22話 報告会と今後の予定
落ち着いたアンさんを、見物席の椅子に座らせ、休ませていた。
ふと、こんなことがあったのに、一番騒ぎそうな人物がいないことに気付く。
「あれ? ケイトは?」
皆が一斉にある一点を指差す。
そこには、大きなボードが掲げられ、アーネット:二・一倍、第一騎士団:五・六倍という文字が記されていた。
そして、ケイトがボードの前に群がる人たちと、忙しそうに何かを交換している。
その脇では、見覚えのあるリネットさんの部下たちが、ケイトの指示に従って、忙しく仕事をしていた。
「何あれ?」
「……今回の試合の投票権発売場です」
シャルが何とも言えぬ顔で答える。
「えっ? ケイトは、この試合の賭博運営をしてたの?」
「はい……」
シャルが苦笑すると、イーリスさんたちまで苦笑している。
ケイトが見物席にいなかったことが納得できた。稼げるときに稼ぐのは、商人として正しいとは思うが、彼女の場合はどうなるのだろう……。
商家の娘であることは知っていたが、彼女の行動は魔導士よりも商人に偏っている気がする。
「あんなことを許してていいの?」
「ケイトですから……。止めても水面下で動くに決まっています」
シャルの言葉に、反論ができない。何故なら、ケイトだから……。
そんな僕たちに彼女は気付くと、こちらに向かって手を大きく振り、満面の笑みで駆けてくる。
「ぜぇー、ぜぇー、はーはー。き、聞いてくだちゃい、フーカしゃま!」
息切れで、ろれつが回らないケイトに水を渡すと、彼女は渡された水をゴクゴクと一気に飲み干した。
「フー。ありがとうございます! それでですね、いやぁー、これが凄いんですよ! 驚いたでしょ!」
興奮しすぎていて、何が言いたいのか、さっぱりわからん。
「あれー、その顔は疑ってますね!」
「そもそも、何が凄いのかも、何が言いたいのかも分からないんだけど……」
彼女は痛い子でも見るような目を向けてくる。
カチン!
僕は、喧嘩を売られているのだろうか……?
「フーカ様、この無礼者の首を切り落としますか?」
いつの間にかケイトの背後に移動したオルガさんが、彼女の首に僕が与えた二本のナイフを当てた。
「ヒィッ! ま、待って下さい! 何で、私の首が切り落とされそうになってるんですか!?」
ケイトは、意味が分からないと言いたげな顔で訴えてくる。
「だって、何が凄いのかも言わずに、馬鹿にした態度を取ったからでしょう。自業自得だよ!」
「そうでしたっけ? 今、説明しますから、オルガを止めて下さい!」
「オルガさん、そういうことなんで、許してあげて」
「はい」
オルガさんが下がると、彼女は、ヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
「それで、何が凄いの?」
「あー、助かった! あっ、そうででした! 何が凄いかというと、なんと、ぼろもうけが出来ました!」
「は?」
「いえ、だーかーらー、アン様が勝ったから、ぼろもうけが出来たんですよ」
「で、それで……」
賭博で大きく儲かったのだろうが、儲かったのはケイトだけなのだから、僕が彼女のように喜ぶことはないと思うけど……。
僕の様子に、ケイトが首を傾げた。
「あれ? もしかして、聞かされていない?」
「何が?」
「やっぱり……。あのですね、私たちは、今のまま建国しても、資金がないんです! フーカ様の知識があっても、先立つものが無ければ何も始められません!」
「そういうことか……。ごめん、知らなかった」
現在の財政について、聞かされてはいなかったが、シャルたちからの話しから、察しても良かったことだった。
「そんな暗い顔をしないで下さい! 今回、第一騎士団に賭けた連中は、利権に群がる貴族や商人です。それも、アノンの顔を立てるため……いえ、彼との繋ぎを作って宰相に取り入るため、大金を惜しげもなくつぎ込んでくれました。結果、アン様に賭けた人への支払いを済ませても、大金が親である私に転がり込んだんです!」
「そうだったんだ。ケイトありがとう! ん? 私に?」
「えっ? いえ、私たちに? ですかね?」
「何で、疑問形なの?」
「何を言っているんですか! ちょっとしたあれですよ、あ、れ! 細かいことを気にするとハゲますよ!」
「やかましいわ!」
「これ、第一騎士団に賭けた連中のリストなんで、リネットさんに渡してきちゃいますね」
そう言うと、作りの粗い紙をヒラヒラさせた彼女は、リネットさんのところへと行ってしまった。
何だか、気になる発言があったのに、誤魔化された気がする。
その後、会場の撤収作業は終わらせたのだが、まだ、余韻を楽しんでいる人たちが、露店の周りで杯を交わしていた。
