32話 神様の事情聴取
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僕が泣き止み、落ち着くまで、皆は鏡の向こうとこちらでの自己紹介を済ませ、今後のウルス聖教のことや雑談などをして待っていた。
そして、シャルは、僕がしがみついて泣いたものだから、椿ちゃんたちにいじられて大変そうだったが、それでも僕を優しく抱擁してくれていた。
泣いた事で溜まっていた感情がスッキリしたのか、とても冷静になれた。
そして、照れくさいようなとっても恥ずかしい感情が襲ってくる。
それでも言わなければならないことがある。
「シャル、ありがとう。もう、大丈夫だから」
「はい。苦しくなった時はいつでも言って下さいね」
シャルは顔を赤らめながら、優しく微笑んでくれた。
僕は、シャルから離れて立ち上がると、皆に向かって頭を下げる。
「皆もごめん。もう、大丈夫だから。自分でも気付かないうちにホームシックになっていたのかもしれない」
僕がそう言うと、皆は笑顔を返してくれる。
「コホン。風和のことは近況報告で大まかに分かったが、何かを隠していたりしていないか?」
「隠す?」
婚約者が一ヶ月も経たずに五人もいることや、美容魔法で数人をマッサージしたこととその効果を黙っていたので、椿ちゃんの言葉にドキッとした。
そして、彼女の表情からも僕に疑念を抱いていることが分かる。
「周りに女性ばかり集めて、風和は異世界でハーレムを作ってウハウハ生活を! とでも思ってるんじゃないのか?」
「断じて違う!」
「ツバキ様、ユナハ城でお留守番をしている方もいるので、一人欠けている状態です!」
ケイトは何を言い出しているんだ。
彼女は口角が上がるのを耐えながらこちらを見て、首を傾げてみせた。
その態度がとてもムカつく。
「ほーう。風和、さっきの号泣は何だったのかな? 私の目には、十分満喫しているようにうつるのは気のせいか?」
椿ちゃんがイライラしているように見える。
「気のせいだよ。それに、周りに女性が多いのは、こっちに来て右も左も分からない僕を助けてくれたのがシャルたちだからだよ」
「何を言っているんですか? フーカ様のことを助けるのは当たり前じゃないですか! 皆さんにとっては未来の旦那様なんですから!」
「「「「はっ?」」」」
ケイトがまた余計なことを言ったせいで、椿ちゃんたち四人の目つきが変わった。
これは絶対にまずい。
「椿ちゃん、ちょっと待っててね」
僕はそう言って、ケイトの腕を掴んで鏡から離れたところまで連れて行く。
「何で余計なことを言うんだよ!」
「でも、事実ですよ」
「面白がっているだけだよね?」
「違いますよ! フーカ様がシャル様たちとの関係を隠そうとするからじゃないですか!」
「それには理由があるんだよ。シャルたちとの婚姻のことを話すにしても、婚約の状態で話したら、シャルたちが嫁にふさわしいかを試されるかもしれないでしょ! もしかしたら、難癖付けて婚約破棄にするかもしれないんだよ。それに、イーリスさんまで呼びつけるかもしれないんだよ」
ケイトの顔が青ざめていく。
「フーカ様、いくら何でもそこまでは……」
彼女は僕の真剣な表情を見て、言葉を詰まらせてしまう。
僕たちの様子を気にして、エルさんがそばにきた。
「二人とも、何をしているの?」
「エルさまー。どうしたらいいですか?」
「???」
ケイトにいきなり泣きつかれたエルさんは困惑してしまう。
「どういうこと?」
僕がエルさんに、ケイトとの会話の内容を話すと、彼女の顔も青ざめてしまう。
「ケイトちゃん、何てことを……。フーカ君、ここは正直に話したほうがこじれないと思うわ」
「そうですね。ただ、姉ちゃんと音羽姉ちゃんが、嫁にふさわしいか見定めるためにこちらに来るかもしれないんですけど」
「フーカ君、こじれてもいいから、二人が同時に来るのだけは阻止しましょう!」
「どっちなんですか!」
「私も分かんないわよ! フーカ君のことなんだから自分で決めてよ! 責任は全部フーカ君が背負うということでよろしくね!」
こ、この人は……。
「フーカ様、私もこれ以上、余計なことは言わない……と思います。ですから、後は任せました!」
こいつもか……。
それに、余計なことは言わないと断言していないじゃないか!
