚式がまったく参考にならないという事実が僕の緊張をさらに高めたいた。
どう、思い返しても、九人の新婦を迎えるシチュエーションなんてなかった。
謁見の間から音楽が聞こえ始める。
僕の心の準備は出来ていないのに、すでに曲が流れだしてしまった。
コンコン。
「兄ちゃん、準備できたよ」
控室へ呼びに来たのは、ヨン君だった。
「まだ、心の準備が……」
彼は僕を見て、溜息を吐く。
「往生際が悪いよ。曲も流しちゃったんだから、さっさと行ってよ。僕が怒られるよ」
彼は、出会った頃と比べて、格段に言葉遣いが向上していた。
ヨン君を見て、ウンウンと頷き、現実を逃避していると、彼は僕の背中を押す。
そして、謁見の間の扉の前まで来ると、彼は僕に向かって親指を立て、離れていく。
「新郎、ユナハ国国王、フーカ・モリ・ユナハ陛下」
僕の名前が呼ばれ、謁見の間の両扉が開かれた。
僕は曲に合わせて、ゆっくりと歩き、玉座のある上段へと向かう。
室内にいる招待客からは、拍手と歓声で迎えられた。
僕が歩く絨毯の両サイドには、貴族や臣下が並んでいる。
その中には第一〇一特戦群もいた。
彼らは帽子を深くかぶり、素顔を見えないようにしているが、彼らの着ている黒の軍服姿は、こちらの衣装とは違い、悪目立ちしていた。
また、一番前の席では、レオさんやロルフさんたちがこちらを振り返り、拍手をしながら微笑んでいる姿も見られる。
僕は、彼らのそばへ行くと、軽く頭を下げるてから、再び歩みを進める。
前方の上段には、白の神官服を着たダミアーノさんが、こちらを見て笑顔を浮かべていた。
僕は、上段に上がり、彼のそばへ着くと、正面へ向き直る。
大勢の人々が目に飛び込んでくる。
どの顔も笑顔で、僕たちを祝福してくれていることが分かると、ちょっと、照れ臭くも嬉しくも感じた。
そのまま、謁見の間の扉に視線を向けて、シャルたち新婦が入場するのを待つ。
「ユナハ国副王、シャルティナ・ユナハ・カーディア様」
シャルの名が呼ばれると、扉が開かれ、彼女がマイさんに手を引かれて現れた。
綺麗だけど……何故、白無垢?
「ユナハ国宰相、イーリス・フォン・ラート様」
イーリスさんは、リネットさんに手を引かれて現れた。
その後も、皆の名前が呼びあげられていく。
「宮内省長官、ミリヤ・エテレイン様。近衛軍大将、レイリア・クーネ様。国防情報省長官、アーネット・トート・フルスヴィント様。王立研究開発局局長、ケイト・テネル様。ビルヴァイス魔王国侯爵家、オルガ・ラ・アルテアン様。グリュード竜王国六古竜、アスール・エラン様。ウルス神社神使、ヒサメ・ツグモリ様」
ミリヤさんはエイヤさんに、レイリアはお母さんに、アンさんもお母さんに、ケイトもお母さんに、オルガさんはブレンダさんに、アスールさんはルビーさんに、ヒーちゃんはイツキさんに手を引かれて現れる。
そして、皆、綺麗だけど白無垢姿だった。
シャルたちが上段に上がる時に、僕も手を貸し、ここまで彼女たちのエスコートをしてくれたマイさんたちに頭を下げる。
白無垢姿の彼女たちを見て、この後、どうするのだろうと悩む。
僕は西洋式の結婚式と聞いていたのに、これって神道だよね。
確か三々九度だっけ、御神酒を三回に分けて三杯飲むから九杯、それが九人だから……。
そんなに飲んだりしたら、ぶっ倒れる。
いや、飲み切れるはずがない。
冷や汗が滲み出てくる。
何故、結婚式で恐怖を味わっているのだろう……。
「三々九度を行います。この儀式は、フーカ陛下の故国での風習ですが、簡略化させて頂きました。では、どうぞ」
司会はサンナさんだった。
何で、彼女が?
