233話 上陸作戦の囮
朝を迎えると、馬と馬車が用意され、エリンさんとシリウス、アンさんが、数人の護衛を連れて、一番近くの集落へと向かった。
馬と馬車は、ケイトが用意し、トラックに積み込んでいたそうだ。
少人数でも、車で行ったら警戒されていたことだろう。
こういうところは抜け目がないんだよな。
ケイトは兵士に指示を与えて、エリンさんたちが戻ったら、機甲師団を行軍出来るように準備を整えている。
僕は、そんなケイトを見つめながら、感心していた。
二時間くらいして、エリンさんたちを乗せた馬車が戻ってきた。
僕たちは、彼女たちを出迎える。
「どうだった?」
僕は、馬車から降りてきたエリンさんに尋ねた。
「私たちの村……今はハウン市でした。えーと、私たちと年に数度ですが、交流のある村でしたので、上手く説得できました」
エリンさんはニッコリと微笑むが、シリウスは難しい表情を浮かべていた。
「シリウス、気になることでもあったの?」
「いえ、大したことではないのですが。その、村の住民たちは、ハウン市の発展ぶりをエリンヴィーラ様から聞かされて、自分たちの村も同じようになるのではと期待しているようでして……」
彼の顔は、困った表情をしていた。
「まあ、樹海を抜けたところにある村だし、少しくらいは整えておかないとハウン市まですたれてしまうから、許容範囲だよ」
僕がフォローすると、彼はホッとした表情を浮かべる。
「そうですよ。ここに駅を造らないと、ハウン中央駅から伸ばしてきている路線が無駄になってしまいますから、許容範囲です」
ケイトは、ここにも駅を造るつもりのようだ。ということは、この辺り一帯も再開発されるのだろう。
敵地へ侵攻しているはずなのに、何故だか、軍事以外のところで費用がかさんでいる気がする……。
僕たちは装甲車に乗り込むと、樹海を抜けたところにある村へ向かって、行軍を始めた。
数十分も経たないうちに、村へは着いたのだが、ここはハウゼリア新教国が統治している村なのだろうか?
エリンさんの村よりは少しはましな程度の貧しい村だった。
装甲車から降りた僕たちは、唖然とした表情で、その村を見つめた。
そんな僕たちの元へ、ペコペコと頭を下げるようにして村人たちが現れる。
「えーと、村長さんは、どの方ですか?」
「私ですじゃ」
僕が尋ねると、杖をついたお爺さんが前に出てきた。
「僕はユナハ国国王、フーカ・モリ・ユナハです。失礼なことを村長さんにお尋ねしたいのですが、よろしいですか?」
「どうぞ、何でも聞いて下され」
「えーと、この村は、国に認知されている村なのですよね?」
「はい。その通りですじゃ」
「えーと、とても貧しい状況のようですが、国からというか、この地の領主から支援などされないのですか?」
「役人や神官は、こういった苦労も信仰の糧となると言われるだけで、税とお布施は、しっかりと徴収していく有様ですじゃ」
「そ、そうなんですか……」
僕は、あまりの状況に、皆のほうを振り向いた。
「「「「「……」」」」」
皆だけでなく、エルさんとマイさんまでもが唖然として、黙ったままだった。
自分たちの村もハウン市のようにしてもらえるのではと期待する気持ちもわかる。
「ミリヤさん」
「はい、すぐに準備に取り掛かります」
ミリヤさんは即座に返事をし、炊き出しや住民の診察の準備に取りかかる。
「ケイト、この村を……」
「はい、すぐに再開発の準備に取り掛かります」
ケイトは、僕の言葉を遮って返事をすると、工兵たちの元へと駆けて行く。
いや、この村を人が住める程度のレベルにして欲しいだけで、再開発を頼む気はなかったんだけど……。
村人たちの前で再開発を断言した以上、撤回するわけにはいかない。
僕は、また費用がかさむのかと、頭を抱えるのだった。
僕たちが村の中では一番まともな建物である村長の家に招かれている間に、村の中央では炊き出しが行われ、ケイトは工兵たちに指示を与え、再開発に取りかかり始めていた。
ヘルゲさんたちが上陸しやすいように、僕たちが敵軍を引きつけないといけないのに、この村で時間を費やしすぎると、作戦全体にまで支障をきたしてしまう。
僕は頭を悩ませながら、イーリスさんとシリウスがハウゼリア新教国のことで村長と話している会話を聞いていた。
村長の話しでは、この先の集落も、税とは別にお布施も強制的に徴収されているせいで、この村と代わり映えしない貧しい有様だそうだ。
まあ、税を二重に取られているようなものだから、貧しくて当たり前なのだが、そこまで苦しい思いをさせられてるのに、ハウゼリア新教を信仰している意味が、僕には分らなかった。
(村長さん、オウル教に改宗したら?)
