208話 忘れていた世界
旅行から帰ってきて数日が過ぎた。
カナデ姉ちゃんは、今回の旅行の一件でクビは免れたが、しばらくの間は出向ということで、潤守神社の手伝いに出されている。
僕たちはと言うと、僕、金ちゃん、銀ちゃんの三人は、のんびりゴロゴロとだらしなく、冷房の効いた部屋で夏を満喫、シャルたちは庭できつねのダンスの特訓、アンさんたちは道場で婆ちゃんに稽古をつけてもらっていた。
皆で昼食のそうめんをすすっていると、母さんが僕たちをジッと見つめる。
「それにしても、皆、少し焼けたわね」
周りを見てみると、皆の肌は少し茶色くなっていた。
(オルガお姉ちゃんとリンお姉ちゃんは、変わらないけどね)
ズルズルとそうめんをすすりながら、金ちゃんは二人を見つめる。
オルガさんとリンさんは、何を今更とでも言いたげな顔で、金ちゃんを見つめ返すと、彼はモジモジと照れ始める。
ダークエルフなんだから、当たり前だろ……。って、何で金ちゃんが照れているのかが分からん。
(まあ、ミリヤ様だけはオルガお姉ちゃんたちみたいに、ダークエルフにジョブチェンしちゃったけどね)
「違います。ジョブチェンは職業を変えることですよ。種族ではありません。銀ちゃんには私がついて、勉強させる必要がありそうですね」
(うっ……。いやー、暑い夏には、やっぱり、そうめんだね)
銀ちゃんは、少し茶色に焼けているミリヤさんをからかうように指摘すると、逆にやり込められて返す言葉を失い、彼はズルズルとそうめんをすすって誤魔化した。
余計なことを言うから……。
ミリヤさんにジッと見つめられ、気まずそうにそうめんをすする銀ちゃんを見て、皆は微笑んでいた。
母さんは、何故か金ちゃんと銀ちゃんを食い入るように見ている。
「ねえ、金ちゃんと銀ちゃんも少し焼けてない?」
「えっ? 母さん、二人のは毛だよ。毛も日焼けするの?」
「プールだと、塩素が入っているから色が変わることもあるし、その後で日光浴をしたら尚更よ。水泳部とか茶髪になる子が多いでしょ。それに、紫外線の影響で金色の体毛が生えてきたりすることもあるわよ」
「そうなんだ。でも、銀ちゃんはともかく、金ちゃんは元々金色だよ」
「そうよね」
僕と母さんは、二人の毛色が変化していないかとジッと見つめて確かめる。
すると、皆も興味を抱いて二人をジッと見つめる。
銀ちゃんは毛先が少し茶色になっているようにも感じられるが、金ちゃんに関しては全く分からない。
というか、二人の毛色を凝視していたら、目がチカチカしてきた。
僕が目頭を指でつまむと、皆もめがチカチカしたのか、僕と同じ仕草をしている。
一方で、皆から見つめられていた金ちゃんと銀ちゃんは、ズルズルとそうめんをすすりながら、身体をクネクネさせて恥ずかしがる。
食べるか恥ずかしがるのか、どっちかにしろ……。
「うーん。銀ちゃんは少し変色しているかもね」
ガーン!
母さんの言葉に銀ちゃんがショックを受ける。
(僕のトレッビアーノな毛色が……)
「……ぎ、銀ちゃん? トレッビアーノって何だか分かってる?」
(カッコ良さそうな言葉だから、ゴージャス的な感じ?)
「違うよ。白ワイン用のブドウの品種の名前だよ」
(えっ!? ……コホン。じゃあ、トレビアンな毛色ってことで)
「まあ、トレビアンならとても良いとか素晴らしいとか、称賛する時に発する言葉だからいいけど、あんた、語呂が良さそうな言葉を選んでいるだけでしょ」
姉ちゃんが、呆れた顔をして入ってくる。
(そんなことはないよ。傷心している僕を追いつめるなんて酷いよ)
「酷いって、あんた、本当に傷心してるの?」
(してるに決まってるよ!)
