最終話 僕と二つの世界
建国式典が終わってからの数日間も、僕たちは買物や遊ぶことに費やした。
「今回の式典も無事に終わって、視察も十分にできたね」
「ええ、充実した視察でした」
僕とイーリスさんは、視察という名目をあげて満足する。
((視察? 遊んでただけだよね?))
「「うるさい」」
そばにいた金ちゃんと銀ちゃんがツッコんできた。
「これは、他国の観光資源の調査も兼ねた視察です」
((物は言いようってやつだね))
二人はイーリスさんに向かってニカッと笑うと、親指を立てる。
二人に悪いことを教えているような気がする……。
「これは大人の事情ですから、金ちゃんと銀ちゃんは真似してはダメですからね」
イーリスさんも僕と同じ思いだったのか、言い訳じみたことをいいだすと、二人には注意を促した。
((えっ……))
さすがに、金ちゃんと銀ちゃんは、若干呆れるような表情を浮かべていた。
まあ、ユナハ国に敵対する国もなくなったし、各国をも巻き込むような問題もなくなった今、少しぐらい羽目を外してもいいと思う。
僕はそんなことを思いながら、帰国の準備をするのだった。
翌朝、僕たちはノースゲートシティへと向かう。
もちろん、普通列車での移動だ。
護衛をつけたエリンさんも、「見送ります」と同じ列車に乗る。
ライカさんたちもついているとはいえ、王族がウロチョロしてはダメなのではないか?
そんなことを思っていると、リンさんとイライザさんが僕を見つめてくる。
「えーと、どうしたの?」
「王族になると、皆、フーカ様みたいに周りの心配などを気にも留めず、ウロチョロするんですね」
「……ごめんなさい」
リンさんにディスられた僕が謝ると、周りからは笑い声が聞こえた。
僕は笑っているシャルたちに、「言われているのは僕だけじゃないからね!」と強く思いながら視線を向けると、彼女たちは、とぼけるように横を向いてしまう。
あっ、ズルい。とぼけて誤魔化した。
列車がノースゲートシティ駅へと着くと、アーケードを歩いて行く。
来た時には気付かなかったが、アーケードの改札は入場口と出場口に別れていた。
出場口、この場合は出国ゲートにあると思うが、そこを抜けようとすると、荷物を細かく調べられる。
「これは?」
「お土産として、我が国の特産品を大量に持ち出されると困るので、制限を掛けているのです。ずるがしこい商人は、輸出品よりも安価で済むようにお土産として持ち出しかねませんから」
エリンさんが説明すると、皆の視線はケイトに向かう。
「ちょっと何ですか、その視線は? 言っておきますけど、こうしたほうが良いとエリンヴィーラ様に教えたのは、私ですからね」
ケイトはムッとした表情を見せた。
((日頃の行いが……))
「お前たちが言うなー!」
ケイトは、逃げだした金ちゃんと銀ちゃんを追いかけまわす。
三人がじゃれている間に荷物検査は終わり、僕たちは出場口を抜けていく。
「ケイト、金ちゃん、銀ちゃん。置いてくよ!」
((待ってー!))
金ちゃんと銀ちゃんがこちらに駆けてくると、ケイトもその後ろを駆けてきた。
三人が合流すると、『キング・フーカ号』が停泊している桟橋へと向かう。
「キング・フーカ号? なんだか、キングというわりには、全体的にこじんまりとした船だな」
ツバキちゃんが船の前で率直な感想を述べる。
((主をイメージしてるから))
「「あー、なるほど」」
金ちゃんと銀ちゃんの言葉に、納得するツバキちゃんと姉ちゃん。
「納得するなー!」
僕が叫ぶと、皆は笑いだした。
うー、なんで笑われなきゃならないんだ……。
僕たちはエリンさんたちと別れの挨拶を済ませると、甲板へと向かう。
ボー。
汽笛が鳴らされ、船が動き出すと、僕たちは桟橋で手を振って見送るエリンさんたちに手を振り返す。
そして、彼女たちの姿が見えなくなるまで、手を振り続けるのだった。
◇◇◇◇◇
帰国した僕たちは、各自が城でのんびりと過ごしていた。
国同士のいざこざもなく平和になったことで、ユナハ国の内政も落ち着いている。
仕事も外交と経済、治安などが主なものとなっていた。
仕事が無いわけではないが、戦争だのなんだのと問題が起きていたころに比べれば、書類の数は半分以下に減っている。
必死になって終わらせていたあの頃が嘘のようだ。
(主、主。うな重とふぐ刺しは?)