赤い杯が現れると、僕は青ざめる。
僕の思いと裏腹に、盃は、皆にも配られていく。
そして、ネネさんが、僕の盃に御神酒を注ぐと、皆にも順に注いでいった。
皆にいきわたると、ネネさんが頷き、新婦たちが飲み始める。
僕も彼女たちの真似をする。
口に含むと、水だった。水だったとしても、そんなに飲めるわけがない。
ネネさんは僕のそばに来ると、空にした盃を回収していった。
この一回で終わり? 僕は安堵する。
彼女は、盃を回収し終えると、上段から立ち去る。
「ここで、新婦のお色直しがあります。皆様、ご休息下さい」
サンナさんが仕切る。
シャルたちは、上段から降りずに奥の扉へと消えていく。
お色直しって、何か色々と混ざっていないか……?
ん? 三々九度しかしてないよね? もう、お色直し……?
これからどんな式が行われるのか、不安になる。
そして、取り残された僕はどうなるの?
ネネさんが、僕に向かって手招きをしていた。
僕は彼女のところへと向かう。
上段から降りて、彼女のいるリンスバック家の席にくると、見知った人が笑顔で座っていた。
「カ、カエノお婆ちゃん? 何でいるの?」
僕が驚く姿を見て、カエノお婆ちゃんは喜んでいた。
「ヒサメが、結婚式の日取りを連絡してくれたんだよ。皆も来たがっていたが、皆が来たら、ツバキやシズク、特にツバキは意地でも来るだろう。だから、私が代表できたんだよ」
確かに、僕の家族や椿ちゃんたちがきたら、大変なことになる。
それにしても、カエノお婆ちゃんは、こっちに住んでいるだけあって、椿ちゃんと雫姉ちゃんの名前の発音が上手いな。
僕も国王になったから、日本語訛りを直していかないと。
そう言えば、カエノお婆ちゃんには、聞きたいことがいっぱいあったはずなのに、この状況では、何も出てこない。
「あっ、白無垢は、お婆ちゃんが用意したのを、皆の身体に合わせて直したんだよ」
思いにふけっていた僕に、ネネさんが話し掛けた。
「予定になかったことが混じっていたのは、カエノお婆ちゃんのせい?」
「そう!」
彼女は、嬉しそうに頷く。
「何を言っておる。ツグモリ家は神社なんだから神道も入れないと駄目だろう」
「僕はモリ家で、神社じゃないよ。まあ、道場ではあるけど……」
何だか、こういう会話の感じが家族を思い出す。
シャルたちが戻って来るまで、カエノお婆ちゃんとネネさんの二人と話して時間を潰していると、曲が流れだした。
僕は二人に手を振って上段へと戻る。
上段の定位置に着くと、シャルたちが曲に合わせて、奥の扉から現れ、僕のほうへ向かってくる。
彼女たちは、ウエディングドレスに着替えていた。
皆の胸元が開いていて、ドキドキする。
「フーカ陛下から新婦へ、妻の証となる指輪を贈っていただきます」
サンナさんが手で促すと、僕たちは、ダミアーノさんの前へと並ぶ。
彼から指輪が渡され、それを僕が一人一人の左手の薬指に、優しくはめて、キスを交わしていく。
カシャ、カシャ、カシャ。
シャッター音とともに、フラッシュが瞬いた。
犯人は一眼レフを構えたネネさんとマイさんだった。
そんな物を何処から持ち出したんだ……。
彼女たちに視線を向けると、二人の背後でニッコリとするカエノお婆ちゃんがいた。
黒幕は分かった。そして、逆らえないことも……。
それにしても、皆の前でキスをするだけでも恥ずかしいのに、撮影までされるなんて、こんなに恥ずかしい経験をするのは、今日だけにして欲しい。
