06話 逃れられない婚約
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僕が思ったことを口に出してしまっていたことで、皆を混乱させてしまったが、少し休息を入れたおかげで、皆も落ち着きを取り戻したようだ。
ポツポツと会話をする者も出てきていたので、僕は話しを再開することにした。
「そろそろ、話しの続きをしませんか?」
シャルは頷くと、率先して話し始める。
「そうですね。まず、フーカさんのことは、神様の御友人ということにして、ここにいる者には他言することを禁じます。まあ、話したところで、神様が労働を強いられているなんて話しは誰も信じないと思いますが……。フーカさんもここでの話しは他の者には話さないで下さい。あなたを利用しようとする者は、この世界には山ほどいます。拉致したり、無理矢理の奴隷契約、保護していると偽って命を奪う事だって考えられます。他にも起こりうる危険を挙げれば切りがありません。気を付けてください!」
「はい……」
この世界、物騒すぎるよ! 椿ちゃんに何か加護を授けて欲しかった……。
それにしても、シャルたちは順応が早い。
僕と椿ちゃんたちとの関係のほんの一部に過ぎない話しをしただけで心の平静を失っていたのに、今ではその関係性が知られた時の危険性まで考えている。
僕も発言には細心の注意を払わなければと、気を引き締めることにした。
シャルは気まずそうな顔を僕に向けると、突然、頭を下げる。
「フーカさん、謝罪させて下さい。ごめんなさい」
「えっ? なんで謝るの?」
僕は彼女の行動に混乱してしまう。
「私は、あなたの御使い様という立場を利用することで、この国の現状と私たちの置かれた立場を有利に運べると考え、あなたを巻き込むことを前提にしていました。本当にごめんなさい」
謝罪の理由を述べ、再び頭を下げるシャルに、僕はライトノベルなどのありがちなストーリーを思い出しながら、彼女を見つめた。
「ですが、フーカさんがポロッと呟いた愚痴により、私たちが逆に巻き込まれる形になってしまい、私たちも困っている状況です。そこは理解して下さい」
縋る目を向けている彼女に、僕は戸惑ってしまう。
何故、僕がシャルたちを巻き込むことになったんだ?
僕は理解が出来ず、頭を悩ます。
そして、彼女が何に対してかは分からないが、何かことを急いでいるようにも感じてならなかった。
「えーと、何故? 僕に巻き込まれたことになるのか教えてくれる?」
分からない以上、聞くしかない。
「ハァー。よく考えてみて下さい。フーカさんは神様に直談判ができ、身内かもしれない立場です。そして、そのことを、不可抗力とはいえ、私たちは知ってしまいました」
僕はコクコクと頷く。
確かに神様に文句を言える者を抱え込んだとすれば、僕でも厄介なことに巻き込まれたと思うよな。
僕と目を合わせたシャルは、少し気まずそうな表情を浮かべる。
「とても言いにくいのですが、フーカさんは自分には力が無く、一般人と同じだと主張しているので、誰かが護らねばなりません。それは、話しを聞いた私たちが行わなければならなくなりました」
うん。僕がシャルたちを巻き込んでるな。
「さらに、フーカさんを世に公表はできないけど、命に代えても護らねばならない対象者です。あなたの身に何かがあれば、この国の前に、この世界が、身内を傷つけられた神様の怒りに触れることになるのです。その責任が、全部、私たちに降りかかってきたのです。こんなにも厄介なことはありません」
何だか僕の扱いが危険物みたいに感じるのは気のせいだろうか? まあ、椿ちゃんなら、何をしでかすか分からない気がするだけに、彼女の意見を否定することはできない……。厄介な神様だ。
ん? 僕じゃなくて椿ちゃんが厄介なだけでは……?
今の段階では、この世界で僕が助けを求められるのはシャルたちしかいない。
彼女たちの意図は分からないが、今は彼女たちと協力関係を結ぶことが最優先だと本能が訴えている。
そして、今、僕の目の前にいる人たちは、僕が危険な存在だと思いつつも、手を差し伸べる覚悟のようだ。これは、決まりだね!