村長さんの話しを一緒に聞いていた金ちゃんが声を掛けると、彼は念話に驚いてキョロキョロとする。
「オウル教は、ハウゼリア教を改名した名称です」
すぐさま、エリンさんが金ちゃんのフォローに入った。
そして、エリンさんは、そのままオウル教の説明と今回の戦争でハウゼリア新教国が負けた時のことを丁寧に話した。
「この国が戦争をしておったとは……」
彼女の話しを聞き終えた村長さんが嘆くようにつぶやくと、僕たちは、戦時下に置かれていることを知らないことに驚く。
この先の集落でも、この展開が待ち受けているかもしれないと思うと、気落ちしてしまう。
そんな時、玄関のほうがざわつき始めた。
シリウスが様子を見に行くと、偵察部隊からの報告があがってきたことが告げられる。
報告を聞くと、村長さんが言っていた通り、この先の集落も貧しく、この村とたいして変わらない有様とのことだった。
ただし、湖の先にある割と大きな集落では、役人と神官がぜいたくな暮らしをしているが、住民たちは反感を抱きつつも、怖くて逆らわないでいるとのことだ。
ハウゼリア新教って、長い年月の間に、神官たちの欲望が反映され過ぎて、宗教の体が成されなくなっている気がしてきた。
「ハウゼリア新教って、もう宗教でも何でもないじゃん」
「「「「「確かに……」」」」」
((主に言われたら、おしまいだね))
「そうじゃな」
僕がつぶやくと、皆も賛同するが、皆の声に紛れるようにして、聞き捨てならないことを言っているのが二人いた。
そして、村長さんまでもが賛同してしまっている。
僕たちは、村長さんを見て、顔引きつらせるのだった。
◇◇◇◇◇
村で一日を過ごした僕たちは、早朝に、村長さんと村人たちに見送られて、先に進む。
村の再開発は、ケイトが無線でハウン市に駐屯している工兵部隊に引き継ぐように指示をする。
そして、シリウスもこちらの現状をヘルゲさんに無線で伝え、上陸作戦との連携を取るために工程の調整が行われた。
このままでは、上陸作戦の囮のはずが、今回のような状況が続くと、こちらが作戦の足を引っ張りかねない。
車中で僕が難しい顔で悩んでいると、金ちゃんが覗き込んでくる。
「金ちゃん、どうしたの?」
(これって、聖地オウルに向けて侵攻してるんだよね?)
「そうだよ」
(侵攻をやめて、ハウゼリア新教からの解放をうたったほうが手っ取り早いんじゃないの?)
「……」
もっともな意見に、返す言葉がなかった。
金ちゃんは、黙ってしまった僕からイーリスさんに視線を移した。
彼女は問われるのを恐れるように、サッと視線を逸らす。
ズ、ズルい……。
エリンさんとシリウス、アンさんを中心とした少数部隊を編制し、先行してもらったおかげで、僕たちが次の集落に到着すると、話しはすでにまとまっていた。
ミリヤさんが炊き出しの段取りをし、ケイトが再開発の段取りをハウン市に連絡をすると、僕たちは再び先に進む。
その繰り返しを集落に到着する度に行っていた。
各集落に費やす時間を短縮することは出来ていたが、僕たちは焦りだし始める。
「このままでは埒が明かない感じだね」
「そうですね。かと言って、見過ごす訳にも……」
僕とイーリスさんは、苦悩する。
「あのー、フーカ様。いつになっても、全然、敵が現れないんですけど、私たちって囮なんですよね?」
レイリアが苦悩していた僕たちのそばに来て、質問をしてくる。
「そうだよ」
「もしかして、囮なのに、敵に気付かれていないのでは?」
「「まさか……」」
僕とイーリスさんは言葉を失った。
こんな車両の大群が行軍しているのに、報告がされないってことがあるのだろうか?
