66話 結婚指輪
指名手配をされてから数日。
僕は毎日、執務室で事務作業。
そして、いつも、誰かしらがそばについていた。
同じスケジュールで行動し、監視付き。
これじゃ、刑務所じゃないか! 何か違う事がしたい。刺激が欲しい。
そこへ、コンビニ『カプ』が開店してから好調で、売り上げを伸ばしている報告があがってきた。
僕がプロデュースした店なのに、指名手配のせいで見に行かせてもらえない。
ヒーちゃんも関わっているから大丈夫なのは分かっている。
でも、自分の目でも、盛況ぶりを確かめたい。
それに、城の北側の開発地区も近くで確かめたい。
街の人たちの暮らしも、直に触れ合って確かめたい。
したい事は山ほどあるのに、自分の目ではなく、報告された文章で確認するだけ、まるで、お預けをくらった犬の心境だ。
限界を超えた僕は、護衛についているアンさんを引き連れ、シャルに直談判をしに行く。
「シャル、街を見に行きたい!」
「却下!」
理由もなく、たった一言で断られた。
でも、ここで引き下がるわけにはいかない。
「もう、数日がすぎたけど、何もおきていないし、大丈夫だよ!」
「時間の問題じゃないんです。指名手配が出された以上、いつ、危険にさらされてもおかしくない状況なのだから、我慢して下さい」
「護衛もつくんだし、コンビニや開発地区とか、自分の目で直に確かめたいんだよ。これも仕事でしょ?」
「報告書を上げているはずです。それで確認が取れるのだから我慢して下さい」
何を言っても正論で返されてしまう。
何かシャルが妥協せざるを得ない条件を持ち出さねば……。
僕は、シャルを見つめながら考える。
彼女の見ている書類に目を向けると、挙式を挙げる場所の候補が並んでいた。
挙式の準備も進んでいるのか。
ん? こっちの結婚式では、指輪の交換はするのだろうか? まだ、シャルたちに渡す指輪を用意していない。ちょっと待て……。
僕は自分の左手の薬指を見る。
ここに九個もの指輪をはめたら、関節が曲がらくなるのでは?
僕が用意するのは指輪でいいけど、彼女たちが用意する物……というか僕からだけ渡せばいいのか。
ん? 指輪は使えるかもしれない。
「ねえ、シャル。こっちの風習だと、結婚式に指輪を渡したりする?」
彼女はキョトンとした顔で僕を見つめる。
この顔はないな!
「いえ、ありませんけど」
僕は喜びそうになるのを、グッと堪える。
「そうなんだ。僕は、結婚式には、日本みたいに、新婦の左手の薬指に指輪をはめてあげたいんだけど、指輪を選びに行けないし、無理だよね。ハァー。諦めるしかないのか……」
僕は酷く落ち込んで、うつむいてみせる。
……。
間が空いたので、シャルをチラ見すると、彼女は頭を押さえて苦悶していた。
そして、アンさんは、僕の横でそわそわしている。
表情までは見れないが、きっと、二人とも葛藤しているに違いない。
「その、指輪を渡す風習はいいと思いますので許可します。ただ、商人を城に呼んで、選んで下さい」
シャルが苦悶の末に導き出す。
そうきたか……。
「商人に持ってこさせたら、豪華で高価な物しか持ってこないよ。九人もいるんだから、似たようなデザインばかり選ぶよりも、お店に並んでいる中から、僕が皆に似合いそうな物で、これをつけて欲しいという指輪を見つけたいんだ」
シャルを見ると、彼女は顔を真っ赤にして、少しにやけた表情で悩みだした。
彼女の心をかなり揺さぶったと思う。
後は彼女の決断を待つだけだ。
少し時間を費やし、彼女は決断をした。
「分かりました。その代わり、護衛にレイリア、アン、ヒーちゃん、……ケイト……をつけます。いいですね」
「うん。ありがとう!」
僕は嬉しさのあまり、彼女の頬にキスをする。
すると、彼女は頬を押さえて顔を真っ赤にした。
「ところで、何で、ケイトのところで悩んでたの?」
「えっ? あ、えーと、ケイトがいれば商談はスムーズにいくと思ったけど、フーカさんとケイトを混ぜることに抵抗があって……」
僕とケイトは、混ぜるな危険! ってことらしい。
夫婦になるのに、混ぜるな危険って……。
◇◇◇◇◇
シャルからのお許しを得て、僕は、レイリア、アンさん、ヒーちゃん、ケイトを引き連れて、城の外へ出た。
僕たちの素性がバレないように、服装は街の人たちに合わせている。
レイリアとヒーちゃんは町娘の恰好なのに、剣を携えているせいで、どこかおかしな感じがする。
アンさんも町娘の恰好なのだが、彼女の場合は、全体的にビシッとしすぎていて、違和感がある。
ケイトに関しては、どこからどう見ても町娘だった。
僕とケイトを除いた三人は、バレるのでは? と心配になる。
最初は、城の正門から迂回して、コンビニ『カプ』を見に行くことにした。
城壁沿いに歩いていると、次第に人の往来が激しくなっていく。
すれ違う子供が、綿菓子を手に持ち、駆けずり回り、それを母親が叱っている光景を目にする。
何だろう。なにかこう、グッとくるものを感じる。
店の場所を知らないのに、人の流れで何処にあるのかの見当がつく。
そして、前方には人だかりも見えてくる。
そばまで来ると、店内はお客でにぎわっていた。
店の外には、ゴミ箱とベンチ、丸テーブルが備えられていて、そこもお客で埋まっていた。
大繁盛、大成功だ!
