201話 デパ地下
夏祭りのお手伝いが終わって数日が経っていた。
プルルルル、プルルルル――。
「ちょっと、誰か電話に出て!」
電話が鳴りだすと、台所にいて手を離せない母さんが叫んだ。
(はーい!)
ガチャ。
リビングで金ちゃんと一緒にゴロゴロしながらテレビを見ていた銀ちゃんが、スクッと立ち上がって受話器を取る。
銀ちゃんが取ってどうするんだ。しゃべれないだろ!
「……。…………」
案の定、銀ちゃんは受話器を当てたまま無言を通す。
(颯一叔父ちゃんからだよ!)
彼は念話で伝えてくる。
「銀ちゃん、何かしゃべらないと切れちゃうよ!」
僕は立ち上がって、電話をかわろうと彼のもとへ向かう。
「……ワン!」
ガタッ!
受話器に向かって吠える銀ちゃんに視線を向けてしまった僕は、テーブルにすねをぶつけてしまった。
「ぐぉぉぉー!」
すねを押さえ、床でのたうち回る僕を、銀ちゃんは顔をしかめて見つめる。
(主? バカなの?)
「やかましいわ! くぅー。い、痛い」
「ちょっと、何をやってるの? 銀ちゃん、受話器を貸して」
台所から出てきた母さんは、僕を呆れるように見ると、銀ちゃんから受話器を受け取った。
そして、叔父さんに銀ちゃんが電話に出たことを説明してから、要件を聞いていた。
母さんは、電話で受け答えをしながら、こちらをチラチラと見る。
「???」
(???)
僕と銀ちゃんは、母さんを見つめて首を傾げる。
「風和、来週、潤守神社の慰安旅行があるけど、行くかどうか聞いてるわよ」
(行くー!)
母さんに、ゴロゴロしながらテレビを見ていた金ちゃんが、真っ先に答えた。
僕と銀ちゃんは、そんな金ちゃんをジト目で見つめる。
「なら、全員参加でいいわね?」
「うん」
僕が母さんに返事をすると、銀ちゃんもコクコクと頷く。
そして、金ちゃんはテレビを見ながら親指を立てた手を挙げていた。
あ、あいつは……。
シャルたちにも報せないと。
今日は、昼食以降、シャルたちを見かけていなかった。
「えーと、シャルたちは?」
(道場で特訓中!)
僕の質問に、銀ちゃんが答える。
「特訓? 何の?」
(さあ?)
彼は首を傾げて、返事をする。
「じゃあ、シャルたちにも知らせてくるよ」
(僕も行く!)
僕が立ちあがると、銀ちゃんも立ち上がった。
「金ちゃんはどうする?」
(テレビ、見てる!)
金ちゃんは、こちも見ずに返事をした。
日に日にだらしなくなっている気がする……。
僕と銀ちゃんは、金ちゃんを置いて道場へと向かった。
道場では、なぎなたを構える婆ちゃんと木刀を構えるレイリアが向き合っていた。
そして、二人を見守るように、アンさん、ミリヤさん、アスールさんが端に座っていた。
特訓って稽古をつけてもらっているのか。
僕と銀ちゃんは、婆ちゃんとレイリアの邪魔をしないように道場内へ静かに入る。
しかし、シャルたちの姿が見当たらない。
耳を澄ますと、道場の庭から軽快な音楽がかすかに聞こえてくる。
まさかと思い、庭へと回ってみると、爺ちゃんの指導のもと、シャル、ヒーちゃん、ケイト、イーリスさん、ネーヴェさん、オルガさん、リンさん、イライザさん、姉ちゃんがきつねのダンスを踊っていた。
夏祭りの時に恥ずかしがっていた後列組は、ダンスの特訓をさせられている。