この二人を相手にすると、疲労感しか残らない気がする。
僕たちは、結局、何の解決策もなく席へと戻る。
「で、風和、未来の旦那様について詳しく聞きたいなー。隠し事はないんだったよなー」
うわー、椿ちゃんに変なスイッチが入ってしまったようだ。
面倒くさい。
「こっちに来て五人の女性と婚約している事を隠していました。ごめんなさい」
「「「「えっ!?」」」」
椿ちゃんたちは、驚きを隠せないでいる。
「待って、ということは、オルガちゃんもね。オルガちゃんおめでとう!」
姉ちゃんが先走る。
「いえ、私はフーカ様に仕えてはいますが、まだ、婚約はしてません」
あれ? オルガさんは否定をしたが、「まだ」と聞こえた気がする。
「えっ? そうなの。えーと、フーちゃんの好みだと、シャルちゃん、レイリアちゃん、ミリヤちゃん……アンちゃんも欠かせないから、これで四人。オルガちゃんが違うとなると、あとは……エルちゃん? ……エルちゃんはダメよ! その歳で人妻に走るのはマニアックすぎるわ! あっ、エルちゃんのオッドアイが原因ね! もしかして、フーちゃんのマニアックな性癖を刺激しちゃったの?」
姉ちゃんは指を折って数えていたが、エルさんかもしれないと思ったとたん、動揺したのかとんでもないことを言い出した。
「断じて違う!」
それにしても、シャルたちを当てたのには驚きだ。
「風和、婚約者を全て吐け!」
「えーと、シャル、ミリヤさん、レイリア、アンさんに、今はユナハ城にいるイーリスさんです」
「そうか。まだ他にも隠していることがあるな。今のうちに全部ゲロったほうがいいぞ!」
椿ちゃんは、いつの間にか、机とデスクライトまで用意して、机に肘をついて質問してくる。
鏡越しだから、少し違和感があるものの、何だか、刑事ドラマの事情聴取みたいに感じる。
椿ちゃんは何を考えているんだ……。
彼女のことは深く考えたら負けな気がする。
どうせ、面白そうだからでやってるに違いない。
「おい、聞いているのか! 風和、君は私と雫の加護があるのに魔法がダメらしいね。何かやましいことでもあるのではないか?」
あーあ、テンションが上がって、完全にハマっちゃったよ。って、何で魔法がダメだと、やましいことがあるんだよ?
「えーと、限定条件付きの治癒魔法しか使えないけど、僕にもどうしてかは分からないから、椿ちゃんのほうで調べられないかな?」
「ほーう、私の手を煩わせたいと。いい度胸だ! その前に、限定条件とは何だ。そんな治癒魔法は聞いたことがないぞ」
もう、このシチュエーションは止めては欲しい。面倒くさいし疲れる……。
「えーと、前に試したら女性の怪我は治せたけど、男性には効果がなかったんだよ」
「なるほど。君の治癒魔法は、ちの字が痴漢の痴を使った痴癒魔法なのだね。まったく、とんだムッツリスケベだ!」
「断じて違う!」
ブフォっと周囲が吹き出し、クスクスと笑い声が聞こえてくる。
椿ちゃんの横にいる三人も肩を震わせ、顔を逸らしていた。
以前、自分が子爵に痴爵と言った行為を思い出し、自分が同じ目にあわされていることが悔しくてたまらない。
「ん? だが、君は痴癒魔法を美容魔法と呼んでいたと思うが、まだ何かを隠しているのか?」
まずい、美容魔法のことを知ったら、椿ちゃん御一行様が絶対にこっちに来る。
僕はどうしようかと周囲を見ると、シャルたちも困った顔をしていた。
エルさんには知らせていないので、彼女だけはキョトンとして首を傾げている。
そういえば、ダミアーノさんとオルランドさんはどうしているのだろうと二人を見ると、椅子に座ったまま硬直していた。
その様子に、心底、申し訳ないと思ってしまう。
「おい! 何を目を逸らしている。君は私の聴取に答える義務があるのだよ。さっさと答えんか!」
やっぱり、事情聴取の設定だった。
それよりも、答える義務って何? そんな義務なんか聞いたことがない。
僕は椿ちゃんにむくれた顔を向ける。
「何だその顔は? 反抗か。いいだろう、聴取はここまでだ。その代わり、君の質問にも答えん!」
「なっ! ズルい」
「なら、答えるんだな」