シャルたち全員とキスを済ませると、ダミアーノさんが「今日より、彼らを夫婦として認める」と、声を高らかに宣言した。
会場から拍手と歓声が沸き上がる。
僕たちが照れながらも、正面に並び終えると、サンナさんは、僕にマイクを渡して、ウインクをした。
僕に「挨拶をしろ」ってことらしい。
「今日は、僕たちの結婚式にお集まりいただき、誠にありがとうございます。皆さんに祝福され、素敵な妻を九人も迎えることができ、僕は幸せ者です。そして、僕たちは夫婦になっても、この国のために頑張っていきたいと思っています。よろしくお願いします」
僕が頭を下げると、シャルたちも合わせるように頭を下げる。
再び、会場から拍手が贈られ、歓声も上がる。
テッテレテレテレテッテッテー、テッテレ――。
電子音が大きく鳴り響くと、何とも緊張感のない、料理番組のテーマ曲が会場を驚愕させる。
僕とヒーちゃんは音の出所を探す。
……僕のポケットから曲が流れていた。
恐る恐る取り出すと、犯人は僕のスマホだった。
シャルたちは僕を見て呆れている。
僕はスマホに視線を戻すと、画面には『椿様』と表示が出ていた。
着信拒否したいが、後々苦労しそうなので、スピーカーホンにしてとる。
「もしもし? もしもーし! フーカ、聞こえてるか? 私、私、私!」
プチッ。
詐欺の電話だった。
テッテレテレテレテッテッテー、テッテレ――。
何とも緊張感のない曲が、再び、鳴り響く。
再び、スピーカーホンにしてとる。
「無言で切るな! 私だ、ツバキだ! 今度は切るなよ!」
「……」
「フーカー! 何かしゃべってくれ……」
「ツバキちゃん、どうしたの?」
仕方なく返事をする。
「今日、結婚式だろ。おめでとう!」
「「「「「おめでとう!!!」」」」」
彼女の言葉の後に、大勢の人からのお祝いの声が、スピーカーから響く。
その中には、姉ちゃんやオトハ姉ちゃん、シズク姉ちゃんの声も混じっていた。
「私たちが出席すると、おおごとになるからと止められたから、電話でお祝いすることにしたんだ! どうだ、嬉しいだろう!」
スマホから聞こえてくるツバキちゃんの声に、会場は驚き、沈黙している。
「うん、ありがとう。ただ、皆が驚いて、声を出せないでいるよ」
「姉さん、それって、式の最中だったんじゃないの?」
シズク姉ちゃんの声だ。
「もしかして、邪魔したか? も、もしかして、ベロチューを邪魔してしまったか?」
「ツバキちゃん、切ってっもいい?」
「ごめん。冗談だ! 切らないでー!」
ツバキちゃんはいつになくはしゃいでいる気がする。
それよりも、ベロチューっておやじか!
結婚式でそんなキスをするわけないじゃないか!
「それで、ツバキちゃんの要件は祝辞なんだよね。ありがとう。それと、皆もありがとう。あと、母さんたちに「紹介できなくてごめん」って伝えてくれる」
会場が気まずい雰囲気で、早く切りたかった。
「おう、分かった。伝えておく。それとは別に、言いづらいことがあるんだけど……」
ツバキちゃんの声色から嫌な予感がする。
「フーカは、期末試験をどうするんだ? 受けられないなら、リモートの補習を受けるか、大量の自主学習の結果、まあ、これだけ勉強していましたっていう証拠を提出しないと、留年するぞ」
「……」
僕の頭は、一瞬で真っ白になった。
今は呆けている場合じゃない!