(そうだよ。うな重と北京ダックの約束を守ってよ!)
のんびりと思いにふけっていた僕を、金ちゃんと銀ちゃんが引き戻す。
「日本に戻ってからだよ」
(じゃあ、戻ろう!)
(すぐ戻ろう!)
う、うざい……。
二人のいなかった数ケ月間が、いかに平和だったかを思い知らされる。
「日本には、私たちの新居もできてますよ」
((!!!))
僕の執務室に護衛と称して居座り、我が物顔でお茶とお菓子をむさぼるレイリアの言葉に、二人は目を輝かせた。
余計なことを……。
(それって、新しい物置小屋?)
(どれくらい小さいの?)
「物置小屋じゃない。そもそも、小さいことを前提にするな!」
僕が叫ぶと、二人はピューンと、レイリアのそばまで逃げた。
「ちゃんと、私たち皆が住めるくらい広いですよ。こちらの屋敷ほどではないですけど、皆の分の個室と集まれる広間もありますし、キッチンもありますよ」
(僕と銀ちゃんにも別々の部屋があるの?)
レイリアは二人を見て首を傾げる。
((???))
すると、二人も首を傾げた。
そして、考え込むレイリアを見つめて、焦りだす。
「大丈夫だよ。二人の部屋もあるよ」
僕が答えると、二人はホッとする。
(じゃあ、主、見に行こう!)
(すぐに行こう!)
こいつらは……。
「この仕事が終わってからね」
((さっきまで、ボーとしてたくせに))
「やかましいわ!」
二人はニコニコしながら逃げ出した。
皆に金ちゃんと銀ちゃんを連れて、一度日本へ行くことを告げると、皆も一緒に行くと、予定を合わせることとなった。
そして、日本へと到着した僕たち。
金ちゃんと銀ちゃん、残留組のメンバーに新居を見せるため、社務所の裏手を目指す。
「私はお父さんに報告することがあるから、社務所に行くわね」
オトハ姉ちゃんがそう言うと、シズク姉ちゃんとアカネ姉ちゃんは、ツバキちゃんと姉ちゃんの腕をしっかりと掴んで、彼女に向かって頷く。
「「えっ? 私たちも?」」
ツバキちゃんと姉ちゃんは驚く。
「二人は勝手に神社のお守りなどを売っていたのだから、当たり前でしょ」
シズク姉ちゃんの有無を言わさぬ威圧的なオーラに、二人は渋々と頷き、社務所へと連れて行かれるのだった。
僕たちは先へと向かう。
すると、灰色と白色の二階建てで、おしゃれなアパートのような建物が現れる。
((おー!))
金ちゃんと銀ちゃんは感嘆の声を上げ、ケイト、アンさん、ヒーちゃんは目を輝かせていた。
((主、入ってもいい?))
「いいよ」
二人は玄関のドアノブをガチャガチャと音を立てて引っ張ると、悲しそうにこちらを振り向く。
((開かない))
「鍵がかかってるんだよ」
((早く開けて!))
僕は扉の脇にある暗証番号式オートロックの数字が記されたボタンを押した。
ウィーン、カチャ。
「開いたよ」
金ちゃんは恐る恐る扉を開く。
((おー!))
金ちゃんと銀ちゃんは目を輝かせながら、感嘆の声を上げた。
ガチャ。
ウィーン、カチャ。
そして、閉めてしまうと、自動で鍵がかかった。
「何してるんだよ!」
(僕もやりたい!)
金ちゃんは目をキラキラさせて、僕を見る。
銀ちゃんも同じ目をしているのを見て、しばらくは入れない気がした。
金ちゃんと銀ちゃんに暗証番号を教えると、二人は交互にボタンを押していく。
だが、何やらまごついていて、開かない。
「どうしたの?」
二人は悲しそうな表情で振り向く。
((ボタンが主のように小っちゃくて、押しにくい))
主のようには余計だ!
「それなら」
僕は財布からカードを出し、オートロックにかざした。
ピッ。ウィーン、カチャ。
二人は目を輝かせて、僕のカードを羨ましそうに見つめる。
「あとで、二人の分も用意してもらうよ」
((ヤッフー!))
