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うちの神様の間違った転移でおおごとに! 女神の使いにされて、僕を頼られても困るのだが……。  作者: とらむらさき


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203話 潤守神社の慰安旅行

 早朝から、僕たちは潤守(うるす)神社の駐車場に集まっていた。


 ((布団ごと運んで欲しかった……))


 眠気まなこでフラフラしながら愚痴をこぼす金ちゃんと銀ちゃん。

 ものぐさなことを言っている二人を、皆は呆れるように見つめながら無視していた。


 しばらくすると、颯一(そういち)叔父さんとツバキちゃんが慰安旅行に参加する神職さんと巫女さんたちを引き連れて現れる。


 「皆、おはよう!」

 「おっはー!」


 「「「「「おはようございます!」」」」」

 ((おっはー!))


 叔父さんとツバキちゃんに皆で挨拶を返すが、おかしな挨拶が混じっていることは無視する。

 すると、エンジン音を響かせた大型バスが駐車場に入ってきた。


 ((お、おおー! リムジンバス! さすが、ツバキちゃんのウエストは太っ腹!))


 「いや、さすがにリムジンバスでは……? ん? おい、今、何か変なことを言わなかったか?」


 ツバキちゃんは、サッと金ちゃんと銀ちゃんに視線を向けると、二人はフルフルと首を横に振った。


 神職さんと巫女さんたちが叔父さんに挨拶をしてからバスに乗り込み始めてしまうと、金ちゃんと銀ちゃんの言ったことは有耶無耶(うやむや)になって、流されてしまった。


 「あれ? 叔父さんはいかないの?」


 「ああ、神社を(から)にするわけにもいかないから、残る者たちもいるんだよ。だから、私も残って、ささやかだが、彼らに酒宴を開いてあげるんだよ」


 「そうなんだ」


 ((主神のツバキちゃんは行くのに、残る人がいるの?))


 僕と叔父さんの会話に入ったきた金ちゃんと銀ちゃんは、鋭いところを突いてきた。


 「参拝の方々が来て下さったのに、誰もいないわけにはいかないからね」


 (ん? なんで、参拝しにくるの?)


 金ちゃんが首を傾げる。


 「人によっては、その日しか参拝できないかもしれないじゃないか」


 僕は叔父さんの代わりに答えた。


 (神様が遊び歩いてて()()()のに、何を拝むの?)


 銀ちゃんは首を傾げ、一部を強調して鋭いところを突いてくる。


 「椿様、残って下さい!」

 「ツバキちゃん、残りなよ!」


 僕と叔父さんは、声を揃えた。


 「なっ! 私も楽しみにしていたんだぞ。こ、こんな、バスに乗り込むタイミングで……ひ、酷すぎる……グスン」


 ツバキちゃんは、涙を浮かべてへたり込んでしまった。

 そ、そんなに行きたかったんだ……。ちょっと、可哀相かもしれない。


 「神楽舞の時に金と銀のお披露目をしたから、今年は二人を目当てに来る参拝客もいるかもしれない。二人も残ったほうがいいんじゃないか?」


 ((えっ!?))


 アカネ姉ちゃんが口を挟むと、二人は目を見開いて驚き、青ざめた。


 ((さあ、ツバキちゃん。さっさと行こう!))


 二人はツバキちゃんの腕を掴むと、彼女を連れて逃げ去るようにバスへと乗り込んでしまった。

 そして、最後尾の窓が開くと、そこから三人がヒョコっと顔を出す。


 ((行ってきまーす!))