僕は思考を取り戻す。
「そうだ! 姉ちゃんたちの時は、どうしてたの?」
「カザネは、学年トップだったし、失踪扱いだったからなぁ。オトハは……アレだ、いないほうが……校内の風紀が乱れないと喜ばれていたから……。それに、オトハはアレだったが、成績は良かったから、学校に来なくても問題視されなかったんだ」
彼女は言葉を選ぶのに、悩みながら話す。
なんだか、僕だけがバカみたいに聞こえるんだけど……。
「あっ、ヒーちゃんは?」
ヒーちゃんを見つめる。
「わ、私は、こちらへ来る前に、提出できる物を用意してから来ましたので、大丈夫です」
彼女は申し訳なさそうに、僕を見つめ返す。
僕の頭に、『留年』と『中退』の二つの単語がこびりつき、離れない。
何処からとなく、「このままこっちに居座って、戻らなければ大丈夫! 王様なら生活は安泰、心配することは何もない」と、もう一人の僕が語りかけてくる。
それもいいかな……いやいや、ダメだ。
僕は頭を振り、甘い誘惑を振り払う。
「ツバキちゃん、どうしよう……」
僕は彼女に泣きついた。
「お祝いのついでに、解決策を早めに教えておこうと思って、電話したのだ」
彼女の声色が得意げに聞こえる。
助かった。女神だ! 女神がいる。
初めてツバキちゃんを神様だと思えた。
「ツバキちゃん、その解決策って、どうすればいいの?」
僕は彼女の言葉に飛びついた。
「奥宮が完成して神鏡を設置すれば、ワイファイが繋がるから、奥宮でリモート補習を受けれるし、通信教育も受けることが出来るようになる。ただ、奥宮が完成するまでは、カエノに問題集と参考書を持たしておいたから、その問題集を終わらせておけ!」
何故だろう、彼女の言葉を素直に受け止めきれない。
それって、王様をやりながら、宿題したり授業を受けたりするってことだよね。自然と嫌そうな表情が顔に出てしまう。
「どうせ、フーカのことだから、嫌そうな表情でも浮かべてそうだな」
「「「「「ブフッ」」」」」
シャルたちが、顔を逸らして吹き出すと、声を細めて笑いだす。
ツバキちゃんに言い当てられてしまったことも悔しいが、シャルたちに笑われているのも悔しい。
「お前が留年しないように、私が学校へ直談判に行って交渉したんだから、ありがたく思え!」
ツバキちゃんは偉そうだ。
「姉さん、偉そうにしているけど、もとをただせば、姉さんが転移を失敗しなければ、こんなことにはなっていないんだけど」
シズク姉ちゃんが彼女の痛いところを突く。
「別に失敗はしていない。間違っただけだ!」
言い訳を偉そうに言わないで欲しい。
「コホン。とにかく、ワイファイが繋がれば、テレビ電話も出来るし、ネットも出来るから我慢しろ! それじゃあ、問題集を終わらせておけ。そうだった、涼音からの伝言で、行き来できるようになったら、潤守神社でも結婚式と披露宴をやるからと言ってたぞ。じゃあな! プツン。ツー、ツー、ツー」
最後は言うだけ言って、一方的に切られた。
そして、この会場の空気は、どうしたらいいのだろうか……。
最後はツバキちゃんのせいでグダグダになったが、相手が相手なだけに、シャルたちは誰も文句は言わなかった。
そして、サンナさんがグダグダになった状況を上手く立て直してくれたおかげで、結婚式は無事に終わることが出来た。
さすが、プレスディア王朝の宰相。
エルさんを相手にしているだけあって、こういう状況を切り抜ける手腕は凄かった。
その後、サロンでささやかな宴会が行われた。
シャルたちは、ツバキちゃんが口にした『涼音』が誰なのかを気にしていたが、僕の母親だと分かると、何故か緊張をする。
僕が緊張するシャルたちを笑っていると、カエノお婆ちゃんに、ツバキちゃんから渡された教材は執務室へ運んでもらったと告げられた。
宴会を抜け出して執務室へ行くと、机の上にガムテープでグルグル巻きにされた大きな段ボール箱が置いてあった。
恐る恐る開けると、中にはぎっしりと教材と筆記用具が詰められていた。
その僕の想像をはるかに超える大量の教材に、僕は打ちのめされた状態でサロンに戻ると、シャルたちが心配をしてくる。
彼女たちに心配されたことが嬉しくて、教材のことを話すと、大爆笑された。
話すんじゃなかった……。
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