39話 ドラゴンとの遭遇
今日は、炭酸泉の残った調査を終わらせなければならない。
僕は炭酸泉がある森の方を向くと、昨日のことを思い出して、気分が萎える。
パンッ、パン。
自分の顔を叩いて気合を入れなおす。
「ケイト、調査に行こう!」
「はい、ちょっと待って下さい。今、馬に機材を積んでますんで!」
彼女はメイドさんと一緒に、馬車から降ろした荷物を馬に積み替えていた。
岩場に続く道の方では、飛竜兵の二人がレイリアと草を刈ったりして、道を通りやすくしている。
「フー君。ちょっと、いいですか?」
「どうかした?」
ヒーちゃんは何か考えがありそうな顔をしていた。
「炭酸水の湧水があったということは、この先に見えている湯煙が上がっている所には、炭酸泉の源泉があると思います」
「うん。そうだね」
「……もしかして、気付いていない……ですか?」
「ん? 何を?」
「フー君は男子だから、知らないかもしれませんが、炭酸泉は肌や髪をスベスベにして、引き締めるので人気があります。私の個人的見解ですが、炭酸入浴剤は売れ筋ランキングの上位を占めています」
彼女の言いたいことに気付いた。
僕は炭酸飲料水としてしか見ていなかったことが、食いしん坊みたいで恥ずかしい。
「それに、炭酸泉の効能では、切傷や火傷などの皮膚関係と血行改善などが多いです。最近では、医療や美容に効果があると認められているみたいです」
彼女がさらに説明を続けると、いつの間にか、僕たちを皆が囲っている。
「この水、美容に効くんですか? いっぱい飲めば効果も上がりますか?」
ケイトが食いついてくる。
馬の方を見ると、荷物の準備は終わっていた。
「飲むんじゃなくて、炭酸水のお風呂に入った時の話しだよ」
「そうなると、このあたりに宿を建てないと入れませんね」
彼女は顎に手を当て考え込む。
「ここの湧水は使わないよ。向こうに見えている湯煙の辺りを調査すれば、いい湯加減の炭酸泉があるかもしれないし」
「では、すぐに行きましょう! 調査しましょう!」
ケイトの言葉に女性陣がコクコクと頷く。
「こっちの調査を終えたらね。炭酸泉の温泉に入って、その後にキンキンに冷えたシュワシュワを飲めた方がいいでしょ」
「フー君、なんだか、オヤジくさいです」
グサッ!
ヒーちゃんの一言が僕に突き刺さった。
「では、調査の荷物は積み終わっているので、ちゃっちゃと岩場の調査を終わらしてしまいましょう」
ケイトがいつになく張り切り出している。
「うん、そうだね……」
彼女は僕の手を引っ張って岩場へ向かって突き進んでいく。
こっちの女性陣は美容と聞くと、目の色が変わりすぎる気がする。
岩場に着いた僕たちは、まず、岩の割れ目から流れている炭酸水の上にかぶさる岩を二人がかりでずらしてみる。
すると、溶岩窟でできた天然の井戸が現れ、その井戸には満面の炭酸水が満たされていた。
ケイトは紐に石をくくり付けて、井戸の中へ落とす。
石はシュワシュワと気泡を立てながら井戸の底へと沈んでいく。
紐が動かなくなった位置に彼女は印をつけると、引き上げる。
再び、水面が炭酸でシュワシュワとする。
彼女が引き上げた紐を地面に伸ばすと、ヒーちゃんがポケットからコンベックスを取り出して、測りだした。
そんな物まで持ってきてたんだ!