「なら、その手に持っているものは何?」
(そうめんのつゆ)
「なんで、傷心してるのに、そうめんのつゆを継ぎ足そうとしてるのよ?」
(それはそれ、これはこれ。そうめんが美味しいんだからしょうがないよ)
銀ちゃんは、お椀につゆを継ぎ足すと、ズルズルとそうめんをすすりながら姉ちゃんを見る。
「あ、頭が痛くなってくる……」
姉ちゃんは、頭を抱えてうなだれてしまった。
「「「「「……」」」」」
僕たちは、落ち込みながらも食欲は落とさない銀ちゃんを、半ば呆れるように見つめるのだった。
◇◇◇◇◇
翌日、僕と金ちゃん、銀ちゃんの三人が、冷房の効いたリビングで漫画を読みながらゴロゴロと寝転がっていると、母さんと姉ちゃんが掃除を始めだす。
ブォォォー。
掃除機をかける母さんが、三人で川の字に寝転がる僕たちのそばに立つ。
「風和、あんたたち、掃除の邪魔だからどいてくれる」
「はーい」
((はーい))
ゴロゴロゴロ。
僕たちは声を揃えて返事をすると、三人で息を合わせてように転がり、その場をどく。
「……」
母さんは、呆れた顔で黙ったまま僕たちを見下ろすと、再びリビングに掃除機をかけていく。
そして、しばらくすると、再び僕たちのそばに立ち、見下ろしてくる。
「夏休みだって、もう終わるのよ。ゴロゴロと怠けてばかりいないで、少しは手伝いなさいよ」
「はーい。今度ね」
((はーい。今度ね))
僕たちは、再び声を揃えて返事をする。
「……」
「だーかーらー、そこにいられると、掃除の邪魔なのよ!」
「はーい」
((はーい))
ゴロゴロゴロ。
僕たちは、再び三人仲良く、転がりながら移動した。
「そのグータラで横着なところは、息もぴったりだし、三兄弟を通り越して、三つ子みたいにそっくりね」
母さんの背後から、姉ちゃんがヒョコっと顔を出して、とんでもないことを言いだした。
僕を二人と一緒にしないで欲しい。
((なんですとー! 主と一緒だなんて……なんて屈辱だ! は、恥ずかしい))
「それは、こっちのセリフだ!」
絶望するかのようにうなだれる金ちゃんと銀ちゃんに、イラっとした僕は、二人を似た見つけると、二人も僕を睨み返してくる。
「なんだよ。その反抗的な態度は?」
(それはこっちのセリフだよ。主の分際で生意気だよ)
金ちゃんはムッとした表情を向けてくる。
(そうだよ。主は、少し身のほどを知ったほうがいいと思う)
銀ちゃんは金ちゃんに加勢し、彼もムッとした表情を向けてくる。
二人がかりはズルい。って言うか、言ってることが無茶苦茶だ。
「ねえ、金ちゃん、銀ちゃん。フーちゃんは二人の主なのよね?」
((そうだよ!))
姉ちゃんはこめかみを押さえて、悩みながら二人に尋ねると、二人は胸を張って答えた。
「フーちゃんが主なら、二人の主人ということになるわけだから、生意気なのは金ちゃんと銀ちゃんで、身のほどを知らなくちゃいけないのも、金ちゃんと銀ちゃんになるんだけど」
((えっ!? あれ?))
二人は腕を組んで、首を傾げてしまう。
二人が悩んでいる間に、シャルたちが楽しそうに会話を弾ませながら、リビングに戻ってきた。
そして、悩み続ける金ちゃんと銀ちゃんを見て、何事かと首を傾げてしまう。
母さんと姉ちゃんが、皆に今までの経緯を話すと、彼女たちはアホくさいとでも言いたげな表情で、僕たち三人を見つめる。
僕まで、そんな目で見なくても……。
((あー、さては、皆して主の味方をする気だな! ズルいよ!))
金ちゃんと銀ちゃんは、自分たちが悪者にされると思ったのか、皆を警戒する。
「「「「「しません!」」」」」
皆が声を揃えて否定すると、二人はホッとしたのか、僕に向かってニマっと悪そうな笑みを浮かべた。
((フッフッフー。主、皆は僕たちの味方らしいよ))
二人は、勝ち誇った顔をする。
「そんなくだらないことはどうでもいいんです。それよりも、三人とも、ここに座りなさい!」
イーリスさんが目の前の床を指差した。
「えっ!?」
((えっ!?))
僕たち三人が彼女の顔を見ると、彼女は少し苛立っているように見えた。
本能が、彼女に従わないといけないと告げてきている。
僕たちは、すぐに彼女の前へ行き、正座をした。
「まったく、毎日毎日ダラダラと。家のことを手伝うなり、勉強をしたり鍛錬をする発想はないのですか?」
「ごめんなさい」
((ごめんなさい))
イーリスさんのお説教が始まってしまい、僕たち三人は青ざめていく。
「イーリスちゃん、この子たち、ゴロゴロと寝そべってばかりで、掃除の邪魔しかしないんだから、ビシッと言ってやって!」
母さんが彼女をあおりだす。
僕たち三人は、シュンとして下を向き、生きた心地がしない。
「そばでお母様が掃除をなさっているのに、少しは手伝おうとは思わないのですか?」
「ごめんなさい」
(ごめんなさい)
(思いません)
素直に謝った僕と銀ちゃんは、一人だけ違うことを言った金ちゃんを素早く振り向く。
「金ちゃんのバカー!」
(金ちゃんのバカー!)
僕と銀ちゃんは、イーリスさんの怒りをあおる発言をした金ちゃんに向かって叫んだ。
(あっ! ごめん)
金ちゃんは僕たちに向かって謝ると、恐る恐るイーリスさんの顔色をうかがう。
(ご、ごめんなさい!)