くそー、椿ちゃんのドヤ顔が、さらに悔しさを倍増させてくる。
「えーと、女性の怪我だけじゃなく、過去の古傷とかも治せて、その魔法を使いながら全身をマッサージすると、エステ後のような美容効果が顕著に表れるんだよ」
「「「「「ゴクッ!」」」」」
椿ちゃんたちとエルさんの生唾を飲む音が聞こえた。
嫌な予感しかしない……。
「他の者にも確認しようか。シャル、君はその効果を知っているのか?」
「ひぇ、は、はい!」
椿ちゃんにいきなり振られて、シャルが動転する。
「詳しく話してくれないか?」
「は、はい。フーカさんにマッサージをされた者は、驚くほどにスタイルが向上しますし、肌も潤いがあり、透明感があり、ハリもあるといった凄いことになります」
「「「「「ゴクッ!」」」」」
また、彼女たちの生唾を飲む音が聞こえた。
「そうか。シャル、ありがとう」
椿ちゃんたち四人が相談を始めた。
絶対にこっちに来る気がする。
そして、エルさんが痛いほどの視線を浴びせてきた。
どんどんことが大きくなっていく……。
「あー!!!」
突然、シャルが叫んだことで、その場にいた者はビクッと驚かざるをえなかった。
「シャル、いきなりどうしたの?」
「フーカさん、アルセで私にマッサージをしてくれる約束だったのに、してもらっていません! 私の胸をあんなに揉みしだいたんですから約束は守って下さい!」
彼女は、今、発言してはいけないことを言い出す。
ここは早く話しを収めないと大変なことになる。
「シャル、ユナハ城に戻ったらマッサージをするから、それでいいかな?」
「約束ですよ! 今度は守って下さいね!」
「うん、守ります」
後は椿ちゃんがシャルの胸を揉んだことをスルーしてくれればいいのだけど……。
「コホン。風和がシャルの胸を揉みまくって楽しんでいたことは、後で追及するとして、こちらからある提案があるのだが、それには教皇とシャルの協力が必要となるのだが、頼まれてくれないだろうか?」
ダメだった……でも、シャルの胸で楽しんではない? と思う。
思い返すと、どっちとも言えない……男って不憫だ。
それにしても、椿ちゃんが頼み事なんて、ろくなことではないと思う。
「私は構いませんが、シャルティナ様はいかがなさいますか?」
「私も構いません」
ダミアーノさんとシャルは内容も聞かずに承諾してしまった。
「ダメだよ! 内容を聞いてから……」
「ふむ。言質は取れた! 教皇、シャル、ありがとう!」
僕の二人への助言は、椿ちゃんによってかき消された。
彼女がこちらを見てニンマリとしたドヤ顔を見せてくるのが腹立たしい。
「頼み事は、シャルにはユナハ城に奥宮を造って欲しい。そして、教皇には、その奥宮に置く鏡を貸し出して欲しい。この神託の間の奥にある宝物庫から三つの神鏡と七鈴鏡を一つ貸してもらえないだろうか?」
「「喜んで!」」
二人とも椿ちゃんの要求を即決で受けてしまう。
「ツバキ様、私どもの中には宝物庫を開けられる者がいないのですが……」
「教皇、その心配は無用だ。風和なら開けられるからな」
「ヤダ!」
僕の否定に辺りは騒然となった。
そして、椿ちゃんの顔が引きつりだす。
「ほーう。シャルの胸のことを忘れかけたのに、思い出してきた」
「なっ! えーと、椿ちゃん、どうしたら開けられるのかな?」
僕の豹変ぶりに、皆の視線が集中しているのを感じる。
それも蔑んだ視線だということも背中に突き刺さる感覚でよく分かる。
それでも、僕への精神的ダメージが大きいと思われるシャルの胸の件は避けたい。
「そうか。風和、いい心がけだぞ! では、この鏡の後ろにある壁に埋め込まれた石板の脇にある鏡に手を突っ込め! 中にボタンがあるから、それを押せば石板が開いて宝物庫が解放されるから、頼むぞ!」
僕は椿ちゃんに言われたとおりにする。
鏡の後ろには象形文字や記号のような物が刻まれ、かすれて薄くなった絵が描かれた大きな石板があった。
その石板は言われていなければ、レリーフにしか見えないような物だった。
鏡を探すと、石板の脇にあった台にディスクくらいの大きさの鏡があった。
この鏡に手を突っ込むのか!