ケイトとヒーちゃんがドヤ顔をしている。
二人がドヤ顔をしたい気持ちも分かる。
しかし、こんなににぎわってしまうと、店員は大丈夫なのだろうか?
人ごみの隙間から、店内を覗くと、レジはまさに戦場と化していた。
メイド服に似た制服を着た店員がせわしなく動き回ったり、会計をしたりしている。
「従業員の数を増やしたほうがいいんじゃないの?」
僕が尋ねると、ヒーちゃんとケイトも、店内の様子を確かめる。
「キャパオーバーです。従業員を増やしたほうが良さそうです」
「ヒサメ様の言う通りですね。うーん、動線も考える必要がありますね。それに、男性従業員も増やしたほうがよさそうです」
二人は、店内の様子を写真に撮ったり、メモを取り始めた。
「商品も生産数を増やした方が良さそうだね」
「そうですね。食品や飲料水は隣でも販売する予定で、雑貨などをメインにしたかったのですが、隣が完成するまで、売れるだけ売ったほうが良さそうですね」
ケイトは僕の意見に賛成する。
「品切れが多いとみすぼらしく見えてしまうのも良くないです」
ヒーちゃんは、頷きながら付け加える。
二人は、再び話し合いだし、ウンウンと頷きながらメモを取る。
ん? 隣? 確か隣と言った。
僕は、大きな垂れ幕で隠されているコンビニの横を覗き込む。
中は工事中で、間取りを見る限りでは、店舗のようだ。
どこかに何を建てているのかが、書いていないかと探す。
よく見ると、垂れ幕につけられた看板に、メイドレストラン『カプ』と書かれていた。
また、店名がカプだった……。
どんだけ、カプが好きなんだ。
「ねえ、このメイドレストランって、何?」
「それですか、そのお店は、フーカ様に教わった料理を出すんですよ。フーカ様も提案してましたよね」
ケイトが不思議そうにする。
「うん。話しはしたけど、問題はそこじゃなくて、頭にメイドがついてることなんだけど」
「それは、アン様と相談して、教育の一環としてメイドをこちらでも使うことになったんです。それに、食事中の会話から民衆の声を拾うそうです」
なるほど、情報収集の場にもするのか。
僕がアンさんを見ると、彼女と目が合った。
「勝手に利用してしまい、申し訳ありません」
「いいよ、謝らないで。民の声を知ることは、とても大切なことだから」
僕が微笑むと、彼女は照れ臭そうにして、鼻を掻いていた。
「ここで、いつでも生姜焼きが食べれるようになるんですね。待ち遠しいです!」
レイリアだけが、僕たちとは違う方向に、思いを寄せていた。
街の様子をみながら移動し、大通りまで来ると、馬車の駐車が多くなった。
せっかく整備しても、これでは、危ない気がする。
交差点には、交番が出来ていたが、横断歩道はない。
僕は、気になることをケイトとヒーちゃんに話す。
ヒーちゃんも気にはなっていたが、車と違って馬車の駐車スペースは、馬がいるので苦悩していた。
また、馬の糞尿は、道の中央から水が流れるようにして、側溝に流せるようにし、道路清掃局も作り、常に道路を綺麗に保てるようにしたのだが、駐車が邪魔しているので、道路わきに駐車スペースを記して、駐車料金をとる方向で案をまとめているそうだ。
こうやって直に見ると、課題が多いことに気付かされる。
街に出てきて良かったと思う。
問題点を三人で話し合い、メモを取ると、次へ向かう。
大通りの歩道は広く作られ、歩行者が十分にすれ違えるので歩きやすい。
次は脇道の整備も考えないとならない。
馬車は通らないが、ゴミが目立つ。
ゴミ置き場の設置と回収をしないといけないな。
そのことをヒーちゃんと相談していると、僕たちの会話を、ケイトがメモに記していた。
さっきから見ているのだが、ケイトは粗悪な紙に炭を尖らしたもので書いている。
鉛筆の初めてって、こんな感じだったのかもしれない。
僕はレイリアが背負っているリュックからメモ帳ととボールペンを取り出し、ケイトに渡した。
彼女は目をパチクリさせながら受け取ると、じわっと涙目になっていく。
「ケイト、泣かないで。嬉しいのは分かるけど、ここでは我慢して」
彼女はズズッと鼻をすすり、我慢してくれる。
良かった……。
その後も歩いては気になったことを相談しては、ケイトがメモを取るを繰り返す。
しばらく歩いていると、『テネル商会 貴金属 ユナハ支店』と書かれた看板を見つけた。