僕は彼女たちを呆然と見つめるが、銀ちゃんはウンウンと満足そうに見つめる。
「銀ちゃん? もしかして、特訓って、稽古じゃなくて、こっちのダンスのこと?」
(当然だよ! 本番で恥ずかしがっているようなメンバーは、きつねのダンスの振付を身体にしみこませないとダメだから、お爺ちゃんに頼んで、鍛えなおしてもらってるの)
偉そうにする銀ちゃんに気付いたシャルたちが、彼を睨みつける。
すると、銀ちゃんはスーッと僕の背に隠れてしまった。
隠れるくらいなら、偉そうなことを言わなければいいのに……。
僕はシャルたちに指導をしている爺ちゃんのもとへ行く。
「爺ちゃん、ちょっと、中断してもらっていい?」
「おっ、どうした?」
「シャルたち皆に伝えることがあるんだよ」
「そうか、分かった」
爺ちゃんはポータブルタイプのステレオのボタンを押して、音楽を止めた。
彼女たちは、ホッとしたように、その場にしゃがみ込んでしまう。
「フーカさん、助かりました。ありがとうございます」
タオルで汗を拭きながら、シャルが僕にお礼を言う。
「夏祭りは終わったのに、きつねのダンスの特訓って、必要あるの?」
「神社の行事に、毎回披露することとなったので、練習させられる破目になってしまいました。今後、私たちは行事の度に、こちらへ来て手伝わされることになるんでしょうね」
シャルは頬の汗を拭いながら、少し嫌そうな表情で嫌味を言う。
「そうだったんだ……」
「それで、私たちに伝えることって何ですか?」
「あっ、そうだった。来週、潤守神社の慰安旅行に行くことになったから、そのつもりでいて」
「「「どこに行くんですか?」」」
こちらの話しを気にしていたケイトとオルガさんが、シャルと声を揃えてくる。
「いや、慰安旅行としかきいていないから、どこに行くかまでは分からないけど、この周辺ではないことだけは確かだよ」
「そうですか」
シャルが目を輝かせて答え、ケイトとオルガさんは空を眺めて妄想にふけりだした。
◇◇◇◇◇
後日、慰安旅行は海に行くことが知らされ、海水浴と海岸沿いの観光がメインとのことだった。
そして、僕たちは旅行に必要な物を、地元のデパートへ買いに行くこととなった。
シズク姉ちゃんとオトハ姉ちゃんがワゴン車を出してくれて、マイさんとイツキさんも含めた僕たちは、デパートの駐車場に着く。
車から降りると、金ちゃんと銀ちゃんのもとに、シズク姉ちゃんが布切れのような物を持って近付く。
「念のため、二人は、これをつけてね」
彼女は二人にたすきをかけた。
そのたすきには、『潤守神社公認マスコット』と大きな字が刺繍されていた。
いつのまに、そんなものを作ったんだ……。
((こ、これは!))
金ちゃんと銀ちゃんは、目を見開いて驚く。
((僕たちが主役ってことだね!))
「違います」
シズク姉ちゃんから即座に否定された二人は、ガッカリとする。
そんな二人を、皆で笑うのだった。
デパートの中に入ると、この人数でエレベーターを使うと、他のお客さんたちの迷惑になるので、僕たちは階段を使うことにした。
しかし、これは誤算だった。
地下のフロアに着いた途端、金ちゃんと銀ちゃんがはしゃぐように、そのフロアへ行ってしまった。
「おい! このフロアじゃないよ!」
((おかまいなく!))