羽目を外しすぎた人が騒ぎを起こすことを考え、警備の人員をを少し残すと、僕たちは、城へ戻るのだった。
◇◇◇◇◇
城のサロンに僕たちは集まっている。
その中には、イーリスさんの家族とシリウスも加わっていた。
皆が集まったのは、今回の報告会と今後の予定を相談するためである。
何故なら、アノンの件で、アルセに足止めをくらってしまい、予定が崩れたからだ。
その原因となる提案をしたのは、僕なんだけどね……。
シャルが進行を務める。
「では、最初に、今回の功労者であるアンに褒美を与えます」
拍手と歓声がサロンに響きわたる。
「コホン。アーネット・トート・フルスヴィント、貴女がフーカさんと婚姻することを認めます! この先もフーカさんを支えてあげて下さい」
「はい! かしこまりました!」
再び、拍手と歓声がサロンに響きわたる。
「ちょっと、待ったぁー!」
「フーカさん? どうかしましたか?」
「そんな大事な話しを、一言も聞かされてないんだけど」
「ええ、フーカさんには言ってませんから、何か問題でも?」
この娘は、サラッとスルーしたよ……。
「こういうことは、当人の意思も聞くべきだよね!」
「ええ、彼女は喜んで承諾しましたよ。ねえ、アン」
「はい、光栄です!」
アンさんは、少し恥じらいながらもハッキリと答えた。
「アンさんじゃなくて、僕の意志は?」
「フーカさんは、どうせごねるから省きました」
「そこ、省いちゃダメだよね!?」
「ほーら、面倒くさい! アンに何か不服でも?」
その質問はズルい。
「その、不服はないけど、今まで、勝手に婚姻を決められてるよね?」
「イーリスは、フーカさんが申し込みましたよ」
「うっ、あれは……」
イーリスさんとその家族が目に入る。
「そうです……」
僕は素直に認める。
「それに、フーカさんは、アンのことを自分のものだと言ってたではないですか!」
「……?」
いつそんなことを言ったのか、思い当たる節がない……。
「もしかして、覚えていないんですか? それは、ちょっと、酷いんじゃないですか?」
シャルがニマっと怪しい笑みを浮かべた気がした。
このままでは、やり込められてしまう。でも、対処法が見つからない。
「試合の時に、『僕のアンさん』と、ハッキリと言ってましたけど」
あっ、あの時か! しかし、あれは意味が違うのに……。
「も、もしかして、アンのことを都合のいい女として、そばに置き続けるつもりだったのですか? な、なんて、可哀想なアン……」
シャルは誤解を生みそうなとんでもない発言をすると、両手で顔を覆い、悲しい演技をして畳み込んできた。
それも、わざとつたない演技までふまえてくる。
僕からは、彼女の口角が上がっているのが見えた。
な、なんて、あざとい……。
悔しいが、僕の負けが決まった。
「分かったよ。僕も承諾します」
さっきまでとは違い、盛大な拍手と歓声が巻き起こる。
そして、シャルが勝ち誇った顔でこちらを見る。
やっぱり、悔しい。
アンさんとも婚約をして、五人目の奥さんが決定してしまった。
もう、好きにして……。
「それにしても、フーカ様は珍しいタイプですわね」
「珍しい?」
リネットさんの言葉に、僕は疑問を抱いた。
「男性の呼人は、何かと言うと女性を要求しては、オーダーメイドで作らせた変わった服を着せたり、変わった言葉遣いを強要したりして……。えーと、確か、『ハーレム』という言葉を連呼すると聞いていますわ」
「そ、そうなんだ……」
こっちに来た連中は、やりたい放題をやってたな……。
「フーカさんがいつものごとくごねたせいで、な、が、め、に時間を費やしてしまいましたが、次に行きたいと思います」
シャルが進行を進める。
だが、ついでのように僕をディスるのはやめて欲しい……。
シャルが真剣な面持ちを見せると、その場の雰囲気が変わった。
「明日、アルセを発ちます。当初の予定通り、五月三〇日には、首都ユナハには着けますが、それは、順調に進めた場合です。アノンの件を知った宰相たちが、どういった行動を起こすかも分かりません。そこで、日程を短縮する必要があります」
「そうですね。宰相が動くことを考えると、一日でも早くユナハに到着したいですね」
シャルの意見にイーリスさんが同意すると、皆も頷く。
そして、リネットさんが一歩前に出た。
「宰相が動いたとしても、必ずアルセを通ることになりますわ。宰相といえど容易く通しませんので、フーカ様たちは早く建国して下さいまし!」
「ありがとう。リネットさんたちにも迷惑をかけるけど、よろしくお願いします」
「お任せ下さい。このリネット、建国のあかつきには、腐れ宰相を討ち滅ぼしてみせますわ! オーホホホホ」
いや、打ち滅ぼさなくてもいいんだけど……。あの目はマジだ!