「この世界のことは右も左も分からないから、僕の扱いはシャルたちに任せるよ」
「そんな簡単に決めてもいいのですか?」
「僕のことを護ってくれるんでしょ?」
「はい、それはもちろんお護りしますが、利用するかもしれませんよ!?」
「多少は仕方ないと思ってる。それに、僕が元の世界に戻りたくても、シャルたちの助けがないと戻れないし、今のところ、この世界で信じられるのはシャルたちしかいないからね」
「分かりました。そういうことでしたら私もフーカさんを信じて、こちらの協力をしてもらいますし、フーカさんの協力もします。これでいいですね!」
「うん、それでいいよ! これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ!」
僕はシャルと握手を交わした。
彼女の手は柔らかく、少しひんやりとしていた。緊張していたのだろう。
アンさんが気を利かせて、皆のお茶を入れ替えていく。
このタイミングのお茶は、一区切りがつき、次の話への準備もできる。
狙ってやっているのかな? 彼女は、かなり優秀なメイドに違いない。
「フーカさん、今更ですが、彼女たちを紹介させてください」
「はい、お願いします」
「ありがとうございます。……本当のことを言うと、部屋に入ってきた段階では、フーカさんがどういった存在なのか? 敵となるのか味方となるのかも分からなかったので紹介を後にしました。ごめんなさい」
「なるほど、いい判断だと思うよ」
シャルは、僕よりも賢い子なのだと思う。
「では、アン、レイリア、ケイト、ミリヤの順でお願いね!」
「「「「はい!」」」」
アンさんが一歩前に出て、スカートをつまみ軽く持ち上げ、頭を下げた。
「アーネット・トート・フルスヴィント申します。気軽にアンとお呼び下さい。侍従長をしておりますので、何かお困りの時には、気兼ねなくお呼び下さい」
レイリアさんが、アンさんと入れ替わるように前に出る。
「レイリア・クーネです。親衛隊隊長を任されている騎士です。シャルティナ皇女殿下の専属護衛も兼任しております。よろしくお願いいたします」
彼女が軍属らしいサッパリとした自己紹介を終えると、茶髪のセミロングをポニーテールにした可愛らしいお姉さんと入れ替わった。
彼女はレイリアさんの青い軍服とは違う白い軍服を着ていた。
「ケイト・テネルです。宮廷魔導士と宮廷医師をしております。フーカ様の診断をしたのは私です。身体に異変を感じたらお声掛け下さい。もし、魔法に興味がおありなら言ってくださいね! いつでもお教えいたしますから。よろしくお願いします」
魔法と医療に関しては、彼女に聞くことしよう。
最後は、儀式のときの女性だ。
あんなことがあったから、僕の方も緊張してしまう。
銀髪の女性がケイトさんと入れ替わるように前へ出る。
淡い水色の神官服に膝丈くらいの白いスカート、金糸で模様が刺繍された白い羽織りを着ている。
彼女はスカートを軽くつまみ上げると頭を下げた。
セミロングストレートのサラサラとした銀髪が流れ落ちると、尖った耳が現れる。彼女はエルフだった。
僕は目を丸くして、彼女を見つめる。
「フフ。驚きましたか?」
「はい。僕の世界で、エルフは架空や空想上の存在なので……。なんか、物珍しそうに見つめて、ごめんなさい」
「いいえ、謝らないでください。私だって目の前に女神様がいたら驚きますもの!」
「そうですよね! って、僕の場合は女神様がいても驚かない気がします……」
思わず苦笑いが出てしまうと、彼女は可愛らしく笑っていた。
エルフを見るのは初めてなだけに……って、地球にはエルフはいないし! 初めて接する種族との遭遇だど意識をすると、妙に緊張が増してしまう。
「フフ、そうでしたね。ごめんなさい。……では、改めまして、ミリヤ・エテレインと申します。宮廷巫女と宮廷魔術士をしています」
「ん? 宮廷魔術師? 宮廷魔導士とは職業として違うのですか?」
僕は彼女の言葉を遮って質問をしてしまった。
「簡単に言えば、魔導士は魔法分野での講師や研究者の立場の者を指し、魔術師は魔法を使用する仕事に就いている者のことを指します」
「なるほど。ありがとうございます」
僕が頭を下げると、彼女は話しを続ける。
「私は巫女でもありますから、『ウルス聖教』にも所属しています。そして、『ウルス聖教』の聖地となる『ウルス聖教国』ともつながりを持っていますので、興味がおありなら、いつでもお声掛け下さい。それと、私の唇を奪ったのですから、責任を取って下さいね! よろしくお願いいたします」
「「「!!!」」」
事情を知らない三人がジト目でこちらを見る。
シャルとミリヤさんは顔を逸らしてはいるが、笑っているのがバレバレだ。
「ごめんなさい」
僕は、頭を掻きながら謝った。
「プフッ……それでは、自己紹介も終わったことですし、本題に入りましょう」
シャルの笑いを堪えながら言い出す姿に、納得がいかないと思った。
僕は少し膨れる。
「ほらぁー、拗ねないの!」
シャルが僕の頭を優しくなでる。
何だかとても雰囲気が変わった彼女に、僕は少し困惑した。
皆は、僕の周りに椅子を並べて座る。
前よりは動けるが、立ち上がれるほどまでには回復していないので、失礼だとは思うが、ベッドの上に乗ったまま対面する。
早急に解決するべきことは、シャルの儀式ができなくなったことであった。
鏡が砕け散った時点で詰んでいるのでは? 神鏡と呼ばれるくらいだから、予備の鏡があるとは思えない。
情報を集めて妥協案を提示するしかないだろう。
「シャル、僕のことは君らが隠していてくれれば大丈夫だけど、シャルの王印の儀式の件は誤魔化せないんじゃないの?」
「はい、その通りです。数日後、遅くとも七日後には議会が開かれ、そこで儀式の失敗を報告をしなければなりません」
僕のせい……いや、よく考えたら椿ちゃんのせいだよね……?