飛び跳ねて喜ぶ金ちゃんと銀ちゃんだった。
新居の中に入る。
((……))
金ちゃんと銀ちゃんは、入った途端に呆然と立ち尽くしてしまう。
「今度は何?」
((何にもない……。まるで主の存在感のようだ))
なんで、いちいち僕を例えに出すんだ……。
「いいんだよ! 皆が揃うまで、家具や家電を決めるのは後回しにしていたんだから」
((そういうことにしといてあげる))
二人は哀れむ顔で僕を見る。
「あとで揉めるよりも、皆で決めたほうがいいだろ!」
((うんうん。そうだね))
そして、ぼくの肩を優しく叩いてくる。
「犬小屋を買ってあげるから、二人の部屋は庭でいいよね」
((主の賢明な判断は、さすがだ! うんうん))
こ、こいつらは……。
僕は頭を抱えるのだった。
新居に上がると、金ちゃんと銀ちゃん、ケイト、アンさん、ヒーちゃんは自由に屋内を見て回る。
既に間取りが分かっている僕と他のメンバーは、リビングで五人が内覧を終えるのを待つ。
しばらくして、五人がリビングに来る。
「どうだった?」
「「「贅沢なくらいです」」」
((早く家具を入れたい!))
僕が尋ねると、皆からはお墨付きがもらえ、僕はホッとした。
「では、明日、家具を選びに行きましょう」
イーリスさんの提案に皆で頷くと、僕たちは新居を後にし、社務所で挨拶をしてから僕の自宅……実家へと向かった。
家に着くと、僕に難しい表情を向けた母さんの出迎えを受ける。
何か嫌な予感がする。
「母さん、その顔は?」
「あんた、もう三年生になるけど、受験勉強は始めてるわよね?」
「……」
忘れてた。というよりも、学校に通った記憶すらない身としては、大学受験のことなんて頭になかった……。
「えーと、ヒーちゃんは始めてるの?」
僕は、矛先を変えて誤魔化すことにした。
「私のところは付属高校ですから、指定校推薦の基準の成績以上を取っていれば大丈夫です」
「取れてるの?」
「はい」
満面の笑みを浮かべるヒーちゃん。
「で、あんたはどうなの? どこの大学を目指すの?」
「こ、これから考えるのかな?」
「……」
母さんは黙ったまま、曖昧な返事をする僕を睨みつけた。
(主にはユナハ国立大学があるから大丈夫だよ)
金ちゃんがフォローをしてくれる。
「そんな、異世界の大学に入って、どうすんのよ……ハァー」
母さんは頭を抱えてしまった。
「どこかには入れるように頑張ります」
僕がうつむくと、玄関口には気まずそうな空気が漂うのだった。
翌日からは、家具選びが始まり、購入した家具の新居への運び込みなど引っ越しの準備で慌ただしくなる。
そして、夜になると、母さんに雇われた姉ちゃん、オトハ姉ちゃん、シズク姉ちゃん、アカネ姉ちゃんの四人が僕の家庭教師として、交代で受験勉強を見てくれることとなる。
それは、予備校や進学塾に通わせても、追いつく以前の問題と母さんと四人が判断したからだった。
引っ越しも終わり、皆は落ち着くが、僕だけは、姉ちゃんたちの誰かしらが家庭教師として訪れるので落ち着かない。
それどころか、引っ越しが終わったことで、朝から晩まで勉強漬けとなるのだった。
その後、日本とユナハ国の住居を行き来する僕に、姉ちゃんたちも行き来しては家庭教師をする毎日が半年以上続いた。
そして、なんとか近場の大学に合格できた僕は、やっと解放される。
だが、再び新たな問題が発生した。
今までとは違い、大学の講義は休むわけにはいかないことだった。
大学に通いながら、休日は城の執務室で貯まった仕事と大学の課題に明け暮れる。
シャルとイーリスさんが協力してくれ、仕事の量は少ないが、それでも一週間分ともなると貯まるのだ。
そんなある日、金ちゃんが仕事をしている僕をジッと見つめてくる。
「金ちゃん、どうしたの?」
(主、飛び級とかできないの?)