僕は叫んだが、すたこらと人ごみに消えていく二人。
「私が連れ返ってきます!」
「わしも、行くぞ!」
レイリアとアスールさんが二人を追いかけてしまった。
「こら! レイリアとアスールさんじゃダメだ!」
再び叫んだが、二人も人混みの中に消えてしまう。
デパ地下が分かっている僕、ヒーちゃん、姉ちゃん、シズク姉ちゃん、オトハ姉ちゃんは、頭を抱えた。
「フーカさん? どうしたんですか? この階は何か危ない物でもあるのですか?」
「危なくは無いけど、この階は、あの連中を誘惑する物だらけなんだよ」
シャルは、僕の返事に首を傾げる。
「この階は、食料品売り場、食べ物ばかりを売っている階なんです」
ヒーちゃんが説明をすると、皆の顔が引きつった。
「えーと、絶対、誘惑に勝てない二人が、金ちゃんと銀ちゃんを追いかけて行っちゃいましたね」
ケイトはそう言って、苦笑する。
「とにかく、手分けして、あの四人を捕まえましょう。フーカ様、ヒサメ様、カザネ様シズク様、オトハ様を隊長とする五部隊に別れて、展開しましょう」
イーリスさんが指示を出すと、僕たちは五部隊に別れて四人を探す。
何だか、軍事作戦みたいになってる……。
僕は試食をさせてくれるお店が集まっている方向に向かおうと、以前に来た時の記憶を思い出しながら進んで行く。
「ちょっと、フーカ君、待って!」
マイさんに声を掛けられて、僕は足を止めて振り返る。
「!!!」
そして、僕は部隊編成を見て驚いた。
僕と一緒に来ているのは、シャル、ケイト、マイさんだったのだ。
「待って、このメンバーだと、金ちゃんか銀ちゃんを見つけた時は、捕まえられないと思うんだけど」
「「「あっ!」」」
シャルたちはお互いの顔を確かめると、声を上げた。
そして、他の部隊がまだいるのではと、三人はキョロキョロとするのだが、皆はどこにもいなかった。
「まあ、仕方ないわよ。金ちゃんか銀ちゃんを見つけた時は、一緒に行動していれば、他の部隊が何とかしてくれるわよ」
マイさんは、すでに諦めたようだ。
それでは、僕たちが別れて探す意味がないのでは……。
四人でキョロキョロしながら、お店に挟まれた通路を歩いて行く。
こんなに人がいると、レイリアとアスールさんが見つからないのは分かるが、あの目立つ金ちゃんと銀ちゃんの姿すら見つからない。
「「「あっ!」」」
シャル、ケイト、マイさんが驚いた声を上げる。
「見つけたの?」
「これ、美味しいわよ!」
振り返ると、マイさんがつまようじの刺さったチーズ差し出し、シャルとケイトはウンウンと頷き、僕に試食品を勧めてくる。
「金ちゃんたちを探さないで、何をしてるの?」
「せっかく来たんだから、楽しまなきゃ損よ」
モグモグ。
マイさんが僕に差し出していた試食品を口に放り込むと、シャルとケイトの口にも試食品をつまんで放り込む。
モグモグ。
「「美味しい!」」
シャルとケイトが頬を押さえると、マイさんは当然といった表情で頷く。
本当に何をしてるんだ……。
探す気がないとしか思えない。
僕は溜息をついて先に進む。
シャルたちは後ろをついてくるが、お店の人から試食品を進められる度に立ち止まり、試食をするので、先に進む速度が極端に遅くなる。
勘弁して欲しい。
シャルたちに呆れてうなだれる僕の服を、ケイトがクイクイと引っ張った。
「ん? ケイト? どうしたの?」
「この黒毛和牛っていうの、凄い美味しいですよ!」
「そりゃあ、高いお肉だからね。もしかして、それが言いたくて呼んだの?」
「それもありますけど、違います」
「どっち?」
「とにかく、こんなに美味しいお肉なんですよ! 金ちゃんたちが見逃すはずがありません」
「うん、それで?」
「もー、フーカ様は鈍いですね! お店の人に聞いたら、金ちゃんたちは、まだ試食に来てなかったんです。ここで待っていれば、金ちゃんたちは必ず現れますよ」
「なるほど! そういうことか!」
(おー、お口の中でとろけるー。銀ちゃんも食べてみなよ)
(どれどれ。うほー、これは凄い!)
待つこともなく、僕の隣で金ちゃんと銀ちゃんが黒毛和牛を頬張っていた。
僕が二人に振り向くと、二人もこちらを振り向いてギョッとする。
((あ、主? 何故、ここに?))