 「行ってきまーす!」


 まだ、バスは出ないというのに、こちらに向かって満面の笑みで手を振る三人を見て、僕、叔父さん、アカネ姉ちゃんは、呆れるように苦笑した。


 僕とアカネ姉ちゃんは、叔父さんに「行ってきます」と告げてバスに乗り込むと、シズク姉ちゃんとオトハ姉ちゃんが参加者のリストにチェックを記しながら確認をしていた。


 「あれ? そう言えば、カエノお婆ちゃんとネネさんは?」


 リストを覗き込んだ僕は、そこに二人の名前がないことに気付いて尋ねた。


 「二人は、数人の神職さんと巫女さんたちを連れて海外旅行だから」


 オトハ姉ちゃんは、ペンを弾くよにして、リストにチェックを入れながら答える。


 「へえ、そうなんだ。……ん? えっ? えぇぇぇー! 海外旅行!?」


 「去年の夏祭りと年末年始の後に行く慰安旅行で居残り組だった子たちは、ちょっと豪華にねぎらうために海外旅行なんだよ」


 僕が叫ぶと、隣にいたアカネ姉ちゃんが教えてくれた。


 「……もしかして、今回、居残った人たちって」


 「来年の海外旅行狙いだな。まあ、それくらいの特典をつけないと、残ってくれる人なんていないさ」


 「……」


 苦笑して答えるアカネ姉ちゃんを、僕は呆然と見つめる。


 「さあ、フーちゃんたちも突っ立てないで席に着いて」


 シズク姉ちゃんに背中を押されて急かされた僕は、シャルたちがまとまっている後部のほうの席へ座った。

 隣の窓際の席にはシャルが座っており、後ろの最後尾の席には、金ちゃん、銀ちゃん、ツバキちゃん、アンさんが座っていた。

 背後が気になって落ち着かない。

 シズク姉ちゃんは立ち上がって、皆が席に座っているかの最終確認をすると、バスガイドさんと運転手さんに報告していた。

 何だか、引率の先生みたいだ。




 バスがゆっくりと動き出すと、バスガイドさんが立ちあがる。


 「おはようございます。潤守神社の皆様、本日は潤守観光をご利用いただきまして誠にありがとうございます。本日、皆様とご一緒させて頂きます、バスガイドの継守(つぐもり) 奏音(かなで)と申します。今日一日よろしくお願い致します。と、違った。今日から三日間、よろしくお願い致します。ということで、椿様、雫様、よろしくお願い致します。風音(かざね)音羽(おとは)紅寧(あかね)もよろしくね!」


 彼女は挨拶を終えると、ニコッと微笑む。

 挨拶の中にツッコミどころが多すぎて、僕は混乱する。


 「ん? あっ! フーちゃんと氷雨(ひさめ)もいるんじゃない。二人ともよろしく!」


 「カナデ(ねえ)様、よろしくお願いします」

 「……誰?」


 僕とヒーちゃんに気付いたバスガイドさんが声を掛けると、彼女は返事をするが、僕はさらに混乱した。


 「えー、うそー! フーちゃん、酷い。あんなに私のおっぱいを気に入ってくれてたのに、昔の女には未練がないのね……シクシクシク」


 シャルたち皆から、蔑む視線が僕に集中する。


 ((あ、主、どんだけおっぱい好きなの? 僕たちも恥ずかしいんだけど))


 「やかましいわ!」


 僕は後ろを振り返って、金ちゃんと銀ちゃんに叫んだ。

 前のほうに座る巫女さんたちから大爆笑が起きる。

 このバスガイドは、何を言い出しているんだ! は、恥ずかしすぎる……。


 「カナデ姉は、フーちゃんが幼稚園の時以来なんだから、そんなに老けたらフーちゃんも気付けないわよ!」


 「おい、風音! ちょっと、前に出てこようか?」


 「ヒィッ、ご、ごめんんさい!」


 「いいから、お、い、で!」


 「ほら、今、走行中だし、危ないから遠慮させていただきます」


 「チッ」


 バスガイドなのに、舌打ちをして姉ちゃんを睨みつけている。

 バスガイドとして、その態度はどうなのだろうか? と、それよりも、姉ちゃんが、恐れるような相手が現れるなんて、この旅行はどうなってしまうのだろうか……。




 僕の前の席に座るヒーちゃんが後ろを振り返って、バスガイドさんは、小さい頃の僕が「カナデ姉ちゃん」と呼んで懐いていた親戚のお姉さんだと説明してくれる。


 (小さい頃って、主は今も小さいよ。特に器が……違った、器も)