僕は恐る恐る鏡に手を押し付けてみると、水面に入れるような感覚で手が入っていき、中には赤いボタンがあった。
そのボタンを押すと、ゴゴゴゴゴと地響きとともに石板が横に滑り出し入口ができる。
異世界っぽいのだが、赤いボタンが頭のどこかに引っかかっていて、変な気分だ。
僕の後ろにいた皆は声を上げて驚き、入口から中を覗き込んでいた。
「何だか、宝物庫というよりも物置ですね」
レイリアの一言に、皆は何とも言えぬ顔をしている。
宝物庫のことは、ダミアーノさんとオランドさんに任せて、僕たちは鏡の前に戻る。
「開けたよ。でも、閉める時はどうするの?」
「ありがとう。うーん……閉めなくてもいいだろう。開けられる者がいないのだから、代わりの扉でも付ければいいだろう」
確かに椿ちゃんの言うとおりだった。
「ところで、ユナハ城に奥宮を造ってどうするの?」
「そうすれば、私と雫もそちらに行けるから、風和のマッサージを受けられるじゃないか」
「やっぱり、そんなことじゃないかと思ったよ。で、姉ちゃんと音羽姉ちゃんも来るの?」
二人は黙っていたが、笑顔でコクコクと頷く。
僕はやれやれといった感じで気楽に思っていたこともあり、シャルたちの驚愕している顔を見て驚いてしまった。
「えーと、皆はどうしてそんな顔をしているの?」
「フーカさんは、何故、平気なんですか? ユナハ城に女神様が降臨するってことですよ!」
そういうことか! こっちの人にしてみれば、確かに一大事だ。
シャルたちが驚愕するのも無理はない。
「シャル、このことは秘密にした方がいいね」
「当然です。後でダミアーノ殿とオランド殿にも承諾してもらいます。皆もお願いね」
「「「「「はい」」」」」
皆は返事をした後に、視線をエルさんとハンネさんに向けていた。
そうだった。二人をどうしたものか……。
「フーカ様、私は口外しないことを誓います。ですが……」
ハンネさんはエルさんを見つめる。
「ハンネさん、ありがと!」
僕はハンネさんのそばに行き、彼女の両手を握って礼を述べる。
彼女は顔を真っ赤にしながらニコニコしていた。
後はエルさんなのだが、どうしたものか……。
エルさんを見つめると、何やら様子がおかしい。
「エルさん? ちょっと、いいですか?」
「フーカ君、私も口外しないから、奥宮からオトハちゃんだけは出さないで! お願いします!」
彼女は何でこんなに音羽姉ちゃんに怯えるのだろう?
僕は鏡に映る音羽姉ちゃんを見る。
彼女は僕と目を合わせるとニコッと微笑むだけだった。
しかし、そこには困った顔をして関わらないようにしているような三人がいた。
椿ちゃんたちは何か知ってそうだが、その様子を見るに音羽姉ちゃんの前では話さないだろう。
「エルさん、音羽姉ちゃんのことは、後で何とかできるように考えておくとしか言えないんだけど、それでもいい?」
「うーん……。なら、オトハちゃんのことは、フーカ君が責任を持つと約束して!」
「分かりました」
「なら、私も口外はしないわ! そもそも、口外する気はなかったんだけどね!」
うっ、この人は音羽姉ちゃんの件を約束させるために芝居を打ったのか……?