無理難題を言い出す金ちゃん。
「「フーちゃんに、そんな頭はないわよ」」
家庭教師が終わった後も、休みや暇になると遊びに来ていた姉ちゃんとオトハ姉ちゃんが答える。
((それもそうか。僕たちが浅はかだった))
金ちゃんだけでなく、銀ちゃんも口を揃えて、自嘲するように納得した。
この人たち、凄いムカつくんだけど……。
僕がムッとすると、四人は面白がる。
「からかわないであげて下さい。そうでなくても、フーカ様は集中が切れやすいので、仕事が遅いのですから」
グサッ。
イーリスさんの言葉が胸に刺さるのだった。
◇◇◇◇◇
大学生活とユナハ国国王としての生活の両立ができ始めると、ユナハ国の政治的なことは首相のエンシオさんと副首相のクリフさんが中心となって動いていた。
僕とシャル、イーリスさんは、議会で決まったことに目を通したり、エンシオさんとクリフさんの相談役となることが多くなる。
ただし、金ちゃん、銀ちゃん、ケイト、マイさんの暴走には、僕たちが先頭に立たないと二人には荷が重かった。
そして、他国や国民たちに四人の中の誰かしらが暴走するのは、平和の証しと認識され始めたことで、僕たちは苦肉の策として、潤守神社で四人の面倒をみてもらうことにした。 すると、四人はツバキちゃんと連携して、おおごとを巻き起こす。
結果、ファルマティスの世界は平和そのものになっていたが、ユナハ国と潤守神社周辺だけは、四人の暴走で定期的に慌ただしくなることが日常となってしまった。
まあ、平和だからこそと言われれば、そうとも言えなくもない。
僕は執務室で四人のやらかした件の報告書を読み終えると、そんなことを思いながら窓の外を眺める。
「今まで戦ってきた国や人物に比べれば、四人の暴走も周りから見れば可愛げがあるのでしょうけど、その後始末が全て私たちに来るとなると、平和になったとはいえ、心穏やかではいられませんね」
イーリスさんの愚痴を聞いて、この世界が平和になるまでに知ったことや学んだことを振り返った。
日本からこちらの世界に来た者の愚言のせいで、正義や常識なんてものは見方によって、どうとでも解釈を変えることが出来ることを知った。
そして、相手を思いやる優しさだけは、言葉や解釈なんてものがいらないと学んだ。
だから、僕は正義や常識を掲げたりしないで、この国が優しい国になっていけるように尽力しようと思うのだった。
僕は物思いにふけったまま窓に近付き、発展したユナハ市の街並みを見つめる。
日本とファルマティス、僕にはどちらかの生活を優先することは出来ない。
どちらの世界にも愛する人たち、大切な人たち、親しい人たちがいる。
そして、その人たちには優しく笑顔でいて欲しい。
(主。考え込むように外を眺めて、何をカッコつけてるの?)
やらかしたことで呼ばれている金ちゃんが、僕の思考に水を差した。
(エッチなことに決まってるだろ!)
僕の真似をした銀ちゃんが、代わりに答える。
(なるほど)
「断じて、ちがーう!」
((そうなの?))
二人は首を傾げた。
「そうだよ! そもそも、二人は、なんで呼び出されたと思ってるんだ!?」
((可愛いから))
「また、やらかしたからだ!」
(あれは、主のためだよ)
金ちゃんは得意げな顔をする。
(そうだよ。ヘタレの主はあれくらいしないと、シャル様とヒサメお姉ちゃんに欲情しないでしょ。ハァー)
なんで、銀ちゃんに溜息を吐かれなきゃならないんだ。
「だからって、女湯と男湯の仕切りの壁を壊すな!」
(主が貧相な二人で欲情するには、裸体を見せるのが一番!)
僕に向かって親指を立てる金ちゃん。
(とっとと二人を手籠めにしないと、小作りする前にアン様、イーリス様、ミリヤ様がお婆ちゃんになっちゃうよ。あっ、あれ? 主、ミリヤ様は既にお婆ちゃんなのかな?)
ぎ、銀ちゃん……。そんな恐ろしい質問を振るな!
「「「「「ほーう。聞き捨てならないですね」」」」」
ビクッ。
僕たち三人の身体が跳ね上がった。
((み、皆さん、お揃いで……。では失敬!))
「「「「「コラッ、待ちなさい!」」」」」
二人が逃げ出すと、シャル、ヒーちゃん、アンさん、イーリスさん、ミリヤさんが追いかけ、室内はいつものごとく騒がしくなるのだった。
僕の理想を実現するには、まずはこの二人をしつけるのが最優先のようだ……。
―― FIN ――
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