 僕の背後から頭をヒョッコリ出して、盗み聞きをしていた金ちゃんが余計なことを言うと、車内は笑い声に包まれた。

 僕は顔を真っ赤にして、前の座席の背に顔をうずめる。

 そんな僕を気にせず、ヒーちゃんは笑いながら、「潤守観光は潤守神社の参拝客を確保するための系列会社で、守家と継守家の親戚が経営している会社なので、ファルマティスの住人であるシャルちゃんたちや金ちゃんと銀ちゃんの存在もオープンにできますし、皆も気兼ねなしに旅行を楽しめると思います」と、捕捉するように説明を続けた。

 僕はヒーちゃんに向かって頷く。

 だが、今は、出だしから笑われまくっているこの状況を何とかしたかった。



 ◇◇◇◇◇



 バスは高速をひた走り、東京都内へ入ると、シャルたちは、そびえ立つビル群、スカイツリー、東京タワーなどの車窓からの景色に夢中となってガラス窓にへばりついていた。

 バスガイドのカナデ姉ちゃんが、それらの説明をしてくれたので、僕とヒーちゃんは質問攻めに遭うこともなく、のんびりとしていられた。

 ただ、カナデ姉ちゃんが説明をしながら、やたらと金ちゃんと銀ちゃんをチラチラと見ては気にかけていることが、僕は気になった。


 「あのー、バスガイドさん!」


 「……プイ」


 僕がカナデ姉ちゃんに声を掛けると、こちらに視線を向けるが、すぐに顔を逸らして無視をする。


 「えーと、カナデさん!」


 「……プイ」


 再び無視をする。


 「……カナデ姉ちゃん?」


 「フーちゃん、なーに?」


 め、面倒くさい人だ……。


 「さっきから、金ちゃんと銀ちゃんをチラチラと見ていたけど、やっぱり、気になりますか?」


 「気になると言えば気になるけど、外見じゃなくて、いや、外見なんだけど、なんて言うか、頭にデカいグラサンを掛けて、アロハシャツにルーズパンツ、そして、サンダルまで履いているのが神使(しんし)って、潤守神社は大丈夫なの? って、思っちゃうのよね」


 僕たちは慣れてしまって、誰も二人の恰好に違和感を感じなくなってしまったが、言われてみれば、確かに、こんなのが神の使いなのかと、疑念を抱かれてもおかしくはない。


 ((失敬な! 僕たちをツバキちゃんと一緒にしないでよ!))


 「おい、それはどういう意味だ!?」


 金ちゃんと銀ちゃんが嫌そうな顔で反論をすると、車内は笑い声に包まれ、ツバキちゃんの声に耳を傾ける者はいなかった。




 バスは目的地に向かって走り続ける。

 途中で一度だけ、トイレ休憩を兼ねてパーキングエリアに入っただけで、バスは再び走り続けていた。

 パーキングエリアの利用客が少なくて、金ちゃんと銀ちゃんや皆があ目立たなくて良かったことをシャルと話していると、山の間から海が見え隠れしていた。

 もうじき、着くのかな?

 外の様子を見るため、シャルに身体を近付けて車窓から眺めると、横須賀までの距離が表記された看板が目に入る。

 横須賀に行くのかな? ん? よく考えたら、カナデ姉ちゃんから目的地を聞かされていない。こ、この旅行って、ミステリーツアーなのか?

 そんな疑問を抱きながら、僕は座り直すと、再びシャルと会話を始める。

 不思議と彼女の顔が、少し赤らんでいるように見えた。




 バスに揺られ、少しウトウトしていると、ケイトとレイリアが突然立ち上がり、窓ガラスにへばりついて、食い入るように外を見つめだした。


 ((凄い! 何あれ!?))