僕は鏡に視線を戻し、今度は僕から質問をすることにした。
「椿ちゃん、僕からも質問していいかな?」
「ん? 何だ?」
「何で僕はファルマティスに転移されたの?」
椿ちゃんは顔色を変え、目が泳ぎだすと、雫姉ちゃんから渡されたハンカチで汗を拭きだした。
「それはだな……。ゲームの警告音が鳴って、転移先のイメージよりもゲームに気を取られて間違えちゃった」
「……」
やっぱり、間違えたんだ。
「なら、椿ちゃんは、僕がファルマティスに転移されたことは分かっていたんだ」
「もちろん」
「コホン。コホン、コホン」
「えーと……それが、転移先が分からないで見つけていました。ごめんなさい」
「…………」
雫姉ちゃんが咳払いをしなければ、嘘をつく気だったな。
「でも、僕がファルマティスにいたのを知っていたよね?」
「雫が渡した扇子が反応して、居場所がわかったんだ」
椿ちゃんじゃなくて、雫姉ちゃんが見つけてくれたんじゃないか……。
「そうだ、僕の魔法が美容魔法だけなのはどうして?」
彼女は僕を目を細めるようにしてジーっと見つめてくる。
そして、不思議そうな表情を浮かべた。
「あれ? おかしいな? 今、風和の魔力をみたら、私の加護が原因みたい。どうしてだ?」
「ん? 確か姉さんは、フーちゃんの捜索を中断して、数時間も何処かに行ってたけど、何してたの?」
雫姉ちゃんが何かに気付いたようだ。
「……エステサロンの予約を取っていたから、その店でエステを受けていた」
「フーちゃん、転移の時に真っ暗な空間をさまよったりしなかった?」
「あっ、さまよった!」
雫姉ちゃんの顔に怒りが見えた。
「フーちゃんがさまよってから転移先に着いた間に、姉さんがエステを受けて気持ち良くなってたから、そのイメージが強く加護に影響して、美容魔法だけが使えるようになったのよ。私の加護を邪魔するくらいエステが気持ち良かったのね!」
何故だろう? 怒りや悔しさよりも悲しみが襲ってくる。
鏡の向こうでは怒りでフルフルと身体を震わせていた雫姉ちゃんを見た椿ちゃんが硬直していた。
そして、姉ちゃんと音羽姉ちゃんは、呆れはてて天を仰いでいる。
また、こちらでは、シャルたちが顔を引きつらせながら困惑していた。
「風和、ごめんなさい。言い訳だけど、あのお店は人気店で予約がやっと取れたんだ。だから……本当にごめんなさい」
椿ちゃんが土下座をして謝る。
その脇では雫姉ちゃんが、シャルたちの前で彼女を怒るわけにもいかず、必死に怒りを抑えていた。
「もういいよ。今回は許すよ」
「風和、ありがとう!」
椿ちゃんは涙目になっていた。
その涙の理由が、僕に許されたことが嬉しいからか、雫姉ちゃんに怒られずに済んだことが嬉しいからかは微妙過ぎて分からない。
「ところで、僕に王印が出たのも椿ちゃんが原因?」
僕は彼女をジト目で見つめた。
「それは違うぞ。ミリヤから話を聞いて彼女にも説明したが、それは風音の王印の因子が風和に移っていて、そこに儀式が行われたことで、その因子が風和に定着したんだ」
「そうなんだ。じゃあ、シャルの王印を僕が奪ったわけではないんだ」
僕は横取りしたと思っていただけに気が楽になった。
「そうなんだが、新しく私と雫でシャルに王印を授けると言ったら……断られた」
僕は、椿ちゃんがうなだれながら言った言葉を聞いて、シャルを見ると、彼女は「いらない」と口だけを動かし、必死に首を横に振って拒んでいた。
この先、面倒くさくなることを推測して、逃げに入ったな。
このままでは、僕だけがおおごとに巻き込まれるじゃないか……。
僕は仕方がないと溜息を吐いた時に、ふと、ある疑問が頭に浮かんだ。