イーリスさんを見た金ちゃんは、すぐに謝り直したが、彼女はフルフルと身体を震わせ、その顔はとてつもなく冷たい表情を見せていた。
顔を真っ赤にして怒っているよりも怖い……。
「本当にどうしようもない子たちね。直に学校が始まるというのに、三人ともだらけすぎなんだから、イーリスちゃん、今日はガツンとお説教をしてやって」
「はい、お母様!」
か、母さん……イーリスさんをあおらないで……。
「フーカ様、学校の準備は整っているんですよね?」
「いえ、まだです。ごめんなさい」
「毎日だらけていた時間を使えば、すでに終わっていたものを、今から間に合うんですか?」
「はい、間に合わせます。ごめんなさい」
「金ちゃんと銀ちゃんもですよ」
((はい、ごめん……。ん?))
二人はイーリスさんを見上げて、首を傾げる。
「何か言いたいことでも?」
((僕たちも学校に行くの?))
「あっ! コホン。二人はフーカ様が学校に行っている間はどうするつもりですか?」
((えっ? ……ん? あれ?))
二人は悩みだしてしまった。
「まさか、お世話になっているというのに、食って寝て遊んで、ゴロゴロする気ではないですよね?」
(イーリス様?)
金ちゃんが不思議そうに彼女を見上げる。
「何ですか?」
(ユナハには帰らないの?)
「えっ!? あっ!」
「「「「「!!!」」」」」
彼女が何かに気付くと、皆も何かを思い出したように驚く。
「こっちの世界の居心地があまりにもいいので、忘れていました……」
彼女は、その場に崩れ落ち、自己嫌悪を起こしているようだった。
それは、シャルたちも同じだった。
皆、へたり込んで頭を抱えていた。
平然としているのは、ヒーちゃん、レイリア、アスールさんだけだった。
ヒーちゃんはともかく、レイリアとアスールさんは、こちらに居座るくらいのつもりでいたように見える。
その証拠に、二人は声を潜めて「もう、戻るのか?」とアスールさんが残念そうにつぶやくと、「私たちだけ残っても、差支えなさそうですよね」とレイリアが答えていた。
皆はファルマティスのことを忘れていたことに、ショックを受けて落ち込んでいる。
「ここにいる皆は、これからも向こうとこちらを行き来することが多くなるんだから、そんなに落ち込まなくても」
気を遣った姉ちゃんが、皆に向かってフォローするような言葉を掛けた。
(なるほど。これからは、潤守神社の書き入れ時には、毎回呼ばれるってことだね)
金ちゃんは、納得したようにウンウンと頷く。
「「「「「……!?」」」」」
皆は一斉に顔を上げると、複雑な表情を浮かべていた。
「そうそう。って、違うわよ! ……まあ、呼ばれるとは思うけど……そうじゃなくて、フーちゃんのお嫁さんなんだから、うちが義理の実家になるんだから、顔を出すことは増えるでしょ、ってことよ」
姉ちゃんは困り顔で金ちゃんに説明すると、そばにいた銀ちゃんが思い悩むような難しい表情を浮かべていた。
(……!!! カザネお姉ちゃん! すでに嫁いびりの算段を!? なんて、恐ろしい子!)
銀ちゃんは両手を挙げて驚いてみせる。
「違うわよ! あんたは、私を何だと思ってるのよ!?」
((撃滅の魔皇帝!))
金ちゃんも、銀ちゃんと声を揃えて答えた。
「……お、お願い。こっちの世界で、その称号は出さないで……」
姉ちゃんは、頭を抱えて、しゃがみ込んでしまった。
二人は大喜びで、勝利のポーズをとるのだった。
その後、母さんが皆を急かすように、「気落ちしていないで、ファルマティスに帰る支度をしなさい」と促すと、皆は各々の帰り支度のために動き出した。
皆が帰り支度のためにリビングから出て行ったというのに、金ちゃんと銀ちゃんは他人事のように、再びゴロゴロと寝そべって漫画を読み始める。
「ちょ、ちょっと、あんたたちは帰り支度をしないの?」
母さんは呆れた表情で、二人に尋ねた。
((えっ? 僕たちも帰るの?))
二人は首を傾げながら答える。
「皆が帰るのに、なんで、あんたたちだけが残るのよ。皆と一緒に帰らないと、皆も困るんじゃないの?」
(それは大丈夫! 僕たちは役に立たないから)
金ちゃんは胸を張る。
(そうそう。僕たちと主は、騒動を起こすか小さな事件をおおごとにするくらいしか取柄が無いから、いなくても問題ないんだよ)
金ちゃんに続いて、銀ちゃんも胸を張る。
「風和、あんた、向こうで何をしてるの?」
母さんは、僕たち三人を呆れるように見つめた。
そして、姉ちゃんに視線を向ける。
「風音。風和は、向こうでどうだったの?」
「……」
姉ちゃんは返事に悩みながら、横を向いてしまう。
ね、姉ちゃん……。そこは嘘でもいいから、何かフォローして欲しかった……。
「「「……」」」
((……))
僕たち五人は、お互いの顔を見つめながら、時間だけが過ぎていくのだった。
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