今までのハウゼリア新教の神官たちの行動を思い出すと、ツーと汗がしたたり落ちる。
いやいや、いくらなんでも、ここは本国なんだから……。
僕が不安を隠せないでいると、銀ちゃんがポンと何かを閃いたのか、手を叩いた。
(適当なところに砲撃すれば、きっと、敵が集まってくるよ)
「なるほど。それはいいアイデアですね」
レイリアは素直に賛同する。
「なるほどじゃない! そんなことをしたら、敵は集まるかもしれないけど、収拾がつかなくなるよ」
(でも、僕たち、囮になってないよ)
「そうですよ」
「敵がこっちに戦力を割いて、待ち構えている形にしたいんだよ。適当に砲撃したら、こちらの攻撃力が知られて、どこかに籠城したり、聖地オウルに集結されるかもしれないだろ」
(なんか、面倒くさい)
銀ちゃんがぼやくと、レイリアはウンウンと大きく頷く。
「役人や神官がいる集落に着けば、敵に気付かれますから、それまでは我慢して待ちましょう」
イーリスさんがフォローを入れてくれる。
(イーリス様が言うなら仕方ないか)
「そうですね」
二人は、あっさりと納得する。
こ、こいつらは……。
◇◇◇◇◇
樹海を出てから三日目で、ようやく役人と神官がいる集落を遠目に見える所まで来ると、行軍は停まった。
その集落は、今まで訪れてきた村よりも大きく、町といった感じだ。
中央に教会や屋敷など、立派な建物がいくつも見られるが、その周りに建ち並ぶ建物は、家の体を成してはいたがボロかった。
ここもか……。
僕は町を見て、うんざりとした。
それにしても、搾取する側と搾取される側が、今まで見てきた中で一番はっきりしているように思える。
(ねえ、主。この町を護る壁が柵なんだけど……)
金ちゃんが眉間に皺を寄せて、話しかけてきた。
「島国だから、敵に攻め込まれることを想定していないんじゃないかな?」
(でも、牧場の中に町があるようにしか見えないんだけど)
確かに金ちゃんの言う通りだった。
(まさか、人間牧場?)
銀ちゃんが怖いことを言いだす。
「……」
(……)
町を見る限りでは否定できない僕と金ちゃんは、困り顔で銀ちゃんを見つめるしか出来なかった。
「まあ、金ちゃんと銀ちゃんの言いたいことも分かりますけど、問題はそこではありません」
装甲車の屋根に登って町を見ていた僕たちのそばに、イーリスさんが来た。
((問題って?))
金ちゃんと銀ちゃんが首を傾げる。
「町の防壁が柵なので、こちらから町は丸見えですが、こちらが近付けば、向こうからも丸見えなんです」
そう言うと、イーリスさんは、規則正しく並んでいる戦車や装甲車を困り顔で見つめた。
((なるほど。派手な登場になるね))
「「……」」
少し嬉しそうな二人を、僕とイーリスさんは頬をひくつかせて見つめるのだった。
その後、皆で話し合うと、ここは強行することとなった。
「こっちは囮も担っているんだから、目立つとしても多少強引にでも、攻め込んだほうがいいわよ」というマイさんの意見が採用されたからだ。
そして、砲撃は控え目にして、教会と役所、近隣の屋敷の占拠を目的とし、住民にはなるべく被害を出さないように配慮することが補足された。
作戦内容がまとまった僕たちは、戦車隊を先頭に、町への侵攻を始める。
数十台の戦車が土煙をあげて街へ向かって行く。
その後ろには、装甲車とバギーが続く。
カンカンカンカン、カンカンカンカン――。
町の警鐘が鳴らされると、昼食を終えたばかりのタイミングの町は混乱し始める。
住民たちが逃げ惑う中、町を護る兵士たちが入り口を固めるようにゾロゾロと出て来た。
そして、こちらの戦車部隊を見て、初めて見るその異様さに混乱している。
その様子を、僕たちは、ゆっくりと走る装甲車の屋根の上に腰を下ろして見ていた。
「兵士たちまで混乱してるね」
「まあ、初見だったら、私も混乱すると思います」
「アンさんでも?」
「当然です。こんな物が攻めてきたら、どうやって戦えばいいのか分からないですからね」
アンさんは、僕に向かって苦笑した。
そんなことを話している間に、戦闘の戦車が町の入り口に突進していく。
敵兵たちは為す術なく、道を空けるように左右に別れ、戦車が目前を通って行くのを呆然と見つめていた。
そして、入り口の柵をキャタピラで踏みつぶしていく姿を見せつけられると、その場で腰を抜かすようにへたり込んでしまった。
「砲撃をしなくても圧勝だね」
「そうですね」
僕とアンさんが見つめていると、敵兵たちのそばにトラックが横付けされる。
そして、幌が張られた荷台から続々と味方の兵士が飛び降りると、敵兵たちを捕縛していった。
その後、戦車隊が教会やその周辺を取り囲むと、兵士たちが建物に突入して制圧をしていく。
何の抵抗もなかったのか、近隣の屋敷だけでなく、教会と役所もあっという間に制圧されていった。
そして、僕の元へは、「屋内はもぬけの殻でした」との報告が次々と上がってくる。
「なんで、誰もいないの?」
僕が首を傾げると、仕事を終えたシリウスがそばに来た。
「すでに逃げ出したようです」
「早っ!」
「こちらが攻め込んだ時には、手に持てる物だけを持って、逃げ出したようです」
彼は苦笑する。
まあ、今まで溜め込んできた私財が残っているならいいか。
僕は、イーリスさんとケイトを呼んで、その私財をこの町と周辺の集落のために使うように頼むと、二人はニッコリと微笑む。
彼女たちのそばで四つん這いになり、ショックを受けている金ちゃんと銀ちゃんが視界に入ったが、二人のことは無視することにした。
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