ミリヤさんが手を挙げ、発言をする。
「儀式に関しては、今回は神鏡が老朽化のために割れてしまったので、ユナハ領にある神鏡にて、再度行うと報告すれば済むのではないでしょうか? 王印を継承できなかったら皇帝即位も問題になるのですから」
「そうですね。儀式の件は、ミリヤの案で押し通しましょう。確かに、彼らにとって王印を授からなかったという事実の方が問題になるでしょうから、手段があるなら邪魔をすることもないでしょう」
予備? の鏡がありました。僕の意気込みは何だったのだろう。
少し呆気にとられたが、別の手段があったことに僕はホッとした。
レイリアさんが手を挙げ、発言をする。
「姫様の婚約の件はどうしますか?」
「はぁ? こんやくぅぅぅ!?」
僕は、突然出てきた知らない情報に思わず叫んでしまった。
「あら? フーカさん。心配してくれるのですか? それとも妬いてくれているのですか?」
シャルにからかわれたのだが、僕は彼女がこちらに向かって嬉しそうに微笑む顔を見て、ドギマギしてしまう。
「えーと、婚約の話があるなんて知らなかったので、驚いただけだから。とにかく、その婚約のことを僕にも教えてくれるかな?」
僕はどことなく恥ずかしい気持ちを、質問をして誤魔化した。
「姫様は、宰相の息子、既婚のアウレート卿か、孫のアノン卿のどちらかとの婚姻が予定されているのです」
レイリアさんが言い終えると、シャルは悲しそうな顔を浮かべ、他の皆さんはとてつもなく嫌悪な表情を顔に浮かべている。
政略結婚なのであろう。
僕はこの世界が日本とは違うことを思い知らされたが、よくよく考えてみれば、日本も昔は似たようなものだった。
こちらでは、時代劇か歴史での出来事が常識だと思っていたほうが良さそうだ。
「その宰相たちって、皆の顔を見てると相当な嫌われ者みたいだけど、どんな人たちなの?」
「帝国宰相、バルト・フォン・ボイテルロック侯爵。新教貴族派閥という『ハウゼリア新教』の信者で構成される貴族たちをまとめている派閥のトップです。ハウゼリア新教の大本は隣国の『ハウゼリア新教国』で、故オウル・ハウンゼンなる異世界人によってできた国なのですが、異世界人のハウンゼンを神として崇めています」
レイリアさんの説明にミリヤさんが凄く嫌な顔をする。
「あの宗教は、他の宗教を邪教、他の神様を邪神としているし、人族以外は汚らわしい者として扱う厄介な宗教なのです。ハァー」
ミリヤさんの美人を台無しにするほどの顔をさせる宗教って……。
そもそも、排他主義の宗教って厄介なんだよな。それも、異世界人が興した宗教というのが、さらに厄介だ。
こちらの世界よりも進んだ文化圏から来ているだけに、その影響力は僕が思っているよりも強いのかもしれない。
同じ立場の僕も、今後の行動には、慎重を期すべきなのかもしれない。
レイリアさんは困った顔でミリヤさんを見つめると、再び話し始める。
「詳細までは分からないのですが、宰相は前皇帝から姫様が成人なさったときには自分の息子との婚姻を取り付けていました。息子のアウレート卿は騎士団総長なのですが、既婚者で、すでに三人の妻がいます。姫様が即位すれば、皇帝を第四夫人にすることになるので反発を生みます。そこで、孫の騎士団団長であるアノン卿と婚姻させてはということになりました。二人とも、家の権力と謀略で今の地位にいるので、腕は大したことありません。人格は……皆さんの顔を見ればお察し出来るかと……」
彼女たちを見ると、しかめっ面をした美女たちが並んでいる。こんな光景は二度と見れないかもしれない。
恐るべし、ボイテルロック侯爵家!