こっちの女性は何かと戦いたがる気がする……。
「では、リネット。もしもの時はよろしくお願いします」
シャルが頭を下げると、リネットさんは大きく頷き、感極まっていた。
「シャル、宰相に向けて使者を出してよ。内容は『お宅のお孫さんの件で、こちらの日程に遅れが出てしまいました。お察しの事と思いますが、当初の予定よりも遅れる事となりました。ご配慮いただけると喜ばしい限りです』ってな感じの文面でお願い」
シャルは、僕のことをマジマジと見る。
「フーカさんは、本当にただでは起きませんね」
何だかディスられてる気がする。
「それでしたら、司祭の使者が無理に面会を求めてきたことも付け加えましょう」
アンさんが内容を追加してきた。
でも、司祭の使者って?
「アンさん、司祭の使者なんて来たの?」
「二回も夜中に来たではないですか! 一回目の使者は、フーカ様が取り込んでしまいましたけど」
彼女がチラッとオルガさんとヨン君を見たことで、察しがついた。
二人は、自分たちのことを言われ、シュンとしている。
この時に、初めて気付いたが、エルフはシュンとすると耳も下がるのだった。
その姿が愛らしくて、しばらく、見惚れてしまう。
今度は、ミリヤさんのシュンとした姿も見てみたいと、よこしまな考えが頭をよぎる。
「オルガ、ヨン君。悪いのは司祭なのだから、二人が気に病むことはありません。ですから、そんな顔をしないで下さいね」
シャルが優しく微笑むと、二人はホッとしたのか、笑顔を取り戻した。
「では、使者の件もリネットに任せます。皮肉ましましでお願いします」
「はい、かしこまりましたわ」
リネットさんは、シャルにニンマリとした怪しくも嬉しそうな顔を見せると、シャルもニンマリししていた。
ん? ましましって……どこで覚えた?
思い当たる人を見る。
オルガさんは僕の視線に気付くや否や、あさっての方向に顔を逸らした。
あの人は、皆に変なことばかり教えている気がする……。
「話しを戻しますが、日程の短縮は……」
シャルは言葉を中断して考え込むと、こちらをいぶかしそうに一度見てから、再び、言葉を続ける。
「アルセに常駐している飛竜部隊を使いたいのですが……。フーカさんとワイバーンを会わせると思うと胃が痛くなりそうです」
「おおー、ワイバーン! 早く会ってみたい」
「すげぇー! 俺も早くワイバーンを見たいぞ!」
僕とヨン君は興奮していたが、シャルたちは、こちらを見て難しい顔をしていた。
「致し方ないですね。リネット、ワイバーンを……一〇頭ほど用意できますか? それと、シリウスには、同行する者の選別をお願いします。残った者は、馬車でユナハに移動してもらいます」
「はい!」
「はっ!」
リネットさんとシリウスが頷く。
「えーと、シャル様、今回のお祭りで、ヒィッ!」
アンさんがケイトを睨みつけた。
「コホン。えー、今回の闘技試合で、収益がありました。この資金は、建国の際にフーカ様から生み出されるであろう技術の運転資金にしようと思います。手始めに、醤油製造から始めたいと思います。すでに、醤油製造の技術は、フーカ様の助力もあり、調査済みです。また、ユナハ領の海岸沿いにあるカッコー村で魚醤製造を行っていることが分かりましたので、その職人に協力を要請したいと思います」
「そんなまともな発言を……。ケ、ケイトじゃない!」
僕はケイトを見て、目を見開いて驚いた。
「フーカ様、黙ってて下さい! それに、何ですか? その驚きようは? 私の数少ない見せ場を壊す気ですか!?」
彼女に怒られてしまった……。でも、数少ないって……。
「コホン。今回の収益を運転資金にすることは了承します。そして、今後、技術や新しい特産品の開発はケイトとフーカさんに任せます。けど、報告はかならずするように! それと、暴走しないでね!」
「何だか不本意ですが、分かりました」
シャルの必ずを強調した言葉に、少し膨れるケイトだった。
「他に何かありますか?」
シャルが皆を見回す。
「私からもいいですか?」
シリウスが手を挙げた。
「ええ、どうぞ!」