「ねえ、ケイト。この店名、『テネル貴金属 ユナハ支店』のほうが良くない?」
彼女は、看板とにらめっこを始める。
「確かにそうですね。こういう書き方が商業ギルドで指定されていたので気付きませんでした。商業ギルドに言っておきます」
彼女はそう言うと、店に入ってしまう。
そして、ケイトが使用人の男性を連れて出てくると、彼女は僕のほうに来るが、男性は違う方角へ歩いていく。
「今、商業ギルドに使いを出し、看板も変えるように指示しました」
彼女は満足そうな顔をしている。
いつもながら行動が早いと感心する。
アンさんがそわそわしている。
……危ない、危ない。忘れるところだった。
アンさんのおかげで助かった。
手ぶらで帰ったら、間違いなくお説教、下手すれば外出禁止になるところだった。
僕がテネル貴金属に入ると、アンさんは嬉しそうにお供をする。
逆に、指輪の件を知らされていないレイリア、ヒーちゃんはキョトンとし、ケイトは勝手に自分の家へあがりこまれたような驚いた表情を見せる。
店内に入ると、扉の両脇に二人の男性が立っていた。
彼らは僕を見て、いぶかしそうな表情を浮かべる。
そりゃそうだろ、庶民の恰好をしたガキが、貴金属なんて高価な物を扱う店に入ってきたのだから。
そして、僕が歩みを進めようとすると、前に立ちはだかる。
おそらく用件を聞かれるのだろう。
しかし、彼らは後ずさった。
「お、お嬢様、帰ったのでは?」
「「ブフッ」」
僕とレイリアは思わず吹いてしまった。
ケイトを見ると、顔を紅潮させてフルフルしている。
「この方は、そのまま通しても大丈夫よ」
「しかし……」
「いいのよ。私の旦那様になるのだから」
彼女は頭から湯気を出しそうなほどに真っ赤になっている。
彼らは彼女の言葉を聞くと、両脇に控え、僕に跪く。
事情を知っているんだ。
「あのー、お忍びなんで、そういうことをされると……。それと、このことは他言無用でお願いします」
「「失礼しました」」
二人はすぐに立ち上がると、頭を下げて手を伸ばし、奥へ行くように勧める。
店内の奥に進む時に、陳列されている物を見ると、木製や骨などの装飾が多くみられた。
そして、店内の奥には扉があり、男性と女性の二人の店員さんが立っていた。
二人は僕を見ると、首を傾げたが、背後にいるお嬢様を見て驚くと、扉を開けてくれる。
その部屋には、金や銀をベースにした宝石などをメインとした装飾品が陳列されていた。
そして、中央のカウンターに、黒髪を後ろで束ねた綺麗なお姉さんが笑顔で立っている。
僕はカウンターに近付く。
「あのー、結婚式の時に渡したいので指輪を見せて下さい」
僕は後ろを警戒するように、小声でお姉さんに話しかけた。
彼女はケイトを見てから、なるほどといった表情を見せる。
「どのような物をお求めですか?」
彼女は小声で返してくれる。
「主張しすぎない物で、常にはめていても仕事とかの邪魔にならない感じがいいんだけど、できれば、奇麗や可愛いと思えるものでお願いします。こういうのを選んだことがないんで、変な注文ですみません」
「いえ、分かりました。少々、お待ちください」
彼女はそう言って、布が敷いてあるお盆を持つと、カウンターから出て室内を歩き回り、引き出しを開けたりして、手ごろな物を選んでくれる。
待っている間、皆の様子を見ると、アンさんは嬉しそうにお姉さんの選ぶものを覗き込み、ヒーちゃんにはバレたようで、両手で顔を押さえて感激していた。
レイリアはというと、ポカーンと口を開け、キョロキョロとしている。
彼女に気付かれることは、まず、なさそうだ。
そして、ケイトだが、自分の家の店舗ということもあって、近くの装飾品を摘まみ上げては、光に当てたりして、置かれている商品の質を確かめているようだった。
お姉さんが戻って来た。
「このあたりでいかがでしょうか?」
彼女は、カウンターにお盆をのせる。
その上には、何種類もの指輪が置かれ、どれも派手さはないが小さな宝石が数個埋め込まれていて、僕が思い描いていた物に近かった。
僕はその中から、これだと思うものを九つ選ぶ。
再度、その指輪をはめているシャルたちの姿を思い浮かべ、似合っているかを確かめる。
どれも大丈夫そうだ。
「この九つを下さい」
僕は自信をもって告げる。
「サイズはどうしますか?」
お姉さんに尋ねられ、僕はキョトンとしてしまう。
サイズ? サイズってなんだ?