「でも? 二人とも候補者なんだよね?」
「推測ですが、王印の継承が成せばアノン卿と、成しえないときはアウレート卿と婚姻させるつもりなのでしょう。それに、王印がなくとも唯一の正当な皇族として姫様を即位させるか、議会で新しく皇帝になる者を選ぶことになるでしょうから、姫様を娶っていれば、ユナハ領と皇族派閥も取り込めるので、どちらの結果が出ても宰相たちが損をすることはありません。おそらく、計算されていると思います」
「レイリア、ちょっと待って! それでは、姫様が婚約から逃れられないじゃない! それに、即位できなければアウレート卿の第四夫人にされるってことよね! 親子そろって性奴隷と妾を所有していることを自慢しているような連中のところに姫様を嫁がせるなんて、冗談じゃないわ!」
ケイトさんがレイリアさんを睨みながら叫んだ。
かなり興奮しているようだ。
まあ、ケイトさんが怒るのもいろんな意味で無理もない。
それに、親の嫁に出来なければ、子の嫁にすればいいという考え方が……。
政略結婚とはそういうものなのかもしれないが、あまりにも女性を馬鹿にしていると感じてしまう。
「ケイト、落ち着きなさい。話はそれだけでは終わらないのよ! 私の部隊……侍従たちからの報告では、私たちもシャル様の側仕えという名の妾として扱うつもりよ。それも、親子で共有するらしいの。レイリアなんて、武勲や功績を立てた部下たちを集めた部屋に閉じ込めて、一人で相手をさせられるらしいわ! レイリアは、あいつらから相当な恨みを買ってるみたいね」
「「「「「………………」」」」」
アンさんの爆弾発言で、僕も彼女たちと一緒に言葉を失った。
恐る恐るレイリアさんを窺うと、その顔は血の気が引いて涙ぐみ、今にでも気絶するのではないかと心配してしまうほどだった。
女性騎士の定番だけど、それがリアルだと、さすがに引いてしまう。
僕は何か手はないかと、思考をフル回転させるが、情報がまだ足りない。
何が足りないのか、意識を集中させたいが、レイリアさんの見るに無残な姿が気になって、集中できない……。
皆も、不憫な彼女に憐みの視線を送っている。
先ほどまで興奮していたケイトさんですら、彼女を優しく抱いて、慰めていた。
これって、政略結婚が問題なのではなく、ただ単にボイテルロック侯爵家がクズなだけだ。
なんか、そんなところに皆を取られるのが癪に障る。
僕は解決策を意地でもひねり出そうと、話しを中断して、考えをまとめることにした。
「アンさん、お茶を貰ってもいいですか? 皆さんも少し休憩にしましょう! 僕も少し考えたいことがあるので、お願いします」
レイリアさん、捨てられた子犬のような目で僕を見ないで! プレッシャーが……。
アンさんは僕に微笑むと、お茶の用意を始めた。
彼女たちは椅子に寄りかかり天井を眺めている。
アンさんだけが余裕を見せているのが気になる。
それに、彼女たちに対する話し方も仲間への砕けた態度というよりも上司っぽい感じがした。
不思議な人だ。
……よく考えてみると、シャルに結婚されると、一番困るのは僕なのでは? それに、話を聞くだけで一癖も二癖もありそうなボイテルロック侯爵家を相手に僕だけで身分を隠しながら逃げ切るのは無理だ!
ライトノベルなら、一方的に婚約破棄をされたヒロインが……。という展開なのに、こちらの正当性を保ちながら婚約破棄に持ち込まないといけないというのが、とても難しく感じる。
まあ、それでも、一つだけ案が浮かんだのだが、少し気がひける。
でも、ここは異世界なんだし、文化水準が低い世界なら多少強引な手段を取っても許されるよね。
それに、僕が知ってしまったからには、シャルを不幸にするだけの結婚なんて認めたくないし、彼女たちを粗末に扱おうとしていることだって見過ごす訳にはいかない。
お読みいただきありがとうございます。
誤字脱字、おかしな文面がありましたらよろしくお願いいたします。