「ん? そう言えば、椿ちゃんと雫姉ちゃんは、日本とファルマティスのどっちの神様なの?」
「私も雫も今は日本の神だな。ファルマティスでは信仰はあるが、加護に対して軽率になっているからな」
椿ちゃんと雫姉ちゃんが顔をしかめる。
「軽率? それってどういうこと?」
「私はユナハ家、雫はカーディア家に加護を王印という形で授けたんだが、カーディア帝国になって、貴族や裕福な者以外の者が文字の使用や勉学に励むことを禁止したことで、雫の知恵の加護が失われ、そして、農業を営むよりも、戦争で食料を奪い、奴隷や捕虜に農作業をさせることに切り替えたことで、私の豊穣の加護も薄れてしまっている。失われずに済んだのは、ユナハ領の農家が自分の手で農業を営んでいたからだ。カーディア帝国の農家のように、奴隷や捕虜に丸投げしてそれを見てるだけだったら、失われてたはずだ」
彼女の言葉に僕は驚愕した。
そして、シャルたちを見ると、皆、下を向いている。
エルさんとハンネさん、ダミアーノさんとオランドさんもそのことを知っているらしく、渋い顔をしていた。
ふと、ジーナさんを思い出し、彼女が学校に通えるようになることを羨ましがっていた意味を今更になって理解した。
僕は、学校がないか貧しい人は通えないからなのだと勘違いをしていたのだ。
「なら、ユナハ国になって、皆が勉強したり、農業とかの生産業が盛んになれば、二人はこっちの神様になるの?」
「いや、日本とファルマティスの両世界の神になるだけだ」
何だ、兼任ができるのなら良かった。
こっちだけの神様になられたら、潤守神社が困るからね。
「ん? ちょっと待って、椿ちゃんたちって元はこっちの神様なんだよね?」
「そうだ!」
「天狐って名乗ってたけど、天狐でも何でもなく狐の姿をしたファルマティスの神様が日本に移ってきただけだよね」
「……」
椿ちゃんは黙ったまま、雫姉ちゃんと共に気まずそうな表情になり、顔を逸らす。
おいおい、そこは何か言い訳をするなりしてくれないと、何も聞けなくなるじゃないか……どうしよう。
神託の間は静寂に包まれる。
「「ごめんなさい!」」
椿ちゃんと雫姉ちゃんが、誰も声を発せられない状況に耐えられなくなったのか、獣耳をシュンとさせながら唐突に謝った。
「たまたま、日本の天狐と同じ姿だったし、神としての力もあったので、そのまま居座っちゃいました」
椿ちゃんのカミングアウトが衝撃的だった。
ダミアーノさんたちだけでなくシャルたちまでもが、彼女の言葉を聞いて、魂が抜け出てしまっていた。
僕も驚きはしたが、日本には、蕃神という外から入り込んできた神様が、その国や土地に定着して信仰の対象とされていることもあったので、彼女たちほど驚くことはなかった。
「僕に謝られても……。それに、もう定着してるんだからいいんじゃないの」
僕の言葉に椿ちゃんと雫姉ちゃんは安堵したのか、こちらに向けて嬉しそうな笑顔を見せる。
だから、僕の了承は関係ないんだってば……。
「ところで、僕がこっちに来た時は、姉ちゃんたちと違って、時間のズレがなかったみたいだけど、たまたまなの?」
僕は話を変えることにした。
「それは、私が転移させたからだ。音羽は面白そうと鏡に顔だけ入れて覗き込んだら、そのまま落っこちて転移をしてたし、風音は鏡に寄りかかったら、転げるように転移をしてたからな」
椿ちゃんの言葉に僕は愕然とした。
二人とも何をしているんだ。
僕の知らないドジっ子属性を持っているのだろうか……。
二人は顔を真っ赤にして、しばらくの間、僕と目を合わせてくれなかった。
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