「金ちゃん、銀ちゃん。勝手な行動をして、旅行に必要な物を買ってもらえなくなっても知らないよ」
((えっ! それは困る))
「皆を呼ぶから、ここから動かないでよ」
((このお肉を食べてるから大丈夫!))
二人は両手に試食品を持っている。
「それは試食品だ! パクパク食うな!」
パシッ、パシッ。
僕は二人の頭を叩いた。
すると、周りから笑いが起きてしまって恥ずかしい。
とにかく、皆に報せなきゃ。
僕はスマホを取り出して、金ちゃんと銀ちゃんが見つかったことをアプリで報告すると、すぐに返信がきた。
『ヒサメ:恥ずかしくて、近寄れません』
『姉:こっちは、レイリアちゃん、アスールちゃんと合流した。でも、その場に行く勇気はないから』
『オトハ:さらし者になるのは、ちょっと……』
『シズク:階段で合流しましょう』
皆からの返信は冷たかった。
「皆と階段で待ち合わせたから、ほら、階段に行くよ!」
((えー。まだ食べ足りない))
「試食品で満腹になろうとするな!」
再び周りから笑いが起きて、恥ずかしい。
「あれ? シャルたちは?」
(ん? あそこ!)
金ちゃんが指差すと、シャルたち三人は、僕たちから離れた位置におり、他人のように澄ました表情で階段へと歩き出していた。
う、裏切り者ー!
僕は金ちゃんと銀ちゃんの手を引いて、周りからの好奇の目にさらされながら、階段へと向かうのだった。
皆と合流をすると、レイリアはアンさんから、アスールさんはネーヴェさんからお説教をくらっていた。
二人は、金ちゃんと銀ちゃんをそっちのけで、試食に夢中だったようだ。
そして、金ちゃんと銀ちゃんの前にミリヤさんとイーリスさん、背後にはリンさんとイライザさんが立ち、二人を取り囲んだ。
((ご、ごめんなさい……。グギャァァァー!!!))
二人は謝るも、その声は悲鳴へと変わるのだった。
しょんぼりとうなだれて大人しくなった金ちゃん、銀ちゃん、レイリア、アスールさんを連れて、上の階へと進む。
一階の化粧品売り場で、姉ちゃんとオトハ姉ちゃんが中心となって、化粧品や日焼け止めなど、お肌のお手入れに必要な物を買っていく。
金ちゃんと銀ちゃんはシズク姉ちゃんと手をつなぎながら、メンズコーナーで育毛剤や発毛剤を手に取って悩んでいる。
「それ以上、毛を増やしてどうするんだよ!」
((暑くなってくると、抜け毛が酷いんだよ!))
二人はムッとした表情で僕を見る。
「それって、夏毛に生え変わってたんじゃないの?」
((えっ? 夏毛? 生え変わる?))
二人は首を傾げて僕を見てから、シズク姉ちゃんに視線を移す。
((シズク様、そうなの?))
彼女が苦笑しながら、コクリと頷くと、二人は恥ずかしそうにモジモジとする。
((じゃあ、主の未来のために!))
二人が手に取っていた育毛剤と発毛剤を僕に渡すと、シズク姉ちゃんがクスクスと笑いだしてしまった。
こ、こいつら……。
化粧品などの買い物が終わると、荷物は金ちゃんと銀ちゃんにしまってもらい、エスカレーターを使って上へと向かう。
先頭にいたシズク姉ちゃんとヒーちゃんが、家電売り場の階に立ち寄ると、皆の顔が好奇心で満ち溢れる。
特に、ケイト、金ちゃん、銀ちゃんが身体をウズウズさせていた。
「フー君、旅行に行くのですから、金ちゃんと銀ちゃんのコンパクトカメラも買いましょう」
ヒーちゃんの言葉に、二人との約束を思い出した。
((ヤッフー!))
はしゃぎだした二人は、ヒーちゃんと手をつなぐと、ズンズンとテレビなどの家電が立ち並ぶ中へと突き進んでいった。
ここでの買い物は、時間を費やしそうだ……。
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