 すぐに金ちゃんと銀ちゃんが騒ぎ出すと、皆も外を注目する。

 横須賀の街を一望できる位置を走るバスからは、港に停泊している海上自衛隊の護衛艦や潜水艦、アメリカ海軍の空母も見え、皆の視線を集めていた。

 カナデ姉ちゃんが「あれは、自衛隊と米軍の船やもろもろです」と適当というか、やる気のない説明をすると、姉ちゃんが彼女からマイクを取り上げ、マニアックな説明を始めた。

 搭載武器から排水量などまで、事細かく一隻ずつ説明する姉ちゃんに、ファルマティスの住人ではない者たちは顔を引きつらせ、彼女を見つめる。


 ((はい、はーい!))


 彼女の説明が終わると、金ちゃんと銀ちゃんが勢いよく手を挙げる。


 「じゃあ、金ちゃん!」


 姉ちゃんは、金ちゃんを指差す。


 (コホン。えーと、それで、あの空母って船は何?)


 「……あ、あんた、人の話しを何も聞いてないじゃない!」


 (いやー、なんか、難しい言葉がいっぱいで、何のことやら? でも、ちゃんと分かったこともあるよ!)


 「何?」


 (空母はデカくて灰色!)


 金ちゃんげ威張るように言うと、彼の横では銀ちゃんがウンウンと力強く頷いていた。


 「それは、見たまんまでしょ!」


 姉ちゃんは肩を落として、崩れるように近くの座席にもたれかかってしまった。


 そんなことをしているうちに、バスは街中を入り、公園らしき場所の駐車場へと到着していた。


 「はい、最初の目的地に到着しました。ここは横須賀の三笠公園です。私が案内をしますので、はぐれないように付いて来て下さい」


 カナデ姉ちゃんは、前方のドアを開いて降りると、バスから皆が降りるのを待つ。

 ゾロゾロとバスから降りていく僕たちに、彼女は「お疲れさまでした」と一人一人に声を掛けていく。


 (本当に疲れたよ! 次は、もっと気を遣ってね)


 金ちゃんは、カナデ姉ちゃんに向かって偉そうな態度で文句を言った。


 「うるさい! さっさと降りろ!」


 豹変する彼女に、金ちゃんは驚き、降りた途端、シズク姉ちゃんの背後に隠れる。

 そして、ヒョコっと顔を出すと、「シャー」と牙を見せた。


 「おっ、やんのか? 相手してやるから前に出てこい!」


 ポキポキと指を鳴らしながら、金ちゃんに向かって行くカナデ姉ちゃん。

 潤守観光は、こんなバスガイドを雇っていて大丈夫なのだろうか?


 (ごめんなさい。もう、しません)


 金ちゃんがペコペコと頭を下げると、彼女は定位置に戻った。


 次に降りてくるのは銀ちゃんだ。きっと、何かやらかすのだろう。

 先に降りていた僕やシャルたちは、何が起きるのかと銀ちゃんとカナデ姉ちゃんに注目する。

 銀ちゃんが降り口のステップを一段だけ降りる。


 ……。


 時間を空けてから、一段だけ降りる。


 …………。


 また、時間を空けてから、一段だけ降りる。


 「おい、何をしてるんだ?」


 (牛歩戦術!)


 「アホか! お前はどこの国会議員だ! そもそもここは国会じゃない! さっさと降りろ!」


 カナデ姉ちゃんにどやされると、銀ちゃんは頭を掻きながら照れるようにステップを降りてくる。


 「な、なんで、照れてるんだ……」


 カナデ姉ちゃんはバスから降りた銀ちゃんを見て、額を押さえてうなだれてしまった。

 今度は銀ちゃんに軍配が上がった。


 そして、全員が降りたことを車内に戻ってから確認したカナデ姉ちゃんは、旗を振りながら僕たちの前へと来る。


 「これから、三笠公園を案内しますので、付いて来て下さい。特にそこの二人は、勝手な行動をしたら重しをつけて、そこの海に沈めるからな」


 カナデ姉ちゃんは金ちゃんと銀ちゃんを睨みつけてから、彼女の背後に広がる海を親指でクイと指差した。


 ((は、はい。気を付けます!))


 二人の返事を聞いて、彼女は軽く頷くと、彼女は海のほうへと歩き出すのだった。

お読みいただき、ありがとうございます。


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