「フーカ様から、向こうの世界の軍の映像を見せてもらいました。こちらとはかけ離れたものです。正直、武具に関しては、軍ではお手上げなので、武具開発はフーカ様とケイトに任せたいと思います。そして、軍も兵士も見直す必要があります。第一段階として、工兵部隊、医療部隊、補給部隊などの後方支援の充実を目指し、また、特殊部隊、偵察部隊、輸送部隊の設立を行います。第二段階として、一般兵の再教育、機動部隊と支援攻撃部隊の設立を行います。新部隊設立もあるため、今の段階では期限を述べられませんが、第二段階までをなるべく早めに準備したいと思います。最後に、リネット殿、この話しをヘルゲ様にもお伝え下さい」
「はい、かしこまりましたわ」
彼がリネットさんに一礼をすると、彼女は、快く引き受けた。
「他にありますか?」
シャルが再び、皆を見回す。
今度は皆が黙って彼女を見つめるだけだった。
「では、少し休んだら、……気は進みませんが、ワイバーンのところへ行きましょう」
「よし!」
僕が意気込むと、シャルたちがジト目で見つめてくる。
そんな目で見ないで……。
テーブルにお茶のセットが用意される。
三段のケーキスタンドが置かれた英国式だったが、用意されたケーキは、砂糖を水で溶いてから固めたアイシングがかかったクッキーや一口サイズに焼かれた甘いだけのパンといったものだった。
こちらに来て出されたお菓子は、似たような物ばかりだった事を考えると、僕が知るケーキは流行るのではないかと思う。
和菓子を作ってもいいかもしれない。
さっそく、メモっておく。
今回、先立つものがないことを初めて知った以上、僕がひそかに練っていた、『嗜好品を異世界で流行らせてザックザク計画』も首都についたら始めよう。
ラノベでは定番だが、異世界に飛ばされた身の上だと、その定番の知識がありがたい。
僕は今後の計画の参考にしようと、ケーキを観察してはメモを取っていると、視線を感じる。
視線を送ってきていた相手はレイリアだった。
彼女と目が合う。
きっと、ペンやメモ帳が気になるのだろう。
「フーカ様、ちょっといいですか?」
「うん、何?」
ほらきた!
「ずっと、気になっていたんですが……」
「ずっと?」
おかしい、ずっととはどういうことだろう?
「何で、メイド服のままなんですか?」
「なっ……」
しまった! 着替えるのを忘れていた。
シャルたちにいじられると思い、彼女たちを見ると驚いている。
そして、いの一番にからかってくるケイトまでが驚いている。
どういうこと?
「兄ちゃん、その格好でも違和感ないんだな。気付かなかったぞ!」
ヨン君の一声で察しがついた。
誰も、気付いていなかったんだ……。レイリア、偉い!
僕は皆に視線を向ける。
誰も目を合わせないどころか、顔を逸らす。
「着替えてくるね」
「そ、そうですね」
シャルも歯切れが悪い。
ケイトはテーブルに両肘をつき、ガックリしている。
「バカな……。この私が、こんなおちょくれるチャンスに気付けないなんて……。一生の不覚。恐るべし、フーカ様」
どことなく癇に障ることを口走って、落ち込んでいる。
そんな彼女の姿を見ていると、怒りが込み上げてくる。
僕が席を立つと、レイリアはこちらを見てニコッとした。
ギュウー。
思わず彼女が愛おしくなって、抱き着いてしまった。
「にゃ、にゃにしてるんすか! ほえー」
彼女は顔を真っ赤にして、おかしな言葉を発した。
プスー。
そして、彼女は頭から湯気を出して放心してしまった。
ご、ごめん……。
サロンを出るとアンさんが付き添ってくれた。
彼女は僕を一度見ると、気まずそうにして、正面を向く。
皆にいじられるのは嫌だけど、気まずそうにされるのも、精神的にこたえるので嫌だ。
このあと、ワイバーンに会えるというのに、テンションがだだ下がりだ……。
お読みいただきありがとうございます。
誤字脱字、おかしな文面がありましたら、よろしくお願いいたします。
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