こっちにも計測の道具はあるが大雑把な物しか見かけていない。
計測の基準を持つことは、ある意味でチートかもしれない。
ヒーちゃんが「三二四八!」と叫ぶ。
僕は、ミリメートルで数値を読み上げる彼女の姿を見て、プロっぽいと思った。
それにしても、深さが三メートル以上もあるとは思わなかった。
深さを測ったケイトは、ずらした岩を井戸の上に戻すように指示をする。
彼女は岩が戻されたのを確認すると、今度は岩の割れ目に片側に栓のしてある木製の管を突き刺し、その管の出口に桶を水平器を使って調整しながら置く。
そして、ヒーちゃんに目配せをした。
ヒーちゃんは自分の腕時計を見ながら、「今!」と叫んだ。
ケイトがその声に合わせて栓を抜くと、二人は桶がいっぱいになるまで眺めている。
本格的っぽい調査に、僕は驚く。
そして、二人のプロっぽいカッコいい姿に羨ましさと悔しさを覚えた。
コンベックスだけでなく、水平器まで持ち込んでるということは、他にも持ち込んでいると考えて間違いないだろう。
おそらく、調査に関しては、僕は必要なさそうだ……。
その後も、ケイトとヒーちゃんのコンビによる調査は続いた。
二人は、レイリアとオルガさんをこき使って、次から次へと調査をこなしていく。
測量に至っては三角測量までしている。
その際に、ヒーちゃんが荷物の中からレーザー測定器を持ち出した時は、さすがに僕も開いた口がふさがらなかった。
そんな物まで詰めてきたのなら、あんな大荷物でこちらに来ることになっても仕方がない……。
だけど、ほとんどの荷物を用意したのは椿ちゃんたちだと聞いた。
もし、計算してこれだけの機器を持たせたのだとしたら、僕たちと会う前から奥宮を造らせて、こっちに来る計画を立てていたのでは……?
何だか嫌な疑問を抱いてしまう。
「あの二人は、凄いですね。それに、ヒサメ様が持ち込んだ道具も凄いです!」
「ハッキリ言って、あの機器をこっちで使っている時点でチートだからね……」
僕の横にいたミリヤさんは少し興奮気味だった。
「『チート』とは何ですか?」
「えーと、ズルとかインチキって意味で、能力がずば抜けて秀でている時にも使う言葉かな」
「なるほど。確かに、あの道具を使うのはズルいですね」
僕はミリヤさんと会話しながら、二人に作業が終わるのを待つ。
「フーカ様、バッチシです!」
ケイトが親指を立てながら、満面の笑みでこちらに来る。
「それで、ここに炭酸飲料水の生産工場を建てられそう?」
「ええ、湧水量も十分ですし、問題ありません。ただ、大掛かりな工事にはなりそうですけど」
「良かった。まあ、工事が大掛かりになるのは、場所が場所だけに仕方ないか」
「そうですね」
後は温泉の方か。
僕は湯煙の上がる方向を見つめる。
「何、呆けてるんですか! ちゃっちゃと昼食を食べて、午後は湯煙の方の探索に行きますよ!」
ケイトはやる気満々だ。
フンフンフンと鼻歌まじりで、彼女は拠点に向かって歩いていく。
僕たちは彼女の後ろを歩いて、拠点へと戻る。
拠点では、すでに昼食に準備が済まされていた。
ミリヤさんとレイリアは、飛竜兵たちと食事をしながら、この先を馬車で行くかを検討している。
僕はケイトたちと食事をしながら、ふと、気付いたことを尋ねてみる。
「死の領域って、炭酸泉が流れ込んで、生き物が住めなくなっているんじゃないの? 日本にも、温泉が川に流れ込んで、魚が住めない場所があるから、同じじゃないかな?」
「えっ? そうでした! 死の領域の調査もするんでした!」
「「「……」」」
僕たちは呆れて言葉が出ない。
ケイトは思い出したかのように言ったが、その内容は忘れていい類のものではなかった。
「フーカ様の教えてくれたことを参考に、湖畔の数か所で水質検査をして、サンプルも取っておくことにします。危なくシャル様たちに大目玉を食らうところでした。フーカ様、ありがとうございます」
「う、うん」
ケイトが素直にお礼を言うと、こっちの調子がくるう。
食事を終えると、ミリヤさんたちの検討の結果を待つ。
その間、ヒーちゃんはパソコンに、さっきの調査データを打ち込み、その作業をケイトが手伝っていた。
僕はと言えば、することがなく、オルガさんと湖を眺めながらお茶をしていた。
この場所は高台になっており、眺めも最高だ。
温泉もあるのだから、観光地としても考えておく必要があるのかもしれない。
これから向かう方向にある死の領域と呼ばれる範囲の中心の方を眺めてると、その周辺の色は湖の青色とは違って、緑色に近い色をしていた。
そして、中心から広がるにつれてターコイズブルーの様な色合いへと変化していく。
おそらく、何かしらの成分が湖に流れ出ているのだろう。調べるならあそこの周辺だな。
そのまま眺めていると、鳥のような影をシュナ山脈の上空に見つけた。
カーディアから渡ってきたのだろうか?
それにしても、この距離で確認できるということは相当大きな鳥のようだ。
「オルガさん、あの鳥、デカすぎない?」
「えっ、どれですか?」
彼女は、僕が指差す方向を確認する。
「あれは、んー。鳥じゃないですね。たぶん、ドラゴンだと思いますよ」
「へえー、あれがドラゴンなんだ。デカいね! って、そうじゃない! ドランゴンがいるのに大丈夫なの?」
僕は恐怖で寒気がする。
「大丈夫ですよ! ドラゴンなら理性がありますから。それよりも、領空侵犯ですね。大抵のドラゴンはグリュード竜王国に所属していますから、これは外交問題です。……ですが、あの辺りならカーディア側なので見なかったことにしましょう。それに、建国をしていない私たちは、まだ文句の言える立場ではないですし、ドラゴンを相手に戦ってもかないません。害がないのなら放っておくのが一番です」
彼女はとてもあっさりとしていた。
恐怖を感じて心配したのが滑稽に思えてくる。
僕も見なかったことにしよう。
「フーカ様、オルガ! 出発しますよ!」
「今、行くー!」
ケイトの呼びかけに、僕とオルガさんは、馬車のところへ戻る。
ミリヤさんたちの結果は、馬車で通れるところまで進み、その先は馬で行くこととなった。
時間が惜しいので、さっさと乗り込み出発する。
「あっ! 温泉のそばは火山性ガス、えーと、毒ガスが出ていることは知っているよね?」
皆の顔が引きつる。
「フーカ様! そういうことは早く言って下さい!」
レイリアは僕を怒鳴りつけると、御者台にいる飛竜兵に伝える。
「ヒーちゃんだって知ってたでしょ」
「温泉に入れるかもしれないことで頭がいっぱいで、忘れていました」
僕とヒーちゃんを皆が残念な目で見つめてくる。
「ケイトだって、研究者なんだらそれくらいの博識はあったはずだよね?」
「お肌、ツルツルスベスベで頭がいっぱいで、忘れていました」
今度は、ヒーちゃんを真似て、とぼけたように言うケイトに視線が集まる。
「言っておきますが、ミリヤ様とオルガだって私の倍以上生きているんですから知っていたはずです!」
ケイトはフンと鼻を鳴らす。
何やら雲行きが怪しくなりつつある。
「確かに知っていましたが、私もツルツルスベスベを気にしていて……。ケイト、なんて言いました? 倍以上生きていると聞こえた気が……。ねえ、オルガ」
「はい、そう聞こえました。私も知っていましたが、そんなことよりも、フーカ様に私たちの年齢を詮索させるような言動を取ったことが問題です」
ケイトに向けられるミリヤさんとオルガさんの視線に、殺気が込められている気がする。
「ヒィー! ごめんなさい!」
彼女は土下座をして二人に謝りながら、ジリジリと僕の背後に移動してきた。
土下座しながら動くなんて器用だなと思ったが、よく考えれば、このままでは僕が矢面に立たされる。
「二人ともそれくらいにしてあげて、二人の歳は気にしてないし、そんなことを言ったらヒーちゃんだって」
スパーン!
「うぐっ」
ヒーちゃんが僕のハリセンで、僕の頭を勢いよく叩く。
「フー君! 何で私を引き合いに出すんですか?」
「ご、ごめんなさい!」
車内は、僕とケイトが、ヒーちゃん、ミリヤさん、オルガさんに土下座で謝る構図になった。
何で、こうなった……。
「あのー。ちょっと、いいですか? 毒ガスのことを知らなかったのは私だけですか?」
レイリアが手を挙げて間に入り、尋ねてきた。
僕も含め、彼女以外の皆がどう接していいのか分からず、戸惑った顔を浮かべる。
「そんな……」
彼女はその場に崩れ落ちた。
「レイリアは軍人なんだし、火山が戦場になることもないだろうから、知らなくても仕方ないよ!」
僕がフォローを入れると、皆がコクコクと頷き、彼女に笑顔を向ける。
「グスン。私もこれからは色々なことを勉強するようにします……」
「うん。僕も手伝うから、頑張ろうね」
僕が彼女の頭を優しくなでてあげると、寄り添ってきたので、そのまま抱えてあげる。
そして、僕たちの様子をうかがっていた皆は、どこかほっこりしていた。
馬車が速度を落としていき、停まった。
一騒動あったうちに目的地へ到着したようだ。
僕たちは一人ずつ馬車を降りて、外の様子を確認する。
そこは無作為に黄色から薄い茶色といった色に一部分を染められた岩が乱立して、数か所からは湯煙が立ち上がっていた。
日が傾き始めているので、今日はここで宿営することにし、拠点の準備を僕たちも手伝う。
「フーカ様、邪魔です!」
グサッ。
「フーカ様、こっちに運んでと言ったじゃないですか!」
グサッ、グサッ。
「フーカ様、一人で持てないなら呼んで下さい!」
グサッ、グサッ、グサッ。
「フー君、もっとテキパキ動いて下さい!」
ズーン!
ミリヤさん、ケイト、レイリアの順に言葉の矢を僕へと突き刺していく。
そして、最後はヒーちゃんのとどめがきた。
僕だけが足手まといだった……。
「フーカ様、こっちへ!」
僕はオルガさんに呼ばれ、椅子に座らされると、彼女はお茶を出してきた。
「フーカ様、皆の邪魔になるので、ここで大人しくしていましょう!」
ズドーン。
本当のとどめはオルガさんだった。
僕はお茶が置かれたテーブルの上に崩れ落ちた。
皆はテキパキと与えられた仕事をこなしていく。
ヒーちゃんは、こちらに来てまだ日が浅いのに、すでに慣れている感じだ。
彼女を見ていると、ちょっと悔しい。
僕の横では、オルガさんが一緒になってお茶を飲んで、皆の仕事ぶりを眺めている。
この人は、これでいいのか……?
「オルガさんは、皆を手伝わないの?」
「えっ? ……私は、えーと、フーカ様が余計なことをしないようにですね……監視するのが仕事です」
彼女は僕から視線をそらしてぎこちなく答える。
これは、僕を言い訳に、絶対さぼっているな……。
どうなっても、しーらない!
仕事を終えた皆がこちらに向かってくる。
「オルガ! 何であなたまで優雅にお茶を飲んでいるのですか?」
ミリヤさんが彼女をキッと睨む。
「いえ、邪魔者扱いされて落ち込んでいたフーカ様を慰めていました!」
「なっ……」
オルガさんの言い訳に、僕は言葉が出てこない。
彼女は僕のことを主人として、仕える気があるのだろうか?
とても不安になる。
「そうですか。では、今夜の護衛はオルガに任せます」
「はい! お任せ下さい!」
ミリヤさんの言葉に、彼女は満面の笑みで答える。
「では、朝までテントの入り口を守り切って下さい」
「へっ?」
「いいですね!」
「は、はい……」
ミリヤさんは凄い形相で彼女を睨んで、有無を言わせなかった。
オルガさんは耳をシュンとさせていたが、自業自得だ。
オルガさんへのお仕置きも決まったので、僕たちは食事にする。
食事の席には、ケイトに魔法で冷やしてもらった炭酸水を用意して、メイドさんと飛竜兵の反応を見る。
彼女たち四人は、口にした時は驚いていたものの、慣れるとお代わりをしていた。
一人一人に感想を聞いてみると、炭酸ならではの刺激に強弱の好みはあったが、飲み物としては美味しいと認められた。
僕の横では、ヒーちゃんが彼女たちの感想をパソコンへと打ち込んでいる。
僕が不思議そうに彼女を見ると、「ちょっとしたことでも記録しておくべきです」と指摘されてしまった。
その姿は、何だか秘書っぽい。
食後、後片付けを終えて解散すると、僕はテントへ入り、寝袋の用意をした。
明日は温泉の調査を終えて、首都ユナハに戻らなければならない。
ハードスケジュールになりそうなので、さっさと寝ることにする。
◇◇◇◇◇
「フーカ様! 起きて下さい!」
テントの外で見張りの罰を受けているオルガさんが起こしてくる。
彼女に身体を揺すられるが、まだ眠い……。
「フーカ様、大変なんです! レイリアも皆も起きて下さい! 私一人じゃどうにもできません!」
何だか、彼女がとても必死なので起きることにする。
僕が身体を起こすと、同じ寝袋で寝ていたミリヤさんも起きた。
他の皆も、つらそうに身体を起こしている。
「どうしたの?」
「とにかく外へ来て下さい」
オルガさんは、僕の手を引っ張って立たせた。
僕は仕方なく、眠い目をこすりながらテントの外に出る。
外では、メイドさんと飛竜兵が、湖に向かって武器を構えていた。
何事?
様子のおかしい彼らを見て、さすがに眠気が覚めると、今度は緊張感が身体を襲う。
男性である飛竜兵たちが顔を青くして緊張しているのはただ事ではない。
皆もテントの外へと出てくると、身構えた。
レイリアは、条件反射で剣を抜き、ヒーちゃんは腰に下げた刀を覆う刀袋を開け、左手を鍔にそえている。
レイリアたちが戦闘態勢になるくらいヤバいらしい。
「いったい、どういう状況なの?」
「物音がするまで、私だけでなく、誰も気がつかなかったのです……」
僕が尋ねると、オルガさんは要領を得ない返事をして、湖を指差した。
僕は目を凝らして湖を見る。
月あかりを雲がさえぎっていて、真っ暗な湖面に大きな塊があるようにしか見えない。
「ヒーちゃん、僕のリュックに懐中電灯があるから取ってきてもらえるかな?」
「はい。暗視スコープもありますけど、使いますか? 他にも信号弾と照明弾もありますけど、照明弾は弾数が少ないです。」
何で、そんな物まで持ってるの……。
「えーと、じゃあ、懐中電灯と暗視スコープと信号弾をお願い」
「はい、すぐに取ってきます」
彼女はテントの中へ戻っていく。
「皆、身をかがめてジッとして」
僕はできるだけ小声で、皆に聞こえる声量で伝える。
その場にいた全員がこちらを振り向いて頷くと、ゆっくりかがむ。
後はヒーちゃんを待つだけだ。
空を見上げると、雲の切れ間はなく曇天、月あかりは期待できない。
ヒーちゃんが早く戻って来るのを祈るように待つ……でないと僕が、一分一秒を苦痛に感じるこの時間に耐えられない。
バサッ。
テントがめくられ、ヒーちゃんが戻ってきた。
僕の隣にしゃがむ彼女を見て、ホッとする。
ヒーちゃんは僕の横で、暗視スコープを使って湖にある黒い影を確認する。
「大きいトカゲです」
「「「「「……」」」」」
その場にいたものは絶句した。
大きいトカゲと言ったら、アレしかいない……。
「ヒーちゃん、もしかしてドラゴン?」
彼女は黙って頷く。
彼女から暗視スコープを受け取り、自分の目で確かめる。
ああ、間違いなくドラゴンだった。
飛竜をデカいと思ったが、ドラゴンの大きさは比べ物にならない。
その大きさを例えるなら、飛竜は大型トラックで、ドラゴンはメタボな大型旅客機といったところだろう。
これは詰んだな。どうしよう……。
僕が考えを絞り出していると、ミリヤさんたちが僕の周りにゆっくりと集まってくる。
メイドさんと飛竜兵は、その場を動かずに待機していた。
レイリアが暗視スコープを物欲しそうに見ているので渡してあげると、彼女は大喜びで覗き込み、身体をビクッとさせる。
そして、隣にいたケイトに渡す。
ケイトからミリヤさん、オルガさんと順に回された暗視スコープは、ヒーちゃんの手に戻ってきた。
「アレは無理です! 見つからないように逃げましょう!」
レイリアが発言すると、皆がコクコクと頷き納得する。
僕もそう思う。
「あのー。スコープ越しなんですが、さっきからドラゴンと目が合っているのですが、どうしましょう?」
「「「「「……」」」」」
ヒーちゃんの言葉に、僕たちはその場で打ちのめされた。
逃走は無理かもしれない……。
僕は、ドラゴンと目を合わせるのが嫌で、暗視スコープを覗けない。
しかし、ヒーちゃんはずっと覗きっぱなしだ。
凄い度胸だ。
「あっ!」
ヒーちゃんに皆の視線が集中する。
「ど、どうしたの?」
「ニコッと口元がゆがみました。笑っているのでしょうか?」
「「「「「……」」」」」
僕たちは何も言葉が出てこない。
もうヤダッ! 早くこの状況から解放されたい……。
ふと、オルガさんが目に入り、あることを思い出す。
「オルガさん、ドラゴンは理性があって、大抵はグリュード竜王国に所属しているんだよね?」
「はい、ですが全部じゃないですよ。子供のドラゴン、例えば、迷子のドラゴンだったら理性はないですね。私たちのことは人形やおもちゃ程度にしか見えてないかもしれません。それに犯罪を犯し、国外追放されたドラゴンの可能性もあります」
「ドラゴンって、そんなにはた迷惑なの?」
「「「「ドラゴンですから!」」」」
彼女たちは、声をそろえて答えた。
そんな説得力はいらんわ!
今の会話で少し思考力が戻った。
こうなったら、やるしかない!
そして、とにかく逃げる!
「ヒーちゃん! 信号弾をドラゴンの顔の近くに撃てる? 信号弾を目くらましにして逃げよう。それと、ドラゴンに当てちゃだめだからね!」
「はい! 大丈夫です。でしたらドラゴンの頭上に撃ちます」
「ヒーちゃん、頼むね! 皆もドラゴンの頭上に光の玉が見えたら、森まで逃げて隠れるよ。荷物は後で取りに戻ればいいから、今は逃げることに集中してね!」
その場にいた全員が、僕に向かって頷く。
ヒーちゃんは、信号拳銃に信号弾を装填する。
「三、二、一で撃ちます。準備はいいですか?」
彼女に向かって、皆が黙って頷く。
彼女は全員の様子を確認すると、暗視スコープでドラゴンの位置を確認しながら銃を上に向ける。
「三、二、一!」
パシュッ!
僕たちは一斉に森へ向かって走り出した。
後ろを振り返ると、赤い光がドラゴンの頭上で煙を立ち昇らせながらゆっくりと落ちている。
「ぎゃぁー! 目がー!」
ドラゴンが叫んでいる。
トンッ。
「ぎゃぁー! あっつー! あちっ、あちっ!」
ドラゴンが再び叫ぶのを聞いて、僕は血の気が引く。
あれって、攻撃しちゃっていない?
「ケホン、ケホン。ゴホッゴホッ! 何だ、この煙は……ケホン!」
今度は、ドラゴンが煙を吸いこんでむせている。
ドラゴンの声色って女性っぽいんだ、って今はそんな場合ではない! これは絶対にまずい!
ドサッ。
僕はドラゴンを気にしすぎて、転んでしまった。
皆はというと、既に森の茂みに隠れてこちらを見ている。
逃げ足、はやっ!
焦りのせいか、上手く立ち上がれずに、僕は四つん這いで逃げる。
「おい! そこの、ケホン、人の子……ケホン、待て! ……ケホン、ゴホッ!」
ドラゴンがむせながら叫んでいた。
絶対、僕のことだよね……。
「待てと言われて、待つ奴はいません!」
逃げなきゃいけないのに、何、返事をしているんだ!
自己嫌悪が襲ってくる。
「いいから待て! 今、謝るなら……ケホン、許しやる!」
「ごめんなさい!」
僕はドラゴンのほうを向き、ちょうど四つん這いだったので、そのまま土下座した。
「うむ。謝罪は受け入れた! 今、人の姿になるから少し待て!」
ドラゴンの言葉に顔を上げると、大きな青いドラゴンが焚火の灯りに照らされているが、全体を照らすには光量が足りない。
すると、強い光が森の茂みから放たれ、ドラゴンを照らし出す。
「ぎゃぁー! まぶしい!」
ドラゴンが叫んだ。
ドラゴンの全体が見えると、その大きさと迫力は凄まじい。
暗視スコープで覗いた時とは全く違う。
「おい! いい加減、こっちを照らすのをやめろ! 目が痛い!」
僕がそばにいるのに何やってるんだよ! ドラゴンを怒らせないでくれ!
ドラゴンを照らしていた光が消えた。
そして、再び光がドラゴンを照らし出した。
今度は青、緑、赤、白と色が変化して、ドラゴンだけでなくあちらこちらを照らしている。
何をやっているんだよ……。
「ヒサメ様ー。これ、どうやって止めるんですかー!?」
ケイトの困り果てた声が聞こえてくる。
僕はドラゴンを見つめながら思った。
これ、死ぬな……。
「……あいつらは、お前の仲間か?」
「はい、そうです」
「そうか。大変そうだな……」
ドラゴンに同情され、やるせない気持ちがこみあげてくる。
「今、人の姿になってやる。その方が会話もしやすいだろう」
「お願いします」
もう、余計なことはするなよ!
僕は森の茂みを睨む。
すると、突然、ドラゴンの身体が光りだし、僕は視線をドラゴンに戻した。
それは青白く、魔法の光と似ていた。
光に包まれたドラゴンは縮んでいき、人の背丈くらいになると、一度強く光ってからおさまっていく。
そして、僕の目の前に現れたのは、長い青色の髪で要所を隠した全裸の美女だった。
彼女の白い肌の数か所には、青い鱗がある。
その姿に、僕は見惚れてしまう。
さっきまで恐れおののいていたことを恥ずかしく感じてしまうほど、彼女は優しい微笑みを浮かべている。
初めて遭遇したドラゴンが、優しそうな人? で良かったと、心の底から思うのだった。
お読みいただきありがとうございます。
誤字脱字、おかしな文面がありましたらよろしくお願いいたします。
もし気に入っていただけたなら、ブックマーク、評価をしていただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。