「えーと、これとこれはSサイズで、ここからここまではМサイズで、これと、あと、ここからここまでがLサイズでお願いします」
僕の返事に、お姉さんが首を傾げてキョトンとしてしまう。
「ブフッ」
僕の背後で吹き出す人がいた。
振り返ると、ヒーちゃんだった。
彼女は顔を引きつらせながら、僕のそばに来る。
「指のサイズです。ポテトやドリンクを頼む感覚で頼まないで下さい」
彼女に言われて、僕は恥ずかしくなる。
「ポテトじゃなくて、服とかと同じかと思って……」
「そんな訳ないじゃないですか。サイズが合わないと、入らなかったり、抜け落ちてしまいます」
彼女は苦笑した。
確かにその通りだ。
「えーと、フリーサイズで!」
「ブフッ」
ヒーちゃんは顔を逸らして吹き出した。
「フー君、指輪にフリーサイズなんてありません。小さな一号から大きな二八号まであって、それぞれ、直径と円周が決まっているんです」
一号から二八号までって、そんなにサイズがあるの……。
「どうしよう。皆の胸のサイズなら握った感覚で憶えているんだけど……。あっ! 握ってない人もいる。どうしよう?」
僕は指をワシワシさせながら話すと、ヒーちゃんとお姉さんから冷たい視線を浴びせられた。
「今、胸のサイズは関係ありません。どんなテンパりかたをしているんですか!」
ヒーちゃんは、頭を抱える。
彼女は僕を見て、呆れた表情をしてから、誰にどの指輪を渡すかを聞いてくる。
僕が素直に答えると、お姉さんが紙をちぎって、名前を書き込み、指輪に添えていく。
そして、ヒーちゃんは他の三人を呼んで、皆の薬指のサイズを知っているかを聞いてくれた。
ケイトとアンさんが、ほぼ把握していたので助かった。
ただ、ヒーちゃんは、適当なサイズを言い出したことと胸のサイズを言い出したことを、僕を懲らしめると言わんばかりの表情で三人に告げてしまった。
ヒーちゃんのその表情は、いたずらを考えている時の椿ちゃんに、似ている気がする。
将来が怖い……。
僕は、三人からも冷たく呆れた視線を送られ、彼女たちと同じ室内にいるのが気まずくなる。
サイズの調整などのことはよく分からないの、ヒーちゃんにお任せする。
そして、お金の入った小袋をアンさんに渡すと、彼女に外の空気を吸いに外へ出るけど、店の前にいるからと告げた。
アンさんは難しい顔をしたが、渋々、了承してくれた。
この気まずい空間にいるのは耐えられなかったので、僕はホッとする。
店の外に出ると、扉の脇で皆を待つことにした。
空を見ながら、ボーっとしていると、微かに女性の悲鳴のような声がした気がする。
気のせいかもしれないが、もしもがあってはいけないので、声のしたほうへと向かう。
辺りを見回してみたが、何事もなさそうだ。
念のため、耳を澄ませてみる。
すると、口を塞がれているような声がした。
声の方向へと急ぐ。
脇道に入り、声のしたほうへ走る。
大通りと平行に通る通りに、板で囲まれた荷馬車が停車していて、男が袋をかぶせた女性を荷馬車に投げ入れていた。
その行為を確認した僕は、急いで、アンさんたちに報せるため、今来た道を戻る。
しかし、いきなり目の前が真っ暗になり、身動きが取れなくなってしまった。
あれ? この展開はマズいのでは? どうしよう……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
誤字脱字、おかしな文面がありましたらよろしくお願いいたします。
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よろしくお